山田祥平のRe:config.sys

「標準」と「事実上の標準」

 多少不便であったとしても広く使われているもの、すなわち「標準」の存在意義は大きい。だが、その「標準」にいつまでもこだわっていると世の中が進まなくなってしまうのも事実だ。しかも、「事実上の標準」は「標準」の斜め上にある。

HDMIがUSB Type-C対応

 HDMI Licensingが、USB Type-CからHDMI規格の映像と音声を出力する「HDMI Alternate Mode」の説明会を開催した。早い話が、片側がUSB Type-Cコネクタ、もう片側がHDMIのケーブルを用意し、そのケーブルを使ってHDMI信号を伝送しようというわけだ。

 USB Type-Cのオルトモードは、両端のデバイスがネゴシエーションし、USBとは別の規格の信号を伝送するための規格だ。HDMI Licensingは、この対応によって「アダプタなし、コンバータなし」を強調しているが、考えようによってはこのケーブルこそがアダプタだ。なにしろネゴは、ケーブルとホストの間で行なわれるというのだから。

 HDMIの何が便利かというと、音声と映像の両方を1本のケーブルで伝送できる点にある。しかも、ケーブルの両端に同じコネクタがついている。迷いようがない。もし、コネクタが表裏同じ形状のリバーシブルだったら完璧だ。だからこそ、あとから出てきたUSB Type-Cは両端が同じコネクタということにこだわっているし、しかもリバーシブルだ。説明会ではHDMIコネクタをリバーシブルにしてほしいという要望も会場から出ていたが、きっとそんなことは起らないにちがいない。

 両端が同じケーブルの先輩としてのHDMIが、あえて、片側USB Type-C、片側HDMIという変則的なケーブルを用意したのは、やはり、対応機器があまりにも多く普及しているからなのだろう。すでに60億近くのHDMI機器が出荷されていて、1,600社近くのベンダーが採用しているという。それらの機器が今まで通りHDMIを使って信号を受けるためには、そうせざるを得なかったということか。

 本当は、これからのHDMIはコネクタ形状を変更してUSB Type-Cでいくと決断する方法もあったはずだ。そして後方互換性のためにこうしたケーブルを用意するというわけだ。でも、そんはならなかったし、今後もするつもりはなさそうだ。きっとHDMI端子をリバーシブルにするくらいなら、USB Type-Cにしたほうがいい。でも、きっと、ライセンス料に影響するような大人の事情もあるのだろうし、今後発売される機器からHDMI端子がなくなると、それはそれで混乱するにちがいない。

両端のコネクタが同じことの分かりやすさ

 USB Type-Cは、まだ過渡期にあるが、スマートフォンは着々とUSB Type-Cへの移行が始まっている。Windows PCについては従来のUSB端子とまだ共存の時代で、USB Type-Cのみという思い切った仕様のものはほぼ見かけない。小さなスマートフォンには、複数の端子を装備するわけにもいかず、それこそMicro USBかUSB Type-Cの2択を迫られている。でも、この勢いで行けば、スマートフォンについている従来のMicro USBは全てUSB Type-Cに置き換わるだろう。

 USB Type-Cコネクタが両端についたケーブルが標準ケーブルだとしても、そのケーブルだけで用が足りる時代はまだまだやってこない。世の中にはUSB 2と3の平形コネクタを装着する端子がインフラ的にあふれているし、当面それがなくなることもなさそうだ。だから、片側がUSB Type-Cで、もう片側が従来のUSBのコネクタを持つケーブルは、この先、結構長い間出回り続けるだろう。

 飛行機の座席にまでUSB端子が装備されるようになってきている今、それをUSB Type-Cに交換するのは大変だ。かといって、未来永劫それにこだわり続けていたら、いつまでたっても世の中のインフラが変わらない。100均でUSB Type-Cケーブルを入手できるようになる日も遠のくばかりだ。

 USBケーブルは、その登場当初から両端のコネクタ形状が違うのが当たり前だった。スマートフォンが出てきてホスト側もメス形状のコネクタを装備するという時代がやってきたときに、ちょっとした混乱があったし、それを使ったOTG規格でもややこしいことになった。急速充電規格についてのややこしい話は当面なくなりそうにもない。

