福田昭のセミコン業界最前線
Optaneメモリの挑戦と挫折。【第2部】突き進むIntelと悩めるMicron
2022年8月31日 06:43
新規半導体メモリの事業戦略がはらむ矛盾
2015年7月から2022年7月までの7年間に、IntelとMicronが「3D XPointメモリ」とどのように関わってきたかを振り返るシリーズの第2部である。第1部(前回)では、2015年から2017年までの主要な出来事をご紹介した。今回は主に2017年から2018年の出来事を振り返る。
第1部で述べたように2017年には、3D XPointメモリを搭載した応用品をIntelが積極的に開発して市場に投入し始めた。HDDキャッシュや高速SSDなどである。一方でMicron Technology(以降はMicronと表記)は2017年を過ぎ、2018年になっても応用品を発売していない。両社のスタンスの違いが、2017年末には半導体メモリ業界では明確になっていた。
新しい種類の半導体メモリを事業として手掛けるときには、販売価格と製造コストのバランスをどのように設定するかが、戦略的に極めて重要になる。粗くまとめてしまうと、戦略は2つしかない。製造コストに利益を載せた販売価格を採用する戦略と、損失を許容して製造コストよりも低い販売価格を採用する戦略である。
半導体メモリの製造コストを左右する要因は主に3つ。1つはプロセスコスト(製造マスクの枚数)、もう1つはシリコンダイ面積(ウェハ当たりの収量数:理論的な最大値と良品率の積)、3番目は生産数量(単位時間当たり)である。この3つの中で変動が最も大きな要因は生産数量であり、生産数量が多くなればなるほど、通常は製造コスト(シリコンダイ当たり)が急速に下がっていく。
ここで「「鶏が先か、卵が先か」問題(A Chicken and Egg Problem)」で知られるジレンマが生じる。具体的には、低価格が先か、大量生産が先か、というジレンマだ。「3D XPointメモリの販売価格(記憶容量当たり)がDRAMよりも下がれば、3D XPointメモリは大量に売れる」というシナリオと、「3D XPointメモリの販売数量が十分に多くなれば、販売価格(記憶容量当たり)はDRAMよりも低くなる」というシナリオがあり、2つのシナリオは両立しない。いずれも前提となる条件は「高い販売価格と少量の生産」であり、ニッチな小規模の市場を許容する場合を除き、ジレンマに陥ったままである公算が少なくない。
ジレンマを打破する戦略は、基本的には1つしかない。損失を許容して製造コストよりも低い販売価格を採用する戦略である。販売数量が短い期間で増加すれば、全体(会社そのもの)が傾く前に製造コストが下がり、利益が出るようになる。
2年間の赤字続きでもOptane事業を継続できるIntelの戦略
ここで重要なのは、利益が出るようになるまでの期間だ。赤字販売が続く期間は2年以上になると、2017年8月にイベント「フラッシュメモリサミット(FMS)」で講演したアナリストのJim Handy氏は予想した。また戦略的な販売価格による赤字は、3D XPointメモリのチップ当たりで約10ドルと推定した。なおHandy氏は半導体メモリ業界では良く知られたアナリストであり、FMSでは講演のほかにセッションチェアをつとめている。
そして10ドル/チップの赤字を出しながら販売を2年以上も継続可能なのはIntelだけだと結論付けていた。Intelはマイクロプロセッサを販売するためにOptaneメモリ応用品を売る、という戦略が採れるからだ。マイクロプロセッサはチップ当たりで約50ドルの利益が出る。Optaneメモリチップの赤字10ドルを差し引いても、40ドルの利益が見込める。
しかしMicronは半導体メモリとメモリ応用品の専業メーカーなので、Intelと同様の事業戦略は採用しづらい。最も高い価格で売れる3D XPointメモリ応用製品で利益を出すことを考えるだろう。たとえばエンタープライズ向けの高速SSDである。ただし当然ながら、Intelがすでに製品化したOptaneメモリ搭載の高速SSD(たとえばOptane DC P4800X SSD)と、性能および価格を比較されてしまう。与えられた条件は厳しい。
Optaneメモリ事業の拡大を続けるIntel
