【ARM TechCon 2011レポート】
高値でも売れる製品を開発し、維持するための秘訣

「ARM TechCon 2011」の会場であるSanta Clara Convention Center

会期:10月25~27日(現地時間)

会場:米国カリフォルニア州サンタクララ
   Santa Clara Convention Center



 半導体業界で講演の上手さで知られる人物の1人に、Walden C. Rhines(ウオールデン・ラインズ)氏がいる。半導体設計ツールの大手ベンダーである米Mentor Graphicsの会長兼最高経営責任者(CEO)を長年、務めてきており、半導体産業の変遷を長く見てきた人物でもある。Rhines氏の講演は、独特の歴史観とユーモアによって聴衆を飽きさせないことで知られている。

 そのWalden C. Rhines氏が、「ARM TechCon 2011」のキーノート(基調講演)セッションで「Measuring and Enhancing Product Differentiation(製品差異化の計測と強化)」とのタイトルで講演した。本レポートでは講演の概要をお届けする。

●コモディティ化と差異化
講演タイトルのスライド

 「差異化(Differentiation)」の反対語は一般に「コモディティ化(Commoditize)」と呼ばれる。Rhines氏は両者の意味を定義するところから、講演を始めた。

 「コモディティ化」とは、個々のブランドの違いが支配する市場を値下げ競争が支配する市場へと転換させることである。そして「差異化」とは、ある製品のほかの製品との違いを際立たせることにより、狙った市場における製品の魅力を高めること(高値でも売れるようにすること)である。Rhines氏は両者をこのように定義した。

 そして差異化を実現した製品の例としてまず、携帯電話機市場におけるスマートフォンを挙げた。エントリモデルの携帯電話機が15ドル、これに対してiPhone 4の32GBモデルは749ドルで販売されている。

 続いてiPhoneを開発したAppleの歴史を、業績(粗利益率)とPC市場シェアの変遷で紹介した。多くの方がご存じのようにコンピュータメーカーとして出発したAppleは、1980年代にはPC市場で10~20%のシェアを有し、50%前後の高い粗利益率を得ていた。しかし1990年代に入るとPC市場がコモディティ化し、シェアを維持するために値下げ競争を余儀なくされる。粗利益率は急降下し、2001年には粗利益がマイナス、すなわち赤字で製品を販売する状態にまで陥る。

 AppleがPC市場に見切りを付けてビジネスモデルの転換を図り、携帯型オーディオプレーヤの「iPod」を発売したのが2001年である。ダウンロード販売との相乗効果で「iPod」は大ヒットし、粗利益率は急回復する。2007年に「iPhone」を投入することで粗利益率は2010年に40%近くにまで上昇した。一方でPC市場におけるAppleのシェアは5%に満たない。

 製品の差異化という観点からは「ユーザーが製品のサプライヤーを選択する余地」が狭くなればなるほど、差異化の程度は大きくなり、高値でも製品が売れ、サプライヤーの業績(粗利益率)が良くなる、という構図が見える。

「コモディティ化(Commoditize)」と「差異化(Differentiation)」の定義差異化製品の例。iPhone 4(スマートフォン)と携帯電話機のエントリモデルAppleの業績(粗利益率)とPC市場におけるシェアの推移

●粗利益率が差異化の程度を示す

 言い換えると粗利益率(GPM%:Gross Profit Margin %)が、製品の差異化の度合いとサプライヤー変更の困難度を示す数値指標になる、とRhines氏は主張した。PCやスマートフォンなどのハードウェアを販売する企業(サプライヤー)に対しては、この考え方はかなり良く当てはまる。ただし、ソフトウェアを販売する企業には良い指標とはならない。コストの計算方法にあいまいさが残るからである。

 Rhines氏は、代表的なPCベンダーの粗利益率の推移をAppleのグラフに重ねて見せた。PC市場は、現在ではあまり差異化されていないことが分かる。1980年代に40%あった粗利益率が、1990年代に20%に低下し、2000年以降は10%~20%の低い粗利益率にとどまっている。

