笠原一輝のユビキタス情報局

「Copilot+ PC」のローンチパートナーがQualcommになった背景

今回のCopilot+ PCのローンチパートナーに選ばれたQualcomm、AMDとIntelは対応製品が今年(2024年)後半にならないと出てこないこともあって、何度もSnapdragon X Eliteが会見中で紹介されていた

 Microsoftが「Copilot+ PC」の詳細を発表した。それに合わせて、QualcommのSnapdragon X Elite/Plusを搭載したMicrosoft Surfaceシリーズ(Surface ProとSurface Laptop)が発表されたほか、同じくSnapdragon X Elite/Plusを搭載したAcer、ASUS、Dell、HP、Lenovo、SamsungなどのグローバルOEMメーカーの搭載製品が発表されている。

 それらの詳細は別記事を参照していただくとして、以前はせいぜい数モデルしかなかったようなSnapdragonを搭載したノートPCが今回多数発表されたのはなぜなのかを考察していきたい。

Copilot+ PCとしてSnapdragon X Elite/Plusを搭載したノートPCが多数発表される

MicrosoftのSurfaceだけでなく、Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovo、SamsungなどのグローバルOEMメーカーの搭載製品が紹介された

 Microsoftが発表した「Copilot+ PC」は、昨年(2023年)発表されたRyzen 7040シリーズ(そしてそのリフレッシュ版として今年投入されたRyzen 8040シリーズ)、IntelのCore Ultraプロセッサー(シリーズ1)を搭載したAI PCが第1フェーズのAI PCだとすると、Copilot+ PCは第2フェーズのAI PCということになるだろう。

 従来、PC業界では「次世代AI PC」(Next-Gen AI PC)と呼ばれてきたが、今回の正式発表で「Copilot+ PC」が正式な名称になる。

 今回Microsoftのイベントで発表されたCopilot+ PCは、MicrosoftのSurface Pro とSurface Laptop、そしてAcer、ASUS、Dell、HP、Lenovo、SamsungなどのグローバルOEMメーカーのノートPCとなる。いずれもQualcommのSnapdragon X Elite/Plusを搭載したノートPC(Surface Proはタブレットだが実際にはキーボードとセットで使うユーザーが少ないだろう)となり、AMDやIntelのSoCを搭載した製品は、今回発表されたCopilot+ PCのラインアップには1つもない。

 それはなぜなのかというと、両製品の仕様が、Microsoftが定めるCopilot+ PCの要件にミートしていないからだ。

MicrosoftのCopilot+ PCの要件にNPU単体で40~60TOPSという性能が入っている

Copilot+ PCの要件としては40TOPS以上のNPUが必須になる

 今回Microsoftが明らかにしたCopilot+ PCの要件は、Windows 11の要件を満たしている以外に以下の要件を満たす必要がある。

  • Microsoftが承認したSoCで、NPUが40TOPSの性能を実現していること
  • 16GB以上のメモリ(DDR5ないしはLPDDR5)
  • 256GB以上のストレージ(SSDないしはUFS)

 本誌の読者には16GBのメモリと256GBのメモリについては、改めて説明する必要はないと思うが、8GBメモリや128GBなどのローエンドのスペックはユーザー体験的にダメということが分かる。

 注目すべきは40TOPSというNPUの性能だ。TOPSとは「Trillions Operations per Second」の略で、1秒間にどれだけの命令が実行できるかを示す値で、AI推論処理時のプロセッサの処理能力を示す値として一般的に利用されている。Trillion=1兆になるので、40TOPSというのは命令処理を1秒間に40兆回実行可能という意味になる。

 ちなみに、IoT機器で利用している画像認識などの、従来のマシンラーニングベースのAI推論で必要とされるのが数TOPSなので、40TOPSというのはAI推論処理だけを行なう場合にはかなり高い性能を実現していると言える。

