山田祥平のRe:config.sys
愛でるキーボード
2019年12月21日 11:00
変わらないし、変えられない
PFUがHappy Hacking Keyboard(HHKB)のラインナップを一新した。初代が発売された1996年12月以来、23年目の刷新だが、見かけでは判別がつかないくらいに“そのまま”なのに驚いた。
このキーボードは、2019年度のグッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞しているそうだ。過去の受賞製品には、キッコーマンの醤油差し器やヤクルトの瓶など、誰もが慣れ親しんでいて、暮らしのなかに溶け込んでいるような製品が並ぶが、このキーボードも、まさにロングライフにふさわしいデザインということなのだろう。
23年間とは言わないが、個人的にもかなり長い間、HHKBを使い続けている。自宅の仕事部屋では東プレのREALFORCEを使っているので、同じ静電容量式無接点方式キーということで違和感がなく、コンパクトさもモビリティ志向で、長期の出張には24型ディスプレイと一緒に携行してきた。
愛用のREALFORCEは、新型でスペースキーを少し長くするために、その右側にある変換キー、ひらがなキーが右に少しシフトしたため、キーレイアウトが変わってしまい、旧製品が手に入るうちに予備を購入しておこうかどうか迷っているところだ(愛と哀しみの変換キー)。そんな背景もあって、HHKBが新型を出すと聞いたときは、レイアウト変更を懸念していた。
実際、PFUは東プレとの協業で、REALFORCEのPFU限定モデル「PFU Limited Edition」を提供しているのだが、そちらは本家のREALFORCE同様に新レイアウトだ。だから心配だったのだ。でも、新HHKBの実機を見て触って安心した。何も変わっていない。当たり前だ。PFU Limited EditionはHHKBではないのだから。
未来永劫、同じものが入手できるかどうか
PCに接続するデバイスのうち、もっとも長持ちするのがキーボードではないか。そういう意味では、HHKBの発案者でもある和田英一氏(東京大学 名誉教授、IIJ)の考え方と同感だ。同氏は、次のように語り、HHKBのアイデンティティとしてアピールされている。
「アメリカ西部のカウボーイたちは、馬が死ぬと馬はそこに残していくが、どんなに砂漠を歩こうとも、鞍は自分で担いで往く。馬は消耗品であり、鞍は自分の体に馴染んだインターフェイスだからだ。いまやパソコンは消耗品であり、キーボードは大切な、生涯使えるインターフェイスであることを忘れてはいけない」。
そのとおり、PCは世代が変わるごとに、次々に代替わりさせてきた消耗品だが、キーボードだけは長期間同じものを使い続ける。REALFORCEがそうだ。手元で常用しているのは2007年の購入だ。日本語109タイプが出たときに前のREALFORCEと入れ替えた。
キーボードもへたりはあるので、生涯使えるかどうかは別にして、PCのような機器とは比べものにならないほど長持ちする。だからこそ、新調するときにはまったく同じものが入手できるかどうかは重要なポイントだ。
道具を手なずける
ノートPCのキーボードの主流がアイソレーション、いわゆる浮き石タイプのものになり、出先での作業時、確実に自分の打鍵速度が落ちたように感じている。インタビューなどでもひっかかりを感じることが少なくない。それでもPCの薄型軽量化には重要な技術だから受け入れるしかない。デスクトップPCのキーボードは自分の好きなものが使えても、ノートPCはそうはいかない。すべてがオールインワンで提供されているからだ。
道具は、自分の使いやすいものを選ぶか、自分が相棒としての道具に合わせるかのどちらかだ。使いやすい道具をアタッチして使うのは往生際が悪いようだが、それができるのがPCの醍醐味ではある。
個人的には日本語キーボードに自分を合わせた過去がある。英語キーボードのほうが汎用性が高いのはわかっているが、自分が使うであろうあらゆるノートPCに英語キーボードが提供されているとはかぎらないからだ。
