山田祥平のRe:config.sys

愛と哀しみの変換キー

愛と哀しみの変換キー

 PC用高級キーボードの雄として知られ、キータイプの達人から高い評価を受けてきた東プレのREALFORCEが刷新され、第2世代製品R2の発売がはじまった。初代以来、じつに16年ぶりのモデルチェンジだという。初代機からの愛用者の1人として興味津々だが懸念もある。

あくまでも快適に、あくまでも気持ちよくタイプを究める

 最初にREALFORCEを使いはじめたのは2002年頃だった。実機はまだ手元に残っているがPS/2インターフェイスの「REALFORCE 106 LA0100」が最初だった。まわりの噂を聞いて購入してみたのだが、手元で最初に使ったときの、その静電容量式無接点方式キーの叩き心地に感服した気持ちは今も指が覚えているくらいだ。大げさと言われそうだが実際そうだったとしかいいようがない。

 その後、インターフェイスがUSBに変わり、Windowsキーとアプリケーションキーが追加された製品として「REALFORCE 108UH SA0100」が発売されたのでそちらに乗り換えた。購入したのは発売とほぼ同時だったから2007年のはずだ。

 それまで使っていたのは日本語106キーレイアウトベースでキーごとの荷重が異なる変荷重モデルだったが、日本語109ベースになりキーはすべて45g荷重となった。

 以来、自宅の仕事場ではずっとこのキーボードを使ってきた。PCは何度更新したかわからないが、少なくともキーボードだけはずっとこれだ。ちょうど10年目の節目を迎えたことになる。

 10年が経過したといっても、叩き心地に何の不満があるわけでもない。2万円前後のキーボードは高価ではあるが、10年間使って何の問題も出ないのなら1年間に2,000円だ。それでいつも快適に気持ちよくモノカキの仕事ができるのなら安いものだ。PC本体はもちろん、マウスなどでもこうはいかない。

 とくにきれい好きというわけでもないのでキートップは汚れているしホコリもたまったりしているのだが、叩いたときのフィーリングはあくまでも普遍だ……、と思っていた。

最高級キーボードでも経年変化でヘタリはあることを確認

 とにかく刷新された新キーボードを使ってみることにした。試したのは標準モデルの「R2-JPV-IV」だ。日本語配列の108キーボードで変荷重仕様のモデルだ。10年間使ってきたものはすべて45g荷重だったので、ちょっとだけ仕様が異なる。

 たとえばAのキーは左手の小指で押すが、このキーは30gの荷重になっている。小指は力が弱いのでほかのキーよりも弱い力で押せるようにするためだ。こうしてキー位置によって30g、45g、55gと異なる荷重が設定されている。じつに細かな配慮だ。15年前にREALFORCEを初めて使ったときに覚えた感動がよみがえる。

 そしてキーボードも10年叩き続ければヘタリが出てくることにも気がついた。ずっとそのキーボードを使い続けているかぎり、新品と比べるわけではないのでヘタリについてはまるで気にならないのだが、並べて使ってしまうともうダメだ。古いキーボードは叩いていて粘着的なフィーリングがつきまとう。

 となれば、10年使ったのだから、そろそろ新しいキーボードに交替させようというふうになる。

 ところが、新REALFORCEは先代とキーボードレイアウトが変わってしまった。具体的には最下段のレイアウトが異なる。スペースキーを長くしたほうが使いやすいという声を反映し、従来よりもキー1つ分ほど長くなっているのだ。日本語入力のかな漢字変換でスペースキーを使う方は多いと思うし、英語を入力する場合も区切りはスペースで、頻繁に使うキーなので、それが長いほうがいいというのも一理ある。

 だが、そのしわ寄せで変換キーの位置が右にキー1つ分ずれてしまった。個人的にはこれがもっとも痛い。

標準配列との違いに悩む

 キーレイアウトという点ではREALFORCEの108配列は、標準的な109キーボードとは異なる。キーの数が1つ少ないのは右Windowsキーがないからだ。

 新REALFORCEでは、左Windowsキーを少し左にシフトさせ、Altと無変換もそれにくっついて左に少しずれた。そして、Cキーの右下からMキーの右下までをカバーする長いスペースキーが配置されている。これまでのスペースキーはキー3個分より短かったが、新スペースキーは4個分ある。かなり長い。また、アプリケーションキーはなくなり、代わりにFnキーが配置され、Fn+F11でCtrlとCapsの入れ替えといったことができるようになった。

