森山和道の「ヒトと機械の境界面」
「スマートキッチン」で未来の料理が生み出す価値とは
~クックパッド×明治大学・渡邊研の取り組み
2018年3月20日 06:00
明治大学 総合数理学部先端メディアサイエンス学科 渡邊恵太研究室共同研究成果発表展「IoT時代のインタラクションデザイン」が2018年3月15日~17日の日程で、明治大学中野キャンパスで開かれた。
IoT機器などを活用した、インタラクションデザインの研究を行なっている明治大学 渡邊研は、2018年で設立5年目のまだ若い研究室だ。
今回の展示会では、これまでの成果のほか、共同研究を進めてきた企業とのトークショーも行なわれた。本稿では、初日15日に行なわれた、クックパッドとのトークの様子をレポートする。
渡邊研とクックパッドが共同研究を始めたのは2年前から。両者は、ソフトウェア上で設計し、マシンが調理する料理を「Fabfood」と呼んで、新しい調理体験やライフスタイルを提案しようとしている。これまでに、フードプリンタとIoTデバイスの開発を通じて、研究開発を行なってきた。
スマートキッチンは人が料理に求める価値を最大化する
最初にトークを行なったのは、クックパッド株式会社 事業開発部の住朋享(すみ ともみち)氏。住氏は、同社で新規事業開発や、ベンチャーのメンタリングなどを手がけている。
クックパッドは月間6,000万人が利用しているレシピサイトで、近年は海外展開も行なっており、22言語68カ国で展開している。今後5年間で、100カ国でナンバー1のレシピサイトとなることを目指している。
「スマートキッチン」とは、キッチンのハードウェアがIoT化されてネットに接続したり、よりリッチなセンサーを持ち、インタラクティブになったときに、キッチンがどうなるかを考える試み。
近年、各社で取り組まれており、流行の兆しがある。食や料理と技術に関するカンファレンス「Smart Kitchen Summit」のようなイベントも行なわれている。
昔は、レシピは紙で調べていた。今はネットで探す時代になった。2020年くらいには、機械が人の認知能力を超える時代が来る可能性がある。人が「食べる」行為自体は変わらないが、キッチン自体や料理方法自体は大きく変化するかもしれない。
このような時代が来ることを背景として、クックパッドでもスマートキッチンの研究を行なっているという。
たとえば、Samsungは中に何が入っているか理解できるスマートな冷蔵庫を提案している。料理の手順やナビゲーションも変わる。レシピがキッチンのテーブル上に直接表示される時代が来るかもしれない。良い焼き加減を、オーブンがカメラや温度計を使って判断することも可能になりはじめている。さらに将来は、人間の手作業を置き換える調理ロボットが登場するかもしれない。
住氏は「未来の料理とは何か、価値や本質を考え直してみたい」と述べた。
料理には節約の価値、命への感謝、新しい味への出会い、季節を感じる手段、友人や家族とのコミュニケーション手段、健康になるための手段、おしゃれやクリエイティブ、面倒くさい日常の手間などなど、さまざまな側面がある。
料理には、日々料理をしなければならない義務感と、料理で得たい価値、つまり、「自動化/効率化を求める面」と、「高付加価値を求める側面」の両方が共存している。
住氏は、「昔は米を炊くには、水を汲みに行き、火を起こして、様子を見ながら調整するといった手間が必要だった」と述べた。昔はそれが当たり前だった。
だが、今は炊飯器を使えばボタン1つですむ。炊飯をサボっていると思う人は、今はいない。
「技術が進化して当然になると、その価値も当たり前になり、そのぶんの時間をほかのことに使うようになるのではないか」と住氏は述べた。「スマートキッチン」も人の時間を短縮させ、なんらかの価値に時間を割けるようにするものだという。
では時間さえあれば、人はもっと美味しくて、健康的な料理ばかりを作るようになるのだろうか。だがそれにはまた色々な課題があり、コストも高い。
この問題をスマートキッチンが解決してくれるかもしれないが、単純なものだとマイナスをゼロにするだけであり、その先を考えることが重要だと住氏は語った。
住氏の最近のお気に入りは、シャープのヘルシオ「ホットクック」のような、無水調理ができるヘルシー家電だという。
