笠原一輝のユビキタス情報局
Windows 10も標準で対応しているaptXをハイレゾ化する「aptX HD」
2016年8月5日 06:00
Qualcommは1月のCESで、新しいBluetoothオーディオの圧縮コーデックとして「aptX HD」を発表した。aptX HDは、Qualcommが買収したCSRが提供してきたBluetoothオーディオの圧縮コーデックとなる「aptX」のハイレゾ版と位置付けられる技術で、従来16bitだった量子化ビット数が24bitに強化されているのが最大の特徴となる。
本記事は、そもそもBluetoothのオーディオの圧縮コーデックとは何なのかを基礎から説明し、aptXやそのほかのコーデックの特徴、さらにはaptX HDのメリットは何なのかという点について、Qualcomm社に取材した内容をもとに紹介していきたい。
低いビットレートでもそれなりの音で再生できるようにという目的で導入されたSBC
Bluetoothオーディオ、より正確にいうならBluetoothのプロファイルの1つであるA2DP(Advanced Audio Distribution Profile)では、ソース(送信側)とシンク(受信側)という2つの役割が定義されている。例えば、PCとBluetoothヘッドセットの場合であれば、PCがソース、ヘッドフォンがシンクとなる。Bluetoothオーディオを利用する場合データ転送のビットレート(帯域幅)は約1Mbps程度になるが、実はこのビットレートはオーディオ用としては十分とは言えない。
例えば、CD音質のオーディオは、サンプリング周波数(音を標本化する時の周波数)と量子化ビット数(標本化したデータをデジタルに置き換える時のビット数)はそれぞれ44.1kHz/16bitとなる。これがステレオ(2チャンネル)なので、44.1kHz×16bit×2=1.441Mbpsと計算で必要なビットレートが求められるが、1Mbpsを超えてしまうことが分かる。このため、ソースからシンクに転送する際にソース側で何らかのコーデックを利用して圧縮してデータ量を抑えて転送し、シンク側でそれを復号して再生するという手順を経ることになる。
Bluetooth Specification A2DP v1.3.1では、SBC(Low Complexity Subband Coding)、MPEG-1オーディオ、MPEG-2/4 AAC(いわゆるAAC、以下AACに統一)、ATRACが規定されており、それ以外のサードパーティのコーデックも利用可能とされている。Bluetoothオーディオでは、ソース、シンク双方に搭載されているコーデックの中で最も音質がよい方が選択されるようになっている。
ただし、この中でMandatory(必須)とされているのは、SBCのみ。以前のBluetoothヘッドセットなどはSBCのみをサポートしているものが多く、実質的にはSBCしか選択できないという時代が長かった。SBCは、少ない帯域幅であっても、高音質のオーディオ再生ができるように設計されたコーデックで、最大で328Kbpsという可変ビットレートを実現しているが、当初のBluetoothコントローラの性能が低かったこともあり、328Kbpsという最大ビットレートを実現している製品はまれで、それより低いビットレートでしか転送できないものが多く、Bluetoothオーディオは音質がよくないという印象を持つユーザーが増えてしまったのだ。
より小さな単位に分割して転送するaptXは高音質なだけでなく低遅延が特徴
そうした状況を改善するために、現在のハイエンド向けのBluetoothヘッドフォンやスピーカーには、より高品質なオーディオ転送を実現するコーデックが搭載されるようになっている。
Apple系のユーザーには、AACが一般的だろう。AppleのiOSでサポートされているのは、前出のSBCとAACのみとなっており、iOSのデバイスを利用するユーザーにはAAC一択である。
これに対して、スマートフォン向けSoCベンダとして知られているQualcommが提供しているのが、aptX/aptX Low Latencyの2つだ。aptXは元々はQualcommが買収したCSRが開発してきた(さらにその大本はCSRが買収したAPTが開発した技術)コーデックで、Bluetoothのコーデックとして使われる前は、ラジオ局や映画館のオーディオシステムなどに使われてきた技術がベースになっている。
クアルコムジャパン株式会社 マーケティングマネージャ 大島勉氏によれば「aptXの最大の特徴は、原音に対して4:1の固定比率で圧縮すること。これにより高効率に高音質のままで転送できる」とのこと。もう少し分かりやすくいうなら、原音に対して4:1の固定比率で圧縮しているため、原音の再現性が高い。このため、aptXのビットレートは、CDレベルの音質で転送するなら44.1kHz×16bit×2÷4=352Kbpsとなる。SBCの最高ビットレートとあまり変わらないビットレートだが、より原音再現性が高くなる。
