大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
テレワーク特需に沸く2020年度のPC市場。5月の個人向け市場は前年比1.4倍の売れ行きに
2020年6月8日 09:55
新型コロナウイルスの感染拡大とともに、在宅勤務が増加。PC市場には、「テレワーク特需」とも言える状況が生まれている。BCNの調べによると、量販店などにおけるPCの販売台数は、2020年5月の実績で前年同月比43.4%増(約1.4倍)となり、なかでもノートPCは51.2%増と、1.5倍にも達している。2020年1月のWindows 7のサポート終了に伴う特需以降、PC市場は縮小すると見られていたが、それを覆すかたちで推移している。
だが、この勢いがどこまで持続するのか、ニューノーマル時代のツールとして最適な提案ができるのか、さらには、部品調達などの面で旺盛な需要に対応ができるのかといった点で、業界が抱える課題は多い。
当初予測を覆す好調ぶり
全国の量販店などのPOSデータを集計するBCNによると、2020年4月、5月と、PCの販売が順調に推移していることがわかる。調べでは、2020年4月の販売台数は前年同月比39.0%増、5月は43.4%増と、2カ月連続で、前年実績を大きく上回っている。
PC業界は、2019年10月の消費増税を前にした駆け込み需要や、2020年1月に迎えたWindows 7のサポートの終了にあわせたPCの買い替え需要があり、2019年は過去最高の販売台数を記録するほど、沸きに沸いた。
だが、2014年4月のWindows XPのサポート終了に伴う買い替え特需のさいには、その反動によって、PC市場が6割程度にまで減少。約5年間にわたって市場が低迷していた。こうした経験から、業界では、一時期に需要が集中しないように、数年をかけるかたちで前倒ししながら新たな環境への移行支援策を展開。特需後の反動を抑える仕掛けに取り組んできた。
しかし、それでも、2020年度は、前年比7~8割減に落ち込むだろうとの見方が支配的だった。業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、2020年2月に発刊した「AVおよびIT機器の世界需要動向調査~2024年までの展望~」によると、2020年度の国内PC市場は、前年比33.4%減の985万台にまで減少すると予測。市場規模は3分の2まで縮小という厳しい予測を出していたほどだ。
ところが蓋を開けてみると、JEITAの調べでは、2020年1月~3月は、前年同期比11.8%減と、落ち込んだものの当初予想よりも落ち幅は少なく、最新データとなる2020年4月は、前年同月比5.3%増と、想定外にプラスに転じる結果となっているのだ。ここからも、業界の予測を覆すかたちで推移をしているのがわかるだろう。
じつは、市場規模が3分の2にまで落ち込むとしたJEITAの予測値には、予測時点で教育分野に1人1台環境を整備する「GIGAスクール構想」の数値が盛り込まれていなかったため、ここまでの落ち込みはないとは見られていた。だが、さすがにプラスに転じるとは予想されていなかった。新型コロナウイルスの感染拡大によって顕在化したテレワーク需要によって、予想を覆すかたちで推移している状況だ。
ノートPCの販売が増加、平均単価も上昇へ
冒頭に触れたBCNのデータからもわかるように、量販店などの個人向けルートでの販売はとくに好調だ。個人ユーザーが、テレワークやオンライン学習で利用するために、店頭でPCを購入したり、すぐにPCを調達したい企業が、量販店でまとまった台数を購入するといった動きもあるという。さらに、巣ごもり生活を豊かに過ごすために、スペックが高いPCに買い替えるといった動きも出ている。これらの要素が組み合わさって、需要が喚起されているようだ。
BCNの調査を見ると、注目すべきポイントがいくつかある。
1つは、ノートPCの売れ行きが好調であるという点だ。2020年4月の集計では、デスクトップPCは前年同月比16.3%減とマイナスになっているのに対して、ノートPCは46.6%増と大幅に増加。5月の集計でも、デスクトップPCは7.4%減となっているのに対して、ノートPCは51.2%増と大幅に伸びている。テレワーク利用において、ノートPCを活用しようという動きが見られているわけだ。
もう1つの特徴は、平均単価が上昇している点だ。たとえば、2020年5月の平均単価は113,600円となっているが、これは前年同月に比べて、6,700円上昇している。ノートPCでは7,000円、デスクトップPCでは13,100円の上昇だ。