 両端のコネクタ形状が違うからこその運命的な経緯があるわけだ。受けにも送りにも同じコネクタが使える上にリバーシブルというUSB Type-Cの便宜性を考えれば、世の中の全てのコネクタがUSB Type-Cになって、仮に接続を間違えたとしてもネゴシエーションでトラブルを回避できるとなれば、どんなに便利かというのは想像に難くない。HDMIもDisplayPortも、外付けスピーカーも、メモリもポータブルディスクも、全部USB Type-Cならどんなにいいか。事実上の標準がそうなる日がやってくる将来を楽しみに待ちたい。

「標準」と「事実上の標準」の狭間で

 そんなタイミングで、話題のスマートフォンが3.5mmのステレオミニヘッドフォンジャックを廃止するという。AppleののiPhone 7/7 Plusだ。Lightning端子を使ってオーディオ出力をする。

 もっとも3.5mmのヘッドフォンプラグも、いろいろな拡張があってややこしい。そもそもステレオ標準プラグは6.3mmで高級アンプなどは今もこの口径のジャックを使っている。その他には、3.5mmのミニジャック以外に、2.5mmのマイクロ(ミニミニ)ジャックもある。

 最初は2極だったものが、ステレオ対応で3極となり、さらにリモコン対応で4極になったりしている。リモコン対応はAndroidスマートフォンとiPhoneで挙動が異なるような混乱も起こっているが、最近は、AndroidスマートフォンがiPhoneに合わせるような傾向もあるようだ。

 とりあえず、100均で買えるようなチープなイヤフォンから、10万円近いカスタムメイドのイヤフォンまで、3.5mmジャックを持ってさえいれば、とにかく世の中に数多く出回っているほとんどの機器で音楽は楽しめる。その標準の恩恵をAppleは捨てようとしている。しかも、Lightningという独自の規格に統一するという。

 Appleの肩を持つわけではないが、イヤフォンについてはいわゆるガラケーの平形端子の黒歴史もある。充電端子をイヤフォン端子として使うという点では、今回のiPhoneと同じ事を過去にやってしまった。それでも日本人のほとんど全員が持つデバイスがそうなのだから、それもまた事実上の標準になってしまった過去がある。

 世界中のスマートフォンのうち、ざっくり20%がiPhoneだとして、残りはAndroidだとしたら、世の中的にはこれからイヤフォンはUSB Type-Cを使うようになるのだろうか。事実上の標準だった4極リモコン対応ステレオミニジャックは、消えていく運命にあるのだろうか。

 たぶん、最初からLightning端子を持ったMFIロゴ付きイヤフォンが出てきて、ある程度の普及を見せるだろう。その一方で、今回Appleが提案しているように、Bluetoothを使ったワイヤレスヘッドセットが、これまでよりもさらに充実するだろう。イヤフォンのメーカーとしては、MFIロゴを取得してLightning端子を付けるよりも、MMCX対応を促進してワイヤレス化とLightningケーブルの両輪対応でビジネスができるようにした方がトクなんじゃないだろうか。

 MMCXはもともと米SHUREが独自に採用した着脱規格だが、今は、多くのベンダーが採用している。ソニーのイヤフォン製品などもMMCX規格で有名だが、ソニーではMMCXとは明言していないし、他社製品が繋がるとも言っていない。偶然使えるというだけだ。でも、これが事実上の標準、デファクト・スタンダードというものだ。

 Appleでもいいし、サードパーティでもいいから、とにかくLightning端子を持ってオーディオ出力できるMMCXケーブルを出すことは重要だ。このケーブルにはDACが内蔵されているにちがいないので、そこで差別化するビジネスも成立しそうだ。

 「標準」は策定して作ろうとして作るものではあるけれど、それにさからう「事実上の標準」もある。さて、世の中的にはこれからどうなるのか。そんなことを考えながらこの原稿を書いていたら、Appleから商品発送のメールが届いた。どうやら発売日に話題のスマートフォンを入手できそうだ。