笠原一輝のユビキタス情報局

ユーザーもPCメーカーにも新しいOfficeの選択肢の意味

日本マイクロソフトの新Office記者会見に登壇したMicrosoft CEOサティア・ナデラ氏

 以前の記事で概要をスクープした新しいOfficeのライセンスモデルが正式に発表された。日本マイクロソフトは、米国本社のサティア・ナデラCEOを記者会見に呼んでスピーチをさせる力の入れようで、Microsoftが日本でのOffice事業にかなり力を入れていることを窺い知ることができる。

 本レポートでは、この新しいバンドル用の「Office Premium」プラス「Office 365」サービス、そして単体のコンシューマ向け「Office 365 Solo」の投入により、Officeの買い方がどうなるのか、そして、この新しいライセンスモデルがOEMメーカーのビジネスにどのような影響を与えるのかについて考えていきたい。

OneDrive 1TB 1年分などが付属する新Office

 最初に今回発表された内容について振り返っておこう。Microsoftが発表したのは、Office PremiumプラスOffice 365サービス(以下Office Premium)という、OEMメーカー向けの新しいプリインストール版(PC業界用語ではPIPCと呼ばれる)と、Office 365 Soloと呼ばれるコンシューマ向けのサブスクリプション(契約期間限定契約)サービスを10月17日から発売するという内容だ。

 前者は、現行のPIPC版のOffice(Office Personal 2013/Office Home & Business 2013/Office Professional 2013)の置き換えとなり、後者は新しいOffice 365のファミリーとして追加される。

 Office Premiumの最大の特徴は、バンドルされているPCが稼働し続けている限り、永続的に最新版のOfficeへバージョンアップできることにある。現在のOfficeは、Click-to-Runと呼ばれる新しいバイナリの型式で提供されており、アプリケーションが実行されていてもアップデートが自動で行なわれる仕組みになっている。つまり、透過的にMicrosoft Updateが適用されているような形だ。Office Premiumではこの仕組みが拡張され、例えばOffice 2015のようなメジャーバージョンアップが行なわれた場合も、自動的にアップデートされ利用できるようになる。ただし、PCが寿命を迎えたり、手放したりすれば、Office Premiumのライセンスは無効になるため利用できなくなる。

 なお、Office Premiumには、利用できるアプリケーションの違いで、Office Personal Premium(Word/Excel/Outlook)、Office Home & Business Premium(Word/Excel/Outlook/PowerPoint/OneNote)、Office Professional Premium(Word/Excel/Outlook/PowerPoint/OneNote/Access/Publisher)の3つのSKUが用意されており、OEMメーカーがニーズに応じて選ぶことができる。

 一方、Office 365 Soloは、サブスクリプションサービスとなるOffice 365の日本向けの個人版と位置付けられる製品だ。米国など他の地域ではOffice 365 HomeやOffice 365 Personalなどの個人向け版が用意されており、そちらが5台まで利用可能で商用利用不可であるのに対して、Office 365 Soloは2台までしか利用できないが商用利用が可能という違いがある。Office 365 Soloに含まれるデスクトップアプリは基本的にはOffice Professional(Word/Excel/Outlook/PowerPoint/OneNote/Access/Publisher)相当となる。契約期間は1年間で、価格はオープンプライスだが参考税別価格は11,800円となっている。

 デスクトップアプリ以外に、Office PremiumもOffice 365 Soloも、Office 365サービスと呼ばれるサービスが付加されており、

(1) OneDrive 1TB 1年間
(2) マルチデバイスでのOffice製品(iPhone/Androidスマートフォン/iPad)
(3) Skype月間60分無料通話
(4) 無償サポート「アンサーデスク」

が利用可能になっている。

 Office Premiumに付属してくるこのOffice 365サービスは1年分のみで、2年目以降も利用するには、別途5,800円(参考価格)の利用権を購入する必要がある。この利用権は、Microsoftからだけでなく、OEMメーカー、量販店などでも販売される予定だ。

