笠原一輝のユビキタス情報局

Bay Trail-TとLTEモデムを武器にモバイル市場に売り込むIntel

 米Intelは、COMPUTEXが開催されている会場近くのホテルで記者会見を開催し、同社が今年(2013年)の後半から来年(2014年)初頭にかけてリリースを予定しているタブレット、スマートフォン向けソリューションを紹介した。この中で、Intelは次世代タブレット向けSoCである「Bay Trail-T」に関するより詳細な情報と、いくつかのデモを公開した。

 また、同時に同社が2月のMWCで発表した現行製品Atom Z2500(開発コードネーム:Clover Trail+)が、複数のOEMメーカーで採用されたことを明らかにした。Samsung Electronics、ASUSTeK ComputerがAtom Z2500シリーズを搭載した10型Androidタブレットを発売予定であり、徐々に採用製品が増えつつある。

 さらに、LTEモデム「XMM7160」が、北米、欧州、アジアの大手キャリアの接続認証テストにおいて最終段階に来ていることを明らかにし、台湾通信キャリアFarEastoneの回線を利用して通信するデモを行なった。Atom Z2500シリーズがターゲットにしているようなハイエンドスマートフォン市場ではLTEに対応していることが必須となっており、これまで3Gモデムしか持たないIntelは苦戦を強いられてきた。XMM7160が投入されることでその障壁がなくなり、端末ベンダーに対して積極的に売り込める。

Silvermontコアを採用したBay Trail-T、CPUは2倍、GPU3倍の性能を実現

 IntelのBay Trail-Tは、現在Atom Z2760(Clover Trail)およびAtom Z2500(Clover Trail+)の後継製品として計画されているSoCで、今年の年末商戦頃に製品に搭載されて出荷される予定だ。現行製品と比べると、以下のような点で大きな違いがある。

【表1】Clover Trail、Clover Trail+、Bay Trail-Tの違い(筆者予想を含む)
SoCコードネームClover TrailClover Trail+Bay Trail-T
製品名Atom Z2760Atom Z2500-
構成SoCSoCSoC
プロセッサコアSaltwellSaltwellSilvermont
プロセッサコア数(スレット)2(4)2(4)4(4)
Windows対応-
Android対応-
製造プロセスルール32nm32nm22nm
内蔵GPUPowerVR SGX545PowerVR SGX544MPIntel GMA(Gen7)
Direct3D9.39.311
メモリLPDDR2LPDDR2LPDDR3
TDP2W2W2W

 Bay Trail-Tは、現行Atomからフルスクラッチに近いレベルで大きく変更される。CPUコアのデザインは、先月発表したSilvermontで知られるCPUコアになる。Silvermontは、22nmプロセスルール(P1271)に最適化されているほか、従来のインオーダーからアウトオブオーダー型の命令実行になり、キャッシュ周りの効率が改善され、処理能力が大幅に向上する。Bay Trail-TではこのSilvermontコアのCPUをクアッドコア構成で搭載する。Intel 副社長兼モバイル&コミュニケーション事業本部 本部長 ハーマン・ユール氏によればAtom Z2760に比べて「CPUの性能は倍になる」とのことだ。

 また、ユール氏はBay Trail-TのGPUを、従来のPowerVR SGX5シリーズから自社設計のGPUに変更することを明らかにした。これは第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)に搭載されているIntel HD Graphicsと同じGPUコアで、演算ユニットを減らしたバージョンとなる。どの程度減るのか具体的に説明しなかったが、OEMメーカー筋の情報によれば4基程度になる可能性が高い(Ivy BridgeはSKUによるが16基ないしは6基)。

 それでも、PowerVRに比べれば高い性能を発揮できるとしており、ユール氏は「現行製品に比べて3倍のグラフィックス性能を発揮する」と明らかにした。Intel HD Graphicsのメリットとしても知られているQuick Sync Video(QSV)などが利用可能になると考えられるので、エンドユーザーはPCにかなり近い感覚でタブレットを利用することが可能になると言える。

 こうした設計変更が加えられているが、消費電力の方は依然として他のタブレット向けのARM SoCと同レベルに収まっている。ユール氏は「Bay Trailではバッテリ駆動で8時間以上の利用と、数週間のスタンバイが可能になる」と述べ、タブレットとしては十分なバッテリ駆動時間が確保されていると説明した。

