大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「VAIOの成長加速が自分の使命」。新社長山本知弘氏が目指す新体制のVAIOとは

VAIO株式会社 代表取締役 執行役員社長の山本知弘氏

 2019年8月27日づけで、VAIO株式会社の代表取締役 執行役員社長に、山本知弘氏が就任して約2カ月を経過した。2015年8月から社外取締役としてVAIOの経営に参画。2019年6月に執行役員副社長を経て、2019年8月に代表取締役社長に就任。大幅な若返りとともに、理系出身ながら、シンクタンクやコンサルティングファームでの経験を持つ山本新社長の手腕に注目が集まる。

 また、就任直後の9月1日づけで、早くも組織改革を行ない、新体制での舵取りをスタートして見せたスピード感にも驚く。「私の使命は成長を加速すること」と語る山本社長に、これからのVAIOについて聞いた。山本社長のロングインタビューはこれがはじめてとなる。

VAIOの成長を加速することが新社長の使命

――VAIOは、7月9日に吉田秀俊前社長が出席して、創業5周年記念パーティーを大々的に行ないました。それからわずか50日間で、社長が交代したのには正直驚きました。

山本氏(以下、敬称略) 私自身、VAIOの創業2年目となる2015年8月から社外取締役として経営に参画し、2019年6月に執行役員副社長としてVAIOの経営に直接携わるようになりました。

 じつは、創業5周年パーティーの時点では、社長になることはまったく想定していなくて、8月に入ってから社長就任の打診がありました。準備期間があまりないまま社長に就任したのが正直なところです。

 VAIOは、5月末が決算月であり、6月には新年度がスタートし、創業月は7月。そして、8月後半に株主総会があります。また、取締役の任期は1年であり、毎年、取締役を選出することになります。そうしたなかで、5周年記念パーティーが行なわれ、社長交代がは発表され、株主総会で承認を受けたというわけです。

――初代社長の関取高行氏がソニー出身であり、ソニーのDNAを引き継ぐ役割を担ったあと、2代目社長には商社出身の大田義実氏が就き、3代目社長には電機業界出身で、メーカーの経験がある吉田氏が就きました。4代目社長となる山本社長は、シンクタンクやコンサルティングファームでの経験があります。それぞれにバックグランドが異なる社長にバトンがわたっていますが、山本社長は、どんな役割を担うことになりますか。

山本 関取元社長は、VAIOの立ち上げ時の困難な壁を乗り越える役割を果たし、大田元社長は赤字を黒字へと転換する役割を担い、吉田前社長は成長を軌道に乗せることを成し遂げました。それに対して、私のミッションは、VAIOの成長を加速することだと思っています。私の強みは、多くの会社を見て、そこで経験をする機会に恵まれた点です。

 たとえば、今VAIOが抱えているこの課題は、あのとき、あの会社で起こっていた、あのことに似ているということが、私の引き出しのなかにたくさんあります。もちろん、それが100%正しいとは思っていませんし、今のVAIOならばこうしなくてはいけないという判断も必要です。

 ただ、さまざまな経験は、意思決定の迅速化にもつながりますし、最適化した対応を効率的にできることにもつながります。判断に要する時間を削減することで、本来、VAIOが取り組むべき、成長に向けた仕事に時間を割くことができます。

――社長の年齢は、16歳も若返りました。

山本 今までのやり方のままでは、成長の速度は変わりません。成長を加速させるには、そのための新たなやり方が必要です。新たな考え方、新たな視点で動くには、会社全体が若返るということも必要です。社長就任直後の2019年9月に、新たな組織体制へと移行しました。若い人材を重要なポジションに就け、私だけでなく、組織体制そのものも世代交代しました。

 VAIOのペースだけで動ければいいのですが、世のなかの動きについて行くべきところはついて行かなくてはなりませんし、その一方で、ある領域に関しては世のなかの進化をリードしていく役割を担いたいと考えています。その点、成長を加速するこれからのVAIOにとって、若さは武器になると考えています。

