笠原一輝のユビキタス情報局

コンシューマ向けパソコンのより積極的な展開を目指すDynabook

Dynabookが11月から販売を開始しているdynabook V8

 2016年4月に東芝のPC部門が独立して出来た「東芝クライアントソリューション株式会社」は、2018年に発行株式の80.1%がシャープ株式会社に譲渡され、2019年の1月に「Dynabook株式会社」として新たなスタートを切った。

 それから約2年が経ち、先月にはその新生Dynabookを象徴するようなフラッグシップなモバイルノートPCが発表されている、それが「dynabook V8」(ワコムペン対応2in1「dynabook V8/V6」。Tiger Lake搭載で24時間駆動)だ。

 このdynabook V8は、搭載している第11世代Coreプロセッサの熱設計の枠として28Wをターゲットにした設計が行なわれており、15Wをターゲットにしているシステムに比べてより高性能を実現している。

 また、Dynabookでは、従来はIntelの新CPUのうち、いわゆるvPro版と呼ばれる大企業向けの管理機能を搭載したバージョンがリリースされるタイミングで新しい筐体デザインなどを投入してきたが、今回のモデルからコンシューマ向けの非vPro版の発表に合わせて新しい筐体デザインを投入するかたちに開発サイクルを変更した。これにより、一般消費者向けの製品で、より新しい世代のCPUをより早く投入することが可能になった。

 このように、これまではどちらかと言えば法人向け市場を重視してきた同社だが、今後はより一般消費者向けの市場を意識した製品作りに転換しこれまで取り組んでこなかったようなジャンルの製品にも積極的に取り組み、一般消費者向け市場でのプレゼンスをあげていきたい意向だ。

新生Dynabookのスタートから2年、ラインナップを増やし、一般消費者向け製品で新CPUをより早く採用

左からDynabook株式会社 コンピューティング&サービス事業本部 設計統括部 統括部長 島本肇氏、Dynabook株式会社 執行役員 商品・設計・NCC・ビジネスパートナー戦略所管 中村憲政氏、Dynabook株式会社 コンピューティング&サービス事業本部 商品統括部 商品開発部 部長 古賀裕一氏、Dynabook株式会社 ニューコンセプトコンピューティング統括部 統括部長 熊谷明氏

 11月下旬からDynabookが販売開始しているdynabook V8(法人としては大文字の「D」、製品として小文字「d」が正式表記となる)は、Intelの第11世代Coreプロセッサ(Core i7-1165G7)、16GBのメモリ、512GBのPCI Express SSDというスペックという薄型ノ2in1だ。

 ワコムのAESペンを利用可能な360度回転型ヒンジを備えた13.3型フルHDディスプレイを採用し、タブレット、テント、ビュー、クラムシェルなどに変形して利用することが可能になっているほか、重量は約979gと1kgを切る軽量を実現しており、バッテリ駆動時間は24時間(JEITA測定法 2.0、公称値)と長時間が実現されている。また、Intelが推進しているIntel Evoプラットフォームに準拠している。

 このdynabook V8は、この2年間にDynabookが取り組んできた製品ラインナップの拡張を象徴するフラッグシップ製品となる。新生Dynabookがスタートしてからの約2年間は、東芝パソコン部門の売却からはじまった事業再編に一息がつき、ラインナップをじょじょに拡大してきた日々だったとDynabook株式会社 執行役員 商品・設計・NCC・ビジネスパートナー戦略所管 中村憲政氏は言う。かつ、そもそも製品のリリースサイクルも、今回発表したdynabook V8などを発表したタイミングで大幅に切り替えた。

 「東芝時代だった2016年に国内以外のコンシューマ向け市場から撤退し、その後は資産を上手く活用して製品展開をしてきた。しかし、シャープ傘下になり、社名もDynabookにしてからはラインナップを拡充。2019年には12モデルだったが、2020年には19モデルに増やしている。また、ラインナップも法人向けのvProがリリースされるのに合わせて新製品を投入するというサイクルで回していたため、一般消費者向け製品が半年他社に比べて遅れてしまうという課題があった。それは今回の製品で見直し、一般消費者向けのCPUがリリースされるタイミングで新製品をリリースするサイクルに切り替えた」と中村氏はいう。

 これには若干の解説が必要だろう。インテルのモバイルノートPC向けのCPUのリリースサイクルは、おおむね2段階になっている。第1段階として、第3四半期(7月~9月期)あたりに新しいCPUが発表される。例年ドイツのベルリンで8月下旬~9月上旬に行なわれるIFAの前に発表され、IFAでそれを搭載したノートPCメーカーの秋冬モデルが発表される。この第3四半期にリリースされるCPUは一般消費者向けとなる。今年(2020年)の第11世代Coreプロセッサの例で言えば、現在市場に流通しているのは非vPro版の第11世代Coreプロセッサだ。

 これに対して例年1月のCESで投入されるのがvPro版になる。といってもCPUのプロセッサー・ナンバーはほとんど同一で、vProつきとして区別されることになる。いずれも大規模な企業(エンタープライズ)で必要になるデバイスのリモート管理だったり、ハードウェアセキュリティの機能などを含んでおり、エンタープライズ向けなどに販売されている企業向けのノートパソコンに搭載される。

