笠原一輝のユビキタス情報局

今年のPC秋冬モデルに刮目せよ

 Microsoftは、開発コードネーム「Redstone1(RS1)」で知られるWindows 10の機能強化版となる新バージョンを、8月2日(米国時間)より配布を開始した。「Windows 10 Anniversary Update」の名前が付けられた新バージョンには、Windows Inkと呼ばれるペン機能の拡張、拡張機能や通知機能など機能が強化されたMicrosoft Edge、UWP化されたCortanaなど、数々の新機能が搭載されている。

 こうしたWindows 10 Anniversary Updateをより良く使うためには、デジタイザペンや最新世代のプロセッサ、生体認証デバイスなどの新しいハードウェアが必要になる。既にそうしたハードウェアを搭載したPCは、各社から登場しているが、Intelがまもなく発表を予定している第7世代Coreプロセッサ(開発コードネーム: Kaby Lake)に合わせて拡充する見通しで、今年(2016年)の秋冬は新しいPCを検討するのに良い時期になりそうだ。

ASUSがCOMPUTEX TAIPEIで発表したTransformer 3。Kaby Lakeこと第7世代Coreプロセッサを搭載して、タッチ型の指紋認証センサーを搭載している

Windows Ink、Microsoft Edge、Cortanaなどが強化されるWindows 10 Anniversary Update

 Windows 10の正式リリースから1年の節目を記念して、Windows 10 Anniversary Updateと名前が付けられたバージョン1607は、2015年7月にリリースされたWindows 10(Threshold1=TH1、バージョン1507)、2015年11月にリリースされたWindows 10 November Update(開発コードネーム:Threshold2=TH2、バージョン1511)に続く、最新版のWindows 10となる。

 Windows 10 Anniversary Updateには以下のような新機能や機能強化が実装されている。

  1. Windows Inkと呼ばれる新しいデジタイザペン機能の強化
  2. 拡張機能や通知機能、ピン機能などの機能が強化されたMicrosoft Edge
  3. UWP化されて機能が強化されたCortana
  4. 法人向けのセキュリティ機能の強化

 Windows Inkは、Windows 10 Anniversary Updateで追加された最大の新機能だ。Windows 10は、TH1からデジタイザペンのサポートが標準で搭載されてきた。このため、アプリケーション(例えばOneNoteなど)や、Windows 10標準ブラウザのMicrosoft Edgeなどでペンの機能を使うことが可能だったのだが、Windows Inkではそれに加えて付箋紙の機能、スケッチパッドの機能、画面スケッチの機能などの新しいペン用の標準アプリケーションや、デジタル定規といった新しいツールなどが追加され、より便利に使えるようになっている。

Windows 10 Anniversary UpdateではタスクトレイにWindows Inkのアイコンが用意されている
スケッチパッドの機能、電子定規なども用意されていて、手軽にイラストをペンで描いたりできる
付箋紙の機能。キーボードやタッチキーボードで文字を入れたりもできるし、ペンで直接書いておくことも可能
画面スケッチの機能

 Microsoft Edgeは、Windows 10で従来のInternet Explorerに換えて導入されたWebブラウザ。Internet Explorerが、初期のWebブラウザからの過去の互換性を引きずって“屋上屋を架す”式のバージョンアップを続けてきたこともあり、セキュリティ的にも機能的にも時代遅れになりつつある、ActiveXのサポートが続けられるなど、現代のブラウザとしてはやや時代遅れな部分があったのだ(もちろん下位互換性を重視するPCのブラウザとしてInternet Explorerが必要とされる場合もあるため、Internet Explorer 11も用意されている)。

 そこで導入されたのがMicrosoft Edgeで、過去とのしがらみを排除し、完全な新規ブラウザとして設計することで、軽量(つまりPCのリソースにあまり負荷をかけない)でモダンなブラウザとして導入された。

 ただし、導入当初のMicrosoft Edgeは、ほかのモダンなブラウザ(Google Chromeなど)と比較して、機能がやや劣っている面があった。その代表が拡張機能だ。

 Chromeなどではお馴染みの拡張機能は、比較的安全にブラウザに機能を手軽に追加できる。Windows 10 Anniversary Updateでは、この拡張機能がWindowsストア経由で追加することが可能になった。現在はラインナップは少ないが、今後時間の経過と共に増えていくだろう。このほかにも、Windows 10 Anniversary UpdateのMicrosoft Edgeは、依然としてChromeなどに比べて軽量さを維持しながら、Webサイトをタブにピン止めする機能、アクションセンターにWebサイトからの通知を通知する機能(Webサイト側の対応が必要)などが追加されており、使い勝手が向上している。

新しいMicrosoft Edgeの拡張機能はWindowsストアからインストールできる
良く見るページをピン止めできる

 Cortanaの機能強化も大きな強化点となる。特にCortanaのアプリそのものがUWP(Universal Windows Platform)化されたことで、ロック画面からCortanaの機能(例えば音声検索)などを利用できるようになったほか、新たにフライトの検索機能、さらにはほかのWindows 10デバイス(Windows PC、Windowsスマートフォンなど)のアクションセンターの通知や、テキストメッセージなどを共有する機能などが追加されている。

