森山和道の「ヒトと機械の境界面」

日常の料理をもっと楽しくするテクノロジー

~「Cookpad Techconf 2019」から

 料理と技術は相性がいい――と、筆者は思っている。今後、家庭のなかで大きな技術革新が起こる場所の1つは、まず間違いなく台所だろう。

 すでに台所の調理家電の多くは組込み機器であり、電子制御されている。これからは各家電は単体で高度化されるだけではなく、連携していくことになるだろう。そして台所で起こる変化は、家全体、さらには我々の暮らし全体を変えるはずだ。

 2月27日、投稿型レシピサイトサービスを展開するクックパッド株式会社による「Cookpad Techconf 2019」が開催された。

 クックパッドは、レシピだけではなくさまざまなサービスを自社開発して展開している。2018年5月には、スマートキッチンサービス『OiCy』のコンセプトを発表した。これは、クックパッドに投稿されたレシピを機器が読み取り可能な「MRR: Machine Readable Recipe)」という形式に変換して機器に提供しようというものだ。「Cookpad Techconf 2019」ではこの考え方も改めて紹介された。

 本連載では、以前にもクックパッドによるスマートキッチンの研究について紹介したことがあるが、この機会に、MRRやスマートキッチンの話を含む、いくつかの講演を改めてレポートしておきたい。なおカンファレンスの資料は、同社Webサイトにアップされている

会社にとってのデザインは出口だが、ユーザーにとっては入り口

クックパッド株式会社 CEO室デザイナー統括マネージャー 宇野雄氏

 2019年2月からクックパッドに所属している、CEO室デザイナー統括マネージャーの宇野雄氏は「クックパッドが目指す、これからのデザインとプロダクトのあり方」と題して、同社の今後について語った。

 クックパッドはレシピの会社ではなく、毎日の料理を楽しみにさせる会社だという。現在同社のユーザーは4,000万人。71カ国、26言語の人たちが使っている。月間ユーザー数は5,400万人。

 クックパッドはレシピサイトとして活用されているが、ユーザーの料理の体験はレシピを見ているときだけではない。

 料理の体験には食べるときだけではなく、調理、片付け、レシピを見て考えているときなどさまざまな時間が含まれる。また、ユーザーのライフステージによって、料理との関係は変わる。それら全体が料理のユーザー体験だ。

クックパッドは「毎日の料理を楽しみにする会社」だという
料理のユーザー体験

 宇野氏は、特別なときに料理を作るのも大事だが、毎日の日常の料理体験を楽しくさせ、その楽しさを積み上げていくことが大事だと考えているという。そして現状のクックパッドに不足しているのは、さまざまなサービスを提供しているにも関わらず全体のプロダクトを通した横断体験が設計されていないこと、一目で「これをしてほしい」といった思いがサービスから伝わってこないこと、アプリの体験が古いこと、そしてクックパッドというサービスを通してやりたいこと全体があやふやであることなどを挙げた。

 端的に言うと、もっと「クックパッドっぽさ」がほしいのだという。

 では「クックパッドっぽさ」とは何なのか。宇野氏はディズニーのアニメの基本的な動きを示した。四角形のような単純なかたちのものが動くだけだが、それでもディズニーアニメのような動きは表現できる。同様に、見た目が違っていても、「○○っぽさ」は届けられるはずだという。

 そして期待値に対する「ふるまい」を共有することが重要だと述べ、信頼感や実績を蓄積し「料理に対するワクワク感」を作りたいと語った。

 ではプロダクトとクリエイターの関係はどうなるのか。デザインはデザイナーだけがやるものではなく、課題解決の手法の1つであり、多くの人に安心して使ってもらうことには技術やデザインが深く関わっている。

 よく「ビジネス、テクノロジー、クリエイティブ」の3つが重要だと言われるが、その3つは重なっている。そして「会社にとってのデザインは出口だが、ユーザーにとっては入り口だ」と述べた。

