レビュー

Windows 10はBluetoothの高音質通話「HD Voice」に対応したのか?

~バッファロー製ヘッドセットで実証テスト

Windows PCはずっとHD Voiceに対応していなかった

バッファローのBluetoothヘッドセットとBluetooth用USBアダプタ

 Windows 10がBluetoothの高音質通話、HD Voiceに対応したようだ。

 スマートフォンなどでBluetoothについてご存知の方は「そりゃ対応しているでしょ」と思ったに違いない。しかしWindows PCでは、ずっと対応していなかったのだ。話が長くなるが、筆者が長年取り組んできたこの問題について順序だててお話ししたい。

 筆者は前世紀からオンラインゲームをプレイしている。とくにチーム戦の対戦ゲームが好きで、仲間との連携のために早くからボイスチャットを利用していた。困ったことに、筆者は重度の肩こり持ちで、オーバーイヤー型のヘッドセットを長時間装着できない。さまざまなマイクやヘッドセットを試した結果、ゲームの音は外部スピーカーで鳴らし、片耳タイプの耳掛けヘッドセットをボイスチャット専用に使うという環境に落ち着いた。

 しかし軽量のヘッドセットに有線ケーブルは重さのバランスが悪く、ケーブル自体も邪魔で、快適とは言えない。ならばとワイヤレスで片耳のヘッドセットを探すと、当然、Bluetoothヘッドセットが見つかった。いざ使ってみると、驚くほど音質が悪い。仲間の話し声が聞き取りにくいほどで(とくに複数の人が同時に話すと酷い)、なおかつ筆者の話し声も音質が悪くて聞き取りにくいと言われてしまった。これでは使い物にならない。

 音質が悪い原因は、Bluetoothの仕様だ。Bluetoothには、動作や通信方式を定めたプロファイルと呼ばれるものがいくつもあり、音声通話ではHFP(Hands-Free Profile)が使われる。HFPは「ハンズフリーで電話ができればいい」程度の音質が設定されているため、PCの高音質なボイスチャット用としては力不足だったのだ。

 いったんはワイヤレス環境をあきらめたのだが、その数年後にBluetoothヘッドセットでも高音質通話ができるという製品が登場しはじめた。それが冒頭に書いたHD Voiceだ。

 HD Voiceは、HFPのバージョン1.6で策定された仕様で、従来のHFPより広帯域の音声通話が可能となる。製品によって、mSBC、Wide Band Speechなどと表記されることもあるが、いずれもHFPで高音質通話が可能なことを示すものと考えていい。

 早速、HD Voiceに対応したワイヤレスヘッドセットをPCに接続して試してみたところ、どうも音質がよくなっているように感じない。レシーバやドライバなどさまざまな方面で調べてみた結果、判明したのは「WindowsがHFP 1.6に対応していない」ということだった。スマートフォンではすでにHFP 1.6への対応がはじまっており、当時あったWindows Phoneも対応していたのだが、当時の最新OSであるWindows 8はHFP 1.5までの対応だったのだ。

 つまり、WindowsでHD Voiceを使用するには、HFP 1.6に対応するのを待たねばならなかった。しかしWindows 10も対応しなかった。MicrosoftがWindowsでサポートするBluetoothプロファイルの一覧を掲載してくれるようになり、その後も時折思い出してはチェックしていた。

 そしてついにWindowsがHFP 1.6対応という情報を筆者が確認したのは2017年春のこと。当時は検証の時間を取れずにいたのだが、その後もさらにバージョンアップされ、Windows 10 バージョン1903ではHFP 1.7.1に対応しているという(参考ページ)。つまり、最新のWindows 10であれば、HD Voiceによる高音質なボイスチャットが可能になっているはずだ。

Bluetoothの仕様は意外と難しい……同じ音を扱うHFPとA2DPの関係

 Windows 10で本当にHD Voiceが使えるようになっているのか、実際の製品を使って試してみた。今回は株式会社バッファローにご協力いただき、3つのBluetoothヘッドセットと、1つのUSBアダプタをご提供いただいた。

 ヘッドセットは、最上位モデルの「BSHSBE500」、および小型モデルの「BSHSBE23」がHD Voice対応。「BSHSBE32」はHD Voice非対応。「BSBT4D200BK」はBluetooth 4.0+EDR/LEでClass 2のUSBアダプタだ。

 テスト環境は、筆者が普段使っているボイスチャットソフト「Mumble」を使用。「Mumble」のサーバーである「Murmur」を筆者のLAN内に用意し、最大72kbpsの高音質と10msの低遅延で通話できるようにした。使用するPCは、Windows 10のデスクトップPCと、Windows 7のノートPC。ノートPCはBluetoothを搭載しているので、USBアダプタは使用していない。

 検証はヘッドセットを接続して、サーバー側で音声を聞くだけ。HD Voiceに対応していれば、音の違いがはっきりとわかるはず……と思っていたのだが、実際にはいくつもの問題にぶつかることになった。

