笠原一輝のユビキタス情報局

ゲルシンガー氏がIntel新CEOに指名されたのは、巨艦Intelの新しい舵取りに必要な資質

パット・ゲルシンガー氏(2005年、IDFで筆者撮影)

 業界人なら誰もがあっと驚く発表をIntelが行なった。ニュースで紹介しているとおりIntelは現CEOのボブ・スワン氏が2月15日をもって退任し、かつてIntelのCTOや上級副社長などを歴任したパット・ゲルシンガー氏がIntelに復帰し、CEOに就任すると明らかにしたのだ

 2018年にCFOから暫定CEOに、そして2019年に正式なCEOに就任したばかりのボブ・スワン氏は、正式就任から約2年で退任することになった。これまでのIntelのCEOはいずれも5年以上の長期政権が普通だった。わずか2年という短い期間に終わるとは誰も考えていなかっただけに、スワン氏からゲルシンガー氏へのトップ交代劇は驚きを持って迎えられた。

 しかし、現在Intelが直面している課題を考えると、この交代は必然とも言える。そのあたりの事情について、ゲルシンガー氏のIntelのキャリアなどを振り返りながら考察していきたい。

Intelに18歳で入社し、故アンディ・グローブ氏の薫陶を受けたパット・ゲルシンガー氏

Intel時代のパット・ゲルシンガー氏(IDF 2008 Fallの基調講演で、筆者撮影)

 今回IntelのCEOに就任するパット・ゲルシンガー氏は、現在59歳でこれまで仮想化ソフトウェアのトップベンダー「VMware」のCEOを務めている。じつはVMwareそしてその親会社となるEMC(現Dell EMC)に移る前、ゲルシンガー氏は30年にわたりIntelのトップエンジニアとして、そしてキャリア後半ではIntelの幹部として活躍してきた。

 ゲルシンガー氏は1979年に18歳でIntelに入社し、その後Intelに通いながら大学の学位を取得した。じつはゲルシンガー氏はこのときIntelを退職して大学に入る計画を立てていたのだが、当時直属の上司だったアンディ・グローブ氏(Intelの3代目CEOで、実際には創業者ではなかったが、Intelを現在のような巨大企業にしたのはグローブ氏の功績で、Intelの創業者の1人に数えられることが多い)がそれを引き留め、Intelで働きながら大学に通い学位を取得した逸話はよく知られている。

 ゲルシンガー氏はそのグローブ氏のTA(テクニカルアシスタント、Intelの職制でエグゼクティブに技術的な助言を与えるエンジニアで、Intelの内部で取締役になった幹部の多くはその出身が多い)を務め、その後さまざまなチャンスが与えられた。

 有名なところではIntel初の32bitプロセッサとなるIntel 386の開発チームの一員となり、その後継となるIntel 486ではチーフアーキテクトとなり、エンジニアとしてIntelの成長期を牽引してきた。

 その後はその後継製品の開発などに携わり、製品事業部の事業部長などを務めて、副社長に昇格し、2000年代半ばにはIntelで最初のCTO(Chief Technology Officer)を務め、最終的には同社の上級副社長(Executive Vice President)に昇格するなど、Intelの成長とともにキャリアが形成された。

一度はCEOレースに敗れたパット・ゲルシンガー氏が復帰

 そのゲルシンガー氏に転機が訪れたのは、2009年のことだ。この当時、IntelのCEOは5代目のポール・オッテリーニ氏(故人)で、その次のCEOが誰になるのかが話題となっていた。その候補と目されていたのがゲルシンガー氏と、当時同じく上級副社長だったショーン・マローニ氏だった。そうしたなかで、2009年の9月にIntelは報道発表を行ない、事業部の再編とゲルシンガー氏の退任を発表した

 この時の大方の受け止めは、ゲルシンガー氏がマローニ氏とのCEOレースに敗れ、マローニ氏が次期CEOになることが決まったので、ゲルシンガー氏は退社を決めたというものだった。つまり、ゲルシンガー氏は、一度はIntelのCEOレースに敗れ会社を去ったのだ。そのゲルシンガー氏はEMC(現在のDell EMC)へ移籍し、その後EMCの子会社であるVMwareのCEOに2012年に就任して今に至っている。