新しいPIPCのライセンスとして用意されるOffice PremiumプラスOffice 365サービス
Office 365 Soloはサブスクリプションサービスとして提供される

広がる選択肢と悩み

 新しいOffice PremiumとOffice 365 Soloにより、ユーザーがOfficeを購入する時の選択肢は広がることになる。むしろ多すぎるほどで、ユーザーによってはどれを購入して良いか悩むのではないだろうか。

【表1】今回登場した新SKU
SKU名Personal PremiumHome & Business PremiumProfessional Premium365 Solo
パッケージ----
バンドル-
サブスクリプション---1年契約
インストールできる台数1112(PC or MAC)
アップグレード権利PCの寿命の限りPCの寿命の限りPCの寿命の限り契約期限内
Word
Excel
Outlook
PowerPoint-
OneNote-
Access--
Publisher--
クラウドストレージOD/1TB(1年分)OD/1TB(1年分)OD/1TB(1年分)OD/1TB(1年分)
iPhone/Android台数無制限台数無制限台数無制限台数無制限
iPad2台2台2台2台
Skype月間60分無料通話1年分1年分1年分1年分
アンサーデスク1年分1年分1年分1年分
【表2】従来のパッケージ版とバンドル版(PIPC)
SKU名Personal 2013Personal 2013(PIPC)Home & Business 2013Home & Business 2013(PIPC)Professional 2013Professional 2013
パッケージ---
バンドル---
サブスクリプション------
インストールできる台数2(PC)12(PC)12(PC)1
アップグレード権利------
Word
Excel
Outlook
PowerPoint--
OneNote--
Access----
Publisher----
クラウドストレージ------
iPhone/Android------
iPad------
Skype月間60分無料通話------
アンサーデスク------
【表2】ビジネス向けOffice 365
SKU名365 Business365 Business Premium
パッケージ--
バンドル--
サブスクリプション1年契約(要クレジットカード)1年契約(要クレジットカード)
インストールできる台数5(PC or MAC)5(PC or MAC)
アップグレード権利契約期限内契約期限内
Word
Excel
Outlook
PowerPoint
OneNote
Access--
Publisher
クラウドストレージOD4B/1TB(1年分)OD4B/1TB(1年分)
iPhone/Android対応対応
iPad対応対応
Skype月間60分無料通話--
アンサーデスク--

 PCを購入するのと同時にOfficeを購入する場合には、10月17日以降に発売される新しいPCの場合はOffice Premiumが搭載され、現行のPIPC版Office 2013は姿を消すことになる(もちろん在庫がある限りは存在するが)。従って、10月17日以降に発売される、いわゆる秋モデルや冬モデルと呼ばれるPCでは、Office Premiumのみとなるだろう。

 これに対して、これからパッケージ版やOffice 365のサブスクリプション版を購入する場合には、やや悩ましいところだろう。というのも、Office 365 Soloの発売後も、従来のOffice 2013のパッケージは継続販売されるからだ。ただ、それは純粋にコストとのトレードオフで考えることができる。以下は、Office 365 Soloとパッケージ版の購入にかかる費用を計算したものだ。

【表4】各Officeの購入/維持費
Personal 2013Home & Business 2013Professional 2013365 Solo
1年目32,18437,58464,58411,800
2年目32,18437,58464,58423,600
3年目32,18437,58464,58435,400
4年目32,18437,58464,58447,200
5年目32,18437,58464,58459,000
6年目32,18437,58464,58470,800

 これで見て分かるとおり、どのSKUを買うかによるが、例えば、Office 365 Soloと同じアプリケーションを含むOffice Professional 2013をこれから購入しようとすると、64,585円(Microsoftストア価格、10月1日現在)なので、Office Soloを5年間契約しても、まだおつりがくる計算になる。

