山田祥平のRe:config.sys

HPがwebOSで示すデバイスシナジーという考え方




 米Hewlett-Packard、パーソナル・システムズ・グループが中国・上海においてアジア・パシフィック/日本地域のプレス向けイベントを開催、各種新製品を発表すると同時に、今後の同社のPC関連事業についての概略を公開した。特に興味深かったのは同社のモバイル機器向けOSであるwebOSの今後だ。ここでは、その方向性について考えてみることにしよう。

●デバイスが別のものとして稼働しているのが最大の問題点

 iOSが大きなシェアを持ち、それをAndroid OSが追い上げ、さらには、Windows Phone 7と、まさに激戦区で、各社が競り合っているのがスマートフォンやタブレット向けのOSだ。もう、勝負はほぼ決まり、あとは絶妙なバランスを維持する安定期を待つばかりであるかのように見えるが、どうやらHPはそうは考えていないようだ。

 HPパーソナル・システムズ・グループのアプリケーション&サーバー担当上級副社長スティーブン・マッカーサー氏は現在の状況を顧み、モバイル機器を1台しか持っていない人は少ないと指摘する。こうした状況下で、Webコンテンツが爆発的に人々の生活の中に浸透しているのだから、それらに、より多くの異なるデバイスからアクセスできるようにすることが重要だとする。同氏は、かつて誰もデバイスを束ねたファミリーを通して考えられた全体のソリューションを作った人はいないとし、これからは、デジタルユニバースに対して、どのようなデバイスからでもシームレスに接続するようにすることが求められるだろうという。それぞれのデバイスが別のものとして稼働していることが現代のモバイルドミナンスにおける最大の問題点であり、ユーザーを中心に、複数のデバイスが周辺にあることを認識すべきだというのだ。

 webOSデバイスの意図は、人々の考え方、つながりかた、感じ方を変えることにある。それを支える概念が「シナジー」だ。この概念の特徴は、クラウド上の情報をさまざまなアプリで扱う際に、各デバイスが統合された形で簡単に参照できる点にある。これは、webOS搭載のデバイスのみならず、Windows PC上でも同様だ。今回はデモンストレーションされることはなかったが、webOS上のアプリは、Windowsでも実行できる。そういう意味ではwebOSはWindowsの競合ではなく、拡張だ。

 webOSにおいて、このシナジーの概念は、あらゆるところに散見される。単純な事例では予定表で、Googleカレンダー、Exchangeカレンダーなどに分散した予定が、1つのカレンダーに統合されて表示されるようなことも、彼らはシナジーであるとする。クラウドにある複数のソースを同期して、1つの見え方で提示するからだ。

 また、携帯電話を持って自宅に戻り、タッチストーンと呼ばれる無接点の置き台に携帯電話を置くと、充電が始まると同時に携帯電話はエキシビションモードに入り、デジタルフォトフレームとして稼働し始める。それと同時に、そのあたりに転がしてあったタッチパッドと互いに通信し、携帯電話でやっていたことの続きが、そのままタッチパッドでできる。これも、webOSがシームレスにデバイスをつないでいるからこその体験だ。

●アプリをカードにした独自UI

 ここで、簡単にwebOSのユーザーエクスペリエンス(UX)を紹介しておこう。webOSでは、ワークプレースと呼ばれる基本画面が用意され、画面下部のランチャーからアプリのアイコンを選んで起動する。起動したアプリはカードと呼ばれ、ワークプレース上に並ぶ。その状態でカードをタップすればカードは最大化し、そのアプリでの作業ができる。

 デバイスには物理的なセンターボタンが用意され、それを押すとワークスペースに戻り、最大化状態のアプリはカードに並ぶ。複数のアプリを起動している場合は、カードがワークプレース上に横方向に並び、スワイプの操作でアクティブにしたいカードを選べる。

 アプリを使い終わり、それが必要なくなった場合には、カードを上方にスワイプオフすれば終了する。また、カードはスタックすることで関連付けることができる。例えば、備忘録に「ホテルの予約」があるとすれば、ホテルの予約サイトのページを開いたブラウザのカードを、そこにスタックしておけるのだ。

 ジャストタイプと呼ばれる入力メソッドもおもしろい。これは、思いついた文言をキーボードからタイプしてから、それをどこに入力するかを決めるというものだ。「上海空港なう」とタイプしてつぶやき、そして、それをTwitterクライアントに送るといった使い方をする。

