福田昭のセミコン業界最前線

高速はSSD、大容量はHDDへと役割分担が進むストレージ市場

~日本HDD協会2019年1月セミナーレポート【応用分野・技術開発編】

HDDとSSDの出荷台数推移(世界市場、2015年~2023年)。2017年までは実績、2018年は推定、2019年以降は予測。出典: テクノ・システム・リサーチ

 ハードディスク装置(HDD: Hard Disk Drive)関連の業界団体である日本HDD協会(IDEMA JAPAN)は、今年(2019年)の1月25日に「2019年ストレージの最新動向と今後の展望」と題するセミナーを開催した。

 日本HDD協会はこれまで毎年1月あるいは2月に、業界動向や技術動向、市場動向に関するセミナーを主催してきた。この恒例のセミナーで非常に高く評価されているのが、市場調査会社テクノ・システム・リサーチによるストレージ市場分析である。

 今年は「Updated Storage (HDD and SSD) Market Outlook」と題する講演があった。講演者は同社のアシスタントディレクターをつとめる楠本一博氏である。楠本氏は、HDD市場とSSD市場、ストレージの応用市場などを分析した結果を分かりやすく解説していた。

 HDD市場に関しては本コラムの前々回、SSD市場に関しては本コラムの前回ですでに概要をご報告した。本編では、応用分野別のストレージ市場に関する講演と、大容量HDDの開発トレンドに関する講演の概要をご紹介する。

 なお、本セミナーの講演内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されている。本レポートに掲載した画像は、講演者と日本HDD協会のご厚意によって掲載の許可を得たものであることをお断りしておく。

ストレージの世界出荷台数は2023年まで5億4,000万台強で推移

 はじめに、ストレージ市場全体における、HDDとSSDの出荷台数の推移を見ていこう。一昨年(2017年)のHDDの出荷台数(世界市場)は4億308万台、SSDの出荷台数(世界市場)は1億2,182万台だった。単純に両者を合計すると、5億2,490万台のストレージが出荷されたことになる。

 昨年(2018年)には、HDDの出荷台数は3億7,929万台に減少し、SSDの出荷台数は1億6,715万台に増加したと推定する。合計の出荷台数は5億4,644万台で、前年に比べて4.1%ほど増加した。

 今年(2019年)は、HDDの出荷台数は3億4,040万台に減少し、SSDの出荷台数は2億410万台に増加すると予測する。SSDの出荷台数ははじめて2億台を超えることになる。合計の出荷台数は5億4,450万台で、昨年からわずかに減少する。

 来年(2020年)以降はどうか。HDDの出荷台数は減少し、SSDの出荷台数は増加する。合計の台数はあまり変わらない。5億4,000万台強の水準を維持する。

PC本体はデスクトップが微減、ノートが微増のトレンド

 応用分野別では、「PC向け」のストレージ市場と「エンタープライズ向け」ストレージ市場の概要を展望した。いずれもストレージの主要な応用分野である。

 はじめはPC本体の出荷動向を見ていこう。一昨年(2017年)のPC出荷台数(世界市場)は2億5,439万台で、前年に比べて0.27%の増加である。昨年(2018年)の出荷台数は2億5,460万台と推定した。前年比に比べて0.08%の増加である。2年連続で、ほぼ横ばいで推移してきたことが分かる。今年(2019年)のPC出荷台数は前年比1.1%増の2億5,750万台と予測する。

 PC本体の内訳は大きく、「IAサーバー」と「デスクトップPC」、「ノートPC」の3つに分かれる。出荷台数が最も多いのはノートPCで、PC全体の約6割を占める。一昨年(2017年)の出荷台数は前年比3.1%増の1億5,311万台だった。昨年(2018年)の出荷台数は同2.3%増の1億5,660万台と推定した。今年(2019年)の出荷台数は同3.1%増の1億6,150万台と予測する。わずかずつではあるものの、3年連続で増加する。

 次いで出荷台数が多いのはデスクトップPCである。一昨年(2017年)の出荷台数は前年比4.2%減の9,136万台だった。昨年(2018年)の出荷台数は同3.3%減の8,830万台と推定した。今年(2019年)の出荷台数は同2.3%減の8,630万台になると予測する。わずかながら、減少傾向が続く。

 最も出荷台数が少ないのはIAサーバーである。一昨年(2017年)の出荷台数は前年比1.6%増の992万台だった。昨年(2018年)出荷台数は同2.2%減の970万台と推定した。今年(2019年)の出荷台数は昨年と変わらず、970万台になると予測した。