――ただ、大田元社長、吉田前社長が、別の会社でも社長を経験していましたが、山本社長は、VAIOがはじめての社長経験になりますね。

山本 社長経験がないのは、ある側面で見れば、弱みと言えるかもしれませんが、どんな社長でも、はじめて社長をやることはあるわけで(笑)、それがすべて失敗するわけではありません。

 私が心がけているのは、人の話をよく聞くということです。多くの会社を見てきた経験から、引き出しがたくさんあるのは強みですが、それだけに頼ってしまうということはしたくありません。そこは戒めながら経営に携わりたいと思っています。

 また、先輩の話を聞く、周りの意見を聞くということは積極的にやっていきますし、それは若いからこそできることだと思っています。過去に携わってきた仕事も、人の話を聞くということができなければ成り立たない仕事ばかりでしたから、それは私の強みでもあります。社長経験がないという弱みは、むしろ強みに変えていきたいですね。

VAIO社長にいたるまでの歩み

――山本社長の生い立ちや経験は、VAIOの経営にどう活きると考えていますか。

山本 VAIOの本社がある長野県は、私にとってつながりが強い場所なんです。というのも、じつは、私の母の実家が長野県富士見町で、里帰り出産のため、私は長野県で生まれているんです。また、子供の頃は、長野県によく行き、夏休みは1カ月ほど過ごすといったこともありましたよ(笑)。そうしたつながりもあって、社長就任早々に、長野県における「地域プロジェクト」を実施することを決定しました。執行役員の花里隆志が、この「地域プロジェクト」を担当しますが、花里も長野県出身です。具体的な内容はこれから詰めることになりますが、このプロジェクトを通じて、長野県発のイノベーションを作りたいと考えています。

 また、私は理系出身で、30歳を過ぎるまでは、現場でコードを書いていました。これもVAIOの経営に生かせると考えています。

 当時、私が取り組んでいたのはデータマイニングの領域で、確率ネットワークという手法を活用し、これにデータを融合させ、自分が考えるものでもなく、機械が考えるものでもない結果を導きだし、経営の意思決定に生かすというものでした。

 それまでは経営というものはあまり興味がなかったのですが、この経験から、経営というものに興味を持ちはじめ、次のステップとして、コンサルタントに転身するきっかけになっています。三菱総研や富士通総研では、さまざまな統計的手法を活用した提案や、生産スケジュールの最適化といった現場に近い仕事をしていましたが、じょじょに経営に近いところの仕事が増えていきました。

 その後に在籍したボストンコンサルティンググループやアビームM&Aコンサルティング(現PwCアドバイザリー)、ベイン・アンド・カンパニーといったコンサルティングファームでは、おもにハイテク分野や通信分野に携わったり、将来に向けたロボット事業のビジョンづくりに携わったりといった経験をしました。

 10年近くは、こうした仕事を通じて、メインとなる20社ほどの企業と、経営に近いところを含めて、多岐にわたる仕事を行ないました。研究開発といった観点からの取り組みもありましたし、テクノロジを活用した新規事業の立ち上げや、組織を活性化するプロジェクトにも取り組みました。新規事業の立ち上げのなかには、今では数千万人が利用しているサービスもありますよ(笑)。

 そして、中期経営計画の策定といった経営に直結するようなことも行なってきました。いわば、企業で課題となっていたり、経営トップが悩んでいることを手助けするための仕事ばかりをしてきたわけで、振り返れば、このときに、さまざまな「引き出し」が作られたと言えます。

――コンサルティングファームを経て、その後、VAIOの出資先である日本産業パートナーズに入社していますね。

山本 日本産業パートナーズに入ってからは、出資先であるITXやナルミヤインターナショナルに出向しました。ITXは、スマートフォンの販売をはじめとした情報通信サービス事業を行なう企業で、約三千人の従業員を擁するBtoC向けテレコム事業を統括しました。それまではコンサルタントとして、クライアントに実行計画などを提案してきたわけですが、当然、クライアントにその意味や狙いを納得してもらう作業が伴います。

 しかし、ITXでは自分で事業を統括しているわけですから、自分がやろうと思ったら、すぐに実行に移すことができます。これが次々と成果につながり、企業も成長に転じ、採用も増えました。人の採用に関しても、コンサルタントを採用するノウハウを生かした結果、優秀な人材を数多く採用できました。ほかの役員からはそんな方法で採用できるのかといった声もあがっていましたが、結果は上々でした。

