森山和道の「ヒトと機械の境界面」
遠隔操作ロボットやサイボーグ技術が社会にもたらすもの
~国際サイボーグ倫理委員会キックオフイベント
2020年4月14日 11:00
「国際サイボーグ倫理委員会(GCEC)」キックオフイベントが2020年4月11日にオンラインで行なわれた。
「国際サイボーグ倫理委員会(GCEC:Global Cyborg Ethics Committee」とは、サイボーグ技術(ロボット工学やBrain Machine Interface などから構成され、人の可能性を無限に広げる技術)についてさまざまな分野の有識者を招き、革新的な技術がもたらす文化的/倫理的な変化について議論し、社会受容度の向上や、普及活動、アバター産業立ち上げに取り組む団体。一般社団法人として運営されている。発起人は株式会社メルティンMMI 代表取締役の粕谷昌宏氏である。まだ遠隔操作ロボット技術は立ち上がりかけの段階に過ぎないが、レポートしておきたい。
遠隔操作ロボット・スタートアップ3社、その創業の経緯と現在
イベントは2部構成。第1部は、『アバター社会の実現に向けて 創業の経緯と開発の今』。「アバター」と呼ばれる遠隔操作ロボットが普及すると何ができるようになるのか、社会課題や実生活にどんな影響を与えるのか。Mira Robotics、オリィ研究所、メルティンMMIと遠隔操作ロボットのスタートアップ3社のCEOがプレゼンテーションを行なった。なお、3者はみな以前からの知人でもあるという。モデレーターは株式会社Shiftall 代表取締役CEOの岩佐琢磨氏。まず3社は、それぞれ自社のロボットとビジョンを紹介した。
トップバッターは株式会社メルティンMMI 代表取締役の粕谷昌宏氏。粕谷氏は「人類の可能性は無限大に広がっているが、自分の身体でできることは限られている。その制限を技術で取り払い、誰もが自分の可能性を最大化できる未来を作ろうとしている」とビジョンを語った。
粕谷氏は、サイボーグ技術の実用化への足がかりとしてアバター技術を捉えているという。メルティンMMI設立は2013年。アバターは遠隔地で自分と同じ動きをするロボットだと捉えており、同社のロボットは自律動作するのではなく、あくまで誰かが遠隔地で操作をするものだ。とくに、操作者がロボットと同じ動きをして動かす、テレイグジスタンスの実現に粕谷氏らはこだわっている。
メルティンMMIは、「MELTANT」シリーズというロボットを作っている。とくに、道具を使える器用な「手」にフォーカスしている。用途は危険な作業の代替だ。ロボットによるオートメーションが望まれているが、現状、人間並の判断力をロボットに持たせることは難しい。そこで、遠隔操作とロボットハンド技術を組み合わせることで、発電所や建設現場などの作業の代替を行なわせようとしている。今は危険な場所での汎用的作業ニーズを持つ実証実験・事業化のパートナーを募集中だ。
Mira Robotics株式会社 代表取締役CEOの松井健氏は、アバターロボット「ugo」を紹介した。ugoは片腕で1kgを持てる2本腕、移動機能、胴体の昇降機能、定形動作の自動化、環境センサーの搭載、ネットからの操作といった特徴を持つロボット。遠隔操作と自動機能を組み合わせて、ビルメンテナンスから事業を進めている。社会背景には、今後20年で1428万人の労働人口が減少し、とくに警備・清掃では企業の8割が人手不足に陥るという現実がある。高齢化や人件費上昇といった課題もある。そこに対してロボットを使ってサービスを提供しようというのがMiraのビジネスモデルだ。
具体的な想定アプリケーションは警備・清掃・点検の3つだ。警備については本誌でも記者会見をレポートした(ビルを警備する半自動の遠隔操作ロボット。Mira Roboticsと大成が共同開発)。トイレ清掃では自分でハンド・アタッチメントを交換しながら行なう。点検は東芝インフラシステムズ株式会社と一緒に「自動メーター検針」を進めている。現在の検針は人が目で見て記録しているが、それをロボットが見て自動的に記録する。従来、人海戦術・労働集約で行なわれていた業務の一部をロボットが行なうことで、人とロボットによる新しい分業を生み出そうとしている。
株式会社オリィ研究所 代表取締役所長 吉藤オリィ氏は、分身ロボット「OriHime」や、以前から行なっている車椅子の改造例などを紹介した。視線入力で動かす車椅子は、スウェーデンの車椅子メーカーと組んで開発を行なっているという。吉藤氏が解決したいと考えている問題は「寂しさや孤独感のストレスの解消」。歳をとると多くの人が外出困難になる。
