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新材料SiC/GaN半導体でシリコンの限界を超えた省エネへ

~NEDOパワエレ・シンポジウム開催。ノーベル賞受賞の天野教授も講演

 独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は11月28日、東京都内のホテルで「NEDOパワーエレクトロニクスシンポジウム パワエレでLEDに続く省エネ革命」を開催した。シンポジウムに先立って、「明るく省エネルギーな白色光源を可能にした高効率の青色LEDの発明」で、赤﨑勇氏、中村修二氏の両氏と今年(2014年)のノーベル物理学賞を受賞した名古屋大学大学院工学研究科教授の天野浩氏らが記者会見を行なった。

パワーエレクトロニクスとは電力機器用の半導体技術

 パワーエレクトロニクスとは、簡単に言うと電力機器用の半導体技術だ。会見ではまずNEDO理事長の古川一夫氏が「日本はこの分野では学術・産業ともに世界をリードしてきたが競争が激しい。NEDOは、エネルギー・環境問題に関する課題解決と、産業創出の2つの観点から取り組んでいる。パワーエレクトロニクスは縁の下の力持ちなので目立たない。だが、社会で重要な役割を担っている」と挨拶した。

 続けてNEDOのパワーエレクトロニクスプロジェクトについて、NEDO電子・材料・ナノテクノロジー部部長の岡田武氏が解説した。送電線から送られた電力は、そのままでは使うことはできない。機器に合わせて電流・電圧・周波数を調整しなければならない。そのための技術がパワーエレクトロニクスで、大きな電圧・電流を扱えるパワー半導体デバイスを利用して、電力のコントロールとそれらの応用を取り扱う分野である。すなわち、ここでいう「パワー」とは力ではなく「電力」を意味する。

 岡田氏は電車とエアコンを例にしてパワーエレクトロニクスの効果を解説した。電車においては、パワー半導体素子を用いることで、任意の電圧・電流を調整できるようになり、以前のように抵抗器を入れて電圧を下げる必要がなくなった。そのため摩耗もなく高速で調整可能であり、電力変換時の損失を5%程度に抑えることができるようになった。エアコンの場合は、パワエレ技術の1つであるインバータ(周波数変換装置)を搭載することで、非搭載型と比べると3割の省エネ効果があると言われている。インバータエアコンはきめ細かい制御ができ、エネルギーロスが少ないからだ。

NEDO理事長の古川一夫氏
NEDO電子・材料・ナノテクノロジー部部長の岡田武氏

 パワーエレクトロニクスの主要用途としては、太陽光発電や風力発電、スマートグリッドなどの分散型エネルギー、周波数変換装置など産業用、各種家庭用、運輸と幅広いジャンルがある。世界市場は現在は1.7兆円。周辺技術も含めると将来予測は2030年で約20兆円規模と考えられている。世界中で競争が激化しており、日本でも内閣府や経済産業省が次世代パワーエレクトロニクス関連のプロジェクトを走らせている。今回のシンポジウムはその一環だ。

電車とエアコンを例にしたパワーエレクトロニクスの効果
さまざまな用途がある
2030年の世界市場は約20兆円規模と想定されている
内閣府と経済産業省による次世代パワエレ関連プロジェクト
内閣府SIP/次世代パワーエレクトロニクス担当プログラムディレクター大森達夫氏

 次に、内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の「次世代パワーエレクトロニクス」について、内閣府SIP/次世代パワーエレクトロニクス担当プログラムディレクターの大森達夫氏が解説した。SIPでは他にも革新的燃焼技術や構造材料、エネルギーキャリア、海洋資源調査技術や自動走行システムなどのプロジェクトがあり、「次世代パワーエレクトロニクス」は、SIPの10課題の1つとして進められている。

 半導体は現在はシリコンを主な材料にしているが、さらなる高性能化を目指して、新材料が研究されている。その中でのトップランナーがシリコンに炭素を入れた炭化ケイ素(SiC)である。そしてさらなる省エネ推進のために、より特性が優れて低コストが期待される窒化ガリウム(GaN)が新素材として期待されている。

