森山和道の「ヒトと機械の境界面」
仮想オフィスにアバター出勤で社内コミュニケーション問題は解決?
~富士ソフト「FAM Office」の取り組み
2020年11月25日 06:50
新型コロナウイルス禍で「テレワーク」が一気に進んだ。しかし「今ひとつ職場のコミュニケーションが取れないよね」という声をしばしば聞く。とくに「雑談」ができない。情報共有のためには、ちょっとした雑談がじつは大事だったのだ。ところが世の中、オンラインゲームのボイスチャットで常に繋がりっぱなし雑談しっぱなしに慣れている世代ばかりではない。では、どうすればいいのか。
そんななか、富士ソフトが仮想オフィス「FAM Office(仮称)」を開発したと聞いた。アバターを使った仮想オフィスのWebアプリだ。働き方におけるコミュニケーションの課題を解決する手段として現在およそ800名のユーザーを対象に社内トライアルを行なっている段階で、今後は富士ソフトの勤務者約5,000名全体に適用する予定。正式稼働は3月を予定しているが、すでに2021年度新卒内定者の交流会もこのツールを使ってオンラインで行なったという。
あえてちょっと昔の古き良き時代のオフィスをイメージしたという「FAM Office」。開発した富士ソフト株式会社 プロダクト事業本部 副本部長の松浦直樹氏にコンセプトを伺った。
拡張コミュニケーションの場「FAM」とは
「FAM」とは「Fujisoft Augmented Meetup」の略である。「拡張コミュニケーションの場」という意味だ。富士ソフトでは分散勤務が2020年2月頃からはじまっていたが、「FAM」の開発は5月頃から、コミュニケーション不全に伴う生産性の低下や孤独感の解消などを課題・目的として始まった。7月から社内での試用開始以来、現在もまだ開発継続中だ。
FAMは社員がバーチャルに「出社」して仕事するためのツールである。ログインすると中にはバーチャルな「フロア」があり、1フロアあたり150人が配置されている。現在はそれが5フロア分ある。席と配置は自由に決められるので、チームリーダーが特定テーマに関連する人を自分のまわりに集めたりして座席配置している。一部の役員たちは複数のフロアに「自席」がある。
それぞれのアバターはきわめてシンプルな人形のようなかたちになっている。アバターの色は任意に選ぶことができる。アバターには出退勤・会議中・取込中・外出中・食事中といったステータスが表示されている。FAMに接続するとPCのマイクがオンになり、電話をしたりキーボードを叩いたりなど何らかの音を立てていると、吹き出しに記号が表示される。これによって、オフィスのなかの「ガヤガヤ感」が再現されていると同時に、話しかけて良さそうかどうかが何となくわかるようになっている。
普段は音がそのまま入力されているわけではないが、会議したり雑談したりするときには、そのまま音をオンにすることもできる。ホワイトボードで資料を共有しながらのビデオ会議も可能だ。アバターのところに顔を表示させながらのビデオ会議もできるが、映し出されるのは顔だけ、しかもアイコンサイズのままなので、とくに部屋のなかの様子を気にしたり、またメイクをしたりして顔を作る必要がない、「構えなくていい」として人気だという。もちろん、マイクとカメラをオフにするプライバシーモードもある。閉じこもって仕事をしたいときは、このモードにすることになる。
FAMのフロアには「会議室」も再現されている。会議するときには自分のアバターをドラッグして会議室の適当なところに座らせる。そうすると複数人で会議ができる。富士ソフトのペーパーレス会議システム「moreNOTE Hello!」との連携も可能だ。また、わざわざアバターを会議室に集めることで、周囲の直接関係ないチームにも「あのチームは会議しているな」とわかる仕組みになっている。
別のチームに相談したりしにいくときも同じで、アバターを動かすことで、どこのチームとどこのチームの誰が交流しているのかもわかる。また、吹き出しに「こんな業者を探してるんだけど……」とか「ちょっと困ってます」といった簡単なメッセージを表示することもできる。気が付いた同僚や上司が、手が空いてそうなときに、その雰囲気をアバターから読み取って、気軽に声をかけることも可能だ。
