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新Officeが生む1TBの悩み

 日本マイクロソフトが国内のコンシューマー向け新Officeを発表した。日本向けに吟味して練り上げたというプリインストール+サービス購読で構成されるこのプログラム。どのように付き合っていけばよいのだろうか。

サブスクリプションは電気やガスと同じ

 新Officeの発表会に出席した米Microsoft CEOのサティア・ナデラ氏は、「モバイルはデバイスではなく、人間そのものの移動である」とし、日々の生活の中で人々は、いろいろなコンピューティングパワーを使うと説明する。そのためにも豊かなクラウドのインフラが必要で、その結果、デバイスに関係なく、いろいろなデータを見て利用したくなるのはごく自然の欲求だと言う。そして、日本のOffice 365は、こうしたニーズに応える価値を1つのパッケージにまとめたもので、コンシューマーに特化した訴求をするものというのが同社の考えのようだ。

 世界の流れは別にして、少なくとも日本のユーザーは、Officeを永く愛顧してきた。もう、PCを買うときにOfficeを付けるというのが当たり前のようになっている。なにしろ日本の場合、コンシューマPCの出荷数とOfficeの出荷数はほぼ100%合致し、それは世界でも類を見ないという。PCの出荷の段階で、約94%がプリインストールであるという数字も驚きだ。つまり、日本の顧客は最初から全部揃っているのがお好みで、だからこそプリインストールのビジネスが成立してきたと言える。

 同社ではサブスクリプションというサービスの形態を電気やガスと同じようなものだとも言う。Officeがサービスとして提供されるようになれば、電気やガスと同様にライセンスが購読制になるというわけだ。日本以外の国ではそれが受け入れられ、ビジネスモデル、サービスとしてのOffice提供やパッケージ販売が主流になっていたが、日本はそうではなかった。パッケージはある程度の出荷はあるものの、なによりもプリインストールという形態が大きな割合を占めていたのだ。

 プリインストールとサブスクリプションは相性がよくない。だからこそ、サブスクリプション制への全面的な移行が難しかったというわけだ。

全面移行が無理ならハイブリッドに

 そこで、同社が考えたのが、プリインストールとサブスクリプションを融合させるという作戦だ。いわばハイブリッドOfficeだ。

 まず、PCを買うと今までと同じようにOfficeがプリインストールされてくる。そのライセンスは今までと同様で、PCが壊れて使えなくなるとか、自発的に廃棄するまでは永遠に使うことができる。さらに、今後はいわゆるバージョンアップに費用が発生しない。常に最新のOfficeを使う権利が保証される。実は、このことはMicrosoftにとっても都合がいい。サポートが切れて今なお使われているOffice 2003のような事態を、ある程度予防することができるからだ。

 Officeだけに注目すれば、プリインストールPCを買えばOfficeが付いてくるという点ではこれまでと何も変わらない。ただし、バージョンアップに費用が発生しないので、もうすぐ次のOfficeが出るからなどと、買い替えたいPCを買い控えする必要もなくなる。なぜなら、買ってきたPCをインターネットに接続し、添付のプロダクトキーを入れるだけで、最新のOfficeがインストールされる仕組みになっているからだ。仮に、2015年に“Office 2015”が出たとして、その時点で、今年のうちに買っておいたOffice Premium PCを開封し、電源を入れて同様のインストールを実行すれば、そのPCはOffice 2015プリインストールPCだ。バージョンを気にする必要がないというのはそういうことだ。

 今回の施策では、Officeのプリインストールに加えて、その付加価値としてサービスが提供される。そのサービスは4種類ある。OneDrive 1TB分と、Skypeによる無料通話60分、アンサーデスクによるサポート、各種モバイルOS用Officeの提供だ。

 PCで稼働するOfficeライセンスが、PCが壊れるまで永久にというのに対して、付帯する4つのサービスは期限付き、つまり、サブスクリプションだ。そして、期間は1年となっている。最初に使い始めてから1年が経過したところで、Officeについては気にすることなく使い続けることができるが、サービスについては、継続するかどうかを判断しなければならない。そして、継続のためには更新ライセンスの購入が必要で、その参考価格は5,800円となっている。

モノに紐付くアプリ、ヒトに紐付くサービス

 ここで分かるのは、OfficeアプリケーションはモノとしてのPCに紐付き、各種のサービスは個人としてのユーザーに紐付く点だ。

 例えば、1台のPCを夫婦が別のアカウントで共用している場合、Officeアプリケーションについては、そのPCで二人とも問題なく使うことができる。仮に、親が、子どもがと、PCを使うユーザーが増えたとしても、追加の料金などは発生しない。そのPCで使う限り、誰もがOfficeを使えるわけだ。