そのなかでもリアルな空間での活動に参加するために、車椅子や分身ロボットを開発しているという。たとえば、何らかの理由で外出できない人が遠隔から接客したりできる。テレワーク領域でも使われており、NTT東日本では60台くらいの「OriHime」が使われている。
肢体不自由者の就職率は5%にすぎない。ほとんどの人が就職できない。障碍者の就職率は上がっているが、肢体不自由者は上がっていない。そこでオリィ研究所はそこの課題を解決しようと、遠隔からの授業への参加などに取り組んでいる。今回のイベント発起人の粕谷氏とは学生時代からALS患者の支援技術を開発していた仲で、いまは「OriHime Eye」という視線入力機器を開発している。また分身ロボットカフェは各所で開かれ、広告価値換算だと8億円くらいと成功したという。
吉藤氏は「空間に参加することで新しい出会いがある」と述べ、これならば働けるということが、ロボットのパイロット以外にも、それを見た方が、なるほどこういう働き方もあるのかとスカウトするといった例もあると紹介した。ロボットが使われるかどうかよりは、どうやったら社会にうまく入っていけるかといったところが本質であり、身体が動かなくなっても死ぬまで社会参加できる社会の実現が目標だと語った。
技術で人に選択肢を
その後、パネルディスカッションが行なわれた。モデレーターの岩佐氏は、最初に、粕谷氏と松井氏のアプローチは人を代替しようとしているが、吉藤氏のアプローチはその真逆で人がいないとダメであるにも関わらず、モノとしてのロボットはあまり変わらないと整理した。それに対し吉藤氏は「我々の共通点は選択肢を作っているところ」だと答え、粕谷氏は「アバターという選択肢を当たり前に選択できる社会を作りたい」と述べた。
アバターロボット、サイボーグ技術には身体の補完といった要素と、能力の拡張要素がある。どちらよりなのかという質問に対し、粕谷氏はあくまで選択肢を増やしたいのだと述べた。
たとえば海外で何かをしたいとする。だが日本に住んでいるのでできない。そんな場合も、アバターを使えばできる。そんんな世界を作りたいのだという。「自分自身をより表現できるツール」がアバターロボットであり、「自分のなかで思い描いている自分になれるもの」であり「思い描いていないところまで干渉はすべきではない。あくまでその人が望むことをできるようにしたい」と述べた。
吉藤氏は「適材適所社会にしたい。ただ体が動かないだけで『役に立たない』と思い込んでいる、その障害が社会参加を妨げている。障害とは自分がしたいと思うことに対して、自分の力だけでは乗り越えることができない場合、それを障害だ」と述べ、「私は孤独という問題を解消したいだけ。自分は孤独じゃないと思っている人に私ができることはない」と述べた。
なお「孤独の解消」は移動・対話・役割の3つの障害に分解できると考えており、これらを技術で解消し、「いることが許される居場所という空間」を、できれば3つくらい作りたいと述べた。
松井氏は「コミュニケーションツールはスピードも速くなったしやり方も変わったにも関わらず、物理的な部分だけが変わっていない」と指摘し、その「物理的なインタラクションにも作用できるのがアバターロボットの可能性だ」と述べた。
効率化と効率化の先
モデレーターの岩佐氏は「面白いが、ものづくりは大変だ」と述べ、「どうしてそんな大変なことをやっているのか」と次の質問をふった。吉藤氏は、「もともと車椅子をつくるところからスタートしたこと」がハードウェアをやっている理由だと述べた。なお同社の「OlyHime」も「心の車椅子」と位置付けている。そして「人類はツールでできることを拡張してきた。できることが連続していくと未来は明るくなる。しかし身体能力は毎年落ちていく。去年できたことができなくなる。そうすると将来が絶望的になる。だからツールを作ろうと思った」と述べた。また同社ではオペレーターのメンタルケアという側面も最初からあったという。
松井氏は「現場の人から聞くと『こういうことも1つの仕事になってるんだ』と感じることが結構ある」と述べた。たとえば「ある部屋の鍵を開けるだけの仕事」や、「早朝と深夜にボタンを押すだけの仕事」のように、「ほんのちょっとした仕事ではあるが、人がいかなくちゃいけない仕事は実はたくさんある」ため、「なんでもできるロボットではなく軽作業をこなすロボット」にフォーカスしようとしていると述べた。