PCメーカーに取材をすると、Windows 7のサポート終了時には、新たな環境への置き換えが優先されたため、エントリーモデルの導入が先行する傾向が強かったが、4月以降のテレワーク需要では、ビデオ会議システムでの利用を想定したり、今後、持ち運んで利用することを想定して軽量ノートPCを選択するなど、付加価値モデルが売れる傾向が高まっているという。これが単価の上昇につながっているようだ。
急拡大するビデオ会議システムの利用
実際、世界的なテレワークの広がりによって、ビデオ会議システムの利用は、一気に広がっている。
Zoomを提供しているZoom Video Communicationsが、6月3日に発表した最新四半期決算によると、2020年4月の1日あたりの利用者数は全世界で3億人以上となり、3月の2億人以上から、わずか1カ月で1億人も増加。2019年12月の1,000万人と比べると30倍も増加している。
Microsoftでも、2019年11月時点では1日2,000万人だったMicrosoft Teamsの利用者数が、2020年4月末には1日7,500万人と、3倍以上に増加していると発表。Googleでも、Google Meetは、1日30億分以上が使用されており、1日の会議参加者数は1億人を突破。そして、毎日300万人の新規ユーザーが増加していることを示す。Google Meetの1日の利用者数は、今年(2020年)1月以降、30倍以上に増加している計算だ。
そして、シスコシステムズでは、ビデオ会議システム「WebEx」を提供しているが、海外メディアの報道によると、3月の利用者数は3億2,400万人に達した模様であり、「日本においても、WebExの利用数が増加している。2月に日本で開催されたWebEx上の会議は1日67万回のミーティングだったが、3月には150万回になり、4月は20日時点ですでに200万回のミーティングが開催された」(シスコシステムズのデイヴ・ウェスト社長)と、日本での急速な利用拡大を裏づけて見せる。
このようにビデオ会議システムの活用が急激に拡大するなかで、高性能なカメラやマイク、スピーカーを搭載し、ビデオ表示などにも適したスペックを持ったPCが求められているようだ。
量販店からも、「オンライン会議や、オンラインによる商談のさいに、商品などをより見やすく表示したり、説明を伝えやすいように、高解像度のカメラや、音声を拾いやすいマイク、聞きやすいスピーカーを重視して購入するケースが明らかに増加している。これまではあまり重視されていなかったテレワークに最適な機能が注目されている」との声があがる。こうした動きが、テレワーク需要を背景にした単価上昇につながっている。
ちなみに、6月4日のバッファローのWi-Fiルーターの新製品発表会で紹介されたBCNの調査データによると、テレワークを実施している企業は37.4%であり、そのうち、2020年3月にテレワークをはじめて行なった企業が13.1%、2020年4月は55.9%、2020年5月が10.5%となっており、テレワーク実施企業全体の79.5%が、2020年3月以降にテレワークを実施したことがわかった。
テレワーク特需を取り込むPCメーカー各社
主要PCメーカー各社も、テレワーク特需による市場の盛り上がりを示す。
NECパーソナルコンピュータ/レノボ・ジャパンのデビット・ベネット社長は、「4月に入ってからは、当初の予想以上に好調な売れ行きを見せており、とくに、コンシューマ市場の伸びが高い」としながら、「まずは、急にテレワークにしなくてはならなくなったビジネスマンや、テレスクールをしなくてはならない子供たち向けにPCが売れるという傾向が見られた。強制的にテレワークを行なわなくてはならない状況になったことで、そのためのPCを購入するという動きが見られた」とする。
ベネット社長は、これを「フェーズ1」と位置づけた上で、「これまでは、直接、顔を合わせずに仕事ができるのかといった不安があったが、実際に、テレワークをやってみると、ビシネスの遂行に問題がないことや、生産性が高いことを多くの人が理解できた。その結果、今後は、新型コロナウイルス感染症が終息しても、テレワークによる勤務形態を残すという企業が多いそれを前提としたニューノーマル時代にあわせたPCを求める声が増えてくることになる。これがフェーズ2であり、すでにその傾向が見られている」とする。
