笠原一輝のユビキタス情報局

パット・ゲルシンガー氏がIntelから「卒業」しなければならなかった背景

Intel 前CEO パット・ゲルシンガー氏(6月のCOMPUTEXにて撮影)

 Intelは、12月1日付けでCEOのパット・ゲルシンガー氏の「引退」を発表した。今後、IntelはCFO(最高財務責任者)だったデビッド・ジェンスナー氏とCCG(クライアント・コンピューティング事業本部)の事業本部長だったミッシェル・ジョンストン・ホルトス氏が暫定共同CEOに就任して、Intelの舵取りを行なっていくことになる。ホルトス氏は、同時にCCGだけでなく、DCAI(データセンターAI事業本部)やNEX(ネットワーク・エッジ事業本部)といったIntel製品の事業本部を統括する製品部門CEOにも就任する。

 こうしたIntelのリーダーシップ変更の背景にはあるものは何なのか、それを同社が発表したニュースリリースなどから読み解いていきたい。特に今後のIntel再生の鍵になってくるのは「GPU」にあるのだが、それはどういうことなのだろうか?

高校卒業後Intelに飛び級入社したゲルシンガー氏、2021年にCEOとして復帰

6月のCOMPUTEXの基調講演で講演するIntel 前CEO パット・ゲルシンガー氏

 Intel CEOを退任した、パット・ゲルシンガー氏はIntelにとっては「保守本流」と言えるリーダーだった。というのも、ゲルシンガー氏は2009年にIntelを一度退任するまで、Intelの製品部門の「花形エンジニア」であり、後期には製品部門のリーダーの1人だったからだ。

 ゲルシンガー氏は1979年にIntelに入社したのだが、その時点で既に未来のエースとして嘱望された存在だった。通常Intelのような大企業に入社するのは大学や大学院などを卒業した後でということだが、高校生の頃から将来を嘱望されていたゲルシンガー氏は高校を卒業すると「飛び級」でIntelに入社したのだ(その後、Intelに所属したまま大学にも通い学位を得ている)。

 Intel入社後は、Intelの実質的な創業者の1人であったアンディ・グローブ氏のテクニカルアシスタントになり、グローブ氏の薫陶を得ながらエンジニアとして成長を遂げていった。その後、i386、i486といったIntelが大きく飛躍するきっかけになった製品の開発チームに入り、特にi486では開発チームのリーダーとして開発を主導したことはよく知られている。

 その後は1990年代にはIntelの取締役に昇進し、IntelのPC事業の責任者として、2000年代にはCTO(最高技術責任者)としてIntelの技術面を引っぱってきた。

 そして、2009年にIntelを退職して、EMC(後のDell EMC)へと移籍し、2010年代にはその傘下だったソフトウェア企業のVMware CEOとして活躍した。VMwareでは、オンプレミスのソリューションだったVMwareを、クラウドにも対応させるなどして変革を行ない、技術者としてだけでなく、経営者としても認識されて、2021年にIntelに復帰することが発表され、そこから約4年近くIntelを引っぱってきた。

 Intelに戻ったゲルシンガー氏は、「IDM 2.0」と呼ぶ新しい戦略を打ち出した。IDM 2.0は3つの柱から成り立っていた。それが5N4Y(5nodes in 4years、4年で5ノード)と呼ばれる製造技術の急速な進化、Intel Foundry Services(IFS)と呼ばれるIntelが他社に提供するファウンドリ(半導体受託製造)事業の伸展、そしてIntelの製品部門が他社のファウンドリサービスを積極的に利用することの3つだ。

ゲルシンガー氏が推進してきたIDM 2.0の新戦略、来年のIntel 18A導入で完成間近までこぎ着けていた

5N4Yの戦略(2023年のInnovationで撮影)

 ゲルシンガー氏が帰任するまでのIntelは、製造技術がほかのファウンドリなどに比べて後れをとっていた。特に10nmの遅れは深刻で、元の予定から2年程度遅れ、その後7nm(今のIntel 3およびIntel 4)の導入でも他社に後れを取るという状況が発生していたからだ。

 そこで、ゲルシンガー氏は製造技術を開発する部門にてこ入れを行ない、5N4Y戦略を強力に推し進めてきた。2022年にIntel 7(10nm Enhanced SuperFin)を導入し、2023年にはIntel 3(7nm)、2024年にはIntel 3の改良版となるIntel 4を導入し、来年(2025年)にはIntel 20AとIntel 18Aの2つのGAA(Gate All Around)と呼ばれる4D形状のRibbon FETの導入を実現する見通しだ。