 Bluetoothは一見簡単なように見えて、挙動はとてもわかりにくい。HFPだけを取っても、ただ音が出るだけならバージョンを問わないし、個別の製品がHFPのどのバージョンに対応しているのか明記されていないことが多い。また音に関するプロファイルは、HFP以外に音楽用のA2DPもあり、「Bluetoothのなにを使ってどんな音が出ているのか」を把握していないと、問題の検証すらできない。

 たとえば、今回テストした3機種のヘッドセットをWindows PCに接続すると、いずれも音声入力デバイスは1つだが、音声出力デバイスは2つ登録される。これは一方がHFPによるもの、もう一方がA2DPによるものとなる。「BSHSBE500」を接続した場合、ヘッドセットとして「BSHSBE500 Hands-Free AG Audio」、ヘッドフォンとして「BSHSBE500 Stereo」というデバイスが表示される。

 この状態で音楽を再生してみると、とても高音質のサウンドが出力される。これは「BSHSBE500 Stereo」から出力されたもの、すなわちA2DPを使っている。ただ「BSHSBE500」はモノラルヘッドセットであり、ステレオで音が鳴るわけではないのが少々ややこしい。

 この音質でボイスチャットをしたいところなのだが、「Mumble」などの音声入力デバイスを使うソフトを起動すると、音声出力が強制的に「BSHSBE500 Hands-Free AG Audio」に変更される。それならばと「Mumble」の設定で音声出力デバイスを「BSHSBE500 Stereo」に指定してやると、一切音が出なくなる。

 スマートフォンでBluetoothヘッドセットを使ったことがある人ならわかると思うが、音楽を聴いているときに電話が着信すると、音楽が途切れて通話に切り替わる。A2DPは音声出力しか持たないプロファイルで、音声入力はできない。また1つのデバイスでA2DPとHFPという2つのプロファイルを同時に動かすことはできない。よって、通話時、すなわち音声入力が必要になるときは、自動的にA2DPからHFPに切り替えられる。

 つまり、聞く側は高音質のA2DP、話す側は音質が下がるHFP、という使い分けはできないのである。Bluetoothでボイスチャットをしたいなら、聞くのも話すのもHFPを使うしかない。ということで、この先はWindowsで「BSHSBE500 Hands-Free AG Audio」と表示されるヘッドセットデバイスを検証していく。

「BSHSBE500」の再生デバイスは、HFPとA2DPの2つ存在する
「BSHSBE500」の録音デバイスは、HFPの1つだけ

HD Voiceで音質はどこまで変わる?

 ここで結論から申し上げておく。Windows 10は確かにHD Voiceに対応している。ただし、通話にHD Voiceを使っていますと明示されるものはない。唯一、目で見て判断できるのが、Windowsのサウンドのプロパティだ。

 ヘッドセットのプロパティを開き、詳細タブを見ると、規定の形式の項目で音質が確認できる。HD Voice対応製品の場合、Windows 10では「1チャネル、16ビット、16000Hz(テープレコーダーの音質)」となっているが、Windows 7で同じように接続してみると「1チャネル、16ビット、8000Hz(電話の音質)」となっている。

 またHD Voice非対応製品だと、Windows 10でも7でも、「1チャネル、16ビット、8000Hz(電話の音質)」となる。HD Voiceは仕様として、帯域が従来の8kHzから16kHzに向上したものなので、それにも合致する。つまり、ヘッドセットのプロパティで音質が16,000Hzになっていれば、HD Voiceが機能しているものと思われる。

HD Voice対応ヘッドセットのWindows 10でのプロパティ。帯域が16000Hzになっている
HD Voice未対応ヘッドセットのWindows 10でのプロパティ。帯域は8000Hz
HD Voice対応ヘッドセットのWindows 7でのプロパティ。帯域は8000Hz
HD Voice未対応ヘッドセットのWindows 7でのプロパティ。帯域は8000Hz
A2DPの再生デバイスのプロパティはCDの音質になっている
Windows 7でもA2DPは使用できる

 あとは音質がどうなのか、実際に喋って確かめてみた。「Mumble」には録音機能があるので、ヘッドセットとPCを変えながらサーバー側で音声を録音した。また比較対象として、筆者所有のソニー製の小型有線マイク「ECM-PC60」を使ったデータも用意した。各データは未加工の録音データなので、音量の違いはご容赦いただきたい。

【表】音声データ比較
Windows 10Windows 7
BSHSBE500(対応)BSHSBE500.wavBSHSBE500_win7.wav
BSHSBE23(対応)BSHSBE23.wavBSHSBE23_win7.wav
BSHSBE32(非対応)BSHSBE32.wavBSHSBE32_win7.wav
ECM-PC60(有線)ECM-PC60.wavECM-PC60_win7.wav

 まずHD Voiceに対応した製品でOSを変えて聞き比べてみると、Windows 7ではザラザラして音がこもったように聞こえる音声が、Windows 10ではかなり自然に聞こえる。HD Voice非対応の製品については、やはりOSを変えても音質に変化は感じられない。HD Voiceによって、確かに音質が向上している。

 この音質なら、ボイスチャットで使用していても聞き取りにくいと言われることはなさそうだ。また音声出力側も同様に8kHzから16kHzに音質が向上しているため、聞き取る音もよくなっている。

