笠原一輝のユビキタス情報局
グローバルで進む「修理する権利」へのノートPC対応、日本での議論は?
2025年11月13日 06:07
最近MicrosoftのSurfaceを販売する直販サイト「Microsoft Store」を見ていて、「おや?」と思わされたことがある。それが、「Surface Pro」および「Surface Laptop」の修理部品が同サイトで販売されていることだ。ディスプレイパネル、スピーカー、カメラ、アンテナ、バッテリ、外装カバーなどさまざまな部品が販売されており、仮にバッテリやSSDなどが壊れてしまっても、ここで部品を買えば、Microsoftが公開している修理マニュアルを参照しながら交換して再び利用することができる。
Microsoftがこうした取り組みを行なっている背景には、欧米の政治や社会が「修理する権利」と呼ばれる、安価に修理を行なう、ないしは修理用のパーツを提供するということを機器メーカーに求める動きがある。欧米では持続可能な社会を実現する観点から、修理できるものは修理して利用するための法整備が進んでおり、Microsoftのようにパーツを販売したり、修理マニュアルを公開したりということを行なう動きがPCメーカーに出てきている。
エンドユーザーが交換できるCRUと交換できないFRUという2種類の部品が存在する
ノートPCは、外装、ディスプレイ、基板、メモリモジュール(基板に直づけが最近は多い)、ストレージ、キーボード、タッチパッドなどの部品から構成されており、それらの部品を組み立てることで、製品として成り立っている。そうした工場で組み立てられた製品に、メーカーは1年保証などの期間限定の保証をつけて販売しているが、多くのユーザーが「ノートPCの部品を交換したら、改造になって保証が終了する」と考えていると思うが、それは半分正しく、半分正しくない。
というのも、ノートPCの部品には、ユーザーがメーカーの指示する手順に従って交換可能なCRU(Customer Replaceable Unit、顧客交換可能部品)、その逆にメーカーのサービス担当者のみが交換可能なFRU(Field Replacement Unit、サービス担当者交換部品)という2種類の部品があるからだ。
前者に関してはユーザーが交換可能で、その部品をメーカーのマニュアルなどの指示には従ってユーザーが交換しても保証は継続される。後者に関しては、ユーザーによる交換は不可で、その部品を交換するとメーカーが添付している保証はそこで終了することになる。
CRUはノートPCであれば、SO-DIMMなどのメモリモジュール、製品によってはM.2 SSDがこれに該当する場合がある。どれがCRUになるのかは、メーカー、製品によって異なっており、SO-DIMMやSSDもFRUにしている製品もあれば、SO-DIMMはCRUだが、SSDはFRUなど、指定はメーカーによって異なっている。
もちろん、CRUであっても交換してからも動作が保証されるのは、あくまでメーカーが提供する純正部品に限られ、サードパーティ製品を取り付けた場合の動作保証はされないのはいうまでもない。
それに対してFRUは、メーカーのサービス担当者のみが交換できる部品となる。具体的にはノートPCのメインボード(基板)や組み込み型のバッテリ、キーボード、タッチパッド、ディスプレイパネル、外装部品などがそれに該当しており、ある程度訓練されたサービス担当者でなければ安全に交換できない部品がFRUとなる。
ノートPCのメーカー保証は、基本的にメーカーが提供した状態で使うことが前提になっているが、企業向けの製品ではCRU、FRUの指定があって、企業のIT担当者がメーカーから送られてきたCRUに指定されているSO-DIMMやSSDなどを、メーカーが公開している整備マニュアルを参照しながら自分で交換して修理したりアップグレードすることは可能だ。ちょっとした故障であれば自分で修理することが許されている。
もちろん、メインボードのようなFRUに指定されている部品が壊れた場合には、メーカーに送り返して修理してもらうか、有償のオンサイト修理契約をしている場合には、メーカーのサービス担当者に来てもらって修理してもらう形になる。
それに対して、一般消費者向けの製品では、ほぼすべてがFRUであることが一般的だ(SO-DIMMだけはCRUという製品はある)。このため、裏蓋をあけるとその時点でメーカー保証がなくなる……これが一般的な一般消費者向けノートPCの保証規定ということになる。
Microsoftの対応の背景に「修理する権利」の拡大が
だが、今のその状況は大きく変わろうとしている。正確に言うと、日本ではあまり変わっていないのだが、欧米の市場では一般消費者向けのノートPCにも、CRUの仕組みが導入され、その対象が拡大しつつある。
MicrosoftはSurface Pro 7+やSurface Pro 8世代などで、SSDをCRUにし、ユーザーが交換することを可能にした。それに合わせて、SSDの部分だけ裏蓋を簡単に開けられるようにして、交換を容易にした。
その後、MicrosoftはさらにCRUの対象を拡大し、Surface Pro 9世代では、すべての部品にFRUとCRUの両方を用意して、それぞれにパーツナンバーをつけた。FRUは従来通り保証期間中にMicrosoftに送り返されてきた製品の修理に利用し、CRUはユーザー自身が修理するときに利用するパーツと位置づけられたのだ。そして、その後MicrosoftのWebサイトでCRUの部品販売を開始したのだ。
冒頭でも説明したように、日本を含むMicrosoftのWebサイトでは、このSurface Pro 9以降のSurfaceシリーズの修理部品が販売されている。もちろん、保証期間内であれば、Microsoftに送付してサービス担当者にFRUを利用して修理してもらえばいいのだが、その保証期間が既に終わっていて、自分で修理したいというユーザー(あるいはサードパーティの修理業者)はCRU部品を購入して自分で修理することができるのだ。