 だが、皮肉なことにそのゲルシンガー氏が去った後のIntelは大激震に襲われる。勝ち残ったCEO候補だったはずのマローニ氏はその後、病気を理由にIntelを退社することになったからだ。このため、次のCEO候補として浮上してきたのが製造部門のトップだったブライアン・クルザニッチ氏で、2013年にオッテリーニ氏に代わって6代目のCEOに就任した

 ところが、そのクルザニッチ氏は2018年に「従業員との不適切な関係があったとのことで、CEOを急遽退任することになり、その後当時CFOだったボブ・スワン氏が暫定CEOになり、そのまま翌年に正式なCEOに昇格した。

現Intel CEO ボブ・スワン氏(2020年のCESで筆者撮影)

 そして今回スワン氏が2月15日を持ってCEOから退任し、新しいCEOとして指名されたのがゲルシンガー氏で、まさに敗者復活を果たしたというわけだ。

ギャンブル化する製造プロセス、Intelも戦略の転換を迫られている

Intelが米国アリゾナ州に建設したFab42、2020年から稼働している10nm/7nm用の最新工場。米国だけでなく、アイルランド、イスラエルなどにも半導体工場を所有して稼働させている(出典:Intel)

 では、なぜIntelの取締役会はスワン氏からゲルシンガー氏へCEOを交代させる必要があったのだろうか? その背景には、現在Intelが直面しているさまざまな課題に対して、IntelのCEOが答えを出していかないといけない状況になっているからだ。

 その最大の課題とは、製造プロセスルール(Process Node)の開発で、他社をリードしていたIntelが、5年前からすっかり攻守入れ替わり、ファウンダリ(TSMCやSamsungなど)の方が微細化が進み、Intelの方が遅れを取りはじめる状況が生じている点だ。

 具体的には、すでにファウンダリ(TSMCとSamsung)は5nmへと移行を進めているのに、Intelはようやく昨年10nmを軌道に乗せ、2021年後半に7nmの製造を開始し、大量出荷は2022年になっている点である。

 Intelはつねに、自社の製造プロセスは他社より1世代分のリードがあると言っているので、ここでその妥当性はひとまず議論しないとして受け入れるとしても、-1世代分負けているというのが現実になっている。他社の5nmと同等の性能を持つと考えられるIntelの7nmが、今年(2021年)の後半に生産が開始されるとしても、他社は昨年(2020年)の半ばから大量出荷しているので、約1年の遅れなのだ。

 それを象徴しているのが、Appleが自社の薄型ノートパソコン向けとして設計し、TSMCで製造している「M1」だ。実際にM1は、CPUでIntelの最新製品第11世代Core(Tiger Lake)をやや上回り、GPUでも数十パーセントの差を付けるほど高性能なのだ。そのM1がそうした性能を発揮できる理由の大部分は、5nmという最先端のプロセスルールにあると考えられる。プロセスルールが微細化すれば、同じダイサイズでもより多くのトランジスタを搭載できるため、より高性能なCPUを設計することが可能になるのだ(実質的には-1世代の10nmで製造されているTiger Lakeがこれだけ健闘しているのは凄いとも言えるが……)。

 なぜこんな状況になっているのかと言えば、ここ10年の製造技術がちょっとしたギャンブルのようになってしまっているからだ。たとえば、Intelは14nmの立ち上げこそ若干手間取ったものの、その後は安定して生産できるようになった。ところが10nmでは大きく躓くことになり、数年遅れでようやく立ち上げることができたのはよく知られている。

 同じことはファウンダリでも起きている。たとえば、10nmプロセスルールでは、TSMCの歩留まりがあまりあがらないとか、性能があまり上がらないというのはよく言われていた。それに対してSamsungの10nmは好評で、高い性能を発揮すると評判だった。ところが7nmではその評価が逆で、今度はTSMCの評価が高く、Samsungはあまり……みたいな状況だ。こうなってくると、どれが当たりかは蓋をあけるまでわからないのに、ずいぶん前から手付金を払ってラインを抑えないといけない、そんな状況になってしまっている。

