笠原一輝のユビキタス情報局
タブレットのWindowsライセンス見直しで始まるWintel“帝国の逆襲”
~Officeをバンドルして大幅値下げへ
(2013/6/7 01:11)
Microsoftは、COMPUTEX TAIPEIの会場においてPC業界の関係者や記者などを対象にしたイベントを開催し、2013年末までにリリースを予定しているWindows 8のアップデートバージョン(Windows 8.1、開発コードネームBlue)の詳細を明らかにした(発表内容に関しては別記事を参照)。
最も重要なポイントはWindows 8.1の機能紹介の前に、さらっと発表したタブレット用のWindows 8にOfficeアプリケーションをバンドルした新しい価格モデルを用意するという点だ。価格モデルの詳細に関しては明らかにしなかったが、ある特定の条件を満たしたWindows 8タブレットは、Windows 8+Office(Word/Excel/PowerPoint/OneNote)のライセンス価格が安価になるとMicrosoftでは説明している。OEMメーカー筋の情報によれば、この新しいライセンス形態によりWindows+Officeの価格は大幅ディスカウントされる模様で、Officeという新しい価値をx86版Windowsタブレットに付加することで、GoogleやAppleとの戦いを優位に進めたいという意向だ。
そして、x86版WindowsタブレットへのOfficeのバンドル、大幅なディスカウントが意味することは、かつてのMicrosoftと、Intelの強力なパートナーシップ、Wintel帝国を復活させ、GoogleやAppleに対抗していくことも意味している。
x86版Windows+Officeで大幅なディスカウント
今回Microsoft CFO(最高財務責任者)兼CMO(最高マーケティング責任者)のタミ・レラー氏が発表した内容の重要なポイントを箇条書きでまとめると次のようになる
- x86版WindowsタブレットにOffice(Word/Excel/PowerPoint/OneNote)をバンドルする
- 低価格とプレミアムの2つの価格レンジを設ける
- 7型など小型のタブレットをサポートするためにディスプレイの制限を解除
まず、x86版WindowsタブレットにOfficeをバンドルするというのは、特段驚くことでは無い。というのも、すでにWindows RTタブレットにOfficeがすでにバンドルされてきたからだ。ただし、海外のWindows RTにバンドルされているOfficeは、ビジネス用途には利用できないホームユーザー限定のライセンスになる。学生やホームユーザーが文章を作る時などに用途が限定されており、それ故に、安価にWindows RTにバンドルされているのだ。おそらく、x86版WindowsタブレットにバンドルされるOfficeもそれに準じた形になると考えることができる。
日本市場だけはこのルールの例外で、日本のユーザーだけはWindows RTにバンドルされているOfficeを商用で利用できる(詳しくは別記事を参照)が、現時点ではこの日本特別ルールがx86版Windowsタブレットにも適用されるかは明白ではない。仮に欧米市場でのx86版WindowsタブレットにバンドルされるOfficeがWindows RT版と同じライセンス条件であるとすれば、同じ条件になる可能性は高いと考えられる。
2つ目のポイントである低価格とプレミアムの2つの価格レンジを設けるということの意味は、ずばりx86版Windowsタブレットに低価格のライセンスモデルを用意するという意味だ。OEMメーカー筋の情報によれば、ある特定の条件(液晶ディスプレイのサイズやタッチ機能など)を満たせば、このWindows 8+Officeの価格は30ドル程度になるとMicrosoftは言ってきているという。それ以前はOfficeのライセンス料が非常に高く、100ドルを超えていたのに比べると、圧倒的な低価格だ。むろん、以前のOfficeのライセンスはビジネスにも使えるフルライセンスで、バンドルされると考えられるOfficeはホームユース限定という違いはある。こうしたやり方は、以前ネットブックの普及期にMicrosoftがとった方法で、ある一定の要件を満たしたネットブックにはWindows XP Home Editionを大幅にディスカウントしてライセンス価格で提供した前例がある。基本的にはそれと同じモデルとなる。