既にMicrosoftのWebサイトには、Surfaceシリーズのサービスマニュアル(修理手順が記載されているマニュアルのこと)が公開されており、それを参照しながら自分で修理するという仕組みだ。
もっとも、Surface Laptopの方は裏蓋がネジで止まっているだけなので、比較的修理は容易だが、Surface Proシリーズの方は、ディスプレイの裏蓋が両面テープで固定されているため、修理のために分解するのはかなり難易度が高いとは思う。ただ、保証期間終了後は、高い修理費をメーカーに支払って修理していたのだから、それが部品代だけで済むと考えれば、Microsoftのこうした部品だけを販売するという取り組みは十分意味がある取り組みだと言える。
では、なぜMicrosoftはこうした取り組みをするのだろうか?その背景には、欧米で法整備が進む、スマートフォンのようなデジタル機器を、ユーザーが自分で直す手段を提供するという大きなトレンドがある。
・EU、消費者の「修理する権利」を新たに導入する指令案で政治合意(ジェトロ)
たとえば欧州では、2024年にEU理事会および欧州委員会で「修理する権利を導入する指令案」と呼ばれる指令案が合意され、2026年の末までに各国で法整備が進む見通しになっている。これはメーカーに安価な修理を義務づけると同時に、ユーザーが自分で直せるように部品やサービス情報を提供することを義務づける内容になっている。同様の動きは米国でも進んでおり、州レベルの法制度の整備などが進んでいる。
Microsoftが、同社のWebサイトでこうした部品を販売して、整備マニュアルをWebサイトで公開するという動きを見せているのは、そうした欧米での「修理する権利」という大きな流れに対応するためだと考えられる。
日本でも先を見据えた議論を始める必要性
では、日本ではそうした動きはどうなのかと言えば、正直ほとんどないというのが現状だ。なぜかと言えば、法整備などが積極的に進められている欧米とは異なり、日本ではそうした「修理する権利」に向けた法整備の動きが官民ともに見られないからだ。
既に述べた通りMicrosoftは日本でもSurfaceの修理部品販売を始めている。それは日本の法律に配慮してそうしたというよりは、グローバルで行なっている施策を日本でも行なっているという側面が強いと考えられる。同様の動向は、グローバルなPCメーカーでもあり、たとえばLenovoのThinkPadシリーズは、多くのモデルでバッテリをFRU指定からCRU指定に変更する過程にある。
ノートPCのバッテリは、かつてCRUで、簡単に取り外せるようになっていた。しかし、2010年代にMacBook AirやUltrabookのような薄型軽量なノートPCというトレンドの中で、FRUとして内部に組み込まれて簡単には取り外せないように変更されている(組み込みにしてしまうと、バッテリの外装ケースが必要なくなるため、薄型軽量を実現できるようになるため)。
LenovoのバッテリのCRU化は、それをもう一度ユーザーが交換できるようにする取り組みだ。ただ、かつてと違うのは、バッテリをユーザーが交換できるという仕組みにはするが、組み込み型という構造は変えないということだ。これにより、薄型軽量だけど、バッテリの寿命が来たらバッテリパックだけを交換することが可能になる。
LenovoではFRUの内蔵バッテリを黒、CRUの内蔵バッテリを茶色の外装にしてCRUであることを一目で分かるようにして、CRUのバッテリに関しては組み込みのバッテリであってもある程度の強度を持たせるように設計を変更している。そうしたことを段階的に行なっていくことで、欧州での法改正に備えようという取り組みになる。
こうしたグローバルなPCメーカーは、日本市場だけでなく、グローバルな市場をターゲットにしているため「修理する権利」への対応を法的に果たさなければいけない理由がある。しかし、日本だけでPCを販売しているローカルPCメーカーはそうではない。NEC PC、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)、Dynabook、パナソニック、VAIOなどの国内ブランドは、以前はグローバルにPCを販売していたが、今はほとんどが国内向けになっている。その意味で、各社ともそうした「修理する権利」への対応がグローバルなPCメーカーに比べて対応が遅いのも無理はないだろう。
ただ、遅かれ早かれそうしたトレンドが日本にも来るだろうと多くの関係者が考えている。そうした時に向けて、日本の一般消費者向けPCでも、CRUの定義や導入、パーツの販売といった動きは避けられない可能性がある。
現状、日本の一般消費者向けPCメーカーは、修理対応を発表から6年半(発表と発売にズレがある場合を想定してこうなっており、大まかにいって発売から6年)と公表している。その間は、修理用のパーツを確保するとしているが、仮にパーツを外販するとなると、それと同じ期間外販するのだとすれば、現状よりも多くのパーツを確保しないといけないかもしれない。それはコスト増につながるかもしれないだけに、単純に外販すればいいというわけではないのは言うまでもない。
そのあたりも含めて慎重にルールを決めていく必要があるだろうし、仮に法律が作られるとすれば、法律を制定する当局との対話も必要になる。その意味では、数年後に日本でも「修理する権利」への対応が必要になると考えられるのであれば、今からそれに備えができるような議論を始めていく必要がある、そう言えるのではないだろうか。


















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