 「最初になんだこれと思われてしまったら、背景にどんなに優れた技術があっても使ってもらえない。だからUIは重要であり、デザイナーだけが受け持つ問題ではなく、クックパッドは全員でデザインを作り上げる会社でありたい」と締めくくった。

機械が読めるレシピ Machine Readable Recipe(MRR)

クックパッド株式会社 研究開発部 伊尾木将之氏

 続いて、MRRに関する講演をレポートする。クックパッド 研究開発部の伊尾木将之氏が「レシピを解析する!Machine Readable Recipe (MRR: 機械可読なレシピ)の開発」と題して「Machine Readable Recipe (MRR)」の概要と、その活用について紹介した。なお伊尾木氏は食文化の研究も行なっている。そちらについては本連載の過去記事でも一部ふれているので、ご覧いただきたい。

 伊尾木氏は、「クックパッドはレシピがメインだが、それだけではなく、毎日の料理を楽しくしたいと考えている」と再度述べた。「だが現状は、レシピを参照してもらう以上のことが提供できていない。もっと料理をサポートしたい」と考えて、スマートキッチン関連事業を2018年からはじめたと流れを紹介した。

 近年、さまざまなIoT家電が登場しはじめている。人にはできないような温度制御で低温調理が簡単にできる「ANOVA」や、シャープの自動調理器「ホットクック」などだ。

 しかし、機械が自らレシピを探してくれはしない。人間が何を食べたいかを決めて、レシピデータを見て、そこからIoT家電を設定して使う必要がある。どうせならば、機械がそのままレシピを読み込んでくれれば自動調理が可能になるはずだ。

 しかしながら、機械は人が自然言語で書いたレシピを読むことができない。表記揺れや、手順にしても何をするのかわからない表記も多いからだ。自由記述を機械は読めない。

機械は人が書いたレシピを理解できない
人が書くレシピの記述は自由すぎる

レシピをグラフで表現する「MRR」

 だが、変換してやれば機械が読めるようになるはずだ。それが「Machine Readable Recipe」の考え方である。

 MRRはレシピをグラフ表現し、食材そのもの、あるいは食材が調理され中間生成された状態を「ノード(節点)」とし、そのノードを「煮る」とか「切る」といったアクションの「エッジ(枝・辺)」でつないでいる。

 「MRR」の考え方の面白いところは、たとえば、中間ノードの検索もできるところだ。つまり、「炒めたベーコン」や「切った玉ねぎ」などのような中間生成物を検索することもできるのである。

 だから、料理の途中で何かの食材や調味料などがなく、違う料理へとゴールを変更したときにも容易に最適レシピを提示することができる。また、作業をどのように分担することができるのかといったこともわかる。

料理をグラフで表現するMRR
中間食材で検索をかけたり、複数のレシピをマージすることも可能

 MRRを利用した1つの提案ハードウェアが、レシピ連動調味料サーバー「OiCy Taste」だ。内部には醤油・みりん・料理酒・お酢がストックされており、レシピをMRRに変換して入力すると、指定分量に従って調味料が配合されて出てくる。ファームウェアはArudino IDEで実装されており、設計情報も公開されている。

レシピ連動調味料サーバー「OiCy Taste」
RFIDを内蔵したレシピカードをリーダーにかざすと栄養状態などが表示されるコンセプトモデル

課題は多いが「可能性しか感じないのでやるしかない」

 だが、MRRを全自動で作るのは現段階では難しく、手動で作っている段階だという。オリジナルレシピから材料情報、アクション情報、メタ情報などを抜き出す必要があるからだ。なお、ここでいうメタ情報とは、栄養成分や、それが主菜か副菜かといった情報である。

 伊尾木氏は課題の1つとして「材料名の正規化」について紹介した。たとえば「醤油」1つとっても、200種類以上のパターンがあるという。これを正規表現だけで対応するのは難しい。結局、全部のパターンを書かないといけなくなるからだ。