Dell Technologies(デル)クライアント・ソリューションズ統括本部長の山田千代子常務執行役員は、「デルは、2019年の国内PC販売台数が前年比で2倍近い台数を出荷し、国内PC市場において、ブランド別シェアでは第2位になった。1~3月もその好調ぶりを維持している」という。
また、「ユーザー企業からは、テレワークの導入を考えてはいたが、こんなかたちで一気に導入が促進されるとは思っていなかった、あるいは、なにを選択したらいいのかがわからない、なにからはじめていいのかがわからないという声があがっている。そうしたユーザー企業に対して、在宅勤務の速やかな実現に向けた支援を進めている。需要が拡大するなか、製品の納期においてもチャレンジがあるが、グローバルサプライチェーンの強みを活かしたい」と、テレワーク需要への対応に力を注ぐ。同社では、「テレワーク・デイ」パッケージをリニューアルしたり、テレワーク応援モデルを用意し、テレワーク需要に対応する姿勢を見せる。
VAIOも、旺盛なテレワーク需要を背景に、2020年5月および6月に、安曇野本社工場でのモバイルPCの生産量を最大2倍にすると発表。2020年4月中旬から、LTEモジュール搭載モデルを最短3営業日で提供する仕組みを用意。これらの取り組みを通じて、急速に拡大するテレワークの導入ニーズに対応する考えを示している。
一方、テレワーク需要以外にも商機があると見るPCメーカーもある。
日本マイクロソフトの檜山太郎執行役員常務は、「Windows 7のサポートが終了した1月以降は、需要が落ち着くと見ていたが、進入学や新社会人を対象にした春商戦は堅調。そこに、新型コロナウイルスの影響によるプラスαの需要が生まれている。計画を大きく上回る実績で推移している。
1月までは、普及モデルのPCが中心となっていたが、春商戦ではテレワークやオンラインスクールの影響で、プレミアムモデルの販売が好調である。YouTubeなどでコンテンツを楽しみたい、ビデオ会議ツールをダウンロードする、ゲームを楽しむという使い方が増加している点も、プレミアムモデルの好調ぶりにつながっている。厳しい社会環境が続くなか、新たなニーズが生まれている」と語る。
また、富士通クライアントコンピューティング(FCCL)の齋藤邦彰社長兼CEOは、「テレワーク需要は確かに見られているが、それに加えて、趣味に利用するといった用途や、学習に利用するといった用途も増えている。売れ行きが好調なノートPCにおいても、薄軽モデルや、17.3型の大画面ノートなど、ワンクラス上の仕様が人気となっている。幅広いラインナップを取りそろえていることが功を奏している」と語り、「そこに、Windows 7のサポート終了までに導入が間に合わなかったリプレース需要や、GIGAスクール構想に対応した新たな動きもはじまっている。学習塾がオンライン授業をやるために導入するといった動きも目立っている。さまざまな要素が組み合わさって、予想を上回る実績になっている」と分析する。
PC市場の好調ぶりはいつまで続くのか?
では、この勢いはいつまで続くのだろうか。
日本マイクロソフトの檜山執行役員常務は、「業界内でも見方が分かれており、慎重に市場を見る必要がある」としながらも、「首都圏でのテレワークの浸透率は50%以上になっているが、全国平均でみると25%にとどまる。言い換えれば、まだ伸びしろがあり、テレワーク需要は、しばらく継続すると考えている。
これに、オンライン学習やGIGAスクール構想による学校への導入が促進されるといった要素や、欧米に比べてICT化が遅れていることが浮き彫りになった政府、自治体へのITの導入促進、紙とハンコの作業の生産性の低さに気がついた企業が、今後、デジタル化をどう図るかといったことが加わることも期待している。もっともいい想定では、需要そのものは前年度実績近くまで膨れ上がる可能性がある。最悪でも、Windows XPのときのような落ち込みはない」と予測する。
富士通クライアントコンピューティングの齋藤社長兼CEOも、「当初の予想を上回るのは確かだが、正直なところ、これまでに経験がないことであり、過去の統計をもとに先を読むことができない」と、やはり慎重な姿勢を見せる。
「現時点までの好調な状況は、強制的ともいえるテレワーク環境への移行に向けて、実施できる環境を作らなくてはならない、というこれまでの延長線上ではない需要に支えられている。また、それ以外の要素も複雑に絡まり、単にテレワーク特需だけではないと考えている。新型コロナウイルスの終息がいつになるのか、それに伴って、サプライチェーンはどこまで回復し、必要な部品が安定的に調達できるようになるのかといった点も影響する。
