三浦優子のIT業界通信

なぜ日本のOffice 2013のライセンス形態が特別なのか

Office Professional 2013

 Microsoftの「新しいOffice」ことOffice 2013が2月7日に発売となったが、製品そのものに関する評価よりも、提供形態やライセンス契約に対し、疑問の声が飛び交っている。

 実は日本に関しては、従来存在したアップグレードパッケージが、流通サイドが用意した特別版のみになり、日本マイクロソフトが提供するアップグレードパッケージがなくなるという変化はあったものの、「Office 2010」から大きな変更はない。ところが、欧米など日本以外の国において、大きくライセンス形態/提供形態が変更されたことについてニュースが伝わったことで、「日本でも同じなのか?」と間違った疑問の声が上がるようになってしまった。

 さらに、今回は他国では発売されているOffice 365 Home Premiumが日本では発売されていないという違いもある。その点からも、「なぜ日本だけ特別なのか?」という疑問の声も挙がっている。最近、Windows Phone 8やSurfaceの事例などに見られるよう、Microsoftの施策の中で、「日本だけ特別」はプラスではなく、マイナスなイメージとなっているからだ。

 日本マイクロソフトに、日本だけがなぜ特別扱いなのか、その背景を聞いた。

日本のライセンス提供形態は2010から全く変わらず

 2月19日、日本マイクロソフトは、急遽Microsoft Office製品マーケティングブログを更新した。海外のニュース記事が翻訳されたことで、Office 2013のライセンスに対する不安の声が挙がったためである。その声の中には、「Office 2013では利用しているPCが壊れても、新しいPCへの移管ができない」という点に対する不安が多かった。それを受けブログでは、「日本のライセンス体系は、従来通り」で、「Office 2010から変更はありません」と明記されている。

 改めて記載すると、日本のOffice 2013の製品ラインアップとライセンス体系は次の通りである。

・Office Personal=ライセンス数2(個人が保有する2台のデバイスで利用可能)
・Office Home and Business=ライセンス数2(同上)
・Office Professional=ライセンス数2(同上)

 これ以外にPCにバンドルされて提供されているOffice 2013があるが、これらはいずれもインストールされているデバイスでのみ有効となる。つまり、ハードウェアに所有権が紐付いているので、PCを売却する場合は、その時点でOfficeの所有権もなくなる。

 実はOffice 2010では、許諾された2つのライセンスは、「個人が保有する主要なデバイス(デスクトップ)と携帯デバイス(ノート)で利用可能」となっていたので、Office 2013ではその縛りがなくなって、利用がしやすくなったと言える。

 他方、米国やヨーロッパなどの主要国では提供形態が大きく変わった。例えば、米国の場合、Office 2010には次のような製品が用意されていた。

・Office Home and Student=ライセンス数3(同一家族のみ使用可能)
・Office Home and Business=ライセンス数2(個人が所有する主要なデバイスと携帯デバイス)
・Office Professional=ライセンス数2(同上)

 日本では「Home and Student」という製品は存在していないものの、ここまでは日本の製品体系とよく似ている。

 しかし、米国には上記の製品に加え、日本にはない「PKC=Product Key Card」という製品が、Home and Student、Home and Business、Professionalそれぞれに存在していた。このPKCは通常製品よりも価格を安く抑える代わりに、ライセンス数は1つで、同一デバイスしか使用できないという縛りを持っている。

 そして、米国をはじめ、主要国で提供されているOffice 2013は、

・Office Home and Student=ライセンス数1(同一デバイスのみ)
・Office Home and Business=ライセンス数1(同上)
・Office Professional=ライセンス数1(同上)
・Office 365 Home Premium=ライセンス数5(同一家族のみ)

となっている。Office 365 Home Premium以外の3製品は、提供されるライセンス数、同一デバイスのみでの使用が可能で、他のPCには移管できないという契約体系は、Office 2010の時のPKCと同じだ。