粕谷氏は「サイボーグ技術は人間らしさ、創造性を引き出すもの。だから人類がいる限りなくならない仕事だと思う」と語った。メルティンMMIではとくにロボットハンドにフォーカスしているが、それは「手が使えることでやれることが一気に広がるし、人間の創造性を体現しているものなので、ロボットハンドが発展すると、本当の意味でアバターで何でもできる世界になると思う」と述べた。メルティンでは制御技術とワイヤーの引き回しなどの工夫を組み合わせることで、人の手のような構造と力を実現しようとしている。
松井氏は操作系の技術が発展したことが、昨今のアバターロボットでは大きいと考えているという。MiraRoboticsの「ugo」はVRのコントローラーを使って手先を動かしている。将来はBMI(ブレイン・マシーン・インターフェイス)になると思っているという。粕谷氏のメルティンも同様だ。
モデレーターの岩佐氏自身は、エッジでの処理に注目しているという。たとえば「赤いボタンを押す」といった作業はロボット自体のセンサーと認識、自動処理に任せるべきだという考え方だ。そうすれば、チープなモーターでもやりたいことができるロボットができるのではないかと考えているという。松井氏はこれに同意し、定型の拭き掃除はロボットがやって、残った汚れだけ画像付きのチェックリストを残して人にやらせるという組み合わせを考えていると述べた。
吉藤氏は等身大のロボット「OriHimeD」が分身ロボットカフェで、アスラテックのロボットコントロール技術「V-Sido」を使ってコップを並べるようにしたときのエピソードを紹介。オペレータはALSの患者さんでボタンを1回押すだけなのだが、会場のほうはロボットがぎこちなくコップを掴んで並べる様子に皆が注目するなど、ギャップが激しく、「操作のシンプルさと与えられる感動は比例するわけじゃない」と述べた。
どういうことかというと、身近な店舗でも、カフェやスナックは効率化を求められる世界ではない。効率化だけを考えればドリンクマシンが自動で作ってしまえばいいわけだが、それよりは人が作ってくれるほうがいいと多くの人が思っているわけだ。また、新型コロナウイルス禍で「Zoomスナック」なども行なわれていることについてふれ、接客自体は会話なので変わらないといえば変わらないにも関わらず、やってもらっていることの感覚はだいぶ異なる。そのあたりをどう考えるべきか、どのようにゲーミフィケーション要素を入れて顧客を満足させていくかが問題だと述べた。
実際に分身ロボット「OriHime」は、書店などで売り子をしてもらうと、最初はAIが相手してくれていると思っていた人が、じつはなかにいる人がいることに気づいた瞬間、「人としての扱い」へモードが変わるという。そのため、「OriHime」自体にはキャラクター性を持たせないようにしており、「人が入った瞬間に『その人』になる依り代としての適切なデザインとは何か」と考えてきたと述べた。
アバターロボット相手だと、なかが上司だと思っていても、人は手を振って挨拶したりする。それがなかの人である上司自体も嬉しいという声もあったという。またアバターはロボットなので、必ずしも人間型である必要はない。ただしイヌ型だとイヌ扱いされてしまうといったこともあるようだ。
新型コロナとアバターロボット
時期が時期だけに、新型コロナウイルス禍とビジネスについての質問もあった。ソーシャルディスタンシングが普及していくなかで、アバターの利用イメージはどう変わるか、変わっていく世界にどんなアプローチができるかという質問に対して、粕谷氏は「本当はこのタイミングで完成していたらよかった」と述べた。吉藤氏は「みんな家にいるが、私は本来は外に行きたくて仕方ない人間。外に行って新しい発見をしたい。だから今は安い宇宙服がほしい。『在宅』のまま外歩きするためには家が移動すればいいわけなので、『動く無菌室』を作りたい」と述べた。
なおOriHimeの引き合いも来ているが、もともと人とコミュニケーションするための分身なので、その相手の人もいないいまは、むしろZoomのほうが向いている、OriHimeなどは病院の受付のほうがいいかもしれないと答えた。また、シェアハウスで「友達召喚装置」として使ってる人もいるという。今後の改良点として、ちょっとしたものをとるときに指示するためのレーザーポインターがあるといいと述べた。