 IDM 2.0の最も特徴的な部分が、「Intel Foundry Services(IFS)」だ。

 従来のIntelはIDM(Integrated Device Manufacturer)と呼ばれる、自社で半導体を設計製造するだけでなく、自社工場で製造まで行なう、垂直統合された半導体メーカーのビジネスモデルを展開していた。

 IDMのメリットは、他社より製造技術が進んでいる際は自社だけがその技術を利用できるので、製品の性能などでリードが取れることであり、もう1つは製造計画を自社の都合だけで決められるのでより、柔軟に生産計画などが立てられること。反面、独立系のファウンドリが複数の企業が製造にかかるコストをシェアしているため、コストを最小化できるのに対して、自社だけで工場の建設コストなどのコストを負担しなければならない。

 IFSでは他社がIntelの工場を利用して委託製造(Intelから見ると受託製造)を行なえるようにする。それにより、製造にかかるコストを他社とシェアしながら、Intel自身もIFSを利用できる。つまり、IDMとファウンドリそれぞれの良いところ取りをできる。

 そして最後が、Intelの製品部門がほかのファウンドリを利用して製造する戦略と言うのは、Intelの製品部門(たとえばPC向けの半導体を提供するCCGやデータセンター向けの半導体を提供するDCAIなど)が、TSMCなどの他社のファウンドリを利用して製造することを可能にする戦略。

 たとえば、現在の主力製品である「Core Ultraシリーズ1」(Meteor Lake)は、複数のダイから構成されているのが、コンピュート(CPU)タイルはIntel 4で、それ以外はTSMCのN5やN6などで製造されている。また最新製品となる「Core Ultra 200V」では、2つのタイルのいずれもTSMC製で、コンピュートタイルがTSMC N3、IOタイルがTSMC N6で製造されている。製品部門が、AMDやQualcommといった競合他社との競争に打ち勝てるように、その時点で最もよい製造技術を、IFSも他社も含めて検討して選択していくというのがこの戦略の根幹となる。

 こうしたIDM 2.0の戦略は着実に実行されてきており、4Y5NやIFSは、来年にIntel 18Aの製造が開始されると本格的に立ちあがるというところまでこぎ着けていた。

「ほろ苦い決断」という言葉の裏に見え隠れする、ゲルシンガー氏の「責任の取り方」

CESでCore Ultra 200Vシリーズ(当時はLunar Lake)を紹介するミッシェル・ジョンストン・ホルトス氏(今年のCESで撮影)

 そうした壮大な戦略を着実に実行し、来年のIntel 18Aの本格的な立ち上げを待っているというこの状況で、ゲルシンガー氏はなぜIntelを「卒業」しなければならなかったのだろうか?

 そのヒントはIntelが公表したリリースに書かれている。Intel取締役会の独立会長(日本で言うところの社長、会長ではなく、株主を代表する取締役会の会長)であるフランク・イヤーリ氏は「取締役会としては、製品部門の強化こそ我々がやるべきことの中心だと認識している。我々の顧客がそれを求めており、彼らにそれを提供していくべきだと考えている。

 MJ(ミッシェル・ジョンストン・ホルトス氏の愛称)が製品部門のCEOに就任し、暫定共同CEOになったことで、それを実現していくことが可能になる。DJ(デビッド・ジェンスナー氏の愛称)とMJという2人のリーダーシップの元、我々は優先順位に従って急ぎ行動することを続けて行く。それは製品群を強化していきつつ、製造とファウンドリの機能を拡張していくことだ。同時に、運営コストを最適化や資本の有効活用を進めていく。より高効率、シンプルでかつ機敏なIntelを実現して行くべく努力する」とコメントしている。

 このコメントが意味するところは、特に同社製品部門の顧客(PCメーカーやサーバー機器などのベンダー)からの突き上げが大きく、今回のリーダーシップ変更につながったということだ。言い換えれば、ゲルシンガー氏が推進してきたIDM 2.0戦略が行きすぎているから、修正してほしいという顧客からの要請があり、それが今回のリーダーシップ変更につながったということだ。明確にはそうだとは言っていないが、ゲルシンガー氏の「卒業」は取締役会による要請によるものであり、事実上の「解任」だということをIntelのプレスリリースは示唆している。

 Intelは、第3四半期(7月から9月期)の四半期決算で166億ドル(1ドル=150円換算で、約2兆5,000億円)という巨額の赤字を計上し、グロスマージン(営業粗利益率)が18%と、従来のIntelからすると考えられないぐらいに落ち込んでいる。その最大の要因はIFSへの投資(工場建設や技術開発)だと考えられているので、そうした決算の詰め腹を切らされたと想像するのは容易だろう。

 ゲルシンガー氏は「今年(2024年)はIntelにとってチャレンジングな年であり、この決断はタフだが、Intelが今後のマーケットの変化に対応するために必要なものだ」と述べ、同氏が引退することがIntelにとってもよい選択なのだということを強調しており、その決断を「ほろ苦い」(bittersweet)と表現していることはそうしたことを示唆していると考えられる。