 そう考えると、Office 2013のHome and Student、Home and Business、Professionalの3製品はPKCの後継と考えた方が良いようだ。

松田誠氏

 「価格的にもPKCのように、安価に提供しています。海外ニュースで取り上げられた、『製品の移管ができない』というのは、Office 2010時代から存在していたPKCの存在を説明せずに書かれているので、誤解された方が多いのではないでしょうか」(日本マイクロソフトOfficeビジネス本部エグゼクティブプロダクトマネージャ松田誠氏)。

 ただし、海外発のニュースが伝えられてプレスからの問い合わせはあったものの、通常のユーザーから問い合わせが殺到してしまうといったような事態は一切起こっていないという。

日本の普通の家庭で5台ライセンスは時期尚早

 今回、ライセンス体系が2010からほとんど変わっていない日本で、主要国の動向に注目が集まる背景には、「日本のOffice 2013ライセンス体系は他の主要国と異なる」という事実がある。

三野達也氏

 「使用許諾契約書の中に、『日本』という特別な括りが用意されています。使用許諾契約書の中に、1つの国を対象とした特別な括りが用意されることはまさに、異例といっていいと思います」(日本マイクロソフトOfficeビジネス本部Officeマーケティンググループ部長三野達也氏)。

 確かに過去を振り返ると、「Microsoftの全世界施策の中で、日本だけは特別」という事象が少なくなかった。しかし、近年では逆に全世界標準であることが圧倒的に多くなり、「日本だけが特別」の事象は少なくなっていた。

 ところが2012年から急に日本だけが取り残されるような事態が続いている。Windows Phone 8やSurfaceは、今まで日本で発売されていない。また、他の主要国ではOffice 2013発売と共に提供が始まった「Office 365」のコンシューマユーザー版「Office 365 Home Premium」も日本では提供されない。

 なぜ、日本だけが特別という事態になってしまっているのだろう。

 「これは本社からの指令でこうなったのではなく、日本法人が市場調査をした結果として、日本向けのライセンス形態が必要と判断しました」(三野氏)。

 Officeを巡る日本市場の特異性の1番目として、店頭で販売されているPCのほとんどにOfficeがバンドルされて売られていることが挙げられる。

 「海外から来た人が日本の販売店を見ると驚きます。海外では、日本のようにスペック比較の中にOffice搭載の有無が表記されることはありませんし、Officeを搭載したPCの比率も日本ほど高くありません。日本のお客様はWindowsとOfficeをセットで、PCにインストールされた状態で手に入れるものだという認識が定着しているのです」(三野氏)。

 こうした販売状況から、「日本ではPCを使っているが、自分でソフトをインストールしたくないというお客様も多いのです。あらかじめ入っているソフトを使えばそれでいいと考えられるようです」(松田氏)という。そこで今回はあえて2010からライセンス体系を大きく変更しなかった。

 確かに現段階で、日本でのOffice 2013提供形態が他の主要国と同様になっていた場合、PKCがなかったこともあり、変化が激しく、ユーザーレベルでの混乱が起こった可能性は高い。事実、海外発のニュースにSNSなどで動揺の声が起こっていたことからも明らかだろう。

 ちなみに、欧米ではすでになくなっていた「バージョンアップ版」も、「需要が少ない」という理由で今回から日本でも発売がなくなった。しかし、日本マイクロソフトからは発売されなかったものの、Office 2013発売に合わせて流通サイドが用意した製品として提供されている。この辺りも、日本市場向けに融通が利いている部分といえるのかもしれない。

商用利用には、「会社の仕事を持ち帰りWordで作業」も含まれる

 今回、日本でもOffice 365 Home Premiumを投入することも検討したそうだが、PCへのバンドルが浸透している日本で、「慣れ親しんだ購入体系を壊す必要があるのか」との観点から今回は導入を見送ることとした。