 そこでSIPでは、SiC活用をより広げるための研究、新素材であるGaN活用の実証、開発された高性能デバイスを使いこなすための技術、新しい基盤開発技術の4本を柱として研究を進めている。このほか、パワーエレクトロニクスの技術ロードマップの策定や改定を行なっている。単に技術だけからの積み上げで考えるのではなく、ユーザーにどんなニーズがあるのかを考慮に入れて、戦略を練っていると大森氏は語った。

 SiCは次世代半導体として、電力損失低減と設備の小型化が要求される電力系統や高速車両、高圧電源などの分野で徐々に実用化が進みつつある。一方、従来のシリコンプロセスをそのまま利用できるため低コスト化が可能と考えられていたが、当初狙っていたほどは低コスト化がうまくいっておらず、また、まだ理論値の性能が出ていていないという課題がある。この2つの課題においては今後も基礎研究を進めていくという。

内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の概要
SIP「次世代パワーエレクトロニクス」の目標は更なる省エネ
技術開発項目の概要

GaN縦型パワーデバイスの基盤技術開発

名古屋大学大学院工学研究科教授の天野浩氏

 最後に、名古屋大学の天野浩教授が、SIP「次世代パワーエレクトロニクス」の「GaN縦型パワーデバイスの基盤技術開発」について解説を行った。これまでNEDOではGaNを次世代LED照明に使うことを目的として、GaN基板の高品質低コスト結晶成長技術(Naフラックス法)や、GaN基板上にGaNをエピタキシャル成長させるプロジェクトを走らせていたが、それを踏まえて、これからはそれをパワーデバイスに活用するプロジェクトを行うという。会見後に行なわれたシンポジウムでの講演の内容を交えてレポートする。

GaNを次世代LED照明に使うための研究を、GaNパワーデバイスの基盤技術開発へに応用する

 天野教授はパワーデバイスの大きなターゲットとして「従来は交流をベースにした家電が多かった。だが最近はエアコン、冷蔵庫、パソコンなど、直流で動く家電が増えている。そのため、DC DCコンバータの利用が増大しており、高効率化が必要とされている。一方、情報技術に目を向けると、2010年の予想を見ると、情報トラフィックが年率4割のペースで増えている。2020年にはルーターの消費電力が今日の日本の全消費電力に達すると言われている。我々はそれに解を見出さないといけない」と述べて、パワーデバイスの高効率化は必須だと語った。そして「そのための材料が窒化ガリウム(GaN)だと考えている」と述べた。

DC DCコンバータの利用が増大中
電力消費量も増大中
シリコン、GaAs、GaNの特性の比較

 窒化ガリウムがシリコンの次の材料として注目されている理由は、ワイドバンドギャップ半導体として優れた特性を持っているからだ。半導体の中で電子が存在できない禁制帯の幅(バンドギャップ)が広い材料が「ワイドバンドギャップ」で、GaNはシリコンに比べるとバンドギャップは3倍で、絶縁破壊電界は1桁大きい。高温でも動作でき、パワーデバイスの高性能化には必須の特性がある。また電流も多く流せるし、高周波数で動作させられるためゲート長を短くさせられる。ノイズ発生も非常に少ないため性能の良い増幅器になり得るといった特性がある。そのため「パワーデバイスとしても高周波材料としてもGaNは期待できる」という。

 絶縁破壊電界が大きくなると損失を減らすことができる。窒化物では絶縁破壊を起こす「Avalanche breakdown」という現象がシリコンに比べて、1桁起きにくくなるので、サイズを10分の1にできる。すると損失も10分の1にできる。天野氏は、実際に特性を調べた研究例を示しつつ「物性的に非常に魅力的だというのが窒化物の特徴の1つだ」と述べた。

GaN系デバイスの特性予測

 デバイスとしての構造には縦型と横型があるが、どちらの構造にした場合にも理論的には非常に優れた結果が計算では出ているという。ただし横型は開発が進んでいるが、高耐圧化や低ON抵抗化に適した縦型構造は、まだまだこれからの段階にある。だが、GaNを次世代LED照明に使う培った技術が縦型ではそのまま利用できるという。

 天野氏はまずは横型について紹介した。窒化物は窒素によって圧電分極がものすごく強く発生するという材料上の特徴がある。従来の材料に比べて、窒化物は圧電定数が桁違いに大きいので、これを利用する。従来の材料だと電子をチャネル層に供給する時に電流を多く流すためにはたくさんドナーが必要になる。だがそうすると今度は伝導体が減ってしまって、遅いところも電流が走るようになり、デバイスの性能が出なくなる。これが従来の半導体の問題だった。