aptXのもう1つの特徴は、SBCやAACに比べて低遅延であると大島氏は説明する。「aptXではSBCなどに比べて小さなワード単位に分割して転送する。このため、遅延がベストケースで70ms程度と小さくなる」(大島氏)と言う。
Bluetoothオーディオは、Bluetoothのパケットに分割してデータとして乗せられてソースからシンクへと転送するが、その時にデータが送られてからシンク側で復号されて再生されるまでの時間を遅延と呼んでいる。大島氏によれば、SBCでは200~300ms、AACに至っては800~1,000ms近くの遅延が発生するという。
どういうことかというと、SBCの場合はオーディオストリームのフレームがBluetoothのパケットに乗せられる時に2つのパケットにまたがって乗せられることがあり、その場合2つ目のパケットが送り終わるのを待ってからシンクが再生を開始するためで、遅延が大きくなってしまうのだ。それに対してaptXでは、Bluetoothのパケットよりも小さな単位(ワード)に分割され、どんどん送られ、より早い段階でシンクは再生を開始できるため遅延が小さくなっているのだ。
加えて、aptXにはaptX Low Latency(aptX LL)というさらに遅延が小さいコーデックが用意されており、「aptX LLでは音質は担保しつつ、独自のアルゴリズムにより低遅延を実現している」(大島氏)との通りで、40ms以下という低遅延が実現されている。これにより、例えば動画やドラマを再生していると、俳優のセリフと口がずれる現象など、従来のBluetoothスピーカーやヘッドフォンなどで指摘されていた課題を避けられる。大島氏によればビデオの再生をBluetoothで行ないたいというニーズが増えており、現在機器メーカーからも注目されているということだが、まだ対応している製品が少なく、それを増やしていくことがaptX Low Latencyの課題とだという。
Windows 10ではaptXに標準対応しており、どんなBluetoothのコントローラでも利用可能
こうしたaptX、実は多くのクライアントOSでサポートされている。大島氏によればAndroidはAndroid 4.x、Android 5.x、Android 6.xをサポートするライブラリがQualcommより提供されており、比較的簡単に実装できる。
【お詫びと訂正】初出時に、AndroidのOSレベルで標準で対応しているという表現がありましたが、正しくはQualcommよりライブラリが提供されているでした。お詫びして訂正させていただきます。
Mac OS、そしてWindows 10(PC、Mobileともに)は、aptXを標準でサポートしている。Windows 10の場合、OS側が標準機能としてソフトウェア的にaptXコーデックを備えているので、どんなBluetoothコントローラであっても、A2DPに対応していれば理論的には利用できる。ただし、Androidの場合には、aptX対応の機器に接続したとウォーターマークが出るのに対して、Windowsではそれが出ない。従って、接続している機器がaptXで接続しているかどうかは、機器側にそのような表示をする機能がない場合には分からない。
例えば、筆者が日常的に利用しているVAIO Z(VJZ13A、Windows 8.1、Intel Bluetoothコントローラ)は、元々の製品の仕様ではaptXに未対応だが、Windows 10にアップグレードした後に、aptXで接続すると色が変わるスピーカーで試したところ、aptXで接続していることが分かった。同じことは、Surface 3(Windows 8.1、Marvell Bluetoothコントローラ)にも言え、やはりaptXモードで接続していることが確認できた。
aptXを24bit化してハイレゾ対応としたのがaptX HD、より広がりのある音を実現
そうしたaptXのハイレゾ対応版がaptX HDになる。大島氏によれば「48kHz/16bitだったaptXを、48kHz/24bitに拡張したコーデックがaptX HDになる」とのこと。簡単に言ってしまえば、サンプリング周波数/量子化ビット数という音の2つのパラメータのうち、量子化ビット数の方を16bitから24bitに拡張したものがaptX HDということになる。aptX HDでも4:1の固定比で圧縮されているので、aptX HDのビットレートは48kHz×24bit×2÷4=576kbpsとなる。