 シナジーを実感できるUXとしては、携帯電話をタッチパッドにかざすと、携帯電話に表示されたウェブページが、タッチパッドに表示されるというものもある。こちらは、タッチ・ツゥ・シェアと呼ばれている。

●今、想像できないことが、必ず10年後に当たり前になっている

 同社CTOのフィル・マッキンニー氏は、デバイスをクラウドにつなぐかつながないかではなく、常につながっていることが求められる時代において、これから先10年を考えれば、今ではとても想像できないことが10年後には当たり前になっているとする。ソーシャルダイナミクスが世界をフラットにし、誰もがビジュアルコミュニケーションを当たり前のように使うようになる。そして、そのときには、今の電子メールを使うユーザーは激減し、その重要性も低くなるというのだ。10年後に、テレビ電話が当たり前のようになるかどうかは、ちょっと疑問もあるが、電子メールの存在感の希薄化は、すでに兆しが見え始めている。

 さらに同氏はwebOSをビジネスプラットフォームにも対応させていく方針を示した。エンタープライズが求める要件を満たすように仕様を整え、webOSをビジネスフレンドリーなものに成長させると同時に、コンシューマニーズに対しても、そのエクスペリエンスをさらに向上させていくとした。

 すでに書いたように、webOSは、Windowsの競合ではなく拡張だ。具体的にはWindows OS上の1つのレイヤーのように拡張され、同じアプリを動かせる。周辺機器も利用できるようになるそうだ。

 同氏は、ペアレンタルコントロールなどの問題にも言及し、webOSにもマルチユーザーの概念を取り入れることが重要なテーマであるという。子どもがゲームのために購入するアイテムを親のクレジットカード情報が関連付けられたタブレットで決済されてはたまらない。でも、そういうことが起こるのは目に見えている。それに、夫婦間でも、互いのプライバシーを守るために、メールなどはユーザー相互で隔離すべきだろう。このことは、このコラムでも繰り返し訴求しているポイントだ。

●日本での取り組みにも期待

 今、Windowsではアプリケーションが枯渇状態にある。期待されていたガジェットも、Vistaの失敗で、失速状態が続いている。Officeなどの定番アプリは安定期に入っているが、便利で楽しいいわゆるガジェット類は、モバイル機器の方が圧倒的に豊富だ。特に写真加工ソフトなどは、モバイル機器の方が使いやすく、種類も豊富にある。それに、特定のWebページから必要な情報を取り出す、いわゆる専ブラもモバイル機器アプリの独擅場に近い。

 今日の天気を調べるために、PCのブラウザで天気予報サイトを見るよりも、スマートフォンを手にとってアプリを起動する方が手っ取り早いし、情報も見やすかったりする。大きなPCの画面を目の前にして、どうして、こんな小さなデバイスでアプリを使っているのかと、自分で情けなくなることもあるのだが、実際にそうなのだから仕方がない。個人的には、iPhoneやスマートフォンで常用しているアプリが、PCでも同じように使えたらどんなにいいかと思う。でも、webOSならそれができるようになるのだ。そして、シナジーによって、デバイス相互の連携もシームレスに行なえる。これなら、適材適所で、そのときもっとも使いやすいデバイスを選ぶことができる。

 もし、webOSに勝ち目があるとしたら、きっとこの部分だろう。唯一のデバイスに閉じるのではなく、PCを含む、さまざまなデバイスを統合していくことを前提に考えられているからだ。そして、それは、企業においても選択の重要な理由となるだろう。

 HPのビジネスにおける重要なフィールドにおいて積極的な展開ができれば将来は暗くない。そして、そのテクノロジーがコンシューマに降りてくることで、さらに豊かなユーザー体験がもたらされるだろう。

 日本においては、webOS搭載機器関連の施策はまだ不透明で、何も決まっていないという。同社の方針として、グローバルな機器しか作らないという点が、日本でのビジネスを難しくする要素はあるが、ここはひとつ、積極的な取り組みの姿勢を見せてほしいものだ。今回のイベントでは、デバイスそのものには、さわらせてももらえなかったwebOSだが、デモンストレーションを見る限り、そこに秘められたポテンシャルは高いし、可能性も感じられる。スマートデバイスの台頭、SIMロックフリーの流れなど、追い風もある。HPにはPCと同様に、規模の論理で、巨人の力を見せつけてほしい。Googleとは一線を画したハードウェアベンダーとしてのやり方もあるはずだ。