Intel モバイル&コミュニケーション事業本部長 ハーマン・ユール氏
昨年(2012年)の秋に投入したClover Trail(Windows 8用)、2月に投入したClover Trail+(Android用)と次々と新製品を投入してきたタブレット用SoC。今年の年末にはBay Trail-Tを投入する
Bay Trail-Tの特徴。こちらの方は次世代Atomとされているので、ブランドはそのままである可能性が高い
Bay Trail-TではIvy BridgeのGPUコアと同じ第7世代のIntel製GPUを内蔵する。このため、Direct3D 11やQSVなどのAPIや機能を利用できる
現行製品(Clover Trailだと思われる)とBay Trail-Tの比較ベンチマーク。左側のBay Trail-Tは終わっているが、右側の現行製品はまだベンチマークが終わっていない
Bay Trail-Tのベンチマーク結果。競合他社が示唆的な色で、色から想像するに緑はNVIDIAでおそらくTegra 3、赤はQualcommのSnapdragonで(おそらくS4世代か)、Clover Trailに比べて2倍のCPU性能を実現とアピール
Bay Trail-TのGPU性能は、Clover Trailに比べて3倍だとアピール

Merrifieldの性能は50%の性能向上に留まるが消費電力は下がる

スマートフォン向けの22nm世代のSoCとなるMerrifieldの特徴。Medfieldに比べて50%の性能向上だが、消費電力は減る

 ユール氏は、22nm世代のスマートフォン向けSoCとなる開発コードネームMerrifieldに関しても若干のアップデートを行なった。「Merrifieldでは消費電力が下がり、性能は50%アップする。またイメージング性能とセキュリティ機能が向上する」と説明した。IntelはSilvermontのアーキテクチャの解説で2~3倍程度の性能向上が期待できるとしているので、仮にMerrifieldの性能向上が50%程度に留まるのであれば、低消費電力の方に振っていくのだろう。だとすると、Merrifieldの消費電力はかなり低くなる可能性が高い。ただ、Merrifieldに関しての説明はこの程度で、年末までにOEMメーカーへと出荷し、来年の早い時期に搭載製品が出荷されるというスケジュールに関しても変更はなかった。

 MerrifieldのBay Trail-Tとの最大の違いはGPUと、サポートするOSとなる。IntelはBay Trail-TがサポートするOSとしてはWindows 8.1とAndroidの両方を挙げており、実際今回のCOMPUTEXで、同じリファレンスデザインのタブレット上で、Windows 8.1とAndroidの両方が動作する様子を公開した。また、別の記者説明会では、Ivy Bridgeが搭載されたタブレットにAndroidを導入した試作機を公開し、ユーザーインターフェイスの応答性がARMのAndroidデバイスに比べて圧倒的に高速である様子などをデモしてみせた。Bay Trail-TのGPUはIvy Bridgeの機能縮小版となるため、やはりARMベースのAndroidに比べて応答性が優れている。

 今回IntelはMerrifieldの対応OSやGPUに関して具体的言及することは無かったが、Windowsのサポートはされない見通しだ。また、OEMメーカー筋の情報によればGPUに関してもBay TrailがIntel製のGPUに変更されるのに対して、Merrifieldに関しては現行の延長線上にあるPowerVR SGX系の最新版になるという。大きな容量のバッテリが実装できないスマートフォンでは、タブレット用SoCよりもさらに消費電力が重視され、本来スマートフォン向けに設計されたPowerVRを採用するのは理にかなっている。

 なお、Merrifieldに関しては、焦点となるのはモデム統合版になるのかどうかだろう。記者会見終了後に質問をされたユール氏は「具体的な製品計画については言及できないが、Intelは常に統合を実現しようとしている会社だ」と従来と同じ説明をして、Merrifieldのモデム統合に関してはノーコメントを貫いた。

【動画】Intelが公開したIvy BridgeベースのタブレットでAndroidを動かすデモ。びっくりするほどレスポンスがいい

Intelにとっての大きなマイルストーンになるLTEモデムのライブデモを実施

 モデムの統合版がいつになるのかは、依然として大きな疑問符のままだが、Intelは無線モデムに関して大きな進歩を遂げていることを、人々に印象づけることに成功した。初日に行なわれたトム・キルロイ氏の基調講演(別記事参照)、そしてユール氏の記者会見の会場において、同社のLTEモデムを、台湾のキャリアであるFarEastoneの回線を通じて通信している様子をライブでデモした。

 これまで、IntelはOEMメーカーに対して3G世代のモデムのみを提供しており、LTEモデムは出荷できなかった。例えば、昨年発表されたAtom Z2400シリーズ(Medfield)を搭載したスマートフォン、そして今年の2月に発表したAtom Z2500シリーズ(Clover Trail+)のスマートフォンの、いずれの製品もLTEモデムを内蔵しておらず、3Gの最新版であるHSPA+やDC-HSPA+までの対応に留まっていた。

 今や通信キャリアにとってLTEに対応しているかどうかは、「対応しているといいよね」という機能では無く、「絶対対応していなければならない」機能だ。高速通信をアピールできるという観点からも、1つの帯域でカバーできるユーザー数を増やすことができる帯域の有効利用という観点からも必須だ。特に、帯域あたりのユーザー数が多い通信キャリアにとっては、LTE導入の大きなモチベーションになっており、通信キャリアが多額の投資を行なってLTEネットワークの構築を急ぎ、多大なキャンペーンを行なってユーザーへ乗り換えを促している理由となっている。

