福田昭のセミコン業界最前線
「東芝メモリ」の行方
2017年4月10日 06:00
今年(2017年)4月1日、東芝の100%子会社である「東芝メモリ株式会社」が正式に事業を開始した。同社は、東芝本体が生き残るために設立された。東芝本体の債務を埋めるため、いわば借金の帳消しのために身売りに出すことを前提に、分社化された。
東芝メモリの株式を売却することによって東芝本体は、1兆5,000億円から2兆円という巨額の現金を調達し、財務状態の健全化を目論む。東芝の財務状態が悪化した原因は、2015年に社会問題化した粉飾決算(東芝は「不適切会計」と表現)やPC事業の収益悪化、そして原子力事業における企業買収の大失敗などにある。東芝メモリの設立に至る直接的な原因となったのは、原子力事業における米国企業買収の大失敗なのだが、TVや新聞、経済誌などで盛んに報じられてきたので、ここでは原子力事業についてはふれない。重要なのは、「東芝メモリ」の事業自体は、東芝の財務状態悪化とはまったく関係がない、ということだ。
東芝の公式発表によると、東芝メモリに分割された事業の2015年度(2015年4月~2016年3月期)における売上高は8,456億円、営業利益は1,100億円である。売上高営業利益率は13.0%。優良な事業と言える。
分割された事業は、NANDフラッシュメモリの開発と製造、販売、それからSSDの開発と製造、販売などである。売上高の大半を占めるNANDフラッシュメモリ事業の売上高は、2016年度上半期(2016年4月~9月期)に4,045億円。同期の営業利益は501億円。売上高営業利益率は12.4%で、前年度同期の営業利益率18.3%に比べると低いものの、しっかりと利益を生み出していると言える。
東芝に残る事業と残らない事業
東芝メモリの発足とともに、東芝の関係会社のいくつかも、東芝メモリの傘下に移管された。NANDフラッシュメモリの設計とNANDフラッシュメモリのコントローラ設計を担う「東芝メモリシステムズ」と、NANDフラッシュメモリのパッケージング技術開発を担う「東芝アドバンストパッケージ」、それから事業パートナーである米Western Digitalとの合弁による生産子会社群である。
一方、3月31日までNANDフラッシュメモリ事業とSSD事業を担当する社内カンパニーだった「東芝 ストレージ&デバイスソリューション社」には、半導体事業とHDD事業、半導体の研究開発機能(半導体研究開発センター)が残された。半導体事業の内訳はマイコン、ミックスドシグナル、イメージセンサー、個別半導体(ディスクリート)である。
半導体事業の中でイメージセンサー事業、部署名だと「イメージセンサー事業統括部」は、NANDフラッシュメモリの担当部門である「メモリ事業部」の傘下にあった。またSSD事業を担う「SSD統括部」もメモリ事業部の傘下に置かれていた。すなわちSSDを含めたNANDフラッシュメモリ応用製品もメモリ事業の担当となっている。言い換えると「ストレージプロダクツ事業部」が担当するストレージは、HDDだけである。
このため、東芝メモリの発足に関する2017年2月24日付けのニュースリリースでは、分割する事業内容の定義が「当社のストレージ&デバイスソリューション社が行なっているメモリ及び関連製品(SSDを含み、イメージセンサーを除く。)の開発・製造・販売事業およびその関連事業」という、一読するとわかりにくい文面となっている。メモリ事業部の傘下にイメージセンサーとSSDの担当部門が置かれていた組織であることを念頭に置いたリリース文面であると考えると、いくらかわかりやすくなるだろう。
東芝メモリの株式購入に名乗りを挙げた有名企業群
東芝メモリ株式会社の発足を前提とした株式売却の公募(第1次入札、3月29日締め切り)には、10社前後の入札があったとされる。新聞の記事や通信社の配信記事などを元にまとめると、8社が判明した。そのほとんどは、半導体業界あるいはIT業界で良く知られた企業である。
応札したとされる企業は、いくつかのグループに分けられる。最初(※特に順番には意味はない)のグループは、NANDフラッシュメモリのメーカーである。NANDフラッシュメモリ事業のパートナー企業であるWestern Digitalと、NANDフラッシュメモリで競合するSK Hynixだ。
Western Digitalが応札したのは、ごく当然と言える。NANDフラッシュメモリの共同開発と共同製造で東芝と50対50、言い換えるとイーブンの関係にあるWestern Digital(元はSanDisk)にとっては、外部企業の参入は避けたい。