2017年から2019年でPCストレージの勢力図は大きく変化

 PC本体が搭載するストレージには、HDDとSSD、eMMC/UFSの3種類がある。また機種によっては、2種類以上のストレージを搭載していることがある。この前提で、IAサーバーとデスクトップPC、ノートPCにおけるストレージの搭載率の推移(2017年~2019年)を、楠本氏は講演スライドで示していた。

 IAサーバーでは2017年から2019年にかけてHDDの搭載率が大幅に減少し、SSDの搭載率が大幅に増加する。HDDの搭載率は2017年が90.2%と標準搭載に近かったのが、2019年には46.9%と半分近くに減ると予測する。SSDの搭載率は2017年に9.6%と非常に少なかった。それが2019年には53.1%と大幅に上昇し、IAサーバーの半分を超えるようになる。言い換えるとIAサーバーが標準で組み込むストレージの台数では、SSDがHDDを逆転する。

 デスクトップPCでも、2017年から2019年にかけてHDDの搭載率が減少し、SSDの搭載率が増加する。ただしIAサーバーとは違い、HDDとSSDの逆転は起こらない。2017年におけるHDDの搭載率は82.6%、SSDの搭載率は10.1%、eMMC/UFSの搭載率は3.6%である。これが2019年にはそれぞれ53.3%、34.8%、11.8%へと変化する。

 ノートPCはすでに、SSDの搭載率がかなり多い。2017年におけるSSDの搭載率は39.2%である。HDDの搭載率は52.4%で、HDDがまだ優勢である。eMMC/UFSの搭載率は6.2%とあまり多くない。2019年には、SSDの搭載率は57.6%へと増加し、半分を超える。HDDの搭載率は32.5%に減少する。ノートPCでHDDを搭載する比率は、約3分の1になる。

PC出荷台数と内蔵ストレージ出荷台数の推移(2017年~2019年)。出典: テクノ・システム・リサーチ

エンタープライズは高性能向けSSDと大容量向けHDDに2極化

 次は「エンタープライズ向け」ストレージ市場の概要を見ていこう。

 エンタープライズ向け市場を構成するストレージは、「エンタープライズ向けSSD」と、「エンタープライズ向け高性能HDD」、「エンタープライズ向け大容量HDD(ニアライン向けHDD)」の3種類である。講演では、2015年から2023年までのトレンドをかなり詳しく予測してみせた。

 全体としては、現在の3極から高性能HDDの市場が縮小して2極化が進む。高性能ストレージ分野ではHDDからSSDへの置き換えが進み、SSDが完全に主役になる。大容量ストレージ分野では、ニアラインHDDが積極的な大容量化によって主役を維持する。

エンタープライズ向けストレージの市場推移(世界市場、2015年~2023年)。2017年までは実績、2018年は推定、2019年以降は予測。出典:テクノ・システム・リサーチ

 以下は、単年ベースの動きを一昨年(2017年)から今年(2019年)まで記述していく。一昨年(2017年)の時点で出荷台数がもっとも多かったのは、ニアライン向けHDDである。出荷台数は4,240万台だった。次がエンタープライズ向け高性能HDDで2,259万台、最も少ないのがエンタープライズ向けSSDで1,597万台である。

 ただし一昨年(2017年)の市場を金額ベースで見ていくと、様子がかなり変わってくる。

 販売金額が最も多かったのはエンタープライズ向けSSDで、71億1,780万ドルである。次がニアライン向けHDDで67億3,400万ドルとなっている。金額が最も少ないのはエンタープライズ向け高性能HDDで、30億6,100万ドルである。

 前年である2016年の時点では、金額ベースではニアライン向けHDDがエンタープライズ向けSSDを上回っていた。2017年に、金額の逆転が起こったことになる。

 昨年(2018年)の出荷台数(推定値)を種類別に見ていくと、エンタープライズ向けSSDが前年比50.9%増の2,410万台、エンタープライズ向け高性能HDDが同4.7%減の2,152万台、ニアライン向けHDDが同23.9%増の5,252万台となっている。エンタープライズ向けSSDの出荷台数が大きく伸びて、エンタープライズ向け高性能HDDの出荷台数を初めて超えた。

 今年(2019年)の出荷台数(予測値)は、エンタープライズ向けSSDが前年比20.3%増の2,900万台、エンタープライズ向け高性能HDDが同11.7%減の1,900万台、ニアライン向けHDDが同4.0%増の5,460万台である。

巨大な記憶容量をさらに急拡大するニアラインHDD

 ここからは平均記憶容量(1台当たりの記憶容量)に注目する。

 一昨年(2017年)における平均記憶容量はエンタープライズ向けSSDが前年比11.2%増の1,082GB、エンタープライズ向け高性能HDDが同12.6%増の842.98GB、ニアライン向けHDDが同30.1%増の6,203.6GBである。