 このときに、コンサルタントという外部の立場から携わるのと、なかに入って内部から関わることの違いを経験しましたし、自らやったことが成果につながる楽しさというものも感じました。

VAIOは「テクノロジ」と「デザイン」のかけ算ができるユニークな会社

――VAIOには、創業2年目となる2015年8月に社外取締役として参画していますね。これまでの社長に比べると、助走期間があったとも言えます。

山本 とはいえ「社外」取締役ですからね(笑)。ただ、いざとなれば、VAIOの「社内」に入って、どんな立場でもお手伝いをしたいということは、日本産業パートナーズに対してアピールはしていましたよ(笑)。しかし、日本産業パートナーズにとってみると、多くの出資先があり、同時に複数の会社を見てもらいたいという希望もあり、しばらくはそうした仕事をしていました。

 ただ、なかに入り込まないで複数の会社を見ていると、結果として、言うだけになってしまうという場面が増えることになってしまい、正直なところ限界を感じる部分もありました。VAIOに関しても、社外取締役として関与はしていたのですが、やはり言うだけという部分が多かったり、私が持っている「引き出し」から見ると、もっと成長させることができるだろうな、という気持ちは持っていましたね。

 2019年6月に執行役員副社長としてVAIOの社内に入ってから実感したのは、VAIOが好きである、あるいはVAIOを信頼している方々が、かなり多いということです。もちろん、一定数のファンがいることは理解していましたが、それが想定以上に多かった。なかに身をおいて、実務に携わることで、ヒシヒシと肌に感じた部分ですね。

――VAIOのPCはこれまで使ったことがあるのですか?

山本 ずっとVAIOユーザーではありませんでした。じつは、私よりも、先に妻がVAIOを使っていたんです(笑)。ただ、私はもともと理系ですから、コンピュータとのつきあいは長くて、学生時代はアルバイトをして、安く売っていたワークステーションを購入し、自宅に置き、朝、アルゴリズムを走らせてから、学校に行き、帰ってきたら様子を見たりといったことをしていましたよ。でも、当時のVAIOは高くてなかなか購入できなかったですね(笑)。

 富士通総研に勤務していたときには、富士通のPCでしたし、その後は、会社から支給されたThinkPadやMacBookなどを使っていました。VAIOに関わるようになってからは、当然、VAIOを使っていますよ。それがすごくうれしいんです(笑)。たぶん、VAIO社内のなかでは、最新モデルの購入が早い部類ですよ。今の私物のPCは、12.5型の「VAIO SX12」で一番最初の購入者だと思います。これまでいろいろなPCを使ってきましたから、さまざまな要望を出せる立場にいるのも、私の強みです(笑)。

VAIO SX12(勝色特別仕様モデル)

――VAIOの強みはなんでしょうか。また、課題はなんでしょうか。

山本 これは、社長に就任したときに社員に向けて言ったことでもあるのですが、VAIOは、「テクノロジ」と「デザイン」のかけ算ができるユニークな会社であり、それが強みだと言えます。そして、「イノベーション」という言葉をキーワードに掲げることができる会社だと思っています。これは企業が置かれる立場としてはすばらしいことです。

 しかし、イノベーションは、技術開発や技術革新がゴールではなく、社会実装することが重要であり、多くの人に使ってもらい、世のなかを変えることができなければ意味がありません。この社会実装をするときに、しっかりと利益を確保できなければ、継続的なイノベーションができません。VAIOは、まだ利益確保に課題があったり、ビジネスモデルの構築に課題があったりといったことを感じます。

 また、社会実装することに対して強い意識を持つことや、それを、スピード感を持って実行することにも弱さを感じます。つまり、スタートアップ企業が持つスピード感には劣り、それでいて、ソニーやパナソニックといった大手企業が持つ社会課題に対する危機感といったものが薄く、どちらでもない中途半端な意識であるところに課題があると思っています。