粗利益率(GPM%:Gross Profit Margin %)の定義代表的なPCベンダーの粗利益率の推移

 それではスマートフォン市場は今後、コモディティ化するのだろうか。iPhoneとAndroidスマートフォンの競争が、Mac PCとWindows PCの競争と似た経緯をたどるとすれば、市場はコモディティ化する。すなわち値下げ競争に陥り、スマートフォンベンダー各社の粗利益率は低下する。

スマートフォン市場の競争は、かつてのPC市場における競争に似てきた1990年代におけるPCベンダーの粗利益率推移と、2000年代における携帯電話機ベンダーの粗利益率推移

 ここでRhines氏は、「差異の維持」に話題を転じた。差異化に成功した製品が差異化された状態を維持するには、製品開発企業がインフラストラクチャを構築する必要がある。iPodやiPhone、iPadなどの製品だと、iTuneやApple Storesなどがインフラストラクチャに相当する。

 そしてサードパーティ企業が、インフラストラクチャを支えるエコシステムを構築してくれることが重要である。エコシステムを構成するのはアプリケーションやアクセサリなどである。iPodやiPhone、iPadなどで動くアプリケーションが開発され、家庭用オーディオ機器や車載用オーディオ機器などと接続するコネクタが開発され、さまざまなアクセサリが開発されることが、差異の維持につながる。

製品(Product)とインフラストラクチャをAppleが構築した製品(Product)とインフラストラクチャ、エコシステムIntelのx86マイクロプロセッサにおける差異化の構図

●コモディティ化した製品の「脱コモディティ化」
コモディティ化した製品の「脱コモディティ化」は可能か

 それでは、いったんコモディティ化した製品の「脱コモディティ化」は可能なのだろうか。Rhines氏の答えは「可能」である。同氏はまず、「水」の脱コモディティ化を例に挙げた。水の値段は恐ろしく低い。グラス1杯の水道代は5,000分の1ドル(0.02セント)である。これをグラス1杯当たり4分の3ドル(75セント)といった水道に比べると恐ろしく高い価格で販売しているのが、ミネラルウオーターだ。ミネラルウオーターは水を「脱コモディティ化」した製品といえる。

 エレクトロニクス製品では、そのような例はあるのだろうか。Rhines氏は米国Texas Instruments(TI)の電卓を例に挙げ、詳しく説明した。

 半導体産業の黎明期は、応用分野の開拓が重要課題だった。半導体チップの応用分野として考案されたのが電子式卓上計算機(電卓)である。TIは1967年に半導体チップが応用可能な分野の例をデモンストレーションするため、電卓を試作した。

 1970年代に半導体が集積するトランジスタ数の拡大により、電卓は急速にワンチップ化が進んだ。1976年には主要部品のほぼすべてをワンチップのシリコンダイに内蔵できるようになった。

 ワンチップ化がもたらしたのはコモディティ化である。この時期、TIは海外企業からOEM供給を受けることで安価な電卓を販売した。

水の「脱コモディティ化」1970年代における電卓の部品数の変化。1971年には480個の部品を必要としていた電卓が、1974年には約50個の部品数に激減し、1976年にはほぼワンチップで実現できるようになった1980年前後におけるTIの電卓。東芝を含めたアジアの生産コストの低い企業からOEM供給を受けていた

 ところが現在、TIは差異化した電卓とコモディティ化した電卓の両方を販売している。

 差異化した製品は、電卓を教育機関における支援ツールとして開発し、発展させたものだ。関数計算やグラフ表示などの機能を搭載し、コースウェア(教育支援用ソフトウェア)が走るようにした。差異化製品の例であるグラフ関数電卓「TI-89 Titanium」の価格は150ドル。一般的な電卓とはかけ離れた価格である。

 教育機関の支援ツールとして差異化した製品を投入したおかげで、TIの電卓事業は2000年以降においても粗利益率が上昇した。2000年に50%近くあった粗利益率が、2007年には65%近くにまで上昇した。

差異化した電卓とコモディティ化した電卓の製品例。差異化製品の例であるグラフ関数電卓「TI-89 Titanium」の価格は150ドル。コモディティ化した製品の例であるローエンドの電卓「TI-108」の価格は5ドル未満TIにおける電卓開発の歴史
TIにおける電卓開発のターニングポイント。1987年に教師を支援するツールとしての電卓「TI-12 Math Explorer」を開発したTIの電卓事業における粗利益率の変化。2000年から2007年の間に15ポイントも上昇した