話したことがなかった相手と話したり距離を超えた横連携も
つまりこのツールは、同じチームのなかのひとたちのステータスが相互にわかるだけではなく、フロア全体を俯瞰して、各チームのそれぞれの所属者たちが、どんな雰囲気なのか、いま誰とどんな仕事をしているのかももわかるように工夫されているのだ。
実際にこのツールを使うようになってから利用者間では電話が大幅に減ると同時に、これまで話をしたことがなかった相手と会話したりするようになったという。というのは、東京拠点のチームと別の地方拠点に住んでいる人員とが同じバーチャルフロアで作業して1つの業務に取り組んだりしているからだ。距離を超えて横連携ができる。これはバーチャルならではの良さである。たとえば自動車関連のチームのなかで、技術の方向性で悩みなどが共有できたといった事例があったそうだ。
アバターの動きは0.2秒ごとに更新されている。ちなみに各人のデスクの上にはPCがあるが、これもデスクトップやノートPC、タブレットなどを好みによって選ぶことができる。アバターの運用方針は各チームに任されていて、たとえばサーバー管理チームではその仕事をするときには「サーバールーム」にいる、という運用にしているという。
現在、このシステムは富士ソフト社内だけの運用だが、今後、外からも接続できるようにして、「商談室」で話せるように機能拡張も考えているという。ゲストアカウントを発行して、ログインすると招待担当者にプッシュ通知が飛んできて商談室が開くといったかたちだ。ZoomやTeamsなどほかのビデオ会議ツールとの連携も開発予定だという。
オンラインでも存在感は感じられるし、性格は出る
ビジネスチャットでは「Slack」なども広く使われているが、それは何が違うのか。松浦氏は「気軽な相談ができる」点が一番異なると語る。アバターを使うことで「人の様子を見て話しかけることができる」という。そうすると「わざわざ『話そう』と思っていないと話さないことも話せる」。また、ひたすら在宅作業だけだと孤独感があるが、このツールを使っていると「まわりで人が動いていている」という「存在感」を感じることができるという。また「これを使うようになってから誰かの顔を1日1回見ている。チャットのテキストだと温度感が伝わらないときも、言葉で会話すると伝わるし、相手の反応もわかる」そうだ。
そもそも会ったことがない人たち同士であっても、「ここのなかだと自然に会話をしちゃう」そうだ。松浦氏自身もこのツールを使うようになって20~30人程度の、これまで会ったことがない人と話したという。
ちなみにFAMには「休憩スペース」もあり、ここにいると、誰か雑談したい人がやってきて、なんとなく話ができる。くだらない話や、ちょっとした疑問などを確認できる点が評価されている。なお、FAMのアバターには役職が書かれてない。そのためフラットである点もいいのだという。
また、先ほどの「会議室」には、今は鍵がかけられない仕組みとなっている。そのため会議室に集まっている面子を見て、踏み込んでくる人も結構いるそうだ。当然のことながら、これには良い面と悪い面の両方があり、オンライン、バーチャルでも「性格が出る」という。いっぽうで急いでいるときにパッと言いたいことだけを言って次の会議に行ったり、資料だけパーっと配って(共有して)去る人もいるそうだ。
なお、「性格が出る」というのは会議での振る舞いだけではなく、アバターが表示している吹き出しや動きを見ているだけで、なんとなく感じられるのだそうだ。たとえば人のまわりをウロウロして話しかけたいのかどっちなのか分からないけど、見ているとそのままあきらめて帰っていったりする人もいるとか。もちろん、話しかけたいと思って近づいたときに、「あ、今じゃんないな」と思っていったん立ち去ったあとに、気がついて後から向こうから来てくれる人もいる。