そして3つ目のポイントは、液晶の解像度の制限を見直して、7型など小型のディスプレイにも対応できるようにすることだ。より厳密に言うのであれば、この制限はOS側の制限と言うよりは、OEMメーカーがWindowsロゴを製品に張るための要件であるWindows Certification Programの条件が、出荷当初は最低でも1,366×768ドット以上でなければならなかったのを、1,024×768ドット(XGA)以上と緩和し、7型や8型液晶の一般的な解像度であるXGAや、1,280×800ドットも採用できるようにする。この緩和はすでに行なわれており、OEMメーカーはXGA解像度のWindows 8/RTデバイスを製造することが可能になっている。
Microsoftの税金モデルでも価格差を明快に説明できる「Office入ってます」
この3つはそれぞれ違った事象のように見えるかもしれないが、実は1つの線でつながっている。それが低価格化だ。2つ目のライセンス価格の見直し、3つ目の低コストで入手できる低解像度の液晶のサポートというのは説明の必要が無いだろう。しかし、1番最初のOfficeのバンドルに関しては若干の説明が必要だ。
まず、素直な疑問として、そもそもOfficeのバンドルをしなければ、もっと低価格化が可能なのではないかという読者も少なくないだろう。その通りだが、そこはMicrosoftが抱えるジレンマが関係している。というのも、Microsoftのビジネスモデルは、筆者がよく使う“税金モデル”であって、OEMメーカーが製品を1台売る毎にライセンス料を徴収する仕組みになっており、そこがGoogleのAndroidなどオープンソースで作られているOSとの違いであり弱点だ。これまでのPCのように価格が高い製品であれば、全体に占めるMicrosoft税の割合は1番ではあっても相対的には低い。だが、タブレットのように価格が500ドルを切るのが当たり前の製品では、逆に突出して大きくなってしまい、OEMメーカーからはMicrosoftに対して不満の声が出ていたのだ。
そうした時に、Officeをバンドルしてしかも価格を下げるということをすればどうだろうか? 例えば、筆者が話を聞いたOEMメーカーの関係者が証言していた30ドルという価格が本当だとすれば、それは従来のOfficeの値段にもならない(ホーム用途に制限はされるが)。そう考えれば、つまり事実上Windows 8はタダだと言ってもいいだろう。
仮にWindows+Officeで30ドルだと考えれば、OEMメーカーにとっては30ドルのコストを上乗せするだけで、Windowsタブレットを製造できる。すでにIntelもSoCを追加しており、ARM SoCとハードウェアレベルでのコスト差はほとんどない。一般的に材料原価の倍程度の価格をつけることが多いので、最終価格で50ドルの価格の上乗せがあったと考えよう。例えば、299ドルで販売されているAndroidタブレットと、OfficeがついてWindowsが動く349ドルでWindowsタブレットが販売されていたとする。その時にユーザーはどちらがよいと判断するだろうか、Officeが必要な人はWindowsタブレットが安いと思うだろうし、そちらを選択するだろう。
しかも、Appleにせよ、Googleにせよ、現状ではMicrosoftのOfficeバンドルに対抗する術は持っていない。これが、Microsoftの狙いだ。
マーケットの中心は200~400ドル市場に、Microsoftも積極的に参入
Microsoftがこうした戦略をとる背景には、スマートフォンにせよ、タブレットにせよ、すでにクライアントデバイスのボリュームゾーンが、200~400ドル程度に移りつつあるということがある。
その口火を切ったのはAndroid陣営だ。ASUSTeKとGoogleがダブルブランドで販売している「Nexus 7」は、199~299ドルといった低価格で販売され、話題の製品の1つになった。AmazonのKindle Fireはもっと過激で159ドルで販売されているが、Amazonの場合は将来にわたってAmazonで買い物をしてもらうことを前提に、利益度外視でこの価格に設定しているので、除外して考える。
このように欧米、日本などの成熟市場でさえこうした低価格なタブレットは急成長を遂げており、今後も成長が続くと考えられている。こうした中、半導体ベンダーも対応を急いでおり、Qualcommが今回のCOMPUTEXにおいて、従来スマートフォン向けだけだったQRD(Qualcomm Reference Design)をタブレット向けにも提供するのを発表(別記事参照)したのも、この流れの中で考えるべきモノだ。QualcommはQRDで、基板、熱設計、筐体設計のノウハウまですべてセットにして中小のODM/OEMメーカーに対して提供しており、ODM/OEMメーカーは事実上筐体デザインをするだけでSnapdragonシリーズを利用したタブレットを低価格に提供できる。