SK HynixはNANDフラッシュメモリの勢力図では最弱である。東芝メモリに資本参加することで、勢力図をいくらかでも書き換えられる。動機は十分だ。ちなみにNANDフラッシュメモリの業界でトップを走るのはSamsung Electronicsで、2番手がWestern Digitalと東芝の連合、その後にMicron TechnologyとIntelの連合、最後がSK Hynixと見られている。これは市場におけるシェアの大小だけでなく、業界を牽引している度合いや技術力なども勘案したものだ。
テーマを東芝メモリの株式売却に戻すと、2番目のグループは、NANDフラッシュメモリ以外の半導体メーカーである。このグループでは、通信・ネットワーク用半導体の最大手であるBroadcomが応札したとされる。しかも、2兆円規模の金額を書き込んだとされる(日本経済新聞の報道による)。
3番目のグループは、NANDフラッシュメモリあるいはSSDのユーザー企業である。Apple(スマートフォン)、Google(サーバー)、Amazon(サーバー)、鴻海精密工業(ハードウェア製造)の名前が挙がっている。最後のグループは投資ファンドである。技術主導型企業への投資を得意とするSilver Lake Partnersが応札し、2兆円規模の金額を提示したとされる(日本経済新聞の報道による)。
売却合意と売却完了までに起こること
よくわからないのは、東芝メモリの株式の中で、どのくらいの割合を東芝本体は売却するつもりなのかだ。過半数であることは確かだ。売却益として約1兆円を計上するためには、資産価値5,000億円を差し引いた約1兆5,000億円に相当する株式を売却する必要がある。売却益1兆円という制約は、債務超過を解消して上場を維持するために必要な金額として、計算されたものだ。
東芝メモリの株式をすべて売却する、すなわち東芝メモリそのものをすべて売却すると仮定した場合に参考とされているのが、Western DigitalがSanDiskを買収したとき(2015年10月に買収合意を発表、2016年5月に買収手続きを完了)の金額、約190億ドル(1ドルを110円として計算すると2兆900億円)である。東芝とSanDiskはNANDフラッシュメモリの生産量(ウェハ出荷ベース)の半分ずつを引き取る契約となっている。言い換えると、東芝とSanDiskはNANDフラッシュメモリのビジネスにおいて同等の規模にあると判断できる。このため、東芝メモリについても約2兆円という金額が弾き出されている。
ただし、2015年10月時点での評価と2017年2月時点の評価では、無視できない状況の変化がある。NANDフラッシュメモリの需給構造が変わっていることだ。供給不足によってNANDフラッシュメモリが値上がりしているのである。したがって現時点では、売却金額はもっと高くなってもよい。しかし一方で、売却を急がなければならないという東芝の台所事情が外部企業からは見えてしまっているので、逆に、売却額は2兆円よりも下がる可能性がある。
仮に2兆円を全株式に相当すると考えれば、1兆5,000億円という金額は、株式の4分の3を売却することを意味する。1社に売却するのであれば、売却先が東芝メモリの主導権を握ることになる。パートナーのWestern Digitalにとっては歓迎しづらい展開だが、拒否権(があると一部では報道されている)を盾に売却を封じると、東芝本体が経営破綻しかねない。
ところで、東芝メモリには約9,000名の従業員が存在する。東芝本体が売却完了を目指す2018年3月末までに、東芝メモリから「東芝」が外れ、外資系企業になる可能性が非常に高い。このことが従業員にとっては明らかだ。
すると何が起こるか。東芝メモリから東芝本体へ、あるいは売却対象外関係会社への脱出を図る従業員が続出するということだ。そもそも従業員は、東芝あるいは東芝グループの企業に就職したのであって、外資系企業に就職したわけではない。東芝メモリの四日市工場に勤務している従業員のほとんどは近隣に居住していると見られるので、たぶん、動けない。しかし首都圏に勤務している従業員は、異動の希望が十分に可能だ。
またこれは他社(エレクトロニクス大手)の半導体事業分割で実際に生じたことなのだが、親会社が特に有能と見込んだ従業員を、子会社から親会社に異動させる可能性がある。間接部門ではこのような人事異動が、十分に起こり得る。
早ければ今年の5月中には、東芝メモリの株式売却が合意に達する。日系企業が第2次入札に応じる、あるいは政府系金融機関が出資を決める、といった極めて可能性の低い逆転劇が起こらない限り、東芝トップの思惑とは関係なく、東芝メモリの内部では人的な混乱が続くだろう。