笠原一輝のユビキタス情報局
CPUもGPUも最高性能となったM1 ProとM1 Max、課題はアプリケーション対応
2021年10月19日 12:19
AppleがM1の後継となる新しいSoC(System on a Chip)となる「M1 Pro」、「M1 Max」を発表し、14インチ、16インチのMacBook Proに搭載して本日より受注を開始し、26日から発売する。
M1 Pro、M1 MaxはそれぞれM1のアーキテクチャをベースにして、CPUやGPUを強化したSoCとなる。CPUは高性能コアが4コアから8コアへと倍増され、その一方で高効率コアと呼ばれるスタンバイ時などに利用される低消費電力のコアは4コアから2コアへと減らされている。GPUはM1の8コアから倍増され16コアへと強化されている。
それと同時に大きく強化されているのがメモリで、従来のM1ではLPDDR4x-4266が採用されていたのだが、今回は発表こそされていないがLPDDR5-6400と見られるDRAMが採用されており、M1 Proが200GB/s、M1 Maxが400GB/sへと進化している。
こうした強化が加えられているのに、製造プロセスは従来と同じ5nmプロセス世代で製造されており、公開されたダイ写真を見ると、面積もきれいにスケーリングしていることがわかる。
その一方で以前から言われているゲームタイトル、特にAAAタイトルの対応が少ないこと、またCATIAやANSYSなどのmacOS版というのは今の時点では存在しておらず、Arm版のmacOSになったことで、Boot Campを使ってWindowsをネイティブに動かすという技も使えなくなったことで、その点の弱点をどう克服するかがAppleにとっての課題となっている。
CPUは倍以上、GPUは4倍というアーキテクチャをスケーリングしてきたM1 Pro/M1 Max
M1 Pro、M1 Maxのアーキテクチャを見る限り、シンプルにM1をベースに派生品としてCPU、GPU、メモリコントローラをスケーリング(伸長)してきた設計だと言える。
M1 | M1 Pro | M1 Max | |
---|---|---|---|
高性能コア | 4コア | 8コア | 8コア |
高効率コア | 4コア | 2コア | 2コア |
GPU | 8コア | 16コア | 32コア |
演算性能 | 2.6TFLOPS | 5.2TFLOPS | 10.4TFLOPS |
ニューラルエンジン | 16コア | 16コア | 16コア |
最大メモリ容量 | 16GB | 32GB | 64GB |
メモリ帯域幅 | 68.2GB/s ? | 200GB/s | 400GB/s |
メモリ帯域幅 | 128bit | 256bit ? | 512bit ? |
DRAM | LPDDR4x-4266 ? | LPDDR5-6400 ? | LPDDR5-6400 ? |
トランジスタ数 | 160億 | 337億 | 570億 |
製造プロセスルール | 5nm | 5nm | 5nm |
M1のCPUは、高性能コアが4コア、高効率コアが4コアという構成になっていた(なお、両者は同時に動かすこともできる)。
それに対してM1 Pro、M1 Maxでは高性能コアが8コア、高効率コア2コアという構成になっている(いずれも最大構成時)。高性能コアが8コアになっているのは、性能向上策としてはまっとうな手法。それに対して高効率コアが2コア減っているのは解せないが、高効率コアが有効になるときには性能は問われず、高性能コアに比べれば圧倒的にダイサイズに占める割合は小さいが2つ減らすことで、その分をほかに回すことが可能になるので、そういう決断をしたのかもしれない。
GPUに関しては大きく演算器が増やされており、M1では8コアだったものが、M1 Proでは16コアに、M1 Maxでは32コアになっている。GPUの演算性能はGPUの演算器の数に依存するので、M1 ProではM1の2倍、M1 MaxではM1の4倍と表現している。M1の浮動小数点演算性能(単精度)が2.6TFLOPSだったので、M1 Proでは5.2TFLOPS、M1 Maxでは10.4TFLOPSとなる。これがどのGPUに相当するかだが、NVIDIAのワークステーション向けモバイルGPUだと、NVIDIA RTX A2000(GA106)が9.3TFLOPS、NVIDIA RTX A3000(GA104)が12.8TFLOPSになるので、M1 MaxはA2000とA3000の間の性能を持っていると考えられる。
ニューラルエンジンに関しては3つの製品で変わらず16コアのままで据え置かれている。これは特に性能を強化する理由がないと考えられるためで、妥当な判断だろう。
メモリも2倍と4倍にしてきたと考えられるM1 Pro/M1 Max、広帯域の実現でGPUが本来の性能を発揮できる
そしてもう1つ重要なポイントは、M1 Pro/M1 Maxは十分なメモリ帯域をサポートしていることだ。というのも、演算器のスペックはよくとも、メモリの帯域幅が十分ではないと、そこがボトルネックになってしまいGPUが十分に性能を発揮できないからだ。
だが、M1 Proは200GB/s、M1 Pro Maxが400GB/sという広帯域幅を実現していることは非常に重要なポイントだと言える。Appleは公表していないが、実機レベルの確認でM1のDRAMはLPDDR4x-4266を搭載していることがわかっている。メモリのバス幅が公表されていないのだが、128bit幅だと仮定すると68.2GB/sの帯域になる。メインストリーム向けのPCとしては一般的な帯域幅だ。
