山田祥平のRe:config.sys

AI理学療法士に診てもらえば適切で安上がり?

 NECと国立大学法人東京医科歯科大学が、スマートフォンやタブレットで撮影した映像や問診データをAIで解析、慢性の非特異的腰痛(慢性腰痛)のセルフケアを支援する技術を開発した。慢性腰痛を持つ人が、いつでもどこでも自分自身で手軽に腰の状態を確認し、推定される原因と推薦される改善運動を参照できるようになるという。朗報だ。デモンストレーションが公開されるというので、さっそく見学してきた。

普通のスマホカメラで普通に撮影

 今回のソリューションが開発された背景として、腰痛は日本における病気やけがなどによる自覚症状で男女ともに第1位となっていて、国民病とまで呼ばれていることがある。慢性化し、生活機能を著しく損なう健康問題はもちろん、それによって医療、介護給付費などの社会保障費の増大といった問題を引き起こすことが懸念されているという。そうなってからでは遅い。今のうちになんとかしなければなるまい。

 NECのライフスタイルサポート事業は、人々が意識せずに健康でいられるようにすることを目指している。そのためにも、自宅で自分自身でセルフケアできるようにする必要がある。だからこそ、同社は強みにしている認識系、分析系AIを使って、病気にならないためのヘルスケアを目指していくという。これまでにも、靴の中のインソールセンサーを使った歩行センシングなどに取り組んできた。

 日本の医療は病気になってからは手厚くても、病気にならないような防止については冷たい。だからみんなどんどん病気になっていく。これはまずいし、そんなことで医療費が浪費される未来があっていいはずがない。そこで、NECの2D/3D骨格推定技術や仮説推論技術などの先端AIと東京医科歯科大が持つ医学的知見をもとに開発されたのが、今回の取り組みだ。

 具体的には、まず、スマホやタブレットの内蔵カメラの前で前屈、後屈、回旋など、指示通りの動きをしてそれを撮影する。撮影はセルフィーでもいいし、家族や友人に撮ってもらってもかまわない。

 この時に使われるのが2D/3D骨格推定技術だ。これまでは、カメラそのものセッティングがポイントになり、撮影によっては誤った結果が出ることもあった。たとえば、人を上方から撮影すると足が短く写るなどして、骨格が本来とは違って歪んで推定されたりする。そこで、AIが撮影後の画像からカメラと人の距離、方向を抽出して骨格を自動補正し、スマホでの撮影でも高精度に推定できるようにするという。

 スマホに内蔵しているジャイロセンサーなどを駆使するわけでもなんでもない。ごく普通の素人写真から正しい骨格を自動補正して推定する。いわば、カメラが補正済み映像を盛ってくれるわけだ。美顔補正などのスマホのカメラ機能はこうした技術も後押ししたといえる。すごいことだ。

医師と理学療法士のコミュニケーションを暗黙知から形式知に

 次の段階は、姿勢状態認識技術により、正しい姿勢状態を認識する。部位間の関係性だけではそれは困難だからだ。部位と背中の形状の関係性から抽出した特徴を加味する独自技術によって正しい姿勢の状態を高精度に認識させる。これによって理学療法士相当の診断認識率86.7%を達成しているとのことだ。

 整形外科医の診察を受け、医師の指示に従って、技師がレントゲン、MRIやCT、エコーなどの医療機器による撮影を行ない、医師がその結果を読影して、理学療法士にオーダーを出してリハビリなどのプログラムがスタートする。患者は様子を見ながら、機会を見て医師の判断を仰ぐといったことを繰り返す。今回の技術を使えば、こうした、煩雑で、しかも、費用のかかるプロセスをかなり省略することができている。

 医師と理学療法士のコミュニケーションは、必ずしも円滑で密であるとは限らず、医師が指示して撮影したレントゲンやMRIの情報を理学療法士が見れなかったり、そんな撮影をしたことさえ知らされていなかったりといった対話の欠如により、最終的な治療ポリシーの食い違いなども出てくる。当然、治癒にも影響してくるだろう。

 今回発表された技術では、これらの測定や問診などで得られた情報を元に仮説推論技術によって何をどうすればいいのかを導き出す。そして、動画で必要なリハビリ運動などを指導したりする。

 実は、過去において、慢性腰痛に対する理学療法士の知見は暗黙知であり合理的な蓄積が為されていなかったという。今回の協業では、理学療法士の知見を形式知としてまとめ、独自技術によって部位ごとの状態や問診データから運動学的な原因を推定することができるようになった。理学療法士の知見が暗黙知であったのは、おそらく、こうしたコミュニケーション不足による人為的なものであった可能性が高いともいえる。

 今後、NECと東京医科歯科大学では2024年度中にNECカラダケア神楽坂店などにおいて技術の実証を行ない、有効性を検証する予定だ。将来的には、この技術の適用範囲を慢性腰痛から首や肩の不調などにも拡大していくという。

皮肉にも新たなビジネスチャンス爆誕

 医療保険や介護保険におけるリハビリテーションの見直しの動きもある。リハビリは保険対象外というのもトレンドになりそうだ。

 リハビリサービスは保険適用内、保険適用外の2択という悩ましい問題もある。年金や医療費、介護といった社会保障費は、増加する一方だ。本当は、だからこそ、病気にならないようにするにはどうすればいいかを考えなければならない。

 その一方で、この社会状況は、保険適用外の自由診療によるリハビリ、つまり保険適用外リハビリサービスという新しい領域のビジネスチャンスを生む。NECも、今後、そうした領域のビジネスが拡大していくことを考慮して、この技術の開発発表に至ったようだ。

 システムの歪みが市場を拡げ、新たなビジネスチャンスが社会を潤わせるというのは、どうにも皮肉な印象を受けるが、今のところはそういうことらしい。

 この発表のデモンストレーションの案内を受け取った時、これはすごいものが見れそうだと思った。レントゲンやMRI、CT、エコーなどの映像をAIが分析し、ベテランの医師と理学療法士の知見が融合した指導が生成され、それによって合理的で効果的なリハビリができるようになるのかとも思った。でも、実際に行ってみたらそうじゃなかった。

 よく考えたら、そんなことをするAIはたぶん、運用にものすごくカネがかかる。しかも、腰痛の原因が心的ストレスである可能性なども加味する必要がある。保険適用外では富裕層だって金額的に支払いが大変だし、保険適用では、社会保険全体に与えるインパクトが大きかったりもする。それで歩けなくなってしまうことを予防することができるとしても、それは歩けなくなってからのケアしかできないのが今の社会の仕組みだということだ。そういうことを考えると、今回の開発表明は、実に現実的なものだといえるかもしれない。