いま、売れている製品は、ニーズのすべてを反映したものではなく、部品が調達できたものから売れているという状況にある。2020年度のPC市場は、社会環境の変化や新型コロナウイルスの感染の状況、ニーズの変化や需要の変化、部品調達の問題が絡み合う1年になる。われわれができることはそうした変化に、柔軟に、迅速に対応することであり、そこに、MADE IN JAPANの強みを活かしたい。中国生産とは異なるかたちで、複数のルートから部品を調達したり、国内生産の強みであるリードタイムの短さを活かして、差別化したい」と語る。
一方、パナソニック コネクティッドソリューションズ社モバイルソリューションズ事業部東アジア営業総括の向坂紀彦氏は、「パナソニックのPC事業は、2019年度に過去最高の出荷台数を達成した。2020年度は、ここまでの出荷台数にはいかない。だが、テレワークを中心とした問い合わせが多く入ってきている。これは、新型コロナウイルスの感染拡大前から見られていた動きだが、2020年度に入って、さらに加速しており、今後も増えていくと考えている。また、Windows 7のサポート終了に伴う需要は、大手法人については一巡したが、中堅中小企業における買い替え需要はこれからも見込まれる。一部部品の調達課題があるが、デマンドに対してしっかりと供給できるようにしたい」と語る。
そして、「新型コロナウイルスの感染拡大により、テレワークや在宅勤務が広がるなか、利用していたPCがデスクトップPCのため、自宅に持ち帰れなかったり、テレワーク専用機材を導入していたため、機材が不足して、テレワークが広げられないといった課題が出ている。いつでもどこでも利用でき、高性能 高信頼性 モビリティを実現するレッツノートを、メインマシンとして日頃から活用することがBCPの観点からも重要である。新型コロナウイルスへの対策は、長期戦で臨むべきテーマである。ニューノーマルの時代に向けて、レッツノートを、オフィス、自宅、移動中、リモートオフィスといったさまざまな環境で、メインマシンとして業務を支えることができるツールとして提案していく」と意欲を見せる。
これまでのレッツノートの提案は、持ち運びにさいして、軽量性、堅牢性、長時間バッテリ駆動などの特徴を訴求。それが16年連続モバイルノートPCシェアナンバーの実績につながっているが、今後は、在宅でのテレワークにおける活用メリットも訴求することになりそうだ。
GIGAスクール構想が需要に弾みをつける
MM総研は、2020年度の国内PC需要は、当初、前年比27.5%減の1,110万台程度と予想していたが、これを上方修正。5月21日に発表した最新予測では、前年比11.7%減の1,351万台とした。
同社では、「新型コロナウイルスがリモートワークの傾向を促し、PC需要を刺激する面を考慮した結果、予測を約240万台上方修正した」とし、「在宅勤務や遠隔授業の拡大、あわせて店頭量販店などでの購入が多い個人事業主、小企業の電子申請需要に伴うPC需要で、個人向け需要が約50万台増加」、「法人市場における経済活動停滞の影響で約50万台の需要減少」、「全国の公立小中学校向けに端末を配布するGIGAスクール構想の推進で、2020年度分特需が約240万台分増加する」という3つの要因を挙げた。
新型コロナウイルスの感染拡大は、法人向け需要にはマイナスに働くが、個人向け需要を喚起。さらに、GIGAスクール構想が追い風になることで、前年比1割減にとどまるとの見通しとした。テレワーク需要よりも、GIGAスクール需要が、2020年度の国内PC市場の盛り上がりに弾みをつけるとの見通しだ。
PC市場への追い風はいつまで吹くのか
関係者の声をまとめると、2020年度第1四半期までは、PC市場は比較的好調に推移するが、それ以降の動向は不透明という声が目立つ。
状況が刻一刻と変化するのが、2020年度のPC市場であることは間違いない。新型コロナウイルスの感染拡大が終息に向かう動きがどうなるのか。それにあわせて、テレワーク特需がどれほどの勢いを維持するのか、そして、教育分野へのPC導入はどこまで進むのか。加えて、部品調達をはじめとするサプライチェーン全体の動きも市場動向に影響することになる。
予想を上回るかたちで好調なスタートを切った2020年度の国内PC市場。いまは追い風が吹いているように見えるが、その追い風がいつまで吹き続けるのか、それは一転して逆風にはならないのか。今後の行方は予断を許さない。