 つまり、これが例年のリリースサイクルである。Intelは公式に来年(2021年)の初頭にvPro版を投入するということを、第11世代Coreプロセッサの発表時に明らかにしており、例年通りCES(ないしはそれに近いタイミング)で発表される可能性は高い。

 これまでDynabookでは後者(vPro版)に合わせて新製品を発表していた。というのも、ノートパソコンの場合法人向け、一般消費者向けという区別はあっても、筐体デザインや内部マザーボードなどは共有していて、最終的に違いはソフトウェア(OSがWindows 10 HomeかWindows 10 Proか)ぐらいであることが多いからだ。

 これまでDynabookではvPro版が発表されるタイミングで新しい筐体やマザーボードを搭載した製品を投入していた。このため、他社が新しい世代のCPUを9月に発表して年内には発売していたのに対して、Dynabookの場合は2月~3月頃に新しいアーキテクチャのCPUを搭載した製品を、一般消費者向けと企業向けを同時に展開するかたちになるので、どうしても新しい世代のCPU搭載が他社に半年程度遅れてしまっていたのだ。

 そうした状況を改善するという意味で、まずは非vPro版で製品を一般消費者向けと、vProがなくても構わない法人向けにリリースし、vPro版投入後に改めて法人にフォーカスしたモデルをリリースするという製品展開は、理に適っていると言える。

第11世代Coreプロセッサの最大限の性能を発揮

dynabook V8の放熱機構。薄いファンを2つ搭載している

 そのDynabookが11月に発表して11月下旬から販売を開始しているdynabook V8には、1つ大きな特徴がある。それが第11世代Coreプロセッサの熱設計の可変枠である28W~12Wのうち、上の方のレンジである28Wをターゲットにして熱設計が行なわれているという点だ。

 Dynabook株式会社 コンピューティング&サービス事業本部 設計統括部 統括部長 島本肇氏によれば「この製品の設計をはじめた頃には、他社はTDP 15Wのままの製品を出してくるところが多いだろうと考えた。しかし、第11世代Coreプロセッサの完成度は当初の予想よりもよく、ちゃんと設計すればAAAタイトルのゲームをフルHDで十分プレイすることができることが見えてきて、ここはしっかりと28Wをターゲットにした設計が必要だし、他社との差別化になると判断した」とのことだ。

 dynabook V8はWindowsのパワースライダーで「最も高いパフォーマンス」に設定したときには、PL1(Power Limit 1)と呼ばれるCPUの放熱設定が28Wにセットされ、PL1を28Wに設定したときでもきちんと放熱できるように設計された放熱機構を利用して排熱することで、CPUの性能を高めることができるのだ(パワースライダーが「高パフォーマンス」や「よりよいバッテリ」に設定されている場合はTDP 15Wの設定になる)。

dynabook V8 エンパワーテクノロジー。28Wの熱設計枠に対応する放熱ソリューション

 すでにこの連載でこの件は何度も取り上げているが、ここ数世代のIntelのCPUは、ノートパソコンメーカーがどのような熱設計を行なうかで性能が変わってくる。dynabook V8には第11世代CoreプロセッサのCore i7-1165G7を搭載しているが、ほかのメーカーのCore i7-1165G7を搭載したノートPCとまったく同じ性能ではないのだ。つまり、メーカーがより強力な放熱機構を備えたノートPCを設計すれば、ユーザーが得られる性能はそれだけ上げることになるので、ユーザーとしてはよりよい放熱設計をしているメーカーのノートを選びたいところだ。

 しかし、ノートパソコンを分厚くして、重くしてより強力な熱設計をすればいいかと言えばそうではないのは明らかだろう。従来のノートと厚さや重さは変わらないけど、より強力な熱設計がされている、それが重要になってくる。

 今回の製品ではCPUのヒートシンクにヒートパイプで2つのファンを接続するという「ダブルファン構造」を採用しているという。その目的について島本氏は「デュアルファンにしたのは製品の厚みを出したくなかったからだ。2つにすることでそれぞれを薄くすることができたし、2つのファンの速度を微妙に変えることでノイズも従来のシングルファンに比べて静かになっている」とのことで、28Wを排熱する性能を持っているが、従来よりも静かでかつ薄さを実現することができたという。

dynabook V8の発表会ではカプコンの担当者をゲストによんでゲーミングのデモが行なわれた。こうした薄型ノートPCの発表会でこうしたデモが行なわれるのは異例のことだ

 ファームウェアによる放熱のコントロールもきめ細かく行なっているという。とくに第11世代CoreプロセッサではGPUの性能が重要になるので、電源関連のパラメータを細かく設定してGPUの性能を引き出すような設計を行なっている。

 実際、11月にDynabookが行なった発表会では、ゲームパブリッシャーである株式会社カプコンがゲストとして迎えられ、同社のフラッグシップゲームである「ストリートファイターV」をdynabook V8でプレイする様子などