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理研ら、量子ビットの制御エラーを劇的に低減可能に
2020年3月10日 21:22
理化学研究所(理研)と、東京大学、理研創発物性科学研究センター、ルール大学ボーフム校による国際共同研究グループは10日、半導体量子コンピュータへの応用が期待される電子スピンおよび量子ビットへの固体素子中の雑音を能動的に抑制することにより、量子ビットの制御エラーを劇的に低減することに成功したと発表した。
新しい動作原理に基づく次世代の情報処理技術が待望されるなか、なかでも量子力学の原理を利用する量子コンピュータの研究開発が世界的に活発化しており、とりわけ半導体素子中の電子スピンを量子ビットとして用いる量子コンピュータは、これまで産業的な成功を収めてきた集積化技術の応用による大規模化が見込まれるため、実用化に向けた期待が高まっている。
汎用量子コンピュータの実現には、量子ビットを高精度に制御することが必要不可欠だが、固体素子中において普遍的に存在する電気的・磁気的な雑音に起因する制御エラーを完全に取り除くことは非常に難しいとされてきた。
たとえば、導体基板の材料として使われるケイ素-29(29Si)、ガリウム-69(69Ga)、ヒ素-75(75As)などの元素は、ランダムに揺らぐ「核スピン」を持つため、磁気的な雑音の発生源となっているほか、半導体構造中の欠陥や不純物に由来する電荷の揺らぎは電気的な雑音の発生源であり、あらゆる固体デバイスにおいて普遍的に存在することが知られているという。
従来、このような雑音源をゼロにすることは事実上不可能と考えられており、雑音のある現実的な素子においても量子ビットを安定して動作させる方法の確立が必要とされていた。そのような経緯から、同グループは雑音の量子ビットへの影響を抑制するために、雑音を高感度に検出してフィードバック制御を行なう手法を開発するにいたったという。
量子ビットに影響する雑音はきわめて微弱なため、一般的なセンサーでは検出できないが、量子ビットそのものを磁場や電場に対する高感度な量子センサーとして用いることにより、雑音を高速で検出できるようにした。そして検出した情報をもとに、量子ビットの制御に用いるマイクロ波信号の周波数にフィードバックすることで、雑音の影響を補償した量子ビット制御を試みた。
実験では、GaAs/AlGaAs(砒化ガリウム/砒化アルミニウムガリウム)ヘテロ接合基板に微細加工を施して単一の電子スピンを閉じ込め、これを量子ビットとして用いた。また、同じ向きのスピンを持つ2つの電子が同一の軌道を占有することができない「パウリスピン閉塞現象」を利用して電子スピンの状態を高速で測定するために、電子スピン量子ビットに隣接する補助量子ビットを用意した。
電子スピン量子ビットに外部磁場をかけると、量子ビットは磁場強度に比例した一定の周波数で回転をはじめる。この周波数と一致したマイクロ波を与えることにより、外部磁場を加えたことによる上向き(磁場と平行)、下向き(磁場と反平行)の状態間でエネルギー差が生じるが、対応するマイクロ波を照射することで、電子スピンの反転が起こる「電子スピン共鳴」を起こすことによって量子ビットを制御できるが、このとき量子ビットの回転周波数は、雑音によって時々刻々とわずかながら変動してしまう。
その結果、マイクロ波周波数との間にずれが生じるため、結果として量子ビットの制御エラーの原因となる。そこでまず、周波数が5.6GHzで一定のマイクロ波を用いて量子ビットの回転周波数を測定することにより、雑音による周波数ずれを検出することにしたという。結果、回転周波数が±10MHz(程度の範囲でランダムに変動していることが確認できた(上記グラフの青線参照)。
さらに、測定したデータをFPGAによってリアルタイムに解析し、計算から得られた周波数ずれを補償するようにマイクロ波周波数を調整した。量子ビットの測定・制御と解析方法を工夫することで、およそ0.01秒の周期でFPGAによるフィードバック制御を行なった結果、周波数ずれの変動を大幅に抑制できたとする(上記グラフの赤線参照)。
同チームは、本研究で実証した電子スピン量子ビットのフィードバック制御方法により、雑音の多い量子ビットデバイスでも実用に耐え得る性能を得られると述べており、半導体量子コンピュータの実現のためには新規材料の開発に頼らざるを得ないと考えられてきた従来の開発指針に転換を迫るものとしている。
研究チームは、量子ビットのエラーを引き起こす雑音のメカニズムが明らかになったことで、新たな雑音抑制手法の開拓につながるとしており、さらに従来は人の手に頼る必要のあった量子ビットの調整にFPGAを用いることで、自動化、高速化できることを示したことが、大規模半導体量子コンピュータの制御回路開発の弾みに期待できると述べている。