 とはいえ、VAIOは、どちらの能力も持っている企業です。社員数が少なく、社員全員が目の前の仕事に追われてしまい、目を向けられないのが、その力を発揮できない要因の1つです。もっと効率的な経営にしていかなくてはなりませんし、インフラも整備しなくてはならない。そして、スピード感や社会課題に対する社員の意識を高めなくてはならないと思っています。

 たとえば、1997年に、米Appleにスティーブ・ジョブズ氏が戻り、暫定CEOに就任したときのAppleと、いまのVAIOを比べると、もしかしたら、VAIOが置かれている今の状況のほうがいいかもしれません。つまり、VAIOは、Apple以上に成長できるポジションにいるとも言えます。VAIOは、それだけのポテンシャルを持った数少ない企業の1つだと思っています。

これまでどおり「快」を目指しつつVAIOのPC事業は大きく変化

――今、PC市場は好調ですが、中長期的に見ると、減速するとの見方があります。そのなかでVAIOはどんなPCを市場に投入していくことになりますか。

山本 オフィスワーカーが日々ふれているツールはいろいろとありますが、そのなかでもPCは、もっともふれている時間が長いツールだと思っています。椅子や机を同じぐらいの長時間、PCにふれているワーカーもいるかもしれませんね。しかも、なくてはならないツールとして、重要な役割を果たしています。

 この役割は、これからも変わらないと思っています。そのなかで、VAIOブランドのPCはどうなっていくのか。VAIOは、「快」という表現を用いて、良い体験をしながら、仕事ができるPCを提供することを目指しています。

 ただ、「快」の実現はさまざまなかたちがあります。PCを開けば、どんな場所でもネットワークにつながっているというのは、いま求められている「快」の1つです。また、キーボードの打鍵音が静かで、外出先でも音がうるさくないといったことも、今求められている「快」の1つです。

 単純に最新のCPUが搭載されているとか、できるだけ小型化、軽量化するというだけでは捉えられないものを実現しているのがVAIOの特徴だと言えます。

 ただ、5年前の「快」と、いまの「快」は異なりますし、これから5年後の「快」も違うものになると思っています。つねに「快」を追求し続けるというVAIOの姿勢はこれからも変わらず、そこに他社と差別化ができるポイントがあると思っています。

――PCにおいては、どの領域に力を注ぎますか。

山本 中心となるのは、プレミアムセグメントの強化になります。ただ、その一方で、ビジネスをどう広げていくか、ビジネスをどう加速させるのかというフェーズに入ってきましたから、もう少し別のかたちの議論も進めたいと思っています。

 たとえば、海外展開においては、高価格のプレミアムモデルだけでなく、800ドル程度のPCの品揃えも大切になってきます。そのときに、VAIOが目指す「快」を実現できるかどうか。コンセプトをきちっと設定し、VAIOらしいものが提供できるのかどうか。そこにどんな技術を組み合わせることができるか。今、それを議論しています。フェーズを変えて、新たな成長を目指すには、これまでとは違うものを出す必要がありますし、もっと多くの人に使ってもらえるものも用意したいと考えています。

 VAIOユーザーの地域分布を見ると、首都圏のユーザーが多い。日本全体のユーザーに使ってもらえる製品はどんなものかということもその1つです。また、グローバル戦略のなかでは、新興国ではどんな製品が求められているのかということも考えなくてはなりません。

 VAIOが目指しているPCは「快」であることには変わりがありません。

 VAIOの場合には、技術が優れているとか、あるいは価格が安いというだけでなく、「VAIOらしい」というコンセプトをどう盛り込めるかが一番大切なことです。

 技術とデザインがあり、「快」が生み出され、それが新たなものであればイノベーションになる。これが成立するかたちにしなくてはなりません。そのためのストーリーをしっかりと作らなくてはなりませんし、そのストーリーは、社員やパートナーが一緒にやりたいと思ってもらえるものでなくてはなりません。

 経営の観点から数値目標を達成することだけを目指すのではいけません。ストーリーを大切にして、そのストーリーを実現するための目標を達成して、次の戦いのためのステージに上がることができる「入場券」を手に入れたいですね。

――確認ですが、PCに関しては、事業フェーズが変わってくるということですか。

山本 そうなります。これまで以上に成長を強く意識したフェーズへと入ります。これは私のこれまでの経験が生かせるフェーズだと思っています。ここでも私が持つ「引き出し」を使っていきます。