 一方、窒化物は分極構造があるので不純物を入れなくてもいい。高い電子濃度をそのままチャネル層に供給できる。だからGaNは横型デバイス材料としても非常に魅力的だという。

 具体的にどんな応用が考えられるのかについては、アリゾナ州立大学の研究者による電気自動車の図を示し、横型デバイスは電圧300V程度のところのコンバータに使える、それに対して縦型デバイスはモーターの近くのような高電圧、高温のところでも使えるのでDC DCコンバータに使えるのではないかと述べた。横型だと10kW程度まで。縦型だと100kW、それ以上は並列にするという応用例を考えている研究者もいると述べた。

 続いて、天野教授らがSIPで主に研究を進める縦型デバイスの設計指針について述べた。縦型デバイスというのは、P型とN型が縦に接合を作るような構造だ。横に接合を作るのは積層していけばいいが、縦の構造を作るのは、そう簡単ではない。構造を作るのも難しいし、性能を上げるのも難しい。パワーデバイスにするため耐圧を10kVまで上げようとした場合はドーピング濃度を下げないといけない。これは非常に難しい技術になるのだという。

 縦型デバイスはこれまでにもいくつか報告がある。構造としては、従来のLEDの製造方法と同じで途中まで積層して、P型の一部を彫り込んで再び成長させる「ドライエッチング法」という方法でこれまでは作られていた。だがこれだと、層の厚さや加工技術にも課題があり、性能は理論通りには出ない。

 それに対して、天野教授らが考えているのが「ナノワイヤー」という構造を使う方法だ。ナノワイヤーでP型あるいはN型を伸ばすという手法で3次元構造を作るのはLED製造では普通に行なわれており、このLEDのエピタキシャル成長技術をパワーデバイスに応用すれば、縦型半導体デバイスの構造を作り込むこともできると考えられる。そこでナノワイヤーを使った製造技術にSIPでは挑む。高い電圧に耐えられる高耐圧デバイスが実現できると期待されているが、結晶品質の向上、特にエピタキシャル成長層の純度が重要だという。

 縦型構造を作る上での課題としては、不純物のほか、隠れた課題として、実際に結晶を成長させると意図しない「深い準位密度」ができてしまうことを挙げ、それをいかにコントロールするかが科された課題だと述べた。また市販されているGaNの品質が違い、その上でデバイスを作るとどうなるかもこのプロジェクトの中で進めていくつもりだという。

名古屋大学大学院工学研究科教授 天野浩氏
スライド右下の棒状のものが「ナノワイヤー」

ユーザーの立場からの講演も

シンポジウムの様子

 このあとシンポジウムではSIPやFIRSTなど各国家プロジェクトリーダーからの講演のほか、デバイスユーザーとしての立場から、ダイキンからエアコン、日産自動車から電気自動車、新日本無線から高音質音響回路(オペアンプ)、そして東京大学稲葉研からヒューマノイド研究などの講演が行なわれた。

 エアコンや電気自動車などが次世代パワーデバイスに期待しているのは当然だが、オペアンプがSiCに注目しているというのは意外な視点で、異色の講演となった。SiCの高速応答性が音質に影響しているのではないかとのことだった。秋葉原ではチップ1個数千円で売られており、マニアの間の口コミで広がっているという、

 なお、実際に試聴ルームで聴いた人によると自分の中で音場の分解能が上がったように聞こえたそうだ。具体的には、波音のCDを聴いたところ、SiCのダイオードではないものだと波が足もとまで来ないのが、SiCを使ったものだと、自分を飲み込むように感じられたという。

 このほか東大の稲葉教授は、稲葉研究室の出身者らが作ったベンチャーSCHAFTの活躍とその後のグーグルによる買収、日本のヒューマノイド研究のあれこれを紹介して、小型で人間並みの瞬発力を出せるパワーアンプが、しかも空冷で動くような高効率なものができたら「世界が変わる」と述べた。

ダイキン業務用エアコンのモータ・インバータの省エネ効果
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(森山 和道)