音というのはもとのアナログ音声をサンプリング(標本化)を行ない、それを量子化を行なう。量子化ビット数とは、サンプリングした音の波形を、デジタルに置きかえる時にどれだけ細かくデジタルデータに置き換えているのかを示す数字だ。2bitだと2段階、8bitなら256段階、16bitなら65,536段階で置き換えるので、基本的に数字が大きくなればなるほど原音に近い音が再生できるようになる。こうした効果により、いわゆるハイレゾ音源をaptX HD用のヘッドフォンで再生してみると、より深みのある音、イメージとして広がり感がある音に聞こえるのだ。例えば、ライブ音源などでさまざまな方向から音が出ているような音源を再生してみると、音が広いなと感じることができるだろう。
ただし、素朴な疑問として、どうしてサンプリング周波数の方は上げなかったのか。確かに、JEITAの定義によればハイレゾオーディオとは、サンプリング周波数/量子化ビット数のどちらかがCD音質(44.1kHz/16bit)を上回っていれば、ハイレゾだとされている。しかし、aptX HDの競合になると考えられるソニーのLDAC(エルダック)は、音質優先モードで96kHz/24bitを990kbpsに圧縮して転送することを可能にしている。
この点について大島氏は「グローバルにはハイレゾというとサンプリング周波数よりも量子化bit数が24ビットになる方が重視されている。また、サンプリング周波数を上げると、Bluetoothの限界ギリギリになってしまい、音切れが起こる、それを避けたかった」と説明している。確かに、LDACの音質優先モードは990Kbpsでスペック上ギリギリになっており、電波の状態によっては音が途切れたりということが起きないわけではない(なお、LDACではソース側でよりビットレートが低いモードに切り換える事ができるようになっている)。それを避けるという意味で、576kbpsになる48kHz/24ビットを選択したということだ。
なお、現状ではaptX HDに対応しているOSはAndroid 6.0、そして今後リリースされるであろうAndroid Nなどとなる。現状ではWindows 10やMac OSに関しては従来通りaptXまでの対応となる。
QualcommはCSR8675をaptX HD対応に拡張、対応機器は既にLGからグローバル展開
Qualcommがシンクとなる機器(ヘッドフォンやスピーカーなど)を製造するメーカーに提供しているBluetoothオーディオコントローラがCSR8675だ。CSR8675は、既に多くのaptXに対応した機器に搭載されているBluetoothコントローラとなる。最大120MIPSのDSPを内蔵しており、24bitのデジタルオーディオに対応しているDACを備えている。
大島氏によればもともとこの製品はaptX対応のBluetoothオーディオコントローラとして販売が開始されたのだが、aptX HDのリリースに伴い、aptX HD対応にアップグレードされているという。内蔵フラッシュに格納されているファームウェアをaptX HD対応にアップグレードすることで、aptX HD対応にすることができるのだ。もちろんそれは既に市場に出回っているCSR8675搭載製品がaptX HD対応製品にできるという意味ではなく、既にヘッドフォン、スピーカーメーカーなどでCSR8675の設計を持っており、それをアップグレードして将来の製品に使いたいメーカーがより簡単にaptX HDに対応できるという意味だ。
大島氏によれば「aptXやaptX HD対応機器となるためには、弊社が台湾に用意しているテストセンターでの認証をパスしてもらう必要がある。そこで、aptXのブランドに相応しい音質であるかをエンジニアがチェックして初めてaptX対応を謳うことができる」とのことで、そうした認証を通った機器だけがaptXなりaptX HDを名乗れるというのは買う側のユーザーとしては嬉しいことだ。
なお、aptX HDに対応した端末としては、LG Electronicsが2月のMWCで発表し、グローバルには販売開始しているLG G5というAndroidスマートフォンが最初の製品となる。LGは同時にBluetoothヘッドフォンとなる「LG TONE PALTINUM」を発表しており、こちらがaptX HD対応製品となる。現状では対応製品はそれぐらいだが、既に述べた通り、Android 6.0は標準で対応しており、CSR8675を搭載したスピーカーやヘッドフォンを持つ周辺機器メーカーはちょっとした設計変更でaptX HD対応機器を発売することができる。その意味では、そう遠くない未来に、aptX HDに対応した機器を多く見ることができるようになるのではないだろうか。