また、話しかけようとしたときに不在であったときには、「誰それさんが来ました」ということがわかるようになっている。これは机上にポストイットでメモを残すようなイメージだ。要するに、会社がそのまま再現されているわけだ。
オフラインとオンラインの良いとこどり
あらためて、フロアの設計コンセプトはオールドスタイルだ。つまり1人1人が個室を持っていたり、またフリーアドレスなのではなく、社員同士が横に座って、「島」があるスタイルだ。もともとが孤独感の解消を目的としていたので、一体感を作り、会話を作っていこうとした結果だ。
また、このツールはあくまでメインのツールではない。そのためマシンにできるだけ負荷をかけず、軽くすることも意識されている。背景の色も長時間見ていても疲れない配色とした。
コンセプトはあくまでリアルオフィスの良いところと、バーチャルの良いところ、それぞれの良いところどりだ。オフィスの良いところは、「人が横にいる」ことで、活気があり、俯瞰して見ることができるとことだという。たとえば「あのチームは悩んでいるなといったこともリアルだとすぐにわかるが、バーチャルだと全然わからなくなる」という。
つまり、「定時後の8時過ぎにもあのチームはいつも残って仕事しているな」とか、「やたら会議ばっかりやってるけど大丈夫か?」といったことはリアルだとすぐにわかるが、それがバーチャルだとわかりにくいというわけだ。リアルなオフィスならば、上司はチームに雑談含めて働きかけて問題が大きくならないうちに解決に努めることができる。そういったやりとりを再現しようとしたわけだ。
一方、オンラインにも良いところがある。チーム内の円滑なコミュニケーションが取れているのかを見るためにはやはり会話が大事だが、オンラインでの会話であれば、誰と誰が会話しているのか把握することはログを見ればいい。そうすればメンバー同士の相関関係を見ることもできる。そのあたりは今後解析していきたいという。また個人にとっても、自分の仕事の仕方がどうなのか、社内でどういう相関図のなかで仕事をしているのか数値でわかれば、ここが不足しているなと感じるところを補完したりすることができる。
チーム内交流を促進しつつ、全体を俯瞰できるように
富士ソフトでは現在、6割がテレワークだ。緊急事態宣言時の8割、9割がテレワークだったときに比べると減ったが、この状況はもうあまり変わらないと見ている。FAMも今後の正式ツール化のために機能開発を続けている。たとえば各人がタグをつけることで、共通の仕事内容や趣味で新しいフロアを作ったりすることもできるだろうという。
繰り返しになるが目的はあくまで「リアルの失われた部分を補完することと、バーチャルの良いところを取る」ことだ。松浦氏自身も「コロナでテレワークがメインになると、オフィスを求めている自分もいるなと思った。誰かと話したい。これを作ってから、その気持ちが解消された。出社している気になる」と語る。
また、フロア全体の様子を俯瞰することで他の同僚たちが残業していることもわかるので、「あのチームはまだ頑張ってるから私もやろう、あの人も頑張ってるから私も頑張ろう」と思ったり、「けっこう励まされる」という声もあるそうだ。
もともとの開発経緯も伺った。松浦氏と取締役専務執行役員の渋谷正樹氏との間で「Zoom飲み会は大人数になるとつまらない」という雑談からはじまったという。リアルの飲み会は大人数であっても大きなクラスターだけではなく、そのなかで小さなクラスターがあって、クラスターからクラスターに移動したりしながら色んな話ができる。だがZoom飲み会は大人数になってしまうと結局誰か1人がしゃべっているのをまわりの人たちがただ聞くだけになってしまって、ろくに会話ができない。だからつまらん、というわけだ。
ではオフィスはどうなのか。オフィスも同じく、大きなクラスターのなかに小さなクラスターがある。小さなクラスターのなかでコミュニケーションを促進しながら、大きなクラスター全体を俯瞰できるようにするにはどうしたらいいのか。それを再現しようよ、というところから開発がはじまったのだそうだ。