最後にまとめとして、まず吉藤氏は「言いたいことは著書『サイボーグ時代』に書いてあるので読んでほしい。分身ロボットカフェを今年の夏にやろうとしていたがなくなってしまった。なんとかもう一度コロナが終わったあと、あるいはコロナのなかで、アバターに囚われず今ある孤独を解消するために、オンライン上で居場所を作る研究をトライしたい。コロナが終わったあとには分身ロボットカフェもやりたい。一度、体験してもらいたい」と述べた。
松井氏は「われわれは競合であるが、運用を組み合わせることで新しいことができるのではないか。もっと活用ユースケースを共有することが重要。アバターはどこかのタイミングで普及するタイミングが必ず来る。みんなで協力したい」と語った。
粕谷氏はまずメルティンの立場から「生産年齢人口減少は本当に深刻。今までのロボットソリューションでは解決できないところを責任もってやりたい。いまは建設業界にフォーカスしている。人手不足に苦しんでいる分野で、身体が衰えて働けなくなった人でも働けるようにしたい。工期を圧縮するメリットもある。ユーザーはぜひコンタクトしてほしい」と述べた。GCECとしては「新しい分野が出て来る中でアバターという産業をまずは作ることが大事。アバターというものがしっかり社会実装されることで社会もサステナブルなものになる」と語った。
経産省も若手に注目
第2部は『未来を描くサイボーグ社会における〇〇』。アバター社会の先にある「サイボーグ社会」について、東京大学情報学環教授の暦本純一氏と慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授の南澤孝太氏、そしてメルティンMMIの粕谷氏の3者による議論が行なわれた。司会はGCEC事務局の夏木瑠璃氏。
第2部の議論の前に、経済産業省 産業技術環境局 大学連携推進室の杉山実優氏による「官民若手イノベーション論ELPIS」の紹介が行なわれた。ELPISとは経産省内で若手版審議会として公認で企画・運営されている有識者委員会。ほかの多くの有識者委員会とは異なり、若手で実際の技術イノベーションに携わっている人たちから構成されているもので、産学官の視点で組織を超えた産学官の若手によるプラットフォームを作ることをミッションとしているという。実際に政策提言なども行なっていく予定だ。昨年(2019年)から1年間進めており、「2050年の未来像」について議論しているという。メンバーにはメルティンMMIの粕谷氏も加わっている。
ELPISではこれまでに5回の議論を行なっている。ディスカッションもワークショップスタイルで活発な議論を行なっており、杉山氏は「何かしらの価値観のアップデートが今後あると考えており、その未来像について考えたあとでバックキャストして、どんな政策やビジネスが必要なのかを考えてきた」と語った。
具体的には、組織の変化、研究による社会課題の解決、循環型経済、価値や必要とされる人材がストーリーや共感に移っていくといった話題を話してきたという。組織と個人の関係、豊かさの定義、成長の姿、学びのあり方も変わる。今後は近日中に報告書を公表し、新たなプロジェクトも実施していく予定だ。ベテラン層と若手のかけはしとなり、産学官の若手の共感によるコミュニティ作り、多様なステイクホルダーによるルールメイキングは新技術の社会への導入という面でも参考になる点が多いはずだと考えていると述べた。
人間拡張における性能軸と充足軸
その後、まずはプレゼンが行なわれた。東京大学情報学環教授で、ソニーコンピュータサイエンス研究所フェロー・副所長の暦本純一氏は、Human Augmentaitonの第一人者。暦本氏は「サイボーグ009」世代だと自己紹介した。「人間拡張」は今は普通に日経新聞にも載るような言葉になっている。身体・知覚・存在・認知の4つの軸で研究を行なっており、近年は人間とAIの融合、能力のインターネット(IoA)を提唱している。
暦本氏は具体例をいくつか紹介した。口パクで音声をとる「Sotto Voice」は音声インタラクションを街中でも使えるデバイスだ。超音波エコー映像を用いて,利用者の無発声音声を検出するシステムだ。声帯機能障害,高齢による発声困難者でも使える。また加速度センサーを使うことで喉の下の動きを計測し、それだけで音声認識をできる技術「DERMA」も開発している。舌の筋肉はのどにくっついているので、その動きをとることで音声認識ができるのだ。
UIは人間とAI、人間とロボット、それぞれのインタラクション技術があるがどちらもサイボーグにかかわるものだと考えているという。たとえばノイズキャンセルイヤフォンが普及しているが、なかには少し前のスパコン並みの処理能力がある。つまり皆、耳の穴にスパコンを入れてるようなものであり、それはさまざまなプログラミングが可能なはずであり、究極は映画「マトリックス」のように、スマホにダウンロードするように、能力をダウンロードできるようになるはずだと語った。