 もともとIntelのモデム部門は、ドイツのInfineon Technologiesのモデム部門を買収したという経緯がある。Infineonの一部門だった時には、最大手のQualcommと競合する規模を持っていた。特にモデムチップの実装面積の小ささに特徴があり、多くのスマートフォンに採用され、有名なところではiPhone 4のモデムがInfineon製のモデムだった。ところが、Intelが買収した後、買収後につきもののごたごたでもあったのか、開発が停滞してしまったのか、LTEモデムのリリースでQualcommに完全に後れをとってしまったのだ(このためiPhone 5はQualcomm製のモデムを搭載している)。こうした背景から、LTEモデムを早期に出荷することが、Intelのモバイルビジネスにとって喫緊の課題となっていたのだ。

 今回ようやくIntelがデモできたモデムは「XMM7160」という製品で、15の帯域のLTEに対応しており、LTEモデムとしての実装面積は世界最小になるとIntelでは説明している。今回Intelはこれ以上の詳細は明らかにしなかったが、4月に行なわれたIDFで配布された資料の中で、同社のLTEモデムはカテゴリ3のLTEに対応し、ダウンロード100Mbps、アップロード50Mbpsに対応すると説明されている。実際、今回ユール氏が行なったデモでも40Mbpsを超える実測値を叩き出しており、まだ出荷前であることを考えれば十分な性能だと考えられる。

 XMM7160は北米、欧州、アジアの大手通信キャリアの接続認証の最終段階にあり、それが終了し次第、数週間のうちにOEMメーカーに対して出荷が開始できるとIntelは公表した。これが実現すれば、OEMメーカーにとっては、ハイエンド向けのSoCなのにLTEモデムがないという課題が解決することになり、より採用しやすい環境が整うことになる。

Intelのモデムを搭載する製品のリスト、Infineon Technologiesは実装面積の小ささなどが評価され多くのベンダーで採用されていたが、LTE時代にはやや出遅れた
LTEモデムを今後数週間のうちに出荷開始する
LTEモデムのデモはノートPCに組み込んだ状態で行なわれた。40Mbps近くの速度を記録した

ASUS、Lenovoに加えて新たにSamsungを獲得

 無線モデムも含めて体制が整ってきたことで、OEMメーカーへの売り込みも加速している。今回Intelは、2月に発表したAtom Z2500シリーズを採用した新しいOEMメーカーをいくつか発表することができた。

 ASUSはCOMPUTEXの前日に行なわれた発表会で、Atom Z2560(1.6GHz)を採用した電話機能付き6型Androidタブレット「Fonepad Note FHD6」と、Atom Z2580(2GHz)を採用したWindows/AndroidデュアルOSコンバーチブルPC「Transformer Book Trio」を発表した。

 Intelの記者会見では、ASUS CEOを務めるジェリー・シェン氏も登壇し、Atom Z2560(1.6GHz)を搭載した「MeMO Pad FHD10」というフルHDの解像度を持つ10型Androidタブレットを発表。また、Bay Trailを搭載したFonepadの開発もしていると開発意向表明を行なった。

 さらに、ユール氏はSamsung ElectronicsがAtom Z2560を搭載した「GALAXY Tab 3 10.1-inch」を発売することを発表し、この製品に「XMM7160」が採用されていることも併せて明らかにした。このほかにも、特定市場向けにAtom Z2500シリーズを搭載した「GALAXY S4」もあることも公表し(日本向けはSnapdragon、グローバル市場にはSamsungのExynosを搭載)、Lenovoの10型タブレット「IdeaPad Miix 10」、MWCで発表された「Lenovo K900」、ZTEの「Grand X2 IN」など、多くのスマートフォンやタブレットでAtom Z2500を搭載していることをアピールした。

 このように、Intelのモバイル向けSoCビジネスは確実に存在感を増してきており、今後予定通りLTEモデムが出荷できれば、“LTEモデムのソリューション”という弱点がなくなり、端末ベンダーに対して売り込みが容易になる。Intelの関係者も22nmプロセスルール製品の出来にはかなり自信を持っており、他社が依然として28nmプロセスルールに留まるだろうと見られている来年は、Intelにとって“ビッグイヤー”になる可能性がある。

ASUSのジェリー・シェン氏(右)が登壇し、Fonepad Note FHD6(シェン氏が手に持つ)とMeMO Pad FHD10(左のユール氏が持っている)をアピール
Atom Z2500(Clover Trail+)に対応したデバイス。Galaxy S4にもAtom Z2500に対応したモデルが存在しているという(ICONIA W3はClover Trail搭載)
Atom Z2560とXMM7160を搭載するSamsung ElectronicsのGalaxy Tab 3 10.1-inch

(笠原 一輝)