笠原一輝のユビキタス情報局
“完成版”のWindows 8.1を武器に攻勢に転じるMicrosoft
(2013/6/28 12:45)
米Microsoftは同社のWindowsプラットフォーム向けのソフトウェア開発者などを対象にしたカンファレンス「Build 2013」を、米カリフォルニア州サンフランシスコのMoscone Centerにおいて開催している。2011年にロサンゼルスで行なわれたBuildでWindows 8が初めて公開されるなど、新しいOSが開発者向けに公開される場ともなっており、今回も開発コードネーム「Blue」で開発されてきたWindows 8の改良版「Windows 8.1」のプレビュー版が公開された。
初日に行なわれた基調講演にはMicrosoft CEOのスティーブ・バルマー氏が登場し、詰めかけたソフトウェア開発者に向けて同社の戦略やWindows 8.1での改良点などについて説明を行なった。その模様に関しては別記事を参照していただくとして、本記事ではバルマー氏の講演などから見えてきたMicrosoftのWindows戦略について解説していきたい。
バルマー氏を始めとしたMicrosoftの関係者はWindows 8.1の解説をする時、「Windows 8をブラッシュアップしたバージョン」と表現し、Windows 8リリース後にユーザーから要求が多かった機能を実装したことを強調した。その代表とも言える機能が、Windows 8で削除された“スタートボタン”だ。これまで守勢が目立ったMicrosoftだが、これからはWindows 8.1を武器に攻めの姿勢に転じることになる。
なぜWindows 8においてスタートボタンを廃止したのか
Microsoftは、1995年にリリースされたWindows 95の登場以来、Windowsのシンボルだった「スタートボタン」と、スタートボタンを押すことで表示される「スタートメニュー」を、Windows 8で廃止した。その代わりに、起動時にWindows 8で新たに導入されたタッチフレンドリーなユーザーインターフェイス「Modern UI」が起動するようにして、従来のWindowsデスクトップはModern UIのタイルから呼び出す新しい仕組みを導入した。
なぜ、Microsoftは20年近くに渡りユーザーが慣れ親しんできたスタートボタンをなくすことにしたのだろうか。
ユーザーインターフェイスを使いやすいか、使いにくいかと感じる最大の要因は“ユーザーの慣れ”であるので、これまで慣れ親しんだ仕組みをガラッと変えてしまえば、既存のユーザーから不満の声がでることは分かっていたはずだ。そうした不満の声が出ることを覚悟の上で、スタートボタン/メニューの廃止に踏み切ったということだ。
MicrosoftがModern UIを標準のユーザーインターフェイスにした背景には、特に欧米の成熟市場において、伝統的なクラムシェル型ノートPCの市場がAppleのiPadに代表されるタブレットに食われてしまったという事情があった。日本にいるとあまり感じなかったが、ノートPCとタブレットを1つの市場と見た場合に、iPadのシェアが数十%に達していた市場も欧米にはあったという。これまでクライアント向けのコンピュートデバイスの市場で高いシェアを維持してきたMicrosoftが危機感を持つのは自然なことだろう。
そこで、Windows 8においてスタートボタン/メニューを廃止し、タッチフレンドリーなUIであるModern UIを標準にすることを決定したのだ。もちろん、従来のWindows 7と同じように、デスクトップにスタートボタン/メニューを残し、常にデスクトップから起動し、必要に応じてModern UIを起動するという仕様にすることも可能だった。しかし、その場合にはユーザーが従来のバージョンからの違いを認識できないし、標準のUIをデスクトップにすると結局Modern UIは使われず仕舞いで普及しないに終わる可能性は高い。
Windowsでは以前にも、Windows Media Center、Tablet PC EditionなどさまざまなUIの拡張が行なわれたが、いずれも標準のUIにはなれなかった。タッチUIの普及を目指すなら、デスクトップではなくModern UIを標準にするのは正しい判断だったと思う。それが“冒険”と言えるとしてもだ。
タブレット重視の戦略の一環としてリリースされたSurface RTだが……
それに加えて、Microsoftはタブレット対抗となる重要な戦略変更を行なっている。それは、30年以上の歴史で初めて、自社ブランドのPC/タブレットとなる「Surface RT」、「Surface Pro」を市場に投入したことだ。
特に、先行して販売されたSurface RTは、ARMをサポートしたWindows RTを採用し、発売時には大きな注目を集めた。MicrosoftがSurfaceビジネスを始めた背景は、以前の記事で触れたとおりで、AppleやGoogleなどに対抗するには自社で全てをコントロールできる製品をリリースし、より優れたユーザー体験を提案していくことが狙いだった。
重要なパートナーであるPCメーカーから反発を受けることを覚悟の上で導入したSurfaceだが、払った犠牲をカバーするほどの成功を収めたかと言えば、率直に言ってそうではないだろう。例えば日本では、円安で値上げもあり得た6月に1万円の値下げに踏み切っている(別記事参照)。円安分を入れれば、1万円以上の値下げと言ってもよく、売れていれば値下げする必要がないという商売の常識からすると、Surfaceビジネスが成功を収めていると考える方が難しい状況だ。