それに対してM1 Proでは200GB/s、M1 Maxでは400GB/sという帯域幅を実現することになるので、これは大きなジャンプだ。Appleはバス幅と利用しているメモリを公開していないためハッキリしたことはわからないのだが、帯域幅から想像するに現在手に入るDRAMの中で最大の性能を持つLPDDR5-6400であれば、計算は成り立つ。
例えばSamsung ElectronicsのLPDDR5-6000は64bit幅で51.2GB/sなので、256bit幅と考えられるM1 Proであれば51.2GB/s×4=204.8GB/s、512bit幅と考えられるM1 Maxでは51.2GB/s×8=409.6GB/sとなり、計算上は成り立つ(逆に言うと、この組み合わせでしか、200GB/s、400GB/sは実現できないからほぼこの組み合わせで間違いないと考えられる)。
仮にこの計算があってるとすれば、メモリコントローラはM1 ProはM1の倍、M1 MaxはM1の4倍搭載されていることになり、CPUやGPUの強化と併せて、ダイサイズは当然増えることになる。実際、トランジスタ数はM1が160億であるのに対して、M1 Proは337億と倍以上、M1 Maxは3.56倍となっている。それなのに、今回プロセスルールは5nmとM1と同じ世代(実際にはマイナーな改良は入っていると考えられるが)であるので、ダイサイズの肥大化は避けられない。実際、Appleが公開したダイ写真はそのことを裏付けて、きれいにスケーリングしていることがわかる。
このことは、消費電力の増加を意味する。実際、M1 Proを搭載した14型のMacBook Pro、M1 Maxを搭載した16型のMacBook Proは、それぞれ1.6kg、2.1kgという重量になっている。M1を搭載した13型のMacBook Proが1.4kgだったのに比べるとやや重いなと感じるユーザーが多いのではないだろうか。その最大の要因はバッテリの容量で、13型が58.2Wh、14型が70Wh、16型が100Whとなっている。こればっかり性能と消費電力はトレードオフだし、バッテリの容量と重量はトレードオフなので致し方ないところだ。
MacBook Pro最強のアプリケーションだったBoot Campが使えないArm版MBP、アプリケーションの互換性に課題
今回のAppleの発表を見ていて筆者が感じたのは、「ハードウエアがスゴイのはわかったけど、アプリケーション(応用例、具体的な使い方)は?」という素朴な疑問だ。Appleが優れているのは、ちゃんとアプリケーションを同時に提案できることにある。iPhoneにせよ、iPadにせよ、それがきちんとできたから、ユーザーに支持されている、そのことは疑いの余地がないだろう。
しかし、M1の時にも同じことを感じたのだが、今回のM1 Pro/M1 Maxでもその疑問は何も用意されていないなと感じた。というのも、このスゴイ性能、特にGPUを何に使うのかと言われると、正直Adobe Creative Cloudで使うしかないな、と思ったからだ。例えば、Premiere Proで動画や、それこそ映画を編集しているプロプロフェッショナルユーザーであれば、64GBのメモリとM1 Maxを搭載した16型のMacBook Proを選択すれば、今まではiMacやMac Proで編集していた動画をノートPCでやれるようになる。そのことは大きな魅力だと言える。
上の記事は以前紹介した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』をPremiere Proで製作している例だが、こうしたプロフェッショナルユーザーが16型MacBook Proを選択するというのは非常にいいアプリケーションだと思う。Adobe Creative Cloudを使うクリエイターの市場は非常に大きく、それだけも十分魅力的な市場だが、それ以外に何に使うのと聞かれると、あとはFinal Cut ProのようなApple純正のアプリを使っているユーザーに恩恵があるぐらいだろう。
Intel Mac時代であれば、Boot CampでWindowsを起動してWindowsアプリを使うという手段が効いた。筆者個人としてはこのBoot CampこそMacBook Proで最も魅力的な「アプリケーション」だと考えていただけに、Arm版のmacOSになってそれが使えなくなったことは、macOSの魅力を(結果的に)大きく損なってしまっていると考えている。
実際、「Windowsも使えるからMacBook Proを選択していた」という筆者の周りの編集者が、会社の業務アプリケーションが使えないからという理由でWindows PCに乗り換えている例が増えている。
確かに、Parallels DesktopなどのArm版Windowsを利用可能にする仮想化ソフトは提供されているが、CPU/GPUの性能をネーティブに生かすためにはそれでは不十分なのは言うまでもない。その意味では、AppleはBoot CampのArm版を本気で検討してほしいと心から願いしたい(その場合でもWindows側でx86-Armへの変換が入るが、仮想マシン上で動かすよりも性能は高まる)。
今のAppleに要求されていることは、AAAタイトルのゲームや3D CADのようなプロフェッショナルツールをM1 Macへ移植してもらう努力だろう。モバイルワークステーションのメインアプリケーションは、自動車メーカーであれば「CATIA」や「ANSYS」といった3D CADのツールを多用するが、これらの多くはWindows版しか提供されていないのが現状だ。そうしたアプリケーション・ソフトウエアをArm版macOSネーティブにしてもらえるか、それがクリエイター以外のプロユーザーがMacBook Proを選択するかの分かれ道となるだろう。