 ぼくの普段の入力では、変換キーを日本語入力のオン/オフに使っている。Windowsでの一般的な作法では半角/全角で切り替えるが、頻繁にオン/オフするのにキーが遠く操作が煩雑過ぎるので、変換キーでオン/オフしてきたのだ。そして、標準的な日本語キーボードでは、変換キーはJキーのほぼ真下にある。この位置は、ホームポジションに両手を置いたときに、右手の親指を自然に降ろせば叩ける。

 ところが新REALFORCEの変換キーが右にシフトしてしまったために、相当意識しないと正確に叩けない。従来のレイアウトにおけるカタカナひらがなキーの位置まで右にシフトしてしまっている。今までと同じ感覚でいると確実にスペースキーを叩いてしまう。これはものすごいストレスだ。

 これをストレス回避するには日本語入力のオン/オフを定義し直す方法がある。たとえばCtrl+スペースでオン/オフするようにすればいい。あるいは指に新しい変換キーの位置を文字どおり叩き込むか……。

 たぶん、慣れの問題だとは思う。このキーボードだけを使うのであれば、おそらく1週間も意識すれば手が勝手に覚えてくれるだろう。でも、出先では通常配列のノートPC数台を使い分け、この配列を使うのは自宅で仕事をするときだけというのでは、配列の行ったり来たりで混乱は必至だ。

 個人的に英語キーボードに統一したいと思っていても、それができないのは日本国内で入手できるノートPCがすべて英語キーボード対応とはかぎらないからだ。

変わることと変われないこと

 同様のことをNECパーソナルコンピュータのLAVIE Hybrid ZEROのキーレイアウトでも指摘したことがある。LAVIEのほかのキーボードはそうではないのだが、LAVIE Hybrid ZEROだけがスペースキーを長くして、変換キーを右にシフトさせている。

 NECパーソナルコンピューターにそのことを伝えたところ、真摯に受け止めてくださり、社員を対象とした調査までしてくださった。その結果、スペースキーが長いほうが使いやすいということになり、レウアウトを変える必要はないということになったという。

 ここには2つの問題が潜んでいる。1つはNECパーソナルコンピューター製のノートPCに2種類のレイアウトが混在していること。もう1つは標準的なキーレイアウトではなくなってしまったことだ。

 新REALFORCEも同様の問題を抱えていることになる。確かに109キーレイアウトは完全なものではないし、必ず従わなければならないというものでもない。だが、世のなかの多くのキーボードが、できるだけ準拠したレイアウトを提供しようとしているなかで、ノートPCのキーボードのように占有スペース的な制約があるわけでもないフルキーボードで、こういうことをしてしまうのには賛否両論があるんじゃなかろうか。

 「悪法もまた法なり」という言葉のように、確かに109キーレイアウトは邪悪かもしれない。でも、少なくとも必要悪ではある。そのよりどころがあるからこそ、誰がどのキーボードを使ってもそれなりに慣れ親しむことができる。

 そういう意味では新REALFORCEのレイアウトは大きな議論を呼ぶことになるかもしれないし、これから購入しようと考えているのなら、それが許容できるのかどうかを実際に叩いてみて確認することをおすすめする。

 ちなみにREALFORCEの旧モデルは当面併売されるという。長時間キーを叩くことを職業とするオペレータなどに、この新配列がどのように受け入れられるのか。キータイプのプロフェッショナルに絶大な信頼をもって受け入れられてきたREALFORCEであるだけに、ちょっとした懸念を感じざるをえない。

 スペースキーが長いほうがいいという意見を反映したという東プレの姿勢は評価に値するし英断でもあっただろう。だが、製品に係わった関係者の誰1人として反対意見を出さなかったのかどうか。

 新製品として出てしまった以上、元のレイアウトに戻しますということにはならないだろう。この先10年以上はこのままいくことになるにちがいない。そしてそのころには、スペースキーの長い日本語キーボードが事実上の標準になっているのかもしれない。

 とりあえずぼくとしては、ヘタリを確認できた10年選手のキーボードをリフレッシュするために、REALFORCEの旧モデルを購入しようかどうか思案中である。