山田祥平のRe:config.sys

トレンドは変わらない、だからこそ変える

 法人向けのモバイルノートPCのトレンドにちょっとした変化が起こりつつある。その先鞭を告げたとも言えるのが「HP Elite Dragonfly」だ。PCの世界における巨人が満を持して投入しようとしているこのPCは、これまでのPCといったい何が違うのだろう。

道具を超え、仕事のパートナーへ

 ここ数年、モバイルノートPCの薄軽化がその体裁にちょっとした画一化をもたらしてきたように感じている。13.3型クラムシェルノートというフォームファクタは、2in1のトレンドのなかでもしぶとく生き残ってきたわけだが、薄軽化を追求するために筐体の素材や質感などでの差別化が難しく、いわゆる所有感を感じさせるようなフォームファクタの訴求の次元で、何かが犠牲になっているのではないか。

 HPは法人向けモバイルノートPCのブランドとしてEliteBookを擁してきた。ただ、その見かけはスタイリッシュであるとはいえ、質実剛健のイメージが強い。まさに、仕事の道具として使える信頼感をかたちにしたような筐体だ。この筐体を道具ではなく相棒と呼ぶのはちょっと抵抗があったというのが正直なところだ。仕事の道具なのだから当たり前だといわれればそうなのだが、世のなかは確実にそうではない方向にも動いている。

 いまから12年前、HPがまだHewlett-Packard(HP)と呼ばれていたころ、同社が打ち出していたのは「The Computer is personal again」 というスローガンだった。そのスローガンにしたがってコンピュータを「Reinventing」、すなわち再発明しようという働きかけだった。

 そのためにモバイル体験を再構築し、同社は製品のデザインをゼロからやり直しはじめた。そして、その最終形が、これまでのEliteBookだったと言える。当時から現在にいたるまで、HP PCのデザインを統括している同社ステーシー・ウルフ氏の12年前のインタビューを読み返してみると、いま彼の話を訊いてみたときと、まるで感覚はぶれていない(コンピュータのパーソナル回帰に取り組むHPの本気参照)。

 そのEliteBookを相棒と呼ぶのに抵抗があった、と書いた。あった、と過去形なのは、昨秋に発表され年末にかけて製品の出荷がはじまった最新のHP Elite DragonflyはHPという巨人が、法人向けPCというさまざまな制約があるなかで、それらをないがしろにすることなく、コンシューマ向けPCで培ったデザインセンスを取り込み、道具を昇華させた、まさに相棒としてのPCを仕上げている(HP、1kg切りのビジネス向け13.3型2in1。24時間駆動可、Wi-Fi 6/LTEも対応参照)。

PCトレンドの中長期的な視点

 これからしばらくの間、企業が求めるPCのトレンドは何かを考えてみよう。

 まず、大きな画面サイズや狭額縁化によるフットプリントの縮小などがある。それでいて、バッテリ性能は犠牲になってはならない。また、タッチ操作への対応や2in1トレンドにしたがったコンバーチビリティも重要だ。Dragonflyは過去のEliteBookがそうであったように、ディスプレイを折り返せるヨガスタイルを頑固に貫いている。

 技術的側面で言えば、USB Type-CによるThunderbolt 3などの高速インターフェイス、そして電源のUSB PD(Power Delivery)化、ビジネスニーズを満足させる高品位のステレオスピーカー、新世代インフラのためのWiFi6実装などが挙げられる。もちろん、LTEや5Gモデムなどの搭載も求められる。

 また、いまはまだ法人でのニーズは疑問視されているが、きちんとモダンスタンバイに対応していることも長期的には重要なポイントとなるだろう。

 HPは声高にアピールしてはこなかったが、旧EliteBookは、他社製品を含め、さまざまなPCのなかでももっとも安定し、高速に復帰ができるモダンスタンバイ機だった。どうしてそこを強調しないのかと不思議に思っていたのだが、おそらく企業にとってモダンスタンバイは時期尚早と考えた結果なのだろう。時期尚早でも実装し、しかもその品質に妥協しないというのがHPと言えばHPらしい。

 そして、これらすべての要素を満たしたPCは、ありそうでなく、見つけるのは難しかった。しかも、企業向けという仕事の道具としての信頼性の側面、さらに仕事の相棒としての所有感の側面を両立させた製品に仕立て上げようというのはなかなか難しい。

 過去において、ステーシー・ウルフ氏は、HPという企業のもとで、世界最小最軽量といったとがった製品を作ることは難しいともらしていた。それは製品を構成する各種パーツの安定した入手性からはじまり、企業のビジネスを止めてはならないという使命感にみなぎった彼らのしがらみのようなものなのだろう。

ビジネスを止めないのは当たり前の法人向けPC

 今回、暮れから新年にかけて3週間ほど、最新機種として登場したHP Elite Dragonflyの日本語仕様の製品を試用できた。

 Core i5-8265U搭載でメインメモリは8GB、256GBSSDのコンバーチブルモデルだ。先行してすでに発売が開始されているモデルはLTE非対応で、対応モデルは年明けの発売ということで、今回は、LTEなしのモデルを使った。

 重量は999gと、世界最軽量からはほど遠い。だが、以前のEliteBookがほぼ同仕様で1,250g程度だったので、実際には大幅ダイエットを果たしている。ただ、カタログページに大書されている999gは2セル38Wh搭載機の重量だ。4セル56Whでの場合は1.13kgとなる。そのときのバッテリ駆動時間が24.5時間で、2セルでは16.5時間となる。公式サイトの説明は、注釈があるとはいえ、ちょっと不親切に感じる。

 それはともかくCNC削り出しのマグネシウム筐体、これまでの銀パソのイメージを一新する「ドラゴンフライブルー」、そしてコンシューマ向けでは当たり前になりつつある画面比率約86%の狭額ベゼルなど、コンシューマPCに感じられていたある種のうらやましさを解消するさまざまな要素がビジネス品質を満たした上で採用されている。

 こうした仕様を積み重ねると900gを切るのはなかなか難しい。国産の最軽量各機種が、いかに熾烈な努力を積み重ねているのかがよくわかる。

 HPのような巨人までもがこうした製品作りに取り組みはじめたということは、世界のトレンドがそちらに動くということを意味する。なにしろ作る数が違う。そしてその数に対して安定した製品供給ができるだけのエコシステムを確保し続けることができるのが巨人の証だ。結果として、調達に必要なコストは下がり、新しい世代のビジネスPCのトレンドができあがる。他社の追随もそのエコシステムを支援する。

 HPが動いた以上、おそらくDellやLenovoといった世界の巨人たちも同じトレンドを追いかけることになるのだろう。いやすでに水面下で動いているはずだ。

 本当の実力は、第10世代のCoreを積み、LTEなどのWAN対応を果たしたモデルの登場を待たなければならないが、今回のHP Elite Dragonflyには、同社が本気でPCを変えようとしている強烈な意思を感じる。たぶん、2年くらいすれば、国際線の飛行機の各座席、空港のラウンジで使われているPCの様相は一変しているだろう。

 HP Elite Dragonflyの登場は、その兆しだと言って差し支えない。注目すべきは、その兆しが偶然起こったものではなく、HPの意思として明確に引き起こされたものであることだ。