 このため、ファブレスの半導体メーカーは世代、世代で異なるファウンダリを利用することが多い。NVIDIAが12/14nm世代ではTSMCだったのに、最新の製品ではSamsungであることや、Qualcommのように10nmはSamsungで、7nmはTSMC/Samsungで、5nmではSamsungに戻る、といったことも、その典型的な例と言える。

Intelが外部ファンダリを使うには技術的/経済的なハードルがあり、会社の土台を揺さぶる可能性

 ファブレスの半導体メーカーは世代ごとにファウンダリ変えることが可能だが、Intelは自社の工場を持つ半導体メーカーだ。そのIntelがファウンダリで製品を製造できるかどうには、論点は2つある。1つは技術的な課題であり、もう1つは経済的な課題だ。

 従来、IntelのCPUやGPUは、Intelのしかも特定世代のプロセスルールでしか製造できないような設計になっていた。しかし、その戦略はすでに変更されており、Ice Lake以降の製品に搭載されているCove系のCPUコアや、Xe Graphicsなどは、Intelの製造技術だけに特化していない設計になっていて、他社の製造プロセスや、異なる製造プロセスで製造することが可能だ。

 その典型例はまもなく投入される次世代デスクトップCPUのRocket Lake-Sで、1つの前に世代であるIntelの14nmで製造されるがCove系のCPUという最新仕様になっている。このように、技術的な課題はすでにクリアされつつある。

 このため、どちらかというと問題は2つ目の経済的な課題にある。というのも、製造プロセスルールの開発や工場の維持などには膨大なコストがかかっているからだ。仮に最先端の製品をIntelの工場で製造せず、ファウンダリの製造で済んでしまうのなら、なぜ巨額のコストをかけてプロセスルールの開発や工場を建設しなければいけないのかという問いが、株主から出てくるのはほぼ間違いないからだ。

 また、そもそも工場を自社で持っていて、設計も製造も垂直的に統合されており、すべて自社でまかなえることがIntelの強みの1つだった。そうした垂直統合の半導体の製造は、ファウンダリを使った受託生産する場合に比べて利益率が高い。Intelの決算書を読むと、Gross Margin(粗利益ないしは売上総利益)が60%を超えている決算がほとんどであることにすぐ気がつくだろう。半導体メーカーで60%を超えるGross Marginを実現しているのはIntelとNVIDIAぐらいだ(もっとも、Intelは昨年の四半期決算では60%を切っていることが多かった、2020年通年の予測でも60%切るという見通しが第3四半期決算の中で明らかにされている)。それを手放して、Intelの他社に対しての強さは何なのかということだ。これはIntelという企業のビジネスモデルの根幹に関わる問題だ。

 まさに今Intelが直面しているジレンマはここにある。他社との競争のためにファウンダリを使うのはいいが、すると既存の工場をどうするのか、これは簡単には答えが出せない問題だ。ここ1年に行なわれたIntelの四半期決算の説明会では、アナリストからはこれに関する質問が毎回集中していた。つまりIntelはそれに答えを出す必要がある、アナリスト達はそう考えていたということだ。

1月21日に発表される予定の新戦略は、自社工場とファウンダリのハイブリッドになる可能性が高い

 Intelはこれまで1月21日(現地時間)に行なわれる予定の2020年四半期決算の説明会で、この問題に関して結論を出して報告するとしてきた。

 しかし、すでにこの問題には結論が出ているようだ。台湾の半導体系調査会社「TrendForce」は1月13日に公開したプレスリリースのなかで、Intelが今年の後半から大量出荷版となるCore i3の製造をTSMCの5nmで製造し、ハイエンド製品は2022年の後半にTSMCの3nmで製造を開始すると決定したと報じている。

 TrendForceは台湾の半導体産業に強い繋がりがあり、そのTrendForceが確定情報としてそう報じていることは、TSMCにかなり近い筋からの情報と考えることができるので、おそらくこれが最終決定なのだろう(もちろん正式な情報は1月21日を待つ必要があるが)。