 だが、サービス部分は違う。サービスを享受できるのはひとりの個人だけだ。より正確に言えば1つのMicrosoftアカウントだけだ。

 だったら、プリインストールPCを2台購入し、それぞれを同じアカウントが管理してOfficeを使い始めたとしたらどうだろう。

 OfficeはPCに紐付き、サービスは個人に紐付くと書いた。だから、それぞれのPCで誰がOfficeを使ってもいい。でも、サービスを使えるのは登録本人だけだ。だから、片方を夫、片方を妻といった具合にアカウントを分けて登録しなければ、片方がサービスを受けられなくなってしまう。同一のアカウントが2台のプリインストールPCで登録した場合は、そのアカウントで利用できるサービス部分が2年分に延長される。これは3台目、4台目でも同様で、5年分まで延長が行なわれる仕様だそうだ。

 延長パッケージについては、1年後のサービス期限切れを延長するものなので、本当なら2015年の10月までは必要ないはずだが、2年、3年と期限を延長できる仕様のために同時に発売されることになるという。そうでないと、ユーザーが安心できないからという理由もあるのだそうだ。もっとも、このパッケージはPOSA(Point Of Sales Activation)カードとして提供され、販売側にとっては売れるまで在庫にならない。だから、1年前から店頭に並べても特に問題はないのだそうだ。

 ちなみに、1年経ってサービスの有効期限が切れた場合、即座にOneDrive 1TBが使えなくなるのだろうか。そこは安心してよさそうだ。猶予期間が30日間あり、その期間についてはそれまで通りに使うことができる。ただし、30日を過ぎると、無料容量分を超えたOneDriveのデータは読み出し専用となり書き込みができなくなってしまう。でも、そのまま半年間はデータが消えずに残ったままとなる。もうサービスは利用するつもりはないと更新せずに放置したとしても、半年経過する寸前に気が変わって、やっぱり利用することにしようと思っても、それが許される。更新パッケージを購入してきて、プロダクトキーを入れた途端に、読み書き自由なストレージが復活するという。これはかなり良心的なのではないだろうか。

 ただし、Microsoftアカウントは2年間使わないと消滅してしまう。WindowsのログオンにMicrosoftアカウントを使っている場合は、それで使ったことになるので問題ないが、そうでない場合は注意した方がよさそうだ。

1TBの悩み

 プリインストールPCを購入すると、それが壊れるまで使い続けることができる最新Officeが手に入り、さらに、初年度無料で1TBのストレージが付いてきて、翌年以降は1年5,800円で更新できるということだ。この価格は、1TBのストレージサービスとしては今のところは格安だ。1カ月あたりに換算すると500円弱で、このサイズのストレージを維持でき、さらにWindowsと統合されているというのは大きな魅力だ。

 ただ、この1TBというサイズは、なかなか厄介なものでもある。というのも、多くの場合、そこにデータを置くためには、なんらかの方法で、自分のPCからサービスに対してアップロードをする必要があるからだ。モバイルネットワークでは気が遠くなる容量だ。やはり、光回線などのインフラが欲しいところだ。

 例え高速大容量の接続が確保できたとしても、今度は、プロバイダの上り方向の容量制限が立ちはだかる。ちなみに、ぼくが利用しているプロバイダは、24時間あたり、おおむね15GB程度の水準を著しく超えた場合は、最悪の場合、サービスを停止したり、利用の一部を制限する可能性があるとしている。過去において1度だけ、「利用に関するお願い」とするメールをもらったことがあるが、その文面には、直近1週間の毎日のトラフィック状況が記載されていて、速やかに制限値以下の水準に抑えるようにお願いすると書いてあった。

 15GB/24時間というのは、おおむね1.5Mbps程度だ。仮にこの帯域幅を遵守してファイルをアップロードし続けた場合、1TBをアップロードするにはずっとPCを稼働させっぱなしで約60日間かかる計算になる。大切なデータがすでに1TBに達していて、それをクラウドストレージに置いておきたいと思うユーザーは確かにいるが、実際にはそれほど多くはないとも思う。だが、注意するに越したことはない。

 もっとも、こうしたことに注意できるのは、パワーユーザーだけであって、ごく普通のユーザーは何も考えずにOneDriveにそれなりの容量のファイルを置くことだってあるかもしれない。この秋以降、新プリインストールPCが発売されれば、売れたPCの数だけ1TBの権利を持つユーザーが誕生する。何も悪いことをしているわけではないのに、こうしたメールを受け取ることとなり、理不尽な想いを抱くかもしれない。OneDriveとしても、占有する帯域を、ユーザーが自分で指定できるようなオプションを用意するくらいのことはしてもよさそうだ。このあたりについては、大手のプロバイダや日本マイクロソフトなど、各方面で話し合いを持ってもらい、なにかいい方法を模索してほしいものだ。

 いずれにしても、新しいOfficeの登場によって、そのプリインストールPCの価値が今よりもさらに高まることは間違いない。米国などのライセンスとは異なり、商用利用が可能、つまり仕事の文書やメールの読み書きも問題ないという点もうれしい。いわば、ガラパゴス的扱いともいえる形態の新Officeだが、誰も今より状況が悪くならないという点では評価したいと思う。

(山田 祥平)