 現時点で40TOPS以上という性能のNPUを内蔵したSoCを提供できているのは、(もちろんWindows向けはあり得ないが)AppleをいれてもQualcommが提供しているSnapdragon X Elite(およびその廉価版となるSnapdragon X Plus)だけになる(先日AppleがiPad Proに採用を発表したM4のNPUは38TOPSであることがAppleから発表されている)。

QualcommのSnapdragon X Elite

 以下の表は現時点で既に出荷されているもの、そして近い将来に出荷されるものを含めた、Windows OS向けSoCのNPUの性能を示したものだ。

【表1】Windows向けSoCのNPU性能
SoCベンダーAMDIntelAMDQualcommIntelAMD
製品名(ないしは開発コードネーム)Ryzen 7040シリーズCore UltraRyzen 8040シリーズSnapdragon X Elite/PlusLunar LakeStrix Point
発表時期2023年第2四半期2023年第4四半期2024年第1四半期2024年第2四半期(実質)2024年第3四半期2024年後半
NPU性能10TOPS11TOPS16TOPS45TOPS45TOPS以上48TOPS?

 現在市場に提供されているPCに搭載されているRyzen 8040は16TOPS、IntelのCore Ultraは11TOPSというNPU性能になっており、いずれもMicrosoftがCopilot+ PCの要件としている40TOPS以上を満たしていない。

 それに対してSnapdragon X EliteおよびSnapdragon X Plusはいずれも45TOPSを実現しており、MicrosoftがCopilot+ PCに求める要件を現状唯一満たしており、今回のCopilot+ PCのローンチパートナー(一緒に製品を開発して発表するパートナー企業のこと)に選ばれたということだ。今回のCopilot+ PC構想に基づいた製品がいずれもSnapdragon X Elite/Plusに基づいているのはこのためだ。

 なお、AMDも、Intelも今年後半にはこの要件を満たす製品を順次投入する。AMDは「NPU性能を3倍以上にした」と謳うStrix Pointを今年後半に投入する計画であることを明らかにしており、Intelは今回のイベントに合わせてNPUの性能を45TOPS以上に引き上げたLunar Lakeの発表時期が第3四半期に発表し、搭載したノートPCは年末商戦に登場すると明らかにしている。

Copilotに注力するMicrosoft、今はAIでGoogleやAppleなどとの競争に集中

MicrosoftとOpenAIの密接なパートナーシップがMicrosoftの生成AIでの強みになっている

 Microsoftにとって長年のパートナーであり、WindowsデバイスのSoCの大半を占める2社(AMDとIntel)が今年の後半には製品を登場させ、あと半年も待てば両社の製品が出そろうのに、なぜMicrosoftはWindows市場では小さなシェアしかないQualcommをローンチパートナーに選んだのだろうか?

 それは、Microsoftには競争軸があるからだ。Microsoftの競争軸とは何かと言えば、生成AIを巡るほかのプラットフォーマーとの競争だ。MicrosoftはGPTやChatGPTを開発したOpenAIといち早くパートナーシップを結び、Copilotのような生成AIのアプリケーションをいち早く提供し、Apple、Google、Metaといった他のプラットフォーマーの先を行っているという評価を得ている。

 しかし、最近ではGoogleが独自モデル「Geminiモデル」を発表し、Copilotに対抗する「Gemini」を投入して激しく追い上げている。Appleは率直にいって生成AIでは両社に比べて大きく出遅れてしまっている現状だが、今後生成AIのソリューションを投入する計画があることを明らかにするなどしており、6月に行なわれる開発者向け会議WWDCで詳細を明らかにするとみられている。

 ほかにも、Amazon(やその傘下のAWS)やMetaなど、プラットフォーマー各社は生成AIに「前のめり」と言って良いほどの取り組みをしているのはよく知られているだろう。

 そうした状況の中で、昨年の11月に開催したIgniteにおいてMicrosoftのサティヤ・ナデラCEOは「MicrosoftはCopilotを提供する企業」と述べており、Copilotを中心とした生成AIのソリューションを普及させることがMicrosoftにとってトッププライオリティ(最優先事項)だと強調している。