器具を使うことで、難しかった無水調理が簡単にできるし、簡単にできると、レシピの探索が始まり、さらなる創意工夫を始める。
今後のスマートフライパンやIH調理器、次世代インテリジェント電子レンジは、食材をセンシングしながら調理を行なうことができる。
たとえば、料理を満遍なく温めるのではなく、部分加熱ができる。海鮮丼を刺身部分は生のまま、レンジで適温にするようなことができるのだ。
また、ビールの醸造を行なうスマートビールマシンもあり、ちょっと変わったフレーバーを持つビールを作ることができる。買ってきた麦芽を温度制御して、単なる「正解」ではなく、自分の好みの設定温度を探すことができる。
つまり「パラメータ自体がレシピになる」ようなことが、将来の調理家電では普通になる。
3Dフードプリンタなど新しい機材もある。形、素材、栄養素までを人が組み合わせて、食材の制約があったものを超越すると、今後、どういう食文化が生まれるようになるか。どういう体験ができるようになるのか。
住氏は、「スマートキッチンとは、人が料理に求める価値を最大化してくれるもの」だと述べた。
みんなが料理を楽しんで作るようになれば、色々な価値観を楽しめるようになるので、地球が良い感じになる、クックパッドの新しいメッセージは「料理をつくることは、地球のこれからをつくること」だとプレゼンを締めくくった。
料理とテクノロジー、そして文化的価値観の関係
続けて、クックパッド株式会社研究開発部データ分析グループの伊尾木将之(いおき まさゆき)氏が「料理×テクノロジー」と題して講演した。
クックパッドのなかで、食文化の研究を行なっている伊尾木氏は、仕事の1つとして「クックパッド江戸ご飯」というページを紹介した。
江戸時代の文献から、どういうレシピがあるかを読み解き、現代風にアレンジして掲載している。人気のあるレシピ群だという。
伊尾木氏は「料理はテクノロジーの塊」だと述べた。ふだんは当たり前だと思っている料理も、技術の塊になっている。
会場とやりとりしながら、大きな鍋も文化的な発展のなかで登場してきたし、フライパンのような取っ手のある鍋は、意外と近年の発想であり、それまでは「振る」という発想がなく、炒め料理がそれまでなかったと述べた。料理は新技術が登場し、それとともに発達していくものだ。
いっぽう、食は非常に保守的でもある。新しい食材には危険性がありえるし、食文化自体がアイデンティティ、自分自身が何者であるのかということと密接に関係しているので、食べ慣れたものに固執してしまう傾向がある。
保守性を乗り越えて普及する技術のポイントは、2つあるという。
1つは物理的・経済的価値が大きいこと。効率的や利便性があるもの、安いもの、美味しい、健康的なもの。
もう1つは文化的価値だ。その文化のなかで違和感がないと思えるものか、かっこいいと思われるようになると、多くの人が飛びつくようになる。
伊尾木氏は、その文化的価値が大きく関わったものとして「石臼」と「自動炊飯器」を挙げた。
石臼は、世界中の食文化のなかで重要な位置を占めている。石臼によって、食べられなかった木の実が食べられるようになった。
だが、日本では奈良時代から平安時代に渡来したものの、それから1,000年近く普及しなかったという。しかしその割には、一旦普及したあとは、それなしでは食文化が成り立たなくなった。麺類や団子が安価になって普及し、日持ちする粉ができ、救荒食ともなった。
では、石臼はなぜ普及に時間がかかったのか。粒のまま米を食べるという文化が主流だったため、なかなか石臼が普及しなかったのだと伊尾木氏は述べた。いっぽうヨーロッパは、パンの文化だったので、もともと粉にしないと食べられなかったというわけだ。
自動炊飯器(東芝の自動式電気釜)が登場したのは1955年。これでスイッチ1つでご飯が炊けるようになった。1970年ごろには普及率9割に達した。現代のスマートフォンに匹敵する普及速度だ。
だが、炊飯器の登場が100年早かったら、うまく受け入れられなかっただろうと伊尾木氏は述べた。1960年代は電化ブームで、炊事能力があまりない層が出現した。そういった社会背景があったという。
物理的経済的価値はあっても、利用する必要性があまりなかったり、新しい文化的価値観と合っていないものは、なかなか普及しない。
では未来はどうなるのか。自動調理器は、料理は愛情という文化とぶつかる可能性がある。安全性が確認されている遺伝子組み替え食品も、なかなか受け入れられにくいのが現状だ。
伊尾木氏は、「自分たちが開発する技術の普及を目指すなら、どこに障壁があるのか見極めないと思わぬ時間がかかってしまう」とまとめた。
情報と道具を一体化し、料理の設計と実装を分離する
明治大学 総合数理学部先端メディアサイエンス学科 准教授の渡邊恵太氏は、どういう理由で共同研究が始まったか、その経緯やコンセプトを語った。
もともとは、渡邊氏が著書『融けるデザイン ハード×ソフト×ネット時代の新たな設計論』を2015年に刊行したときに、その記念講演会にクックパッドの人が来場していたことから、Iotと調理器具をテーマに、何か共同研究をということで始まったという。
渡邊氏は、2011年ごろに行なっていた、レシピデータに合わせて自動的に量が変化する計量スプーン「smoon」や、加速度センサを使って、どんな角度でも適量を計量できる計量カップ「Integlass」などを紹介した。
Web上の情報は便利だが、結局、そこに出てきた情報に基づいて人間が行動しないといけない。本の時代と、情報を見るということにおいては変わらない。
せっかくデジタルデータを得ているのだから、デバイスとなんらかの連動ができる可能性があると考えて、レシピデータと計量を一体化しようという発想から生み出したものだったという。
とくに料理の研究をやりたいと思っていたわけではなく、あくまで、Web上の情報を、画面のなかだけに止めるのではなく、「Webの情報を実体化したい」という発想だったと強調し、同様の発想で作った「レングスプリンタ」を紹介した。
渡邊氏は、多くの経験や体験が記号化・デジタル化されてきたいっぽう、それを実世界で再現する部分は欠けている、あまり変わってないことに問題を感じていて、Web上の情報をどうやってもう一度実世界で活用するかという部分にフォーカスしていると述べた。
これを渡邊氏は「情報の道具化」と呼んでいる。情報それ自体を道具のように扱い、問題に対して直接的・物理的なものに変換して、実際の行動に落としやすくする。今の言葉で言うと、「IoT」ということになる。
現在は、料理における設計と実装の分離を意識し、フードプリンタなども作っている。
料理の設計をコンピュータで行ない、あとはデータをプリンタに渡すと、それがアウトプットされるというものだ。
渡邊氏は、「いまは設計と実装があまりきれいに分かれておらず、ごちゃごちゃになっている。設計と作ることが混ざっていることが問題」だと指摘し、3Dプリンタが出てきたことで、フードプリンタがもたらす未来を考えてみようと思ったと述べた。
まずは、どうすれば個人の生活に入り込み、日常のなかで使われていくのかを議論した。作成したのは、マンネリ化しがちな食生活、特に朝食のためのフードプリンタで、「Ceres (PDF)」と名付けた。
栄養素をコントロールしたり、表面に占いや、天気予報などの記号を示したパンケーキを焼くことができる。まずは材料を自分たちで手動で絞り出して、どんなものができるのか、探るところから始めたという。
渡邊氏は、「料理をすることを、『料理を設計すること』と『実際に調理すること』の2つにわけた」と再び強調した。こうすることで、設計データ(レシピ)を他者と共有することができるようになる。
現状のレシピと同じだと思うかもしれないが、実際には現状、レシピは規格化されておらず、誰かのレシピをそのまま作ったからといって同じものができるとは限らない。それを設計データだけ安定してできる、同じ調理がどこでもできるようになるすることが重要であり、「設計と実装を必ずわけないといけない」と語った。
そうすることを前提とした、「新しい調理をつくっていきたい」という。
調理の設計と実装を、完全に分けて考えることができれば、ソフトウェア上で料理を整理し、料理に対して直接動かさない調理方法が確立するための第一歩となる。
コンピュータのプログラム、データに従って調理する装置、スマート調理ウェアが登場すれば、渡邊氏らが言うところの「FabFood」、すなわちスマート調理によって生み出された料理、食べ物の登場だ。
