福田昭のセミコン業界最前線
再び勢いを増した次世代メモリの研究開発
~国際メモリワークショップ(IMW)2019レポート
2019年5月15日 13:58
半導体メモリ技術の研究開発に関する国際学会「国際メモリワークショップ(2019 IEEE 11th International Memory Workshop(IMW 2019))」が、今年も始まった。日程は2019年5月12日~15日(現地時間)、開催地は米国カリフォルニア州モントレー、会場はHyatt Regenc Montereyホテルである。
IMW 2019の日程は5月12日がチュートリアル(技術講座)、13日~15日がメインイベントの技術講演会(テクニカルカンファレンス)となっている。13日の朝には恒例のオープニング・リマーク(開会挨拶)で、総合議長(ゼネラルチェア)をつとめるAkira Goda氏(Micron Technology)が今年のIMWの概要を説明した。
前年を上回る74件の投稿論文が集まる
技術講演会は20件の一般講演(レイトニュースを含む)と12件の招待講演、13件のポスター発表で構成される。投稿論文の数は74件で、昨年(2018年)の71件を超えた。これにはかなり驚いた。なぜなら、2017年以前のIMWは投稿論文が減少傾向にあったからだ。2015年の67件が最近のピークで、ここから2年連続で前年を割り込み、2017年には50件を切ってしまった。
ところが昨年に初めて日本でIMWを開催したところ、投稿件数が71件に跳ね上がった(参考記事:最先端3D NANDフラッシュに隠されていた事実)。この急増が初の日本開催による一時的なものなのかが、注目されていた。実際には昨年を上回る件数の投稿論文があったことで、2017年までの低落傾向に歯止めがかかったと言えよう。
少々心配なのは、採択率の低下である。近年のIMWは口頭講演(一般講演)の採択件数が減少している。シングルセッションを基本としていることと、投稿論文数の減少に対する対応、招待講演の拡大が背景にあるとみられる。2017年以降は一般講演の件数が20~22件しかない。それでも2017年は投稿件数が少なかったので採択率は46%と低くはなかった。それが2018年は投稿件数が71件に急増したことで、採択率が28%と一気に低下してしまった。そして今年の採択率は27%と、さらに下がっている。ただし、13件のポスター発表を加えると全体の採択率は45%と低くないので、これはこれで良いのかもしれない。
分野別発表件数ではNAND、PCM、ReRAM、FeRAMがトップで並ぶ
発表論文を分野別に見ていくと、今年はとくに多いメモリ技術が見られない。多様なメモリ技術がバランス良く集まったとも言える。具体的には、「NANDフラッシュメモリ」、「相変化メモリ(PCM)」、「抵抗変化メモリ(ReRAM)」、「強誘電体メモリ(FeRAM)」がそれぞれ16%で並んだ。このほか「ニューロモルフィック向けメモリおよび新規メモリ」が16%とかなりの割合を占める。
昨年との比較では、最も多く30%を占めたReRAMの割合が半分近くに減少し、7%と少なかったFeRAM、同じく7%のニューロモルフィックと9%のPCMが大きく増加した。また昨年に14%だったMRAMが、今年は7%と減っている。
キーノート講演では4つの注目技術に関する招待講演を実施
13日の午前はオープニング・リマークに続き、キーノート講演のセッションを実施した。昨年と同様に、4件の招待講演が用意されていた。講演の順番に沿ってトピックを述べると、「次世代の強誘電体不揮発性メモリ(強誘電体トランジスタ)」、「アナログReRAMによるニューロモルフィック・コンピューティング」、「ウェハの貼り合わせによる超薄型3次元集積化技術」、「高温で動作する埋め込み用相変化メモリ」である。いずれも半導体メモリの将来を左右する、重要なトピックスだ。以下は、これらのキーノート講演に関してハイライトをご紹介しよう。
強誘電体トランジスタの不揮発性メモリは書き換え回数が課題
キーノート講演の最初は「次世代の強誘電体不揮発性メモリ(強誘電体トランジスタ)」をテーマとした。講演したのは、Yale UniversityのT-P Ma氏である(講演番号1-1)。
強誘電体トランジスタは、絶縁材料である強誘電体をゲート絶縁膜に採用したFETで、「FeFET(Ferroelectric gated Field Effect Transistor)」と呼ばれている。FeFETは1個のトランジスタだけでメモリセルを構成するので、高密度の強誘電体不揮発性メモリ(FeRAM)を実現する可能性がある。FeRAMの研究開発は2010年代後半になって、再び活発になってきた。
研究開発が活発になってきた大きな理由は、新材料の発見にある。ハフニウム酸化物(HfO2)が強誘電体になり、なおかつ20nm以下の微細化が可能であることが2010年代前半に明らかになったからだ(参考記事:新材料の発見で「大逆転」を狙う強誘電体メモリ)。それまでの強誘電体メモリ用材料は、100nm~180nmが微細化の限界だった。
ハフニウム酸化物を導入したFeFETの不揮発性メモリセルとしての特性は現在のところ、データ保持期間は素晴らしいものの、データ書き換え回数はまだ足りない。データ保持期間は10年以上を確保できている。既存の強誘電体材料によるFeFETの性能をはるかに超えており、実用的には十分である。