 昨年(2018年)における平均記憶容量(推定)はエンタープライズ向けSSDが前年比15.5%増の1,250GB、エンタープライズ向け高性能HDDが同10.3%増の930GB、ニアライン向けHDDが同25.7%増の7,800GBである。そして今年(2019年)における平均記憶容量は、エンタープライズ向けSSDが前年比13.6%増の1,420GB、エンタープライズ向け高性能HDDが同8.6%増の930GB、ニアライン向けHDDが同16.7%増の9,100GBになると予測する。

 エンタープライズ分野ではいずれのストレージも、2桁あるいは2桁に近い比率で平均記憶容量を拡大していることが分かる。そのなかでも、ニアライン向けHDDの平均記憶容量が圧倒的に大きく、また容量拡大のペースが速い。エンタープライズ向けSSDもかなり速いペースで記憶容量を増やしていくものの、ニアライン向けHDDとの差は詰まるどころか、広がっていく。

ニアライン向けHDDの大容量化を牽引する技術

 ニアライン向けHDDの記憶容量拡大を支えているのが、継続的な技術開発の積み重ねである。楠本氏は講演で、ニアライン向けHDDの記憶容量拡大を後押しするいくつかの要素技術を説明してくれた。ドライブ容量の拡大とともに導入された要素技術を、以下に述べていこう。

 従来から使われてきた記録技術は、垂直磁気記録(PMR: Perpendicular Magnetic Recording)方式である。PMR方式のドライブは気密封止されておらず、ドライブが内蔵するプラッタ(ディスク)や磁気ヘッドなどの周囲は空気(エア)で満たされていた。この状態でPMRの記憶密度を向上させつつ、プラッタの枚数増加を併用することで、4TBまではドライブ容量の拡大が進んだ。

 ドライブ容量で6TBからは、ドライブ内部にヘリウム(He)のガスを充てんして気密封止する製品が登場した。従来方式では、プラッタの回転による流体抵抗(空気による抵抗)が、磁気ヘッドを不安定にするという問題が無視できなくなったことによる。ヘリウムは分子が空気(主に窒素)に比べると軽いので、プラッタの回転による流体抵抗が下がる。磁気ヘッドの外乱を大きく低減できる。ヘリウム封止により、プラッタを薄くしてより多くの枚数のプラッタをドライブに内蔵することで、ドライブの記憶容量を拡大できるようになった。

 続いてドライブ容量で10TBからは、瓦磁気記録(SMR: Shingled Magnetic Recording)方式を採用した製品が登場する。SMR方式では隣接するトラックの一部を重ね合わせることで、記録密度を高める。

 そして12TBからは、2次元磁気記録(TDMR: Two Dimentional Magnetic Recording)方式を採用した製品が登場した。TDMR方式では2個の読み出し磁気ヘッドがそれぞれ、2つのトラックから信号を読み出す。具体的には、目的のトラック以外に、隣接する2つのトラックからも信号を読み出し、1つの信号として再生する。こうすると、隣接するトラック間の干渉などを除去できるので信号対雑音比が高まる。すなわち、トラックの密度を従来よりも高められる。

ニアライン向けHDDの記憶容量(ドライブ当たり)と要素技術。出典: テクノ・システム・リサーチ

エネルギーアシスト技術で40TBを目指す

 さらに16TBからは、「エネルギーアシスト磁気記録」と呼ばれる、新しい磁気記録技術を導入する。書き込み時に記録媒体に外部からエネルギーを与えることで磁化反転に必要な磁界を一時的に小さくし、書き込みを容易にする技術だ。

 この技術にはおもに2つの方式がある。熱エネルギーを使う「熱アシスト磁気記録(HAMR: Heat-Assisted Magnetic Recording)」方式と、マイクロ波のエネルギーを使う「マイクロ波アシスト磁気記録(MAMR: Microwave Assisted Magnetic Recording)」方式である。

2018年~2021年におけるニアライン向けHDDの開発ロードマップ。出典: テクノ・システム・リサーチ

 HDD大手2社は、エネルギーアシスト磁気記録に関してはそれぞれ別の技術を採用し、開発を進めてきた。Seagate TechnologyはHAMRを、Western Digital(およびHGST)はMAMRを導入した。

 いずれも8枚のプラッタを内蔵する記憶容量が16TBのドライブから、製品化を始めつつある。2019年には両社ともに、量産を始める見込みだ。

 2020年~2021年には、記憶容量を20TB~24TBに拡大した製品を投入する計画である。そして最終的には、ドライブ当たりで40TBという大きな記憶容量の実現を目指す。市場への投入時期は、2023年~2025年となる見込みだ。