悩めるMicronを半ば置き去りにしたまま、IntelはOptaneメモリ事業の拡大へと突き進んだ。2017年6月にIntelは、Micronとの合弁企業IM Flash Technologies(IMFT)のNANDフラッシュメモリ量産工場(IMFT Fab2)を全面的に3D XPointメモリの量産工場へと切り換えていくと明らかにした。2018年中には切り換えを完了させるという。3D XPointメモリの量産を本格化させた。
翌年の2018年5月にIntelは、DIMMタイプのOptaneメモリモジュール「Optane DC Persistent Memory」の特定顧客向けサンプル出荷を始めたと発表する。DRAMのDIMMソケットに装着することで、主記憶の容量を大幅に拡大できる。モジュールの最大容量は512GBとかなり大きい。1枚のモジュールにSSDに匹敵する分量のデータを格納できる。
Intelは2016年4月時点で3種類のOptaneメモリ応用製品を開発することを明らかにしていた。「DRAMの拡張(DRAMの大容量化)」、「高速SSD」、「キャッシュ」(参考図表)である。「Optane DC Persistent Memory」の商品化によって、残る「DRAMの拡張(DRAMの大容量化)」に対応した応用製品が登場し、3つの応用製品すべてがそろった。
共同開発の完了と独自路線の始まり
一方、2018年前半になっても、Micronから製品のアナウンスは聞かれなかった。そして2018年7月16日、IntelとMicronは、3D XPointメモリ共同開発の契約完了を正式に発表する。開発中の第2世代3D XPointメモリが完成することをもって共同開発を終了し、以降は各社が独自に後継世代や派生品などの開発を進めることになった。
この時点では第2世代の3D XPointメモリがどのようなものかは明らかにされていない。分かっているのは、第1世代がクロスポイント構造のメモリセルスタックを2個、積層していたのに対し、第2世代では4個のメモリセルスタックを積層するとされていたことくらいだ。2019年前半には、第2世代品の開発を完了させる予定だと2018年7月18日付けの発表では述べていた。
7月16日時点では、共同開発は第2世代をもって終了するものの、合弁企業IMFTのFab2における3D XPointメモリの共同生産は継続するとしていた。しかしわずか3カ月後の2018年10月18日にMicronは、IMFTの全株式を取得する意向を公式に表明する(正式な決定は2019年1月14日)。Intelなどが所有する株式を買い取り、IMFTをMicronの完全子会社にする。子会社化が完了してから1年間は、Intel向けに3D XPointメモリの生産を継続する。
Micronが出荷した唯一の3D XPointメモリ応用品
Micronが3D XPointメモリ応用製品を発表するのはさらに先になる。2019年10月のことだ。データセンター向けの超高速SSD「X100」を製品化し、2019年第4四半期中にサンプルを特定顧客向けに出荷すると同年10月24日に公表した。
「X100」は「世界最高速のSSD(World’s Fastest SSD)」であり、既存の3D XPointメモリ搭載SSDと比べ、3倍超の入出力性能(IOPS)である250万IOPSを達成するとともに、高速NANDフラッシュSSDの3倍に相当する9GB/sのスループット(読み出しモードと書き込みモード、読み書き混合モード)を実現したとする。IntelのOptane SSDよりも高い性能を武器に、高い価格で販売しようとの意図がうかがえる。
またMicronには将来、3DXPointメモリを搭載するメモリモジュールなどの応用品を開発する計画があったもようだ。ご存知のようにこの計画は実現しなかった。
結局、Micronは「X100」が最初にして最後の3D XPointメモリ応用製品になってしまう。2021年3月16日、Micronはメモリ開発のリソース配分を変更し、CXLインターフェイスのメモリ開発リソースを増強すると発表した。併せて3D XPointメモリの開発を直ちに休止し、開発リソースをCXLメモリ開発に振り向けると述べた。
Micronは3D XPointメモリの製品開発とマーケティングに、最初から最後まで苦しんだように見える。それでは3D XPointメモリ技術の共同開発そのものは、どこまで進展したのだろうか。特に、第2世代の3D XPointメモリ開発と製品化はどうなったのか。本シリーズの次回は、第2世代の3D XPointメモリ開発に関して明らかになった内容を提供したい。