 ただ、イヤーリ氏がリリースの中で「製造とファウンドリへの機能拡張していく」と述べている通り、一度走り出したIDM 2.0の戦略を止めて、そこを見直すというのは正直難しいと思う。というのも、IFSの投資というのは、Intelの戦略というだけでなく、既に米国の国家戦略になっているからだ。

 米国政府からの助成金を受け取っている以上、IFSへの投資をやめることは難しく、ゲルシンガー氏が詰め腹を切り株主に対して責任を取ることでIFSの事業を守った、そういう言い方もできると思う。

新生Intelの製品部門再生の鍵となるのはNVIDIA GPUに対抗できるようなデータセンター向けGPU

Data Center GPU Max シリーズ(開発コードネームPonte Vecchio)(2022年のIntel Visionで撮影)

 Intelにとっての課題は、現在抱えている製品部門の問題を解決できるかどうかだ。Intelにとっての製品部門の課題は、PC事業ではない。PC事業は、時期によって増減はあるが、70~80億ドル前後の売り上げがある安定した事業だ。大きな成長もしていないが、大きく減りもしていない事業であり、大きく成長はしていないということを除けば問題のない事業と言える。

 では、最大の問題は何かと言えば、DCAI(データセンターAI事業本部)だ。というのも、データセンターおよびAI向けの半導体は、今歴史的な成長を遂げている。その最大の要因は誰もが認識しているように、生成AIへの高まり続ける需要に応えるGPU需要の急速な拡大だ。

 そして、そのGPU需要のほとんどがNVIDIAのGPUだ。そうした背景の中で、NVIDIAの決算はまさに記録的な売り上げの伸びを示しており、クラウドサービスプロバイダー(CSP)などに取材すると全員が口をそろえて「GPUが足りない」と言うような状況の中で、今後もデータセンター向けのGPUの需要が高まり続けることは否定するものは誰もいない。

 そうした現状の中で、Intelは対抗する製品を持っていない。そのため今後もIntelの製品部門が急成長することは難しいと考えられているのだ。

 一応、Intelが対抗製品と位置づけている製品はある。それが「Gaudi」シリーズで、先日、最新製品となる「Gaudi 3」をリリースしたばかりだ。

 しかし問題は、顧客にとってはGaudiシリーズがNVIDIAの対抗製品と認識しているかどうか。GaudiはGPUではなく、AIアクセラレータと呼ばれる、AIの学習や推論を専用に演算する半導体となる。それに対して、GPUは、NVIDIAのジェンスン・フアン氏の言葉を借りれば「GPUはアクセラレーテッド・コンピューティング向けの半導体であり、AIアクセラレータとは異なる」というのが顧客の受け止め方。NVIDIAはCUDAを導入することで、GPUを利用して並列演算を超高速にできるようにした。それが今のAIの学習や推論でNVIDIAのGPUが必要とされる理由なのだが、AIアクセラレータではそこまでの自由度がく、普及が進まないというのが現状だ(実際CSPが提供しているGoogle TPUのようなAIアクセラレータも、GPUに比べると利用されていないのが現状だ)。

 もちろん、将来的にどこかで変わってくるタイミングはあるかもしれないが、今のようにファンデーションモデル(GPTなどのこと)が早いタイミングで変わっていくような開発競争がある中において、ソフトウェアで何でもできるというGPUの自由度は、圧倒的なアドバンテージだ。

 一方、Intelにも「Data Center GPU Max」シリーズ(開発コードネーム:Ponte Vecchio)があるのだが、その後継製品であるRialto Bridgeはキャンセルされ、さらにその後継となるFalcon Shoresも2025年に延期されている。そしてそのFalcon Shoresの後は何も説明がなく、位置づけとしては既に微妙になっている。

 競合のAMDは「Instinct MI300X」シリーズを用意しており、着実にNVIDIA GPUの対抗という位置づけを確立しつつある。4つのCSPのうち、Microsoft AzureとOracle Cloud Infrastructure(OCI)の2社がMI300Xの導入を既に決めている。NVIDIAのGPUが足りない分は、AMDのMI300Xで補うという流れが確実だ。AMDはH200対抗の「Instinct MI325X」も既に発表しており、来年にはBlackwellに対抗できる「Instinct MI355X」を投入する計画だ。

 つまり、AI向けGPUで独走するNVIDIAとそれを追撃するAMD、その2社を本格的に追いかける製品を、Intelが今後いかに短期間で導入できるのかが、次の焦点になってくるのではないだろうか。それが、新生Intelが株主から支持されるかの大きな鍵になるだろう。