 そもそも、米国ではOffice 2010の時点で家庭向け製品「Home and Student」は3ライセンスまで利用可能だった。それに対し日本の製品は全て2ライセンスまでとなっている。

 「日本では2ライセンスで十分という声が多いのです。果たして、日本の家庭に5ライセンス必要なお宅がどれくらいあるのかというのも社内で議論されたことでした」(三野氏)。

 家庭内にタブレットやデスクトップ、ノートPCと複数のPCを所有する、例えばライター業務をしている人からは、「日本でも是非、Office 365 Home Premium」を導入して欲しかった」という声が挙がっている。だが、「いや、仕事でOfficeを使うライターの方は、Office 365 Home Premiumをお使い頂けないのです」(松田氏)という事実が明らかになった。

 Office 365 Home Premiumの利用規程では、商用利用はできないからだ。「商用利用=プログラムを書いて再販する」ことを思い浮かべる人もいるかもしれないが、この場合の商用利用とは、「家に戻って、昼間は時間がなくて作業できなかった、会議の議事録を家のPCに搭載されたWordでまとめる」ことも含まれる。つまり、ライター業のように、PCを使って文字を書くことを専業にしている人だけでなく、仕事のためにOfficeを家庭で一時的に利用することも認められていないライセンスなのだ。

 なお、商用利用は、主要国ではOffice 2010の時点からHome and Studentでは認められていなかった。

 一方、日本ではPCにバンドルされているOfficeは、「Office 2013 RT」も含めて、全ての製品で商用利用が認められている。RT版は日本以外の国では商用利用は認められていないのだが、日本に関しては商用利用ができるのである。

 仕事でOfficeを利用し、複数台数で利用したい場合は、「Office 365の新バージョンを利用して頂ければと思います」と三野氏は話す。

 Office 365の最新バージョンについては、日本では2月27日に発表が行なわれる予定。詳細は発表で明らかになるが、これまではOfficeというアプリケーションよりも、PCとクラウドで仕事をする人向けのサービス部分が前面に出ていたものの、新バージョンではOfficeについても焦点が当たるようだ。ライセンス形態も最小は1ライセンス契約からと、筆者のように家内工業体制の人にも使いやすいものとなるという。

いつの日か日本でのピュアクラウドの世界に向かうことは間違いない

 と、ここまでは日本では家庭向けOffice 365の導入は時期尚早であると書いてきたが、日本マイクロソフトが永遠にそのままでいいと考えているのかといえば、決してそうではない。

 「ピュアクラウド時代に向けての対応を、サービスとセットで考えないといけないことは明らかだと思います。自分でソフトをインストールする意識がないお客様が多い中で、どうクラウドに誘導していくのか、簡単なことではありません。本社も含めて対策を考えていく必要があるでしょう」(三野氏)。

 PCメーカーの意識も大きく変わってきている。例えば、富士通でPC事業を担当する齋藤邦彰執行役員は、「今後目指すのは、PCは家庭に1台ではなく、タブレットも含めて家族それぞれが1台ずつ、さらにそれを束ねる機器があるという姿」だと話す。「日本では家庭に5つのライセンスは多すぎる」というイメージは今後急速に変わる可能性がある。

 また、Office 2013を実際に利用してみると、オンラインでのインストールスピードの速さ、SkyDriveとの連携など、クラウド時代のOfficeとなっていることを実感する。従来のパッケージ製品とは異なる側面を持ったOfficeである。

 「ピュアクラウド時代のOfficeとは、と聞いて、ブラウザ上のOfficeと考える方もいるようです。その一方で、ブラウザのOfficeでは非力ではないか、コンパニオンデバイスとしてのOfficeがどうあるべきか。製品だけでなく、配信方法まで色々な模索を行なっています」(三野氏)。

 今回、話を聞いているとこれまでのPC用アプリケーションがマルチデバイスが当たり前のクラウド時代を迎え、どういう提供形態が適しているのか、模索が行なわれている真っ最中にあることを肌で感じた。

(三浦 優子)