そしてネットワークが能力そのものの時代がやってくると、次はアビリティ自体が相互接続する「IoA」の時代が来ると述べた。人間と人間を繋げることに興味があるという。そして人中心のカメラ視点と俯瞰視点を3次元再構成技術で組み合わせたりすることで頭中心の世界と俯瞰世界をシームレスに組み合わせることができると示した。
またディスプレイつきの台車型のテレプレゼンスロボットについて、以前から学会では使われていたものの階段は登れない、ドアをくぐれないといった課題があることを示し、「Chameleon Mask」という研究を紹介した。これは人間の学生ボランティアが30分くらい体を貸すというものだ。人がタブレットをかぶって、その人の言うとおりに移動するのだが、「驚くほどリアリティがある」という。実際に、代理研究発表なども簡単なハードウェアだけでできてしまうとのこと。このほか立体的なマスクを使った研究も行なっている。
Human Augmentaitonには能力増強や性能アップといった側面と、自分が何かをできてすごく嬉しいといた充足感も重要だと述べ、「充足感は性能とは関係ない。2つの次元が重要だ」と語った。
人の体験を押し広げ、作り出すテレイグスタンス
慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科 教授の南澤孝太氏は、人の体験がどう広がっていくか、どうやれば作り出せるかという研究を行なっていると紹介した。南澤氏は、テレイグジスタンス研究で知られる館研究室に修士で所属し、愛知万博のときには遠隔コミュニケーションを支援する「テレサフォン」というロボットで、マスターハンドとスレーブハンドの触覚伝送を行なっていた。その後、「TELESAR V」は全身ロボットアバターで、視聴覚と触覚の伝送が可能だった。
ただすべてが基本的に手作りで、システムは煩雑だった。そこで開発された「TELUBee」は、より簡便なシステムにしたテレイグスタンスロボットだった。
2015年にはテレイグジスタンスへの社会的需要が震災で高まり、大林組と共同で、ガンタンクのようなテレイグスタンスロボットも製作した。「HUG」プロジェクトはPepperを使ったテレイグジスタンスで、遠隔地からの結婚式への出席などを実現した。
南澤氏は将来は「時空間移動産業」というものができるのではないかと考えているという。障碍者や外に出られない人たちが義体を使って何か仕事をするというものだ。時差を活用すると、24時間ロボットを動かすこともできるようになる。そう考えてANAと一緒に取り組んでいるのがXPRIZEのAVATARチャレンジで、南澤研究室からも2017年にスタートアップ TELEXISTENCE Inc.を立ち上げて人の体験を遠く離れた人と共有したり拡張したり、創造することに取り組んでいるという。
また、全身で空間をとらえることが重要だと考えており、皮膚感覚で空間を感じられないかという研究や、身体そのものはどこまでデザインできるのかという観点から、腕を増やしたり尻尾を増やすことは可能かという研究、新しいスポーツはできるのかといった研究などを行なっていると紹介した。身体がどういうふうに世界を知覚していて、それをどう変えられるのか、遠く離れた人たちがどう繋がって新しい共感を生み出していけるか、もっと自由自在に新しい価値を作り出していけるのか、共創を重視して研究に取り組んでいると述べた。
「できない」ことを「できる」ことに
第1部に続いて登場した株式会社メルティンMMI 代表取締役の粕谷昌宏氏は、自社について、生体信号処理によるサイボーグ技術と、ロボットを制御するアバター技術の2つを持っていると所有技術を改めて紹介した。生体信号処理によって、下半身が動かない人でも自分の足を動かして足こぎ車椅子を動かしたりすることができるようになる。
人間はこれまで、ツールを使って「できない」ことを拡張して「できる」ようにしてきた。だがどんなに良い道具があっても、身体がなければ操作はできない。そこに依然として制限がある。ここを超えるには、身体以外を介するインターフェイスとして生体信号処理があると考えているという。