一方、データ書き換えサイクルの特性は、10の4乗回(1万回)付近から読み出しマージンの劣化が始まり、10の6乗回(100万回)になると読み出しがほぼ不可能になってしまう。FeFETのゲート絶縁膜はハフニウム酸化膜の層と、シリコン基板とハフニウム酸化膜の間に入る薄い絶縁(IL:Interfacial Layer)層の2層構造になっている。書き換えによってハフニウム酸化物とIL層、シリコン基板表面の境界付近が電荷を捕獲したり、捕獲準位を形成したりすることが、読み出しマージン劣化の原因とみられている。改善には、さらなる研究の積み重ねが必要だとする。
ReRAM技術を低消費電力の深層学習エンジンに応用
続いて「アナログReRAMによるニューロモルフィック・コンピューティング」の講演をご紹介しよう。講演者は、パナソニック セミコンダクターソリューションズ(以降はパナソニックと表記)の三河巧(みかわ・たくみ)氏である(講演番号1-2)。パナソニックはReRAMを世界で初めて量産化した企業であり、ReRAMを内蔵したマイクロコントローラ(MCU)を商品化している(参考記事:パナソニックとTSMCが次世代ReRAMを2019年製品化へ)。
ReRAMの用途開拓の一環として研究を始めたのが、ニューロモルフィック・コンピューティングへの応用である。ディープ・ニューラル・ネットワーク(DNN)と類似の構造をReRAMベースの回路で実現することで、低消費電力の深層学習エンジンを構築する。
DNNでReRAMが担うのはおもに、重み付け(ウエイト)の記憶である。複数の値を記憶するアナログのメモリとして利用する。ワード線を共有する2個のメモリセルで、1個のウエイトを形成しており、セルアレイとセンスアンプとの組み合わせで積和(MAC)演算を実行する。
講演では、180nmの製造技術でニューラル・ネットワーク用チップを試作したと述べていた。ウエイトにReRAMセルを使い、200万のシナプスを収容する。入力数が1,024の推論を実行したときの消費電力は15.8mWとかなり低い。演算能力は0.33TOPSである。消費電力当たりの演算能力は20TOPS/Wを超えるとする。
シリコン基板を4μmと極薄にしてバンプレスで積層
それから「ウェハの貼り合わせによる超薄型3次元集積化技術」をテーマに、ホンダ・リサーチ・インスティテュート・ジャパンの作井康司(さくい・こうじ)氏が講演した(講演番号1-3)。DRAMやSRAM、NANDフラッシュメモリなどのシリコンダイを積層することで速度が極めて高く、消費電力が低い超薄型モジュールを実現しようとする。
シリコンダイを積層した高速メモリモジュールの代表は「HBM」だろう。4枚あるいは8枚のDRAMシリコンダイを積層し、TSV(シリコン貫通ビア)電極とバンプによってダイ間を接続する。HBMは例えば、高速GPUモジュールのバッファメモリとして商品化されている。シリコンダイの厚みは50μm前後~70μm前後。バンプを含めるとダイ1枚当たりの高さは100μm近くになる。
これに対して作井氏らが提案しているシリコンダイ積層モジュールは2つの点でHBMと大きく違う。1つは、シリコンダイを5μm前後にまで極めて薄くする。さらに、バンプを使わずにTSV電極によってシリコンダイ同士を接続する。モジュール全体の厚みは、HBMの10分の1ほどにまで薄くなる。
シリコンダイを5μm前後にまで薄くできることの根拠として挙げていたのが、2Gbit DRAMダイを薄くしていったときのリフレッシュ周期の変化を測定したデータである。4μmまでダイを薄くしても、リフレッシュ周期をほぼ一定に保てた。すなわちシリコンダイを薄くしても、リーク電流が増大していない。
相変化メモリ素子の合金組成を高温環境向けに調整
キーノート講演の最後のテーマは、「高温で動作する埋め込み用相変化メモリ」である。STMicroelectronicsのPaola Zuliani氏が講演した(講演番号1-4)。
相変化メモリ(PCM)は熱エネルギー(ジュール熱)をデータの書き換えに利用しているので、高温環境における信頼性の維持は難しいと考えられてきた。ところが昨年12月にSTMicroelectronicsは、自動車グレードの高温環境(150℃)に耐える埋め込み用PCM技術「ePCM」を開発し、さらに、開発したePCMを内蔵する32bitマイクロコントローラのデモチップを国際学会IEDMで発表した(参考記事:最先端マイコン/SoC向けで復活する相変化メモリ)。
昨年12月のIEDMでは、PCMをどのようにして高温対応にしたのかは、明らかにしていなかった。Zuliani氏の講演では、その部分、すなわちPCMを高温対応にする技術を公表した。具体的には記憶素子であるカルコゲナイド合金の組成を調整した。標準的なカルコゲナイド合金の組成は、ゲルマニウム(Ge)を2、アンチモン(Sb)を2、テルル(Te)を5の比率で含むGe2Sb2Te5合金である。「GST」と呼ぶことが多い。
GSTを含めたカルコゲナイド合金には、アモルファス状態(アモルファス相)と結晶状態(結晶相)の2つの状態がある。アモルファス相では抵抗が高く、結晶相では抵抗が低い。この2つの抵抗の違いを、データの記憶に利用する。GSTでは150℃でアモルファス相から結晶相への変化が始まるので、自動車グレードへの適用は難しい。
そこで合金の組成をGSTよりも、Geの割合が多くなるGeSbTe合金へと変更した。Geの割合を増やすと、結晶化の温度が上昇する。基本的にはこのようにして、Geの比率を増やし、高温下での結晶化を防ぐことで、高温での動作を実現した。