 ただ、MicrosoftはOffice 2013世代からパッケージ版のアップグレードは提供しないことを明らかにしているが、5年以内にメジャーバージョンアップが来ていることは確実だろう。Office 365 Soloは最新バージョンへのアップグレードが契約している限りは保証されているが、パッケージ版はできない。従って、仮に2年目で新バージョンがでて、パッケージ版で乗り換えると、さらに支払いが増えることになる。

 もう1つ大事なことは、Office 365 SoloにはOneDriveの1TB利用権がついてくることだ。現在MicrosoftがOneDriveの有料オプションとして提供しているのは、200GBが380円/月(年間4,560円)なので、その2.5倍程度の料金でOffice Professional相当のOfficeアプリの利用権もついてくることになる。OneDriveを有償で活用しているユーザーから見ると、これはかなりお得な価格設定だと言っていいだろう。

 ただし、すでにOffice 2013のパッケージを持っているユーザーが買い換える価値があるかどうかは微妙だろう。Office 365 Soloは2台までのPCにインストールできるという点では、パッケージ版のOffice 2013と違いはない(ただし、Macにもインストールできるので、Macを持っているユーザーは話が別だ)。従って、Office 2013のパッケージ版を持っているユーザーであれば、Office 365 Soloへ乗り換えるのは、次のメジャーアップデート(Office 16)が登場するタイミングが良いということになる。

 2台で足りないのであれば、企業向けとして提供されているOffice 365を契約するというのもありだろう。Office 365 BusinessやOffice 365 Business Premiumという新しいプランが10月1日よりスタートしており、前者はメールサービスなしで月額800円(年9,600円)、後者はメールサービスありで月額1,030円(年12,360円)で利用できる。こちらのサービスは5台(PCないしはMac)で利用可能になっている。ただし、クラウドストレージはOneDrive for Businessという企業向けバージョンになっており、個人向けのOneDriveに比べて制約(PCと同期できるファイルは2万個までに制限されるなど)が多いので、その点は注意が必要だ。また、契約は個人ユーザーでも可能だが、支払いにはクレジットカードが必須になっており、量販店などで利用権を購入できるOffice 365 Soloとは異なるのでそこも注意点だ。

PCメーカーにとっても新しい収益源に

 こうした新しいOfficeのバンドルライセンスモデルおよび、個人向けOffice 365は、OEMメーカー側の評価も悪くない。というより総じて歓迎という雰囲気だ。その理由は2つある。1つは価格が据え置かれていること、もう1つはOffice PremiumのOffice 365サービスの更新が新しい収益源となるからだ。

 記者会見終了後に行なわれた囲み会見の中で、日本マイクロソフト株式会社執行役コンシューマ&パートナーグループ オフィスプレインストール事業統括本部長の宗像淳氏は「製品の価格はOEMメーカー様の判断に依存するが、Surface Pro 3のOffice Premium搭載版の価格が据え置かれていることからも分かかる通り、基本的には価格モデルは変わっていない」と述べ、具体的な価格には言及しなかったものの、基本的には現行のPIPC版Office 2013の価格モデルがそのままOffice Premiumに適用されているとした。実際、OEMメーカー側に取材しても、多くの関係者がそのように表現しており、今後発売される製品が、Office Premiumになったからといって値段が上がるということはなさそうだ。

 その上で、Office PremiumにはOffice 365サービスが付属してくる。1TBのOneDrive利用権は200GBが年間4,560円であることを考えれば、1TBというのは2万円強の価値があることになる。そのほかにも、Skypeの60分無料通話/月、無償サポートの利用権などがついてくるので、OEMメーカーにとってもPCの付加価値が高まるという意味で歓迎しない理由はない。

 ユーザーが登録してから1年間の期間が過ぎると、サブスクリプション契約を更新する必要がある。もちろん、更新せずに、Officeアプリケーションだけを使い続けることも可能だが、OneDrive 1TBなどを使い続けたいと思えば、5,800円の更新料を払ってサブスクリプション契約を更新する。この更新権は、Microsoftのオンラインストアだけでなく、OEMメーカーからも、量販店でも購入できる。