アイソレーションも自ら進んでトレーニングすればいいはずだ。だが、なかなか慣れ親しめずに、HHKBのようなデバイスを外付けする。どうにも往生際が悪い。
世のなかにはワープロやPC検定、タイピングコンテストのようなものが存在するが、たぶんぼくはどれを受験しても及第点をもらえないだろう。自分の使いやすいようにカスタマイズした環境を持ち込むことができるならまだしも、与えられた環境のなかで奮闘するのでは、高得点はなかなか難しい。
そもそもぼくはミスタイプが多い。過去において初心者にPCの基本を教える書籍を書いたことがあるが、そこでも正しく間違えないようにタイプすることに努力するより、間違えたときにすばやく修正できるようになろう、と記した。
間違ったことにすぐに気がつくためにはタイプ中も画面を凝視していなければならない。そのためのタッチタイプだ。そして、間違ったらすぐにバックスペースキーに手を伸ばす。最初に覚えるべきは文字キーの位置ではなく、バックスペースのキー位置というわけだ。
シャープペンシルと紙のノートを捨て、モバイルノートPCを持ち歩くようになり、読み書きそろばんをPCにゆだねるようになってから30年以上経った。そのさらに前、キータイプを覚えはじめたときに、当時の主流だったダイアモンドカーソル(Ctrl+S、D、E、X)と、バックスペースの代用のCtrl+H、エンターの代用のCtrl+Mを指にたたき込んだ。
その当時使っていたPC-9800シリーズのキーボードは、Aの隣にCaps、さらにその左にCtrlがあった。また、ずっと愛用してきたワープロアプリ「一太郎」がこのキーコンビネーションを使えた。Windowsの標準ショートカットは保存がCtrl+S、切り取りがCtrl+Xだが、これらについてはないものとしてあきらめた。
今は、ユーティリティを使ってCtrlとCapsを入れ替え、エディタなどでこれらのキーコンビネーションが使えるように設定してWindowsを使っている。Windowsがレジストリなどでキーアサインを変えられなくなったら、PCを捨てるかもしれないくらいに指になじんでいる。
HHKBは、Aの隣にCtrlキーがあるキーボードだ。ただしDIPスイッチでCapsとの入れ替えができる。もっとも、ノートPCはキーボードがオールインワンなので、接続するHHKBはDIPスイッチでCtrlとCapsの位置を入れ替えてノートPCと同じ配列にし、ユーティリティを使って入れ替えるというややこしいことをしている。こうしておくことで、内蔵キーボードでも外付けのHHKBでも同様のレイアウトで使えるからだ。
今回、HHKBにはキーマップ変更ユーティリティが提供され、DIPスイッチを使わなくても各種キーの入れ替えができるようになった。また、その入れ替え設定をキーボード本体に書き込めるようになり、OSの設定をいじらなくても、いつでもどこでも自分が使いやすいキー配列を得られる。
新しいHHKBは、USB Type-Cによる有線接続と3系統のBluetooth接続ができるハイブリッド仕様に生まれ変わったが、これが系統ごとに別々に配列を設定できたらどんなによかったかと思う。きっとそんなニーズはないに等しいのだろう。
HHKBの世界観
キーボードとマウスは人間とスマートデバイスが対話する上での最重要なインターフェイスだ。今ならタッチパッドやタッチスクリーンもその仲間だといえるし、音声インターフェイスも欠かせなくなりつつある。
この先、何年生きるかわからないが、PCを使い続けるかぎりはキーボードとの付き合いは続く。まさに生涯付き合いが続くデバイスだ。スマートフォンでのフリック入力を覚えて10年近く経つが、いまだに物理キーボードの打鍵速度には敵わない。そういうユーザーに、とにかく頑固に、以前と何も変わらないキーボードを提供し続けるHHKBの姿勢は貴重だ。
そのエッセンスを本当は若い世代の人にも知ってほしくはある。本当はもうちょっと軽ければ持ち運びやすいとか、WindowsやMac特有のキートップを用意してほしいとか、いろいろあったりするのだが、それはあえて言うまい。
それを言ってはいけない雰囲気こそがHHKBの世界観でもあるからだ。この先の四半世紀も同じままであってほしい。その先はまあ、どうでもいい……。