MRR生成は難しい
課題の1つは材料名の正規化

 そこで、機械学習を使った。おもに翻訳などで用いられるエンコーダ-デコーダモデルを使って、名寄せができるように学習させた。現時点での正答率は71.2%だという。

 「分量の正規化」も難しい。たとえば「ひとつかみ半」とは、どのくらいなのか。「2から4人」といった表現はどう扱うのが正しいのか。さらに、レシピのなかには、文脈情報がないと人間でもまったく意味がつかめないような表現まであり、それらをどう扱えばいいのかといった課題もある。

 だが、こちらは機械学習に頼るほどの種類はないので、BNF(バッカス・ナウア記法)で対応した。分量を一種のプログラミング言語だと考えて分解し、表現し直す。これによって、どれが単位でどれが数値かに分解して解析できるようになる。正答率は95.2%、適合率は99.9%、再現率は95.1%になったという。

 伊尾木氏は最後に、「MRRは夢があるテクノロジー。名寄せなどの課題も多い。アクション情報の抽出はとくに難しい。だが非常に面白く、可能性しか感じないのでやっていくしかない」と講演を締めくくった。

分量の正規化も難しい
分量の正規化にはBNFで対応

スマートキッチンサービス「OiCy」が目指すところ

 なおクックパッドは、スマートキッチンサービス「OiCy」と連携した製品やサービスの実用化を目指していくパートナー企業10社を2018年8月に発表している

 同時に、クックパッドは、スマートキッチンの方向性と目標を示すために「スマートキッチンレベル」を定義して発表している。現時点は「レベル0 人力調理(ユーザーが全ての調理タスクを実行)」と、「レベル1 固定機能支援(機器がプリインストールされた機能により調理の一部を実行)」の段階にある。

 今後、「レベル2 ネットワーク連携支援」、「レベル3 機器横断的自動化」、「レベル4 全自動化」、「レベル5 人間・機器協調」へと進み、負担と感じる調理作業を機器に任せる一方で、人は料理が持つ楽しさに目を向けることができる、人と人と機器が協調することで実現する、「新しい料理体験」の創出を目指すという。

アプリで注文する生鮮EC「クックパッドマート」

クックパッド株式会社 買物事業部 長野佳子氏

 このほか、買物事業部の長野佳子氏は、アプリで注文する生鮮EC「クックパッドマート」のサービスについて紹介した。

 「クックパッドマート」は、個別配送ではなく、近所のドラッグストアなどの拠点でユーザーがピックアップすることで送料無料を実現しているサービス。クックパッドならではの特徴は、食材セットやレシピ付きの食材を販売している点。

 ターゲットは単身や共働き世帯で、最低注文金額に達しなくても注文でき、販売者や生産者から直接届けることで、物流センターを介さないので食材の鮮度が落ちない点が強みだという。

 発足時はまったく違う仮説を立てて「買い物代行モデル」を考えていたという。しかし最小のプロトタイプを作って、クックパッド社員で検証したところ、個別仕分けに時間などのコストがかかり、人手では作業の質がバラつく、生鮮食品を届けると喜んでもらえる、おすすめの食べ方の提供が食材購入に留まらない価値を生むといったことが10日ほどでわかった。そこで軌道修正し、現在のモデルに至ったという。

 また、販売者や生産者がクックパッドマートを通じて売り上げ増を期待できるか、通常業務と並行して対応できるかといったことを検証し、これによって、自信をもってサービス構築が行なえたという。

 現在は、配送頻度を増やすためにさまざまな自動化を重ね、スマートロック対応の冷蔵庫を導入することで、マンション共用部や駅ナカのような場所でも使えるように受け取り場所を増やし、Android対応を進めることでプラットフォームを増やそうとしている。