 そしてユーザーが契約を更新すると、OEMメーカーにもレベニューシェアが行なわれるのだ。日本マイクロソフトの宗像氏によれば「将来的にはOEMメーカーとの利益を共有する仕組みは検討していきたい、Microsoftだけが儲かる仕組みではいけないと考えている」と、微妙な言い回しだが、レベニューシェアの可能性があることを認めている。OEMメーカーの関係者によれば、すでにその仕組みに関しても説明が行なわれているとのことで、発売後1年後、つまり2015年の10月17日以降には、その仕組みが動き出して、OEMメーカーにも利益が共有されるという。これもOEMメーカーとして歓迎すべき点で、2015年10月に向けて、顧客に対してどのようにサブスクリプション契約更新をアピールするか検討を始めたところもある。

同日発表されたSurface Pro 3のOffice Premium搭載版は価格据え置きとなっている(別記事参照)

日本のみの優遇措置

 最後に、なぜMicrosoftは、米国で発表しているようなOffice 365 Homeなどの、個人向けOffice 365を日本に持ってこなかったのかについて触れておこう。

 今回の記者会見で、日本マイクロソフト代表執行役社長の樋口泰行氏は「日本でのOfficeの販売数を見ると、PCを使っているユーザーよりも多い数が出ている。また、PCへのバンドル率は94.1%を超えている」と、日本の個人向けPCでのOfficeのバンドル率について初めて具体的な数字を明らかにした。この94.1%という数字は、個人向けPCでかつリテール市場で売られるもの、とかなり範囲を限った数字であって、企業向けに一括導入されるビジネス向けPCなどは含まれていない(エンタープライズなどではOfficeは別途Office 365などをサブスクリプション契約するのが一般的で、Officeはバンドルされない)。それであっても、94.1%という数字は驚異的だ。

日本のリテール向けPCの94.1%がPIPC版Officeをバンドルしているという現状

 日本マイクロソフト業務執行役員Officeビジネス本部本部長のキャロライン・ゴールズ氏によると「他の市場とは比較にならないぐらい高い」と言い、具体的な数字は言及しなかったが、他の市場が断然低い数字であるとしている。

 このことは、日本マイクロソフトにとっては大きな意味がある。というのも、PIPC版Officeの売上は全て日本マイクロソフトの業績となる。日本マイクロソフトの事情に詳しい関係者によれば、PIPC版Officeは日本マイクロソフトの売上の大部分を占めているという。

 OEMメーカーにとっては、Officeをバンドルすればその分、製品単価を上げることができる。また、消費者にとってもOfficeは新しいPCと一緒に買うという習慣が定着しており、誰にとっても、現状のPIPCを続けるのがメリットがあるという状況だったので、そこから脱却するのが難しかったというのが実情だろう。

 しかし、時代はすでにクラウドへと移行を始めており、Officeとしてもそうした状況を反映して米国など他の地域では個人向けもOffice 365への移行が始まり、日本だけ導入しないというわけにはいかなくなってきていた。そこで、日本のPIPCの仕組みと合致する形態が必要とされており、それを踏まえた製品が今回のOffice Premiumであり、Office 365 Soloということになる。

 Office 2013に続き(関連記事参照)、今回も再び日本だけの特別ルールが認められたことは、日本マイクロソフトが頑張った結果であり、そこは素直に評価していいと思う。その結果として、日本のユーザーだけが、PIPCのOffice Premium、個人向けのOffice 365 Solo、企業向けのOffice 365 Businessなどから自分のニーズに合わせて選択することができるようになった。そうした選択肢が用意されていることは、歓迎していいのではないだろうか。選択に悩むというのは最上の贅沢なのだから。

(笠原 一輝)