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理研ら、量子コンピュータ実用化につながる「量子ビットの量子非破壊測定」に成功

電子スピン量子ビットによる量子非破壊測定回路のイメージ図

 理化学研究所は、東京大学/科学技術振興機構/ルール大学ボーフム校からなる国際共同研究グループが、半導体量子ドットデバイスにおいて、電子スピン量子ビットの量子非破壊測定に成功したことを発表した。

 量子ビットの量子非破壊測定は、「量子ビットに記録された情報が不純物や熱といった雑音の影響を受けると簡単に失なわれてしまう」という量子コンピュータ実現における最大の障壁に対処するために必要不可欠とされる、量子ビットに発生したエラーを検出して訂正する「量子エラー訂正回路」の実現につながるものとなる。

 量子エラー訂正を実現するためには、「エラーを検出するための補助量子ビットの読み出しを高精度に行なえること」、および「補助量子ビットの読み出しがデータを保持する量子ビットに新たなエラーを生じさせないこと(量子非破壊性)」という2つの条件が必要となるが、従来の量子ビット読み出し手法では、スピン状態に応じて電子数が変化することを利用しているため、有限の温度環境下で生じる読み出しエラーを低減することが困難で、量子非破壊性に関しては、これまでに実験的検証がされてこなかった。

量子ビット反転エラー検出回路の図。データを保持する量子ビットと2つの補助量子ビットとの間で、制御NOTゲート(独立な2つの量子ビットの間で相互作用をさせる操作)を用いて量子力学的な相関を持たせると、2つの補助量子ビットを測定すればデータ量子ビットの状態を破壊することなくデータ量子ビットに生じたエラーの有無を検出できる。エラーが検出された場合には、データ量子ビットを再反転させる操作を加えることによりエラー訂正を行なえる

 研究グループは、既存の半導体産業の集積回路技術を応用できるために大規模化が見込まれている、量子ドット中の電子スピン(電子スピン量子ビット)を用いた「半導体量子コンピュータ」におけるエラー訂正回路を実現すべく、単一の電子からなる電子スピン量子ビットと、2つの電子からなるST量子ビットのハイブリッド量子デバイスとして利用できる、GaAs/AlGaAs(砒化ガリウム/砒化アルミニウムガリウム)ヘテロ接合基板に微細加工を施した「三重量子ドット構造」を作製。高速/高精度な測定に適したST量子ビットを補助量子ビットとして利用することで、電子スピン量子ビットの量子非破壊測定を行なった。

三重量子ドット構造による電子スピン量子ビットのハイブリッドデバイス

 実験では、まず電子スピン量子ビットに電子スピン共鳴を起こすマイクロ波を一定時間照射。照射時間の長さに応じて、スピンが上向きと下向きの状態間を周期的に振動させ、任意の量子ビット状態を準備させる。

 次に、電子スピン量子ビットを補助量子ビットと一定時間結合させることで、両者の間で量子力学的な相関を持たせ、この状態で補助量子ビットを測定すると、補助量子ビットが上向きなら電子スピン量子ビットも上向き、補助量子ビットが下向きなら電子スピン量子ビットも下向きというように、電子スピン量子ビットの状態を直接測定することなく観測できる。

 その結果、電子スピン量子ビットの向きを測定する行為によって量子ビットにエラーを起こすことがない理想的な量子射影測定、すなわち「量子非破壊測定」を実施できる。実験では従来の破壊測定も実施し、非破壊測定による結果との整合性を検証した結果、1回の非破壊測定が、破壊測定と同程度のエラー率で実現できていることがわかったという。

電子スピン量子ビットの量子非破壊測定

 さらに研究グループは、従来の測定と異なり、「測定したスピンの向きが測定後も変化しない」という量子非破壊測定の性質を利用し、同一の電子スピン量子ビット状態に対して非破壊測定を繰り返し行ない、測定回数が増えるほど量子ビットの測定精度が向上し、量子ビット振動の振幅がより明瞭になる様子を観測した。

 この観察に基づいて、研究グループは量子ビットの緩和などの効果を考慮に入れた信頼性の高い統計処理手法を開発。測定回数の増加に伴い測定エラーが指数関数的に減少し、測定精度が63%から89%まで向上(エラー率が37%から11%に減少)することを実証した。

繰り返し測定による量子ビット測定エラーの低減

 また研究チームは、量子非破壊測定を応用して、量子ドット中で孤立した電子スピン量子ビットの時間発展を計測したところ、電子スピン量子ビットに意図的な操作を行なわなくても、フォノンの自然放出と吸収によって、電子スピン量子ビットが自発的に反転を繰り返す様子(量子跳躍)という、通常の測定は擾乱を与えてしまうために捉えられない孤立した量子系の真の時間発展を捉えることに成功。測定されたスピン反転の時間間隔から、電子スピン量子ビットの寿命が、量子非破壊測定に要する時間である5μsの300倍にあたる、1.5ms以上あることが確認でき、研究で実証された量子非破壊測定が実用上でも有用であることが確認できたとしている。

量子ドット中の電子スピン量子ビットの量子跳躍

 理研によれば、研究で達成された量子ビット測定精度89%という値は、実用的なエラー訂正回路を実装するためには不十分ながら、測定エラーの主要因はGaAs/AlGaAs量子ドットデバイス特有の磁気雑音によるもので、それを取り除くことでエラー率を大幅に低減できるという。とくに近年開発の進むシリコン量子ドットに本研究成果を適用すれば、最大99.96%というエラー訂正回路の実装に十分な測定精度が期待されるため、半導体量子コンピュータの実用化に向けた開発をさらに加速させる成果であるとしている。