――PC事業の舵取りでは、どんなことに注意していきますか。

山本 先ほどふれたように、成長フェーズとはいえ、数値だけを追うことはしません。ストーリーを大切にし、VAIOの価値を届けることができる人たちを、これまで以上に増やしたいと考えています。その結果がシェアの拡大につながります。

 一方で、新たな技術や製品に対する投資も考えていく必要があります。過去の歴史を振り返ると、Appleが投入した「ニュートン」はPDAとしては使えませんでしたが、その後、プロセッサが高性能化し、小型化し、メモリが安くなり、常時接続するネットワークが生まれ、低消費電力で高精細のディスプレイが登場した結果、iPhoneの成功につながったわけです。

 「機が熟す」というタイミングがあり、それを捉えなくてはなりません。技術の可能性やその動向をしっかり見ていないと、VAIOがVAIOでなくなってしまうことにもなりかねません。VAIOに体力があれば、「ニュートン」を作れますが、今はそれを作れません。なにが次のVAIOの布石になるのかといったことを捉えて、そこに投資をしていく必要があります。

 うなぎの職人は、うなぎの養殖がうまく行かなくては、いかにさばく技術や焼く技術を持っていても生かすことができません。まずは、いかに養殖を成功させるかが大切です。次のVAIOにとってなにが必要か、VAIOらしさを実現するためにはなにが大切か、ということを捉えなくてはなりません。

元NEC PC/レノボ社長の留目氏を起用し、EMS事業にイノベーションをもたらす

――一方で、EMS事業とソリューション事業の取り組みはどうなりますか。

山本 これらもフェーズが変わっていくことになります。私は、8月27日に社長に就任し、9月1日から新たな組織体制へと移行したのですが、ここではEMS事業本部とイノベーション本部の設置が重要な柱になります。

 従来、EMS事業を担当してきたニュービジネスの意味を持たせたNB事業部という名称で、ロボットをはじめとする最先端領域の取り組みを重視してきましたが、新設したEMS事業本部では、製造技術として最先端であることを生かしたり、安曇野や日本でつくることによるコスト競争力を生かしたりといったことを、もっと前面に打ち出したいと考えています。

 製造業におけるモノづくりは、生産コストが低いところを目指し、中国から東南アジア、そして、アフリカへと向かっていますが、こうしたジプシーのようなサイクルはどこかで断ち切られると思っています。安曇野での生産は、ソニーが1960年代からスタートしており、安曇野ならではのモノづくりがそれを支え、今まで継続してきました。そして、品質が高く、流通面でもメリットがある日本生産だからこそ、コスト競争力が発揮できるという側面もあります。

 こうした強みを生かしたモノづくりをしっかりと成長させたいというのが、新たなフェーズにおける基本姿勢です。PC事業で得た利益をミルクを補給するように、EMS事業に投下するのではなく、EMS事業が「モノづくり」の組織として、独り立ちすることを目指します。従来路線をさらに加速し、営業体制も強化し、VAIOに委託する企業からも、「安曇野で作ってほしいから頼みたいんだ」と言われるような状況を作りたいですね。

――これはロボット以外の領域にも広げるということですか。

山本 これまでは「何でもできてしまう」というモノづくりの強さもあって(笑)、最先端領域において、次々と受託をしていたところもありました。今後、これを絞り込むべきなのか、拡大すべきなのかは、今検討しているところです。

 ただ、まだ何倍にでも生産規模は拡大できる余力はありますし、安曇野の生産拠点にもまだ拡張できるスペースはあります。それで足りなければ協力工場にお願いするといったこともできるでしょう。また、モノづくりのプロとして、コンサルティングのような立場で支援することもできます。この分野の事業は、積極的に成長させていきたいですね。

――イノベーション本部ではどんなことに取り組みますか。

山本 イノベーション本部のなかには、ロボット&ビジネスグループとドローンビジネスグループ、先端デバイス&ソリューショングループを設置しています。組織名称に、なにをやるのかということを明確に盛り込みました。