仮にSurfaceが大成功を収めて、iPadから多くのユーザーを奪っていたなら、Microsoftがスタートボタン/メニューをなくしたことは“大英断”として褒められていただろう。だが、思ったほどユーザーを奪うこともできず、既存のユーザーやPCメーカーからは反発を食らうだけの“暴挙”に終わってしまったのだ。これがWindows 8で起きていたことだ。
タッチ重視という基本姿勢は変えていないスタートボタンの復活
Microsoftもそうした評価が定着しつつあることは認識しているはずで、年内にリリースするWindows 8.1でさまざまな修正を加えている。
スタートボタンの問題はその象徴で、基調講演でバルマー氏がスタートボタンを復活させたと述べると、会場に詰めかけた開発者からは大喝采が起きた。それだけを見ても、最初のユーザーである開発者も含めてスタートボタンの復活を待ち望んでいたことが伺える。
ただし、スタートメニューに関しては復活させておらず、デスクトップにあるスタートボタンを押すとModern UIが起動する仕組みになっている。また、既定でデスクトップを起動するオプションを用意したが、依然として標準では起動時にModern UIが起動する仕様になっている。つまり、Modern UIが標準であるという一線は譲らずに、ユーザーが求めるスタートボタンだけを復活させたことになり、スマートな道をMicrosoftは選んだと筆者は思う。
すでに述べた通り、重要なのはModern UIが標準UIとして地位を獲得し、タブレット用のOSとしてユーザーに認知されることにあるが、かといって既存ユーザーのスタートボタンを復活させて欲しいという要求も無視できない、そのギリギリを狙ったところが今回のスタートボタンのみの復活につながったのだろう。
筆者は、Microsoftの優れているところが、ここに象徴されていると思っている。時々不可解な行動に出るところもあるが、それでもユーザーの意見に耳を傾ける姿勢を持っている。実際、Windows 8でユーザーが何を不満に感じているのかを調査したのだろうし、その結果がスタートボタンを復活して欲しいということだったので、実装したということなのだろう。顧客が求めるモノをすぐに実装したことは素直に称賛していいのではないだろうか。
このほかにも、Windows 8.1では、別記事で紹介したGPUの利用率を増やして性能を改善した「Internet Explorer 11」、OSに完全に統合されてデスクトップからもModern UIからもシームレスに利用できるようになった「SkyDrive」など、多くの点で改善され、Windows 8で積み残された機能の多くが追加されている。そうした意味で、Microsoft関係者の言う“Windows 8の改良版”という表現は正しく、もっと強い言葉で言うなら“完全版”と言い換えてもいいだろう。
今後は小型ディスプレイや2-in-1デバイスなどの市場で積極的に攻める
では、Microsoftの大きな懸念となっていたiPadへの対抗だが、Windows 8.1になり、それは叶うのだろうか。実は、すでにiPadはさほど気にする必要がなくなりつつある。というのも、iPadの市場シェアは減少する一方で、10型以上のパネルを搭載した製品においてMicrosoftのシェアは下げ止まりそうだと業界では考えられている。
代わりに急速にシェアを伸ばしているのが、7型や8型のやや小型の液晶を搭載したタブレットで、GoogleのNexus 7、AmazonのKindle Fireなどが注目を集めているほか、AppleもiPad miniを発売している。これらの小型タブレットが、iPadのシェアを食っているというのがタブレット市場の現状だ。この市場に対してMicrosoftがどのような手段をとっていくのかに関しては以前の記事で触れた通りで、PC業界で通称「Smaller Screen Program」と呼ばれている7~10型程度の液晶を搭載したタブレット向けに設定された、新しいOffice付きライセンスモデルにより対抗していく。
そして守りだけでなく、今後は積極的に攻めにも打って出る。具体的にはIntelが「2-in-1」と呼んでいる、脱着型、回転型のハイブリッドデバイスの市場を新たに創造することを狙っていく。これまでクラムシェル型ノートPCは生産性の高いビジネスやコンテンツ制作をするユーザー向け、タブレットはコンテンツを消費するだけのユーザー向けという区別が行なわれていたが、2-in-1デバイスでは両方をカバーする製品になる。
こうした市場で成功を収めれば、以前ほどとはいかなくても、失ったシェアを取り返すことが可能になるだろう。それだけに7~8型などの小型タブレット、2-in-1デバイスなどに魅力的な製品を揃えられるかどうかが鍵になっていく。
IntelとAMDは、待機時にはARMプロセッサに近い低消費電力を実現しつつ、フルパワー時にはPC並みの処理能力を実現するプロセッサを相次いで発表している。それがAMDが5月に発表したAシリーズAPU(開発コードネーム:Kabini/Temash)、Intelが6月に発表した第4世代Coreプロセッサ(開発コードネーム:Haswell)だ。さらに、アーキテクチャを完全に一新した22nm版Atomとなる「Bay Trail-T」(開発コードネーム)も追加される予定だ。
これらのより魅力的なハードウェアに、より完成度を高めたWindows 8.1が搭載されていくことで、PCメーカーとしてもより魅力的な製品を提供できる。すでに日本のPCメーカーは、ソニーの「VAIO Duo 13」、パナソニックの「CF-AX3」など魅力的な2-in-1デバイスを提供しているが、9月に始まる欧米のバックツースクールの商戦期、さらには年末のクリスマス商戦期に向けて、海外のPCメーカーも2-in-1デバイスを多数リリースしていく予定だ。買う側のユーザーにとってはしばらく悩ましい時期が続いていくことになりそうだ。