 また、法人向けにもセキュリティの機能やMiracastのレシーバー機能(Wi-Fi接続で他のPCのセカンダリディスプレイとして利用できる機能)、MS-IMEの拡張など、多岐にわたる新機能が実装されている。

Cortanaにロック画面からもアクセスできるようになる(もちろんその分セキュリティ性とはトレードオフ)
フライトの状況なども確認出来る

Windows Inkを使うためにはデジタイザペンの機能を持つPCが必要になる

 ユーザーとして知っておいた方が良いことは、こうした新機能の内のいくつかは、新しいハードウェアを必要とするという点だ。

 その代表は、Windows Inkで必要になるデジタイザペンだろう。デジタイザペンを利用するには、後からペンだけ買ってきて追加するというわけにはいかず、最初からPCのディスプレイにデジタイザのコントローラが入っている必要があり、現在デジタイザペンの機能がないPCに、デジタイザペンを追加することは不可能だ。

 従来のデジタイザペンは、デジタイザのコントローラとタッチのコントローラが別々になっており、液晶ディスプレイの上にタッチパネルとデジタイザパネルを重ね合わせていた。そうすると、ディスプレイの表面と液晶面が遠くなってしまうため、ペンやタッチで触っているところと、ポインタが示している場所にズレが生じる「視差」が弱点だった。

 しかし、Microsoftが買収したN-Trigが先鞭をつけた、タッチコントローラの中にデジタイザのコントローラも内蔵し、デジタイザペンが来たらデジタイザとして、指が来たらタッチとして切り替えて制御できるという方式は、デジタイザ専用のパネルがいらなくなるため、コストダウンが可能で安価にペンを実装できるほか、前述の視差も小さくなるというメリットがある。現在はワコムも基本的な考え方は同じ「アクティブ静電結合方式(AES)」と呼ばれる方式を投入しており、N-trig由来のMicrosoft Penと、AESが現在のWindows PCにおける主流の方式となっている。

 余談だが、デジタイザの基本原理は同じものの、デジタイザとペンが通信する方式(プロコトル)は、ワコムのAESとMicrosoft Penでは異なっている。例えば、Microsoftの「Surface 3/Pro 3/Pro 4」に採用されているのはMicrosoft Penであり、Lenovoの「ThinkPad X1 Yoga」などに採用されているのはワコムのAES方式となる。通信するプロトコルが現在は異なっているので、X1 YogaのPenをSurfaceシリーズに使うことはできないし、その逆もできない。しかし、来年(2017年)にワコムがデュアルプロトコルのPenをOEMメーカーなどに提供する予定となっており、それが登場すれば、AES方式であろうがMicrosoft Pen方式であろうが、1つのペンで操作することができるようになる。つまりそう遠くない未来に、1つのペンでほとんどのWindowsデバイスが操作できる時代が来るということだ。

Surface 3/Pro 3/Pro 4で利用できるSurface ペン。Microsoft Pen(旧N-Trig)に基づいたプロトコルを利用している
ThinkPad X1 YogaのペンはAES方式。来年にはワコムのプロトコル、Microsoft Penのプロトコル、どちらにも使えるユニバーサルなペンが登場すると、本体側がMicrosoft Pen方式であろうが、ワコムのAES方式であろうが利用できるようになる

より良く使うには最新プロセッサやWindows Hello対応生体認証デバイスが必要に

 ペンだけではない。Cortanaの機能である「Cortanaさん」と呼びかけてPCをレジュームする場合、これまでのPCでこの機能を利用すると、待機時の電力が増えてしまう。しかし、Intelの第6世代Coreプロセッサ以降のSoCには、Wake on Voiceと呼ばれる、待機時の電力を最小限にしながらCortanaに呼びかけるだけでスタンバイ状態からレジュームする機能がある。

 また、今回のアップデートでは特に大きな強化が入っていない生体認証機能「Windows Hello」だが、この機能も新しいハードウェアが必要になる。Windows Helloでは、顔、虹彩、指紋という3つの要素を利用して生体認証することができ、PINコードやパスワードを入力しなくてもWindowsにログオンしたりすることができるし、将来的にはそれをWebサイトの認証に使ったりということも可能になる予定だ。

Surface Pro 4の3Dカメラ。赤外線による深度センサーと組み合わせて顔認証するので、写真などでは突破はできない

 このうち、PC向けのWindows 10では、顔認証ないしは指紋認証が利用できる。Windows Helloの顔認証は、一般的なWebカメラでは利用できない。赤外線による深度センサーを持つ3Dカメラのみが利用可能になっており、「Intel Real Sense」や、それに類する3Dカメラが実装されている必要がある。

 指紋認証に関してはもう少し緩やかで、Windowsから生体認証として見えるドライバがある指紋認証センサーであれば良く、LenovoのThinkPadシリーズなどで採用されていたAuthenTec(現在はAppleが買収しておりWindows向けのソリューションは提供されていない)のスライド型のセンサーなどでも使うことができる。