●儲かるFPGA、儲からないメモリ

 ここからRhines氏は話題を半導体製品に変えた。半導体の黎明期である1970年代はセカンドソース(複数の半導体サプライヤーが互換性のある製品を供給すること)が常識であり、顧客から見ると半導体サプライヤーの変更は容易だった。しかし最近の半導体製品は、製品分野によっては半導体サプライヤーの変更が簡単ではなくなっている。その結果、高い粗利益率を実現して維持してきた半導体サプライヤーが少なからず、存在する。

 製品分野別にみた代表的なサプライヤーの、平均的な粗利益率の一覧表をRhines氏は示した。製品分野はファウンドリ、ディスクリート、メモリ、ASSP、アナログ、マイクロプロセッサ、FPGAである。Rhines氏は最初に、粗利益率の数字を入れない一覧表を聴衆に見せ、粗利益率の高い製品分野をたずねた。聴衆からは「アナログ」の声がいくつか上がっていた。

 アナログ半導体ベンダーの利益率が高いことは、半導体業界では良く知られている。しかし粗利益率が最も高い製品分野はアナログではなく、FPGAだった。平均値で66%、メディアン値で69%という高い粗利益率である。FPGAはいったん採用すると、サプライヤーを換えづらい。サプライヤーごとにインフラストラクチャとエコシステムが構築されているからである。

 これに対して粗利益率の最も低い製品分野は、メモリだった。メモリは比較的、サプライヤーを変更しやすい。ピン互換や仕様互換などのセカンドソース品が現在でも少なくない。このため、よりコモディティに近い製品となっている。

製品分野別にみた代表的なサプライヤーの粗利益率(2009年~2010年)半導体の製品分野別では、FPGAの粗利益率が最も高い。FPGAの大手サプライヤーは1991年~2010年の20年間にわたって60%前後の高い粗利益率を安定的に確保してきた
メモリ製品ではサプライヤーを変更しやすい理由代表的なメモリサプライヤーの粗利益率推移(1984年~2010年の推移)。非常に変動が大きく、高くても40%とFPGAの粗利益率60%よりも劣る。メモリ事業で言われる「高リスク、高リターン」は事実と反する。実際には「高リスク、低リターン」であることが分かる

●粗利益率の半導体トップはIntelではない

 興味深かったのは、粗利益率でみた半導体サプライヤーのランキングである。売上高でみた2010年の半導体サプライヤーはトップがIntel、2位がSamsung Electronics、3位が東芝、4位がTIである。ところが粗利益率でみるとIntelは7位に後退する。もちろん巨額の利益を稼いでいるのだが、売上高に対する粗利益の比率ではトップではない。

 粗利益率でみたランキングのトップはアナログ半導体サプライヤーのLinear Technologyで、2010年の粗利益率は77.0%に達する。10ドルの半導体チップを売ると、7ドル70セントの粗利が出るという意味であり、恐ろしいまでの利益率の高さだ。2位はFPGAサプライヤーのAlteraで、2010年の粗利益率は71.0%とこれも7割を超える。3位以下はPMC-Sierra、National Semiconductor、QUALCOMM、Silicon Laboratories、Intel、Analog Devicesと続く。いずれも65%を超える粗利益率を2010年に達成したサプライヤーである。

2010年の粗利益率でみた半導体サプライヤーのランキング。トップ10社中、4社がログ半導体、2社がFPGAのサプライヤーである代表的なアナログ半導体ベンダーの粗利益率推移(1980年~2010年)半導体の差異化における製品(プロダクト)、インフラストラクチャ、エコシステムの構造

 Rhines氏は半導体事業でもプロダクト、インフラストラクチャ、エコシステムの3層構造を構築することが、差異化の実現と維持に深く関係していることを示した。プロダクトは他社から見えやすいのだが、インフラストラクチャはプロダクトに比べると見えにくいし、模倣が難しい。インフラストラクチャの構築まで手掛けることでようやく、値下げ競争に陥りにくいビジネスモデルを実現できる、とも言えそうだ。

(2011年 11月 1日)

[Reported by 福田 昭]