このツールについては賛否両論あるという。当然のことながら「電話でいいじゃないか」「チャットでいいだろう」という声も多い。しかし、伝わり方がまったく違うし、ちょっとしたことに周囲の人たちが気づくか気づかないかがまったく違うと松浦氏はいう。ただ、数値化しづらい部分だ。定性的にはストレスをどう感じているかとか、寂しさがどう変わったかと聞くことはできるが、過去と比較しての定量比較は難しい。
疲れないツールを目指しつつ、今後の発展も
ちなみに、FAMの前にも「オンラインで社員をサポートしよう」という考えのもとに開発したツールがあったそうだ。セキュリティ向上や、社員の勤務状況を保証することを目的としたものだったが、開発側の意図とは異なり、管理・監視ツールだと社員たちに受け取られてしまったために評判が悪く、すぐに廃止になってしまった。いまは「コミュニケーションでみんなを救おう」というコンセプトで開発を続けている。いまのところ「社内システムとしてはみんなストレスを感じずに使ってもらえてるほう」だと捉えているという。
デザインについても、現実に近づけようと思えばいくらでもできる部分はある。だが現時点くらいの抽象度のほうがあまり疲れないのではないかとのことだった。
現在のところ、このツールを使うことそのもののインセンティブはない。だがなにかは必要だと松浦氏らも考えており、社員のコミュニケーションアセットを定量化して、たとえばコミュニケーション頻度が上がるとなにかしらの評価に繋がったり、このツールを使うことで勤怠入力の手間をなくすといったことを考えているとのことだった。
なおヘビーユーザーは、やはり課長以上が多いそうだ。上司だからということだけではなく、部下が多いため必然的に役職が上の人のほうが話しかける頻度が高くなるためでもある。今後、社内でハブとなっている人物など、社内のソーシャルネットワーク構造の可視化もできるのではないかと考えているという。
次の焦点は外部との仕事の進め方
内定者交流会は500人規模で行なわれた。60席のフロアを14フロア分作り、人事がテーブルを割り振り、そのなかで会話ができるようにした。そして大きめの画面で社長が講話する様子を映し出した。要するに大きな会場にテーブルが複数あり、前方のスクリーンと壇上で社長が話すのを見ながら数人で会話できる、といった状況を作って交流会としたとのこと。
その後、フリータイムには好きなテーブルに移れるようにして、同期同士で親睦を深めてもらったそうだ。さらにそのあとに参加者たちがどのようにコミュニケーションを取っているかまでは追跡していない。
今後は、やはりここで顧客と仕事ができるようになるか、できるとすればどうできるようになるのかが次の焦点になる。5月にウェビナーを行なって試作を披露したところ、一緒にやりたいと言ってくれた顧客があるので、そこと現在は話を進めているという。
コミュニケーションとはなんだろう
今回、話を聞きながらずっと考えていたのは、「コミュニケーションとはなんだろう」ということだった。情報を提供し、提供してもらうだけであればメールやチャット、メッセンジャーなどのほうが楽だ。また個人的な話だが、筆者はもともと1人で仕事しているので、他者とコミュニケーションして云々といった側面だけ見れば、新型コロナウイルス禍でもあまり変化はないはずだった。が、しかし、今回、長らくさまざまなものがオンラインになって雑談することは確かに減ってしまった結果、なんだか、やや息が詰まってしまった時期があるのも確かだった。
松浦氏は「雑談のなかで、何かがカチッと入るときがあるんでしょうね」という。確かにそうかもしれない。「スイッチ」というほど大げさなものではない。しかし、何かしら、外部からの意図せざる入力を受けないと、いまひとつ頭のなかの流れが変化せず、整わないのかもしれない。
人はもともと言葉以外の刺激からも多くの情報を受け取っている。言外の情報、ノンバーバルな情報、いや情報と言わず、他者の存在感自体からも。それがリアルの「場」の価値だったのかもしれず、そしてその一部をオンラインに載せることは、まだまだ可能なのかもしれない。オンライン自体は目的ではなく手段だが、この場をうまく使いこなすために、しばらく我々の模索は続きそうだ。