最終的な目標は創造性の最大化であり、そのために、身体の拡張、空間的制約の解消、情報伝達方法の革新の3つのアプローチをとっている。情報伝達方法の革新とは、筋肉経由ではなく、思考の直接的出力である。この3つの要素をおさえることで人類全体の創造性の拡張が可能になると考えているという。
メルティンではサイボーグ社会実現へのタイムラインを「前アバター時代」、「アバター時代」、「サイボーグ時代」と捉えており、今は「前アタバー時代」だと述べた。
ありのままの宇宙を感じられるのはサイボーグだけ
このあと、3人でディスカッションが行なわれた。暦本氏は今後、非言語的な身体知が伝わる教育は飛躍的に進化するのではないかと考えているという。また体験が伝送できる時代には時間も自由にエディットできるはずだと述べた。時間をいじれるのは遠隔化社会の大きな可能性だと考えているという。南澤氏も同意し、「どういう経験を自分に蓄積していくかという勝負になるのではないか」と述べた。
また時差をうまく利用することで24時間を効率的に使うことも重要になるが、物理的には格差があるので、そのバランスをどう取るかは重要になると考えられる。すでにこのような問題は起きており、将来的には国家とは何なんのかという議論をせざるを得なくなる。
今回のGCEC発起人である粕谷氏は国家は物理的な場所というより社会保障を提供するサービスプロバイターとしての役割が増していく、そのためには技術だけではなく多くのプレイヤーが議論する場所が必要だと述べた。南澤氏は、肉体の安全を保障してくれるサービスが国という考え方もあるのではないかと指摘した。
このほか、身体が道具化するとはどういうことなのか、アバターをスイッチしながら生活するときの人格の問題、ダイバーシティを1人の人間が持つようになるのではないかと、アバターの形状やセンサーはどんなものが必要とされるのか、アバター社会が到来したときの肉体的な死はどのようなものになるんか、リアルとバーチャルの壁はどうすれば超えられるのか、気配の伝送は可能なのか、アバター社会はいつ頃、どのようなステップで実現するのかといったさまざまな議論が行なわれた。
アバター社会の到来については、南澤氏はいま立ち上がっているスタートアップが5年後、10年後くらいには何らかのかたちで着地させないといけないことから、おおよそ2025年から2030年くらいには何らかのかたちでの実装を目指し、そのために来年から再来年くらいにはさまざまな実証実験が行なわれ、収支がちゃんと見合うのは2025年くらいではないかといった見通しを示した。
このほか、このコミュニティから新しいSFを生み出したいとか、人類はどこまで技術を受け入れられるのか、多様性を相互受容するためにもテレイグジステンスは有用ではないか、国によって異なるアバターの外見問題といった議論も行なわれた。とにかくさまざまな議論が行なわれたのだが、長くなりすぎるので割愛する。
最後に3氏は、それぞれの夢を語った。暦本氏は「ロケーションから解放されたい。砂場を裸足で歩きながら学会に出席したりしたい。人間の移動制約を解き放ち、外へ出られない人にも自由がふってくることを目指したい」と述べた。
南澤氏も「基本的には同じ」と続けた。「テクノロジーは自由を拡張するもの。不自由や障害は技術や環境が追いついてないこと。人間拡張やアバターで実現しようとしていることは自由を自律的にうまく扱えるようになること。アバターネイティブな子供達は自由にアバターと肉体を操りながら生活するようになる。そのときに自分たちが古くさい人にならないように自分をアップデートしながら社会をつくりたい」と述べた。
粕谷氏は「創造性を最大化したい」と改めて強調。「人間は、自分の体で何かを実行できないときに、その能力がないと勘違いしてしまう。それをなくしたい。いまのビジョンに至った原体験は子供の頃にある。いろんな空想を考えたが知識や力の強さが足らなくてできなかった。いっぽう大人は知識や力はあるけど夢が失われている。小さい頃からの夢を保存して大人になれたら今の何倍もできるはず。身体という制限をなくしたい」と語った。
また「人類のプレゼンスを高めたい」とも述べた。「われわれは自分たちが作った人間社会でしか生きられてない。いっぽう世界には自分たちしかいないわけじゃない。宇宙に対してどういう働きをしていくのか。そこにコミットするには自分の制限を打ち破らないといけないと思っている。そこまでサイボーグ技術でやりたいというのが自分の夢だ。現状の人間はまだ宇宙進出できてない。いま宇宙に出て行っても、『小さい地球』のカプセルに入ってるだけ。本当の意味で宇宙を肌で感じるには、サイボーグ化しかありえない」と述べた。