山田祥平のRe:config.sys
白昼の視覚
2021年7月31日 09:50
スマホ写真の定番縦横比は4:3。昔ながらのブラウン管TVと同じだ。でも、ワイドTVの普及や地デジ放送が開始されてからすでに20年。記憶にある最初のTV画面が16:9という赤ん坊も成人を迎えているはずだ。そろそろ16:9の縦横比が新しい当たり前を通り越して浸透してもよさそうなものだが。
写真の縦と横
世界初のカメラ付きケータイと言えばシャープの「J-SH04」で、2000年11月にJ-PHONE(現ソフトバンク)から発売され、そのやり取りのためのサービス名である「写メール」は、ケータイで写真をやり取りすることの代名詞ともなった。そして、今なお、「写メを撮る」といった言い方が馴染み深い言葉として使われている。
その次に流行った写真関連の言葉で印象に残っているものと言えば「インスタ映え」くらいだろうか。「インスタ映え」はそろそろ死語かもしれないが、「写メ」はずっとインパクトが強く、寿命も長いキーワードだ。そして、その「写メ」の縦横比は4:3、そして「インスタ映え」は1:1だというのが興味深い。
2010年頃から、いわゆるSNSが浸透していく中で、そのプラットフォームは誰もが写真を公開できる格好の場となった。ちょうど3Gから4Gへの移行、そして、ガラケーからスマホへの移行期でもある。
日本におけるTwitterのサービスインが2009年、FacebookやInstagramもそれを追う。日本では2011年の東日本大震災のタイミングも、いろんな意味でぼくらが目にするビジュアルに大きな影響を与えている。
ガラケーでの写真撮影は、ほぼほぼ縦位置で撮られていたように思う。ハンドセット端末の形態を考えればその方が撮りやすい。だから横長の4:3縦横比は、実際には縦長の3:4と考えた方が合理的だ。
ところがスマホへの移行が進む中で、スマホを横に構えて横位置で写真が撮られるようになっていく。ガラケー時代もそうやって横位置写真を撮っていたユーザーは少なくなかったのかもしれない。
本当はスマホだってガラケーと同様にボディを縦に構えた方が撮りやすいのにだ。写真は横位置の方が好ましいという意識がよほど強かったのだろう。
SNSが浸透していく中で、撮影するのはほとんどの場合スマホなのだから、これからは写真は縦位置で撮られることが増えていくのだろうと個人的には考えていた。ところが、その予想は完全に外れてしまった。
今、Twitterのタイムラインで見ることができる写真の多くは横位置で撮られたものだし、Facebookも同様だ。Instagramに至っては基本的に1:1だ。この基本原則から外れた写真は、首なし美人的な悲惨な状態で世間にさらされる可能性に、みんな薄々気が付いているからだと思われる。
タイムラインに表示される写真の表示時縦横比を決定するために自動的に再フレーミングするAIに実装されたアルゴリズムが完全とは言えず、さらに撮影者の意図をくむほど賢くないからだ。だから意図しない公開を回避するために冒険はしない、逆らわないのが賢い。
つまり、古きゆかしき4:3の横長写真を公開すれば裏切られることはまずない。1980年の富士フイルムのTVCMで流行語になった「美しい人はより美しく、そうでない方はそれなりに」のように世間に公開されるわけだ。投稿者の期待通りに写真が表示される(それなりに……)。
縦長写真表示をTwitterがサポート
個人的にはコロナ禍で外出する機会が少なくなり、TwitterやFacebookをスマホで眺めることが少なくなってしまった。ほとんどのタイムラインは自宅のパソコンで読むわけだが、それで気が付かなかったのか、Twitterは、2021年5月からスマホアプリでのタイムライン表示において、縦位置写真の表示をサポートするようになっている。写真が1枚のときに限ってだが、縦に構えてみることが多いスマホで大きく写真が表示されるようになった。
no bird too tall, no crop too short
— Twitter (@Twitter)May 5, 2021
introducing bigger and better images on iOS and Android, now available to everyonepic.twitter.com/2buHfhfRAx
Twitterでは、TOKYO 2020期間中にTwitterの機能を効果的に活用する方法として、メディア向けのブリーフィングでおすすめの場面を挙げ、縦長の特性を活かした場面、試合の見せ場や勘定に訴えかけるシーンなど、印象を強くしたい被写体といった画像に縦長画像の利用を提案している。縦長の写真の方がスマホ画面の占有率が高くなり、結果としてのインプレッションの数が高くなることが期待できるのだそうだ。
同時に4Kの写真も投稿できるようになっていて、それぞれ、スマホアプリの設定で「高画質画像」の読み込み、アップロードを指定しておくことでできるようになっている。
そう言えばそんな話があったなと、改めて手元のスマホでタイムラインを眺めてみるのだが、縦長の写真が思ったほど多くは見当たらない。Instagramとの同時投稿で1:1の写真を同時にアップロードしているらしきものも少なからず見かける。
タイムラインの写真は横長のものが好ましいという強迫観念に近いものをエンドユーザーに植え付けてしまった点で、自動トリミング担当のAIの罪は深い。
SNSプラットフォームが左右する視覚の当たり前
写真を撮るという行為が目の前の空間をデジタルキャプチャするという行為になって久しいが、結局のところ人間のまなざしを刺激するのは、その最終形態であるメディアなのだろう。デジタルイメージがそのまま配信されるようになったとしても、それは同様だったことが分かる。
ちょうど写真フィルムがライカ版の縦横比である3:2を頑なに守ったとしても、それを最終的に見る人間の眼に触れるのは四つ切りや六つ切、キャビネやサービス版とといった印画紙サイズ、あるいはエディトリアルデザイナーが美麗にレイアウトするためにトリミングした変則矩形だ。
でも、スマホを横に構えて撮るのが当たり前という常識は、SNSの縦位置対応によって、少しずつ変わっていくのではないか。そして、以前なら横位置で撮ろうとしてシャッターチャンスを逃していたであろう光景が目に触れる機会も増えていくのではないかと妄想もしている。
スマホ写真と言えば、かつてなかった自撮りという文化も生んだ。自撮りは縦長写真を活かせる古典的ではあるものの本領発揮的表現手段だ。そもそも「ポートレート」はのちに絵画の用語で縦長を意味するようになったが、本来の意味は肖像画、肖像写真を意味していたくらいだ。
SNSのタイムラインに流れる写真が、これでまた少しずつ変わっていき、人々のまなざしにおける視覚の当たり前を変える。SNSがこれほど大きなうねりになって人間の視覚に影響を与えていくということだ。
個人的には横位置では16:9が好きで、カメラもスマホも設定ができるものはその縦横比を設定しているが、さすがにその縦位置は細長いと感じる。でも、SNSが表示をサポートすれば、段々自然に感じるようになるのかもしれない。ちょうどTVが4:3を16:9に置き換えたのと同じだ。
もはや人間の視覚を規定するのは、紙やデバイスといった物理的なメディアではなく、プラットフォームであるということを念頭に置かなければなるまい。