生鮮EC「クックパッドマート」用のスマートロック対応の冷蔵庫「Mart Station Ver.4」
販売店に設置される端末

料理を分解して展開、対応力を最短で高める「たべドリ」の考え方

クックパッド株式会社 新規サービス開発部 須藤耕平氏

 新規サービス開発部の須藤耕平氏は「料理の学習体験をデザインする」と題して「おいしいたべかた学習ドリル・たべドリ」を紹介した。

 「たべドリ」は、ユーザーの料理の腕を上達させることを目標としたアプリ。2018年初旬から開発をはじめ、8月ごろに本番をリリース、現在もアップデート中だ。開発においては、料理の「上達」の定義が難しいこと、そして定義ができないため何を学ぶべきかがわからない、この2点が難しかったという。

 ベータ版は、初心者向けアプリとしてリリースしたが、日常的に料理をしている人ならば、意外とできていることが多かった。

 ユーザーにヒアリングを重ねると、「レシピを見なくてもあるものでパパッと料理が作れるようになりたい」という意見が共通して挙がった。つまり、「限られた食材への対応力」をユーザーは欲していた。「手元の食材をどうおいしく食べるかが日々の課題だ」ということは、これまでの開発でも感じていたという。

 そこで、特定のレシピに辿り着かせようとするのではなく、対応力を最短で高めるにはどうすればいいかと考えた。

 「あるものでパパッと」という能力は、要するに総合力だ。それは買い物スキル、献立計画、食材や調理に対する知識、場数を踏んで経験値を上げることなどから構成されている。だが1つのアプリで何でもやるわけにはいかないので、後者の2つに絞った。

 パパッと料理をつくるには、場数による発想力と具現化の力が必要だ。ここを検索やレシピに頼っていては、本当の力はつかない。

 日常の料理に求められるスキルは、プロとは違い、“そこそこ”できる、必要十分な調理のスキルだ。だがこれを定量化するのは難しい。

 そこで、献立作りの方法として知られる「五法の表」を活用した。「五法の表」は、食材と調理法からなるマトリックスを得意料理で埋めていく。これを一通り埋めていくことができれば、献立に困らなくなる。

 だが、実際には意外と埋められない人が多いという。料理をレシピ単位で覚えてしまっている人には、そのような発想がないからだ。つまり、食材活用の観点から見ると、料理をレシピで覚えるのは非効率な方法なのだ。

 ではどうすればいいか。 須藤氏らが答えとして出したのが、料理を食材、味付け、調理法の3つにわけて考えることだった。

 たとえば、豚肉の生姜焼きは豚肉と生姜醤油で焼くことで成立しているが、この食材をごぼうに変えてみることもできる。また、味付けを塩とオリーブオイルに変えることもできる。ごぼうの部分を人参に変えたりすることもできる、といったかたちだ。このように、料理を分解して展開すると、発想が容易になる。

「五法の表」
料理を分解して捉える

 もう1つの課題である「具現化力」についてはどうするべきか。家庭料理の調理工程は共通点が多い。切る、下ごしらえ、火を通す、味付け、仕上げるといったものだ。

 各工程には「中間生成物」が出てくる。たとえば「下ゆでした大根」や「にんにくの香りがついたオイル」などのことである。

 須藤氏は、これをパターン化して覚えることで、効率よく具現化スキルを身に着けることができるのではないかと考えた。1つ1つはシンプルで簡単だからだ。

 両者を組み合わせれば、本当に簡単に料理ができるのか。須藤氏らは、カードを作って実験してみた。食材とカードの組み合わせだけでレシピは見ずに料理してみたところ、新しいものを簡単に作ることができたという。

 これができるのであれば、レパートリーは無限になる。これをアプリ化したのが「たべドリ」だ。ゲーム的要素も入っていて、課題をクリアするとスコアアップするようになっている。続けていくと、どの食材をどのくらい扱えるようになったのかが可視化され、成長を実感できる。

 まだまだ理想には遠いので、もっとユニークなウリを強くし、習慣化できるものになるようにリニューアルしていきたいと考えているという。