渡邊氏はこの点について再度、強調した。2次元のプリンタによって、綺麗な文字を出すことに訓練が必要なくなったように、3Dプリンタによって、ものづくりのスキルがなくても物質を綺麗に、それなりの精度で作ることができるようになった。ソフトウェア上で設計、検討、シミュレーションして、出力は機械に任せるだけだ。
3Dプリンタは、ものづくりもプログラムでできるようになったことが一番大きなポイントであり、料理においても同じことが起こるだろうと語った。そのためには、まずは「設計」と「出力」を分けて考えないといけない。
ちなみに渡邊研では、デジタルファブリケーションの授業では、修正は極力ソフトウェアの上で行なうことにし、現物合わせは基本NGとしているとのこと。
データを他者と共有したり、再現性が高いことがソフトウェアでのものづくりの優位性だ。ソフトウェアの発想と昔のものづくりの発想は違うので、そこをよく考えておかなければならないと強調した。
とはいえ、いきなりフードプリンタの時代は来ない。渡邊氏は、ネットのレシピデータに基づいて連携動作する道具から、徐々にレシピデータだけに基づいて調理する道具へと進化していくのではないかと述べて、「単純に料理を支援するのではなく、料理を作ることと調理のデータをわけることが重要」と述べた。
つまりこれは、Webやスマホが成功しているレイヤーモデルでの開発を、料理に適用しようという考え方だ。「従来の料理文化の人とぶつかる可能性は、結構ある」と考えているという。
そこで、もう少し簡単なところということで、「ダウンロード食」としてチョコレートもテストしている。チョコレートの材料のパラメータを調整することで、オリジナルチョコレートを出せるようにしたものだ。
渡邊氏は最後に「料理ばかりを中心に考えているわけではない」と述べた。あくまでIoT、情報的なやり方で料理のやり方に介入しようとしているのだと述べて、そういう考え方を前提として、今後も研究を行なっていきたいと考えていると講演を締めくくった。
調理法と機材の進歩、食生活の変化は止まらない
ディスカッションでは、「クックパッドのアクセスがもっとも増えるのはバレンタインデー直前」といった話題も紹介された。
普段は主婦層からのアクセスが多いが、バレンタイン前だと、10代から20代からのアクセスがさらに増えることで、アクセス数が一気に増えるのだという。失敗もできないし、材料も無駄にできないため、多くの人がレシピを参考にするらしい。
また、最近じわじわ普及している家庭用のエスプレッソマシンも一種の自動調理器であり、機械を購入することで、インスタントコーヒーをやめて豆を選ぶ生活を手に入れた、といったような価値観は今後も生まれるのではないかといった話題が提供された。
筆者個人には、渡邊氏が言うところの再現性高いかたちでの料理は、個人の調理よりは、むしろ外食・中食産業と相性が良いように思えた。
現時点でも、外食・中食産業での調理においては、レシピの再現性は当たり前であり、さらに品質安定や安全性を大前提としているため、生産される食事は極めて高いレベルで管理されている。
レシピと調理過程を完全に分けてしまうのであれば、家庭で作ろうが、それがデリバリーで配達されてこようが同じだろう。
また、調理機材はいかに圧縮・小型化されても、絶対にそれなりの大きさが必要だ。いっぽう、海外では外食が基本で、自宅で調理する文化があまりなく、部屋にキッチンがなくても普通という国もある。
そういったことから考えると、将来は自動調理機を現状以上にフル活用する中食業者が伸びて来るのかもしれない。
さらに配送についても、「ロボネコデリバリー」とピザーラの実験のように、彼らが自動デリバリーを活用する可能性も、すでに模索されている。手間暇を省き、効率性を追求するのであれば、こちらに行き着くかもしれない。
いっぽう、人は食べることだけではなく、調理すること自体にも、喜びや楽しさを感じる。ただし、その喜びは、たとえば最後に「炒め合わせる」ような部分だけやれば、結構得られてしまうらしい。
そう考えると、ほとんど調理されていて、食材と合わせればできあがるミールキットが人気があるというのも頷ける。
なんにしても今後、調理器具も環境もまだまだ進歩を続けるだろう。進歩した調理器具に合わせた、新しいミールキットや食文化が生まれる可能性は高い。食事は美味しく楽しい。今後も食生活や調理が、さらに豊かに魅力的なものになることを期待している。