山田祥平のRe:config.sys

デジタルツインなイベントホール

 インターネットは何でも運べる。モノもコトもだ。最近、破竹の勢いで、さまざまな領域にチャレンジしているKDDIが、今度は不動産デベロッパ大手の森ビルと組み、デジタルテクノロジを駆使してリアルと融合する世界観を想像することを目指してデジタルツインホールを作った。その名も「TOKYO NODE DIGITAL TWIN HALL -RESPECT YOU, au」。東京・虎ノ門ヒルズの「TOKYO NODE HALL」にデジタルツインを常設し、その運用を開始するという。見出しだけはちょっと何のことだか分からない…。

異なる次元の空間共有

 KDDIの事業創造本部副本部長 Virtual Shibuya Exective Producerの中馬和彦氏は「インターネットは視聴から体験へ進化している」という。

 すでに検索をして閲覧するものにとどまらない何かに進化していることは間違いないが、それがリアルと融合した空間の体験になりつつある時代がすでに始まっているらしい。それがWeb3の世界であり、五感を刺激するリアル体験と空間のリミットが完全に解放されたデジタル体験を生成する。

 つまり、2つの異空間がつながって一緒に体験する喜びを生成する。リアルなのかデジタルなのかが分からないようなシームレスな体験ができるようになるようだ。

 森ビルとKDDIは、昨秋から新たな都市体験やコンテンツを創出するプロジェクトとして「TOKYO NODE LAB」を共創している。キヤノンや日本IBMなど20社近い企業が名を連ね、その情報発信のための拠点となっているのが虎ノ門ヒルズのTOKYO NODEだ。

 虎ノ門ヒルズのビル群の1つであるステーションタワーに位置し、キャパ300人規模のホール「TOKYO NODE HALL」を併設する。このホールが常設の「TOKYO NODE DIGITAL TWIN HALL -RESPECT YOU, au」として、3月28日から運用が開始された。

 コロナの流行、そして、その収束に伴い、アーティストと観客が同じ時間と空間で体験を共有する音楽ライブやファンミーティングなどの価値が再認識されているらしい。リアル空間にデジタルレイヤーを重ねた表現を実現するためにXRのテクノロジが駆使され、その表現のバリエーションは拡がる一方だ。

 今回、KDDIと森ビルが協業して進めるデジタルツインホールでは、デジタルとリアルの2つの空間の映像、音響、照明といった空間演出を同期させ、仮想的な空間を新たに作り出す。デジタルなのにリアル、リアルなのにデジタルな演出ができ、これまでにない新たな体験を実現できるという。

街も小屋もいっしょ

 このホールは味の素スタジアムのようなネーミングライツでの銘々ではない。実際にラボで開発されたテクノロジがホールに実装されて機能する。その名称も、KDDIが関与していることをミニマムでしか指し示さない。

 多目的なイベントホールというと、イメージするのは、汎用的な空間があって、そこで開催されるイベントごとにPA用スピーカーの塔が設置されたりプロジェクションマッピングが投影できるように巨大なスクリーンが設置されたり、コンピュータ制御されたグラフィックス照明を映し出すような仕組みなどだ。そして、イベント体験は、その進化を続けている。

 だが、ベースとなるのはあくまでも汎用的な空間だ。ところが、「TOKYO NODE HALL」はそうじゃない。デジタルツインが新しい当たり前として取り入れられた空間だ。それによって、デジタルな演出を組み込むのに、汎用的な空間をスクラッチから、意図した空間に組み上げるのに比べ、コスト的にも納期的にも著しい圧縮が可能になるという。それができる常設型のデジタルツインホールなのだ。汎用とは真反対の位置にある。

 ある意味で、このホールそのものがデジタル空間を閲覧するためのブラウザだし、インターネット側からは、さまざまなデバイスを使ってリアル空間を目の前に引き寄せることができる。

 ちなみにKDDIは今、2025年を目途にJR東日本が推進する「TAKANAWA GATEWAY CITY」の複合棟ⅠNorthへ本社を移転するべく準備を進めている。

 そのコンセプトとされているのがConnectable Cityであり、街を運用するためのCity OSを稼働させるのだそうだ。彼らが考えているのはビルをビルディングOSで動かすといったスマートビル高層を超える基盤だ。

 以前、ソフトバンクと日建設計が、自律的に進化し続けるスマートビルの構築に向けて協業する「SynapSpark株式会社」を設立したとき、ソフトバンクの宮川潤一氏(同社代表取締役社長執行役員兼CEO)は、2020年に竣工した同本社ビル東京ポートシティ竹芝が、当時としては最先端だとされたもののやりきれなかったことがたくさんあったことを振り返っている。

 竣工時に最大価値となるビルは、竣工の瞬間から価値が下がる一方であるのに対して、成長するビルとしてのスマートビルは、経年変化でビルの価値が上がっていくという話を聞いた。

イベントビジネスモデルの再構成

 インターネットはモノやコトを運ぶ。運ぶために、モノやコトをデジタル化する必要がある。デジタルツイン仕様のホールも、ビルOSが自律制御する建物も、それらを支える背景としての建て付けは同じだと考えていい。そこにあるのはモノやコトに収束しない、新しい発想だ。

 そうは言っても今回のホール、ステージ奥のスクリーンを上げればビルの46Fからの眺望で皇居や国会議事堂を見下ろすことができるても、300席の座席は固定で、座席を格納したり、移動させて取り払い立ち席平地にしたりする機能はない。いろんな意味で普通のホールだ。収容人数もかなり少ない。だが、そこにデジタルの力を加えることで、まったく新しい体験を提供できる。

 仮に1人2万円の料金をとれるコンテンツを作ることができたとしても、300人のキャパシティでは600万円にしかならない。だが、そのコンテンツを配信ビジネスに拡張することができれば、追加で数万人を確保できる可能性もある。

 コンサートの終了後も、楽曲やパフォーマンスを生成し続けるコンテンツだってありそうだ。そういう展開を視野に入れれば、永遠のビジネスとして成立するかもしれない。

 ホールも街も同じ。完成させてしまってはいけないのかもしれない。通信会社とコンサートホール、そして街。とにかく実際に取り組もうとする。そういうことができる企業しか生き残れない時代だということなのだろう。

 冒頭の写真はこけら落とし当日、午前中に開催された発表会の会場だ。ここまでデジタルツインを謳う最先端のホールでも、イベント開催時には、あいかわらず、PAや照明のための調卓がズラリと並ぶ。本当は、ここをなんとかしないと…。