 そのため、Microsoft自身のソリューションやISV(サードパーティソフトウェアベンダ)が提供するAIアプリケーションを快適に実行できるAI PCをほかのプラットフォーマーに先駆けて導入するということにはリードを広げるという観点で大きな意味があると言える。仮に半年待ったとしたら、その間に競合に先行されることは十分考えられる。そのことを考えれば、半年待つよりも、既に45TOPSを実現したSnapdragon X Eliteを完成させたQualcommとローンチパートナーに選んだ、そういうことだ。それぐらい生成AIを巡るプラットフォーマーの競争は熾烈なのだ。

 実はQualcommのSnapdragon X Eliteそのものは、既に今年の第1四半期の段階で出荷できる準備が整っていたという。実際、発表は昨年10月のSnapdragon Summitで行なわれており、その段階で既にベンチマークプログラムを走らせることができる程度には完成していた。それから8カ月が経ってのようやく「本当の」発表になったことは、シンプルに言えば、MicrosoftのCopilot+ PCに合わせて出荷を開始するためだと考えられる。

 しかも出荷を遅らせてでもMicrosoftのCopilot+ PCの発表に合わせた副産物として、今回のMicrosoftの発表に合わせてグローバルのOEMメーカーのほとんどがSnapdragon X Elite/Plusを搭載した製品を同時に発表できたことは、Qualcommにとってはうれしい誤算と言える。MicrosoftのSurfaceはもちろんのこと、Acer、ASUS、Dell、HP、Lenovo、SamsungといったグローバルにPCビジネスを展開するPCベンダーのほぼすべてが今回製品を発表している。

 振り返ってみれば、Qualcommは1つ前の世代となるSnapdragon 8cx Gen3の時などは、発表時にOEMメーカーはなく、その後Microsoftの「Surface Pro 9 5G」とLenovoの「ThinkPad X13s」、Samsungの「Galaxy Book」が発表された程度で、PC向けのSnapdragonの発表時にこんなに多くのOEMメーカーが出そろうことはなかった。

 しかし、今回このCopilot+ PCの発表まで「我慢」したことで、多くのOEMメーカーがそろうことになり、今回のMicrosoftの記者会見は、Qualcommにとっては、他のSoCベンダーとのマーケティング的な闘いに勝利したことを見せつけるイベントになったと言っていいだろう。

今はNPUとバッテリ駆動時間でリードするQualcommだが、依然として残るソフトウェアの互換性問題

Copilot+ PCでは、新しいエミュレーター(Prism)も導入され、エミュレーションの性能が向上する

 だが、それでQualcommのWindows市場におけるシェアがドーンと一気に増えるかと言えば、それはまた別の次元の話だろう。もちろん、今回採用するOEMメーカーとラインアップが増えたことにより、短期的に従来よりもシェアが増えることは間違いない。では長期的にはどうかと言えば、今後もAMDやIntelに比較して、より高い魅力を持つ製品を継続的に投入できるか次第だ。

 QualcommのArmベースのSnapdragonシリーズが、AMDやIntelが提供しているx86と比較したときのメリットは、2つある。1つはここまで説明してきた今回のCopilot+ PCに採用された理由である高いNPU性能であり、もう1つがアイドル時の消費電力が低いことによる、より長時間のバッテリ駆動を実現できることだ。

 このアイドル時の消費電力というのは、CPUの負荷が低く、CPUのクロックが低くなり、ほぼ停止状態にある時の消費電力のことだ。

 実はバッテリ駆動時のノートPCにおいて、CPUはほとんどの時間がアイドルになっている。というのも、たとえばユーザーが文字を入力しているとき、あるいはキーボードに指を置いてはいるが入力していなくて何かを考えている時……そんなシーンが利用時には一般的だと思うが、そうしたときにCPUはアイドルになっているのだ。