同じようにARMもCOMPUTEX前日に行なった記者会見で、Cortex-A12と呼ばれるCPUのIPをSoCベンダーに対して提供すると発表した(別記事参照)。その記者会見の中でARMは、200~350ドル程度のミッドレンジ市場が急成長しており、2015年に向けて急成長が予想され、そうした市場に向けてCortex-A9の改良版となるCortex-A12を投入すると発表した。
このように、誰にとっても200~400ドルの市場が次のフロンティアになることは明らかなのだ。その時に、現在のままではMicrosoftは戦う術を持たない。仮に、Officeがないのに100ドルは他のプラットフォームよりも高かったとすれば、コンシューマ向けの市場では勝負にならないだろう。1,200ドルと1,300ドルの差にユーザーは敏感では無いが、200ドルと300ドルの差は同じ100ドルでも意味合いが全く違う。それが、50ドル差に縮まり、差はOfficeの有無にあるとわかりやすく説明できるようになれば、十分戦うことが可能だろう。
Windows RTの普及はより難しくなり、Microsoftの軸足はWintelへと戻る
ただし、Microsoftがこうした戦略をとることで、自ら導入したばかりの製品に対して引導を渡すことになる。それがWindows RTだ。
Windows RTはWindows 8と同時に導入されたARM版のWindowsで、元々は待機時電力が低いARMプロセッサの特徴を活かして、Windowsタブレット向けとする計画だった。しかし、Windows 8がリリースされるタイミングで、IntelがAtom Z2760(開発コードネーム:Clover Trail)を導入すると事情が変わってしまった。IntelのAtom Z2760は、ARM SoCと同じレベルの待機時電力を実現しており、ARMでしか使えないと思われていたConnected Standbyをx86でも可能にしてしまった。本来であればWindows RTは消費電力は低く長時間バッテリで使える長所はあるが、従来のWindowsデスクトップアプリが使えないという弱点がある製品という位置付けになるはずが、デスクトップアプリが使えないという弱点だけが目立つ製品になってしまったのだ。
それでもWindows RTにはOfficeがバンドルされているという、x86版Windowsタブレットにはないメリットがあった。しかし、それがx86版WindowsタブレットにもOfficeがバンドルされるようになれば、そのメリットはなくなってしまう(おそらくWindows RTの価格もx86版Windows+Officeに合わせられるはずだ)。
そこで、MicrosoftはWindows RTだけにOutlook 2013 RTをバンドルするということを今回のCOMPUTEXで発表している(既存のWindows RTユーザーにもアップデートの形で提供される)。せめてそれぐらいでも差をつけようということなのだろうが、主にOutlookが使われているのがビジネスユースであることを考えると、どれだけメリットがあるのかは疑問ではある。
率直に言って、Microsoftは少なくともWindows 8世代では、Windows RTの普及を諦めたのだろう。Windows RTの普及にこだわっていれば、Windows 8共々沈んでしまう……そうしたことを詳細に検討した結果、x86版WindowsにOfficeをバンドルするしかないと決めたのだろう。その証拠に、Microsoftはx86版WindowsにOfficeのバンドルを開始するのはバックツースクール(つまり欧米の学生が夏休みを終えて学校に戻る時期)、つまり9月頃だと明らかにしている。この時期は、Intelが第4世代Coreプロセッサのコンシューマ向けの低価格製品の展開を開始する時期と一致する。であれば、当然両社で話し合われた結果だと考えることができるだろう。
つまり、今回のx86版WindowsタブレットへのOfficeバンドル、そして価格の大幅なディスカウントは、まさにWintel帝国の復活を意味するわけだ。果たしてそれが、領土(マーケットシェア)の拡大につながるのかどうか、それが次の焦点になるだろう。