 これまでは、パートナーの新たなビジネスを実現するための支援を行なうことが中心でしたが、VAIOがより主体的になり、イノベーションを起こしていくことになります。ここは、より大きなフェーズチェンジ行なう領域だと言えます。

 ロボットについても、すでにコミュニケーションロボットを作るための「ロボット汎用プラットフォーム」がありますが、これを利用したり、提案するだけにとどまらず、VAIOが主体となってロボットビジネスを進め、VAIOブランドをつけたロボットの投入や、協業した上で、新たな領域でビジネスを展開するといったことも視野に入れます。これまでの「受託」という枠を破り、VAIO自らがイノベーションを起こしていきます。

 8月1日づけで、NECパーソナルコンピュータおよびレノボ・ジャパンの社長を務めた留目真伸を、Chief Innovation Officer(CINO)として迎えました(VAIO、新規事業強化で前レノボ/NEC PC社長の留目氏を招聘参照)。イノベーション本部長には私が兼務で就任しますが、留目がCINOとして、イノベーション本部と緊密に連携しながら、VAIOにおけるイノベーションを牽引していくことになります。

――一方で、先端デバイス&ソリューショングループはなにをやる組織ですか。

山本 これはインキュベーションを担う組織になります。本当は、VAIOイノベーションセンターが作れればいいのですが、そこまでの人数がいないので(笑)、今はこの名称にしています。高くアンテナを張って、多くの方々から相談をいただけるような活動をしたいですね。ここでは、VAIOがより主体的に入って事業をしたほうがいいというものを積極的にやっていきたいですね。

VAIOが目指すべき“次世代ITブランド”

――山本社長体制で目指すVAIOの姿とはどんなものになりますか。

山本 VAIOは、つねにイノベーション企業でありたいと考えています。VAIOは、PCブランドから、「次世代ITブランド」になることを掲げましたが、「次世代ITブランド」といったときにも、日立製作所やNECが追求する「次世代ITブランド」と、GoogleやYahoo!、Amazonが目指す「次世代ITブランド」とは異なります。

 そして、VAIOが目指す「次世代ITブランド」もそれらとは異なります。VAIOが目指す「次世代ITブランド」は、テクノロジで優れ、デザインでも優れ、ユーザーエクスペリエンスも洗練されたものであり、「ここが粋だよね」と言われるようなものが次々と生み出すことだと思っています。

――VAIOには、そうしたイメージはすでにあるように感じますが。

山本 そう感じていただけるのはありがたいですね。ただ、私は、もっとできると思っています。それを社員全員でやっていきたいですね。社員が、「今日もいいことを考えちゃったなぁ」と思って仕事をしてくれて(笑)、明日も楽しみに会社に来るといったことが繰り返され、つねになにかが生まれているという企業風土を作りたい。

 今は、多くの熱烈なファンの方々に囲まれおり、温かく見守っていただいている恵まれた環境にあります。こうしたファンを裏切ってはいけない。リーダーや社員がもっと多くの人と接することができるようにして、現場の声を、VAIOの「次世代ITブランド」づくりに反映するスタイルも作っていきたいと思っています。

山本知弘社長の略歴

1972年12月28日生まれ、早稲田大学大学院理工学研究科物理学及応用物理学専攻。工学修士号を取得。1998年4月に三菱総合研究所に入社。1999年4月に富士通総研に入社し、アルゴリズムを用いた最適化、ナレッジ発見・統合の研究開発および企業などへの実装に従事した。2004年5月にボストンコンサルティンググループ、2010年10月にアビームM&Aコンサルティング(現・PwCアドバイザリー)、2012年1月にベイン・アンド・カンパニーに、それぞれ入社。おもにハイテク、通信、消費財・サービス分野で、事業戦略の策定や実行、M&A、組織改革、新規事業、R&D強化などのプロジェクトを数多く手掛けた。2013年4月に日本産業パートナーズに入社し、同社の投資先企業であるITXやナルミヤインターナショナルなどで、取締役をはじめとして経営陣として参画。同じ日本産業パートナーズのVAIOに関しては、2015年8月に社外取締役として参画し、2019年6月に執行役員副社長を経て、2019年8月に代表取締役社長に就任した。