福田昭のセミコン業界最前線
元フリースケール社長の高橋氏率いる光デバイス企業がバイアウトに成功
2022年3月15日 06:19
インテル日本法人やフリースケール・セミコンダクタ日本法人、ルネサス エレクトロニクスの経営幹部を歴任してきた高橋恒雄氏が光半導体デバイス専門メーカー「株式会社 京都セミコンダクター(以降は「京セミ」と表記)」の経営トップ(代表取締役社長兼CEO)に就任したのは、およそ2年前の2020年4月1日のことである。
高橋氏を京セミの経営トップに指名したのは、京セミの事業再生を手掛けるバイアウト投資事業会社「アイ・シグマ・パートナーズ株式会社」だ。京セミの企業価値を高め、いわゆる「出口戦略(株式上場や株式譲渡など)」の実行まで持ち込むことが、高橋氏に課せられたミッションだった。
高橋氏の経営トップ就任からわずかに2年足らず。驚くべきニュースが今年(2022年)の2月17日にもたらされた。京セミの全株式を電子・光学部品・材料メーカーの「デクセリアルズ株式会社」が同年3月24日付けで取得することが公式に発表されたのだ。株式譲渡に関するリリースは京セミのほか、アイ・シグマ・パートナーズ、デクセリアルズが発行した。半導体企業の経営幹部として経験が豊富な人物をアイ・シグマ・パートナーズが外部から招へいしてほぼ2年で、バイアウト(株式譲渡)に成功したことになる。
京セミを買収するデクセリアルズとは
京セミを買収するデクセリアルズは、ソニーグループの「ソニーケミカル株式会社」をルーツとする。同社はプリント基板や電子材料、光学部品などを開発・生産してきた。設立は1962年とかなり古く、60年の歴史を有する企業である。電子業界ではデクセリアルズよりも、ソニーケミカルの名前をご存知の方が多いかもしれない。
2012年10月にソニーはソニーケミカル(当時の社名は「ソニーケミカル&インフォメーションデバイス株式会社」)の全株式を売却し、ソニーグループから切り離す。全株式を買収したのは、株式会社日本政策投資銀行(DBJ:Development Bank of Japan)と、ユニゾン・キャピタルグループの投資ファンドの合弁による持ち株会社である。この株式譲渡によって社名が「デクセリアルズ株式会社」に変更された。
日本政策投資銀行(DBJ)とユニゾン・キャピタルによる事業再生は、2015年7月にデクセリアルズを東京証券取引所第一部(東証第一部)に上場させたことで成功した。DBJとユニゾン・キャピタルは持ち株を売却し、デクセリアルズは資本関係で独立した企業となって現在に至る。デクセリアルズの有価証券報告書によると、2021年3月31日時点で大株主の所有株式比率は最大株主(日本マスタートラスト信託銀行)でも10%未満となっている。
日本政策投資銀行がデクセリアルズによる買収を支援
京セミの株式売買についてもう少し説明しよう。売り主は、アイ・シグマ・パートナーズが管理運営する投資組合(投資ファンド)「アイ・シグマ事業支援ファンド2号投資事業有限責任事業組合」である。買い主はデクセリアルズと日本政策投資銀行(DBJ)の2社だ。デクセリアルズは京セミの全株式を取得すると同時に、一部の株式をDBJに売却する。最終的な資本比率(株式の議決権比率)はデクセリアルズが81.1%、DBJが18.9%である。また京セミは、デクセリアルズの連結子会社となる。
デクセリアルズが発行したニュースリリースによると、株式の取得価額はおよそ88億円である。取得価額には取得費用が含まれているので、買収価格そのものではない。それでも買収価格が88億円を超えないことは分かる。言い換えると、アイ・シグマ・パートナーズによる京セミへの投資は、この売却金額でそれなりの利益が出たことが窺える。
「覚醒」した京都セミコンダクターの2年間
京セミをアイ・シグマグループの投資ファンド(以降は「アイ・シグマ」と表記)が買収する直前の段階(2016年6月時点)では、京セミの創業者が代表取締役社長をつとめていた。アイ・シグマによる買収が実施された2016年7月には、当時の常務取締役が代表取締役社長に昇格した。その後に高橋氏が経営トップに就任するまで、京セミは目立った動きを外部に示していない。
photo005:「株式会社 京都セミコンダクター」の沿革(1980年~2018年)。光半導体デバイスのベンチャー企業として1980年に設立された。2016年にバイアウト投資事業会社「アイ・シグマ・パートナーズ株式会社」が管理運営する投資ファンドが買収し、事業再生を手掛けることになった。2018年に現在の社名となる。同社のホームページなどからまとめたもの
アイ・シグマは早くから、ベテランの経営者を外部から招いて事業再生を任せて企業価値を高めようとしていたようだ。しかし適切な候補者がなかなか見つからず、高橋氏を招へいするまでに3年を超える時間がかかったものとみられる。なお2016年7月の時点で高橋氏はルネサス エレクトロニクスの執行役員をつとめており、アイ・シグマによる京セミの買収時点(2016年7月)では候補者ではなかった可能性が高い。
京セミの事業再生を任された高橋氏は、2020年1月に京セミの取締役に就任して事業所(工場)やオフィスなどで社員と会合を重ね、今後の戦略をまとめた。そして同年4月に代表取締役社長に昇格した。ここから京セミは「覚醒」したかのように活発な動きを外部に発信し始める。
製品開発では、新製品の開発と販売をアナウンスし始めた。2020年5月~2022年1月までに、合計で6品種の開発成果をリリースした。
生産では、製造ラインの効率と寿命を向上させた。言い換えると製造コストを削減した。一方で開発製造ラインの新設と生産能力の増強を決めた。
販売では、国内のエレクトロニクス商社と初めて正規代理店契約を結んだ。海外を含めた市場向けには現行製品と製造中止品の在庫販売を手掛ける国際エレクトロニクス商社が京セミの製品を扱えるようにした。
「計画通り」に進んだ売上高と利益率の向上
高橋氏が社長に就任して2カ月後の2020年6月9日に北海道の札幌市で開催した記者説明会で、同氏は中期計画を明らかにした。売上高を年率10%で拡大し、売上高営業利益率を10%以上に高めることを目標とする。
これらの中期目標をデクセリアルズが2022年2月17日に公表した京セミの年間業績と照合すると、2021年3月期には目標がほぼ達成できていたことが分かる。売上高は前年比9.4%増、売上高営業利益率は11.0%である。
従業員の優れた能力を発揮する仕組みを作る
高橋氏が京セミで実施してきたことは、従業員の優れた能力を発揮する仕組み(例:生産効率の向上)を作り、従業員にやるべき方向性(中期目標)を示し、販売力を強化(商社との代理店契約)し、報道機関および外部への情報発信を増やし、といったことに見える。埋もれていた才能を発掘し、磨きをかけ、外部に見える形で提示したとも言える。
見逃せないのが、人材の積極採用である。求人情報サイトを見る限り、京セミは中途採用を近年、継続して実施している。早期退職制度といった人減らしの動きは見られない。これは重要なことだ。
デクセリアルズが京セミを買収した後のことは見えにくい。デクセリアルズは材料メーカーとして半導体メーカーとは長い付き合いがある。半導体メーカーの常識を知らないような振る舞いをするとは考えにくい。この企業買収が京セミの従業員にとって良い方向になることを望みたい。