 めでたしめでたし、と言いたいところなのだが、うっかり比較対象として試した有線マイクの音を聞くと、音質が天と地ほど違うのに愕然とした。有線マイクの音質は「2チャネル、16ビット、44100kHz(CDの音質)」なので(なんならもっと高音質にできる)当たり前なのだが、たとえHD Voiceになってもこれだけ差があるのだと思い知らされた。

 とはいえ、たとえ有線マイクでも、マイク自体の質と使用環境がよくなければ、高音質にはならない。今回試した3つのBluetoothヘッドセットも、最上位機種の「BSHSBE500」はもっとも自然な音声が入力できており、マイクデバイスの質も大きく影響するのがわかる。

 またHD Voiceの音質が必要十分であるのも確か。遅延に関しても検証してみたが、有線マイクに比べておよそ0.1秒遅れるかどうかだった。ローカルでしゃべりながら聞くという今回のテストでは、注意して聞いていたので遅延に気づけたが、普通にボイスチャットをしていても違和感はない。ただ遅延があるのは確かなので、シビアなゲームプレイでは有線接続を使うという選択肢もあり得る。

 結論としては、HD Voiceはワイヤレスボイスチャットを現実的なものにしてくれるが、音質は有線マイクには程遠く、「有線マイクと同等の高音質になる!」などと期待しすぎてはいけない。それでも、ようやくWindowsがHD Voiceに対応してくれたということは、素直に喜んでおきたいし、とくに難しい設定が必要だったりもしないという点は評価したい。

ゲーミング用途のBluetoothヘッドセットが抱える問題

 ここまでお読みいただいた方のなかには、「ボイスチャットにBluetoothヘッドセットを導入してみよう」と思った方がいらっしゃるかもしれない。じつはゲーミング用途のBluetoothヘッドセットには、まだ超えねばならない課題がある。

 最大の問題は、A2DPとHFPが共存できないという点。A2DPは音楽用の高音質なプロファイルなので、ゲームの音を聞くのにも使える(HFPと同様、0.1秒程度の遅延は感じられるが)。しかしボイスチャットをしながらゲームの音を聞こうと思うと、プロファイルがHFPに切り替わってしまい、ゲームの音が出せない。

 Windowsのサウンドのプロパティで、HFPの音声出力デバイスを規定のデバイスに設定しておけば、ヘッドセットから音は出るが、HFPの(HD Voiceなりの)低音質になってしまう。高音質でゲームの音を聞きたければ、ヘッドセットとは別のところから音を出す必要がある。

 具体的には、Windowsのサウンドのプロパティで、外部スピーカーなどに接続されている音声出力デバイスを規定のデバイスとして設定し、さらにボイスチャットソフトで音声出力・入力デバイスをヘッドセットに指定する。これでゲームなどの音はスピーカーから鳴り、ボイスチャットの音声だけはヘッドセットから聞こえるようになる。この設定だけは理解しておかないと、ゲーミング用途としてはまったく使い物にならない。

Bluetoothヘッドセットをゲームと併用するなら、別のスピーカーを規定のデバイスに設定する
ボイスチャットソフトの音声入力と出力を、BluetoothヘッドセットのHFPプロファイルのものに設定する

 もし片耳タイプではなく、オーバーイヤータイプの両耳ヘッドセットでいいなら、数多くのゲーミングワイヤレスヘッドセットが販売されている。ただこれらのほとんどは、専用のUSBアダプタを用いた独自通信を採用している。Bluetooth対応製品もあるが、独自通信や有線接続との切り替えになっており、Bluetoothのみの製品というのは見当たらない。

 これについては、ゲーミングデバイスブランドのSteelSeriesから発売中のヘッドセット「ARCTIS 3」のページにあるFAQで、「ヘッドセットにワイヤレスBluetoothが搭載されている場合に、ゲーミングにケーブル接続を使用するのはなぜですか?」として説明されている。Bluetooth接続だと音質が悪く遅延もあるので、有線接続を推奨するということだ。

 このほか今回検証していて気づいた問題として、Bluetoothのマイクデバイスは、Windowsで録音デバイスのボリューム調整をしてもほとんど調整が効かない。製品によるが、音量設定が最大100あるうち、1から5程度で十分な音量で入力される。

 また検証に使ったヘッドセットには、OS側にバッテリ残量を表示させる機能が搭載されているのだが、いずれもWindows PCではバッテリ情報が表示されなかった。筆者の手元にあった他社のBluetoothキーボードではバッテリ残量が表示できていたので、なぜヘッドセットでは表示されなかったのかは不明のままだ。ヘッドセット側にバッテリ残量を確認する方法が用意されているので、さほど気にはならないのだが。

 BluetoothヘッドセットはWindows環境、とくにゲーミング用途においては、思わぬところでつまづくことも多い。それでもHD Voiceによって品質はかなり向上したので、ぜひ多くの方に興味を持っていただければ幸いだ。

今回のヘッドセットは、Windowsからバッテリ残量が確認できなかった。他社のキーボードではバッテリ残量が表示されている