 実際、筆者はAuthenTecのEikon MiniというUSB接続の指紋認証センサーをWindows 10 PCで利用しているが、そのまま利用できている。ただ、最新の指紋センサーはそうした旧来のスライド型から、スマートフォンでも採用されているタッチ型の指紋センサーへと主流が移り変わっている。MicrosoftがSurface Pro 4のオプションとして発売している「Fingerprint ID 搭載 Surface Pro 4 タイプ カバー」、そしてファーウェイ・ジャパンが販売するMateBook、LenovoのThinkPad X1 Yogaには、そうしたタッチ型の指紋認証センサーが搭載されている。

Surface Pro 4用のFingerprint ID 搭載 Surface Pro 4 タイプ カバー
ThinkPad X1 Yoga用のタッチ式指紋認証センサー
HUAWEI MateBookに採用されているタッチ式指紋認証センサー

 こうしたデバイスは、PCの内部ではUSB接続されているので、後からUSB機器として追加することも可能だ。マウスコンピューターがCOMPUTEX TAIPEIで発売を予告したカメラや指紋認証センサーはそうした製品で、PCを買い替えなくてもWindows Helloの機能を追加することができるため、PCを買い替えるのは大げさだけど、Windows Helloは使いたいというユーザーには注目の選択肢となるだろう。

マウスコンピューターがCOMPUTEX TAIPEIで発表したWindows Hello用3Dカメラ
同時に発表されたUSBドングル型のタッチ式指紋認証センサー

まもなくIntelから発表されるKaby Lake搭載PCは秋冬にかけて出荷される

 Skylake世代以降のCoreプロセッサ、ペン、Windows Helloの認証デバイスを搭載した製品は、既に市場に登場している。例えばMicrosoftのSurface Pro 4、HUAWEI MateBook、LenovoのThinkPad X1 Yogaなど、Windows 10の機能をより良く使えるハードウェアを搭載したPCは増えつつある。

 そうしたPCがさらに増える時期がまもなくやってくる。というのも、Intelはまもなく開発コードネーム“Kaby Lake”で知られる第7世代Coreプロセッサを投入するからだ。Kaby Lakeは、現行製品のSkylakeの最適化版で、基本的なアーキテクチャはSkylakeを踏襲するものの、HDMI 2.0やHDCP 2.2に対応するなど、ユーザー体験に影響する部分が強化されることになる。

 Intelは、Kaby LakeをOEMメーカーに出荷したことを明らかにしているが、正式なリリース日は公開していない。IntelのOEMメーカー筋の情報によれば、8月の最終週(8月29日~9月4日)での発表が予定されており、ドイツのベルリンで9月2日から開催される、IFAに合わせて発表されるものだと考えられている。通常、IFAでは各PCメーカーが新しいPCを発表する場として活用しており、Kaby Lakeを搭載した年末商戦向けの製品がここで発表、展示される可能性が高い。

IFAに先駆けてCOMPUTEX TAIPEIで発表されたASUS Transformer 3。薄さ6.8mmというボディにKaby Lakeを搭載しており、タッチ式の指紋認証センサーも備えている。こうした製品がIFA以降で発表されると見られる

 ただ、OEMメーカーがKaby Lakeを搭載したシステムにWindows 10 Anniversary Update(RS1)をプリインストールして出荷できるようになるのは、10月後半以降となる可能性が高い。OEMメーカー筋の情報によれば、Kaby Lake用の内蔵GPUのドライバは、Windows 10 November Update(TH2)用のみ出荷時に用意され、Windows 10 Anniversary Update(RS1)用は、やや遅れて9月半~10月半ば頃の完成が予定されているからだ。このため、その完成より前にKaby Lakeのシステムを出荷したいOEMメーカーは、OSの出荷イメージをTH2にしておく必要がある(もちろんユーザーが購入後にRS1にアップグレードすることは可能)。

 一番悩ましいのは、例年10月に秋冬モデルを計画している日本の大手PCメーカーだろう。Intelのドライバの完成が遅れれば、Kaby Lakeのシステムだけを10月ではなく11月にする必要が出てくる。それでは日本の商戦期を逃す可能性があるので、おそらく多くのメーカーはTH2で出荷し、IntelがRS1用のGPUドライバを正式にリリースした後、ドライバをアップデートするという対応をとることになるのではないだろうか。ただ、いずれにせよ、ユーザーがセットアップ後にすぐにRS1にアップグレードできるのだから大きな問題ではないだろう。

 Kaby Lake世代のPCは、デジタイザペン、3Dカメラや指紋認証センサーといったWindows 10 Anniversary Updateをより良く使えるハードウェアを搭載した製品が増えていくものと考えられている。

 つまり、Kaby Lake世代のPCの最大の特徴は、単にCPUの世代が変わるということではなく、そうした新しいユーザー体験を実現するハードウェアを搭載した製品が増えることだ。今年の秋から年末にかけては、まさにPCの買い替え時として最良のシーズンになるかもしれない。