 TrendForceは自社のプロセスルールや工場を利用した生産もIntelは続けるだろうと予測されると説明しており、自社の工場とファウンダリの両方を利用するというハイブリッドモデルへ移行することになる。ハイブリッドというと、格好はいいが、要は課題先送りとも言える。

 こうした問題にスワン氏は一応の結論を出したとはいえ、結局出した結論は「先送り」ということを見ても、正直非常に難しい判断だったのだろうというのはよくわかる。つまり、次のCEOにとってはこの問題をどのように解決するのか、その手腕が問われることになるということだ。

 そうしたIntelのCEOにとって必要な人材は何かと問われれば、そうしたテクノロジーの課題(最先端のプロセスルールの開発を成功させること)も、そして経済性というファイナンスの課題(ファウンダリを使いながら自社工場も活用すること)のどちらにも精通している経営者ということになるのではないだろうか。

 じつは今、半導体メーカーのCEOはそういう人材でなければ務まらなくなってきている。その代表例は、NVIDIA CEOのジェンスン・フアン氏だし、AMD CEOのリサ・スー氏だし、QualcommのCEOに7月から就任するクリスチアーノ・アーモン氏だ。いずれも数字に詳しく、ファイナンスや会社経営に精通しながら、テクノロジーに関してはエンジニア並に詳しく自分の言葉で説明できるというCEOだ。この3人はいずれも、筆者のようなテックメディアが参加する会見や説明会などに自身が参加し、テクノロジーについて自分の言葉で語っている。

 ボブ・スワン氏は元々IntelにCFOとして入社した経緯があり、それ以前のキャリアもCFOとしてのキャリアだった。このため、テクノロジーはどちらかと言えば、ラジャ・コドリ氏のような、テクノロジーに精通した上級幹部に任されていた側面が正直強かったのは否定できないところだ。

EMC/VMware時代に、技術と経済の両方を自分の言葉で語れる経営者になったゲルシンガー氏、Intelの新しい舵取りとしては最適か

 では、ゲルシンガー氏はそうした人材なのだろうか? 一度はIntelが放り出したはずなのに? むろんゲルシンガー氏が486のチーフアーキテクトだったことからもわかるように、彼がテクノロジーに精通していることに疑問を持つ関係者は誰もいない。では経営者としてはどうなのかが、焦点になると言える。その答えのヒントはゲルシンガー氏のIntelを一度出た後のキャリアにある。

 Intelを退社したゲルシンガー氏はEMCへ入り、2012年からVMwareのCEOを務めてきた。VMware時代のゲルシンガー氏にインタビューした時にゲルシンガー氏は「EMCへ入社した時に、EMCの創業者のリチャード・イーガン氏に、“企業のCEOになるからには、ウォール街の証券アナリストと同じ言葉で語ることができなければいけない”と言われて、家庭教師を付けてもらってファイナンスに関して勉強をし直した」と述べていた。逆に言えば、Intel時代にはそうした視点が足りていなかったと自ら認めて、EMCに入ってそれに気づかされたというのだ。

 そうしてゲルシンガー氏がVMwareの舵取りをするようになってからも、VMwareは成長続けてきたし、その中にはAWSとの提携という、VMwareのビジネスモデルの根幹に関わると考えられてきた経営判断も含まれている。このように、ゲルシンガー氏は以前のIntel時代にはテクノロジーを語れる型の幹部だったが、EMC/VMwareで経営者としてキャリアを積んできたことで、テクノロジーと経営の両方をバランス良く見通すことができるタイプの経営者に成長したということだ。

 つまり、ゲルシンガー氏が遠回りをしたことが、結果的にゲルシンガー氏個人にとっても、そしてこれからのIntelにとっても大きな意味があることだったのではないだろうか、まさに「急がば回れ」を地で行く話だ。

 筆者はこう思うので、ジェンスン(NVIDIA)、リサ(AMD)、クリスチアーノ(Qualcomm)にとっては、財務的に余裕があり、巨大な規模の競合他社に手強いCEOが登板する、そう考えて警戒度を上げているのは間違いないだろうと考えている。