 Arm系のCPUではこのアイドル時の消費電力がx86に比較して1桁低く、その結果として1割~2割程度、長時間のバッテリ駆動が可能になっている(今回の発表会でもSurface ProとSurface Laptopのバッテリ駆動時間が延びたことが盛んにアピールされていた)。

 そうしたメリットがあるが、逆にデメリットもある。それが具体的にはソフトウェアの互換性で、もともとx86向けに作られてきたWindows 11では、ISAのバイナリトランスレーション(x86/x64命令をArm64に変換する機能)が用意されているが、それでも動作しないアプリケーションというのがまだまだ少なくない。

 たとえばAdobeのアプリケーションが典型例だが、PhotoshopとLightroom CC、Lightroom Classicなどは対応が済んでいるが、Premiere Proなどの対応はまだ済んでおらず、それらのアプリケーションはArm版Windowsではインストールすらできない。

 ただし、今回のMicrosoftの発表会ではAdobeがPremiere ProのArm版Windows対応など対応アプリケーションを増やす計画だとアナウンスされており、それはいいニュースだと言える。

 また、日本語環境ではIMEの互換性問題もある。Arm版Windowsには、x64をArm64に変換するエミュレータが標準で用意されているのだが、IMEのようなOSの深いところで対応する必要があるソフトウェアには未対応。先日64bit対応を果たしたATOKでも、x64のアプリケーションでは利用できるが、Armネイティブのアプリケーションには対応していない。標準のMS-IMEであれば問題なく使えるが、MS-IME以外のIMEを使っている場合には依然として互換性問題に直面する。

 特に企業ユースを考えると、自社で使っているアプリケーションが1つでも未対応であれば、なかなかArm版Windowsに移行するとは言えないだろう。その意味で、ソフトウェアの互換性問題は引き続きMicrosoftもQualcommも努力が必要だ。

年末のAMD/Intelも投入、「Copilot+ PC」向け半導体競争は激化へ

Copilot+ PCのSoCはAMDやIntelも提供するが、時期的には年末商戦頃になる見通し

 ただ、結局ユーザーにとってはそうしたデメリットが、メリットを上回っていれば、Arm環境に移行するメリットがあると言える。従って、今後もそうしたメリットをQualcommが維持・発展していければ、Snapdragonを選ぶユーザーは増えていくことになるだろう。

 しかし、AMDやIntelも止まっているわけではない。半年後の年末商戦には、AMDのStrix Pointも、IntelのLunar Lakeも、搭載したノートPCが市場に投入される見通しだ。そうした中で、唯一40~60TOPSという要件を満たすとSnapdragon X Eliteのメリットは一つなくなる。

 そして、IntelはLunar Lakeはこれまでのx86と比較して比較にならないぐらい省電力だと説明しており、仮にそうしたバッテリ駆動時間がSnapdragon X Eliteと変わらないレベルであれば、そちらのメリットもなくなることになる。

 その結果として、ソフトウェアの互換性というデメリットだけが残ることになり、中長期的にはSnapdragonを選ぶメリットって何だっけ? ということになりかねない。その意味で、Qualcommにとっては、スタートダッシュを決めてより多くのシェアを獲得しておき、さらに次の製品をAMDやIntelを上回るペースで出さないと逆襲される可能性は十分にあると言える。

 ただ、ユーザーとしては、Windows OS向けのSoCを提供するベンダーが2社から3社に増えることは歓迎していいだろう。これまで搭載製品が少なすぎて現実的な選択肢とは言えなかったQualcomm Snapdragonが、ノートPCを購入する時に具体的な選択肢の1つとして浮上したことはエンドユーザーにとっては良いことしかない。

 いつも言っているが、「競争こそユーザーのメリット」だ。選択肢が2社から3社になったことは、ユーザーにとってメリット以外の何物でもなく、今後も3社の競争でよりよいものが、早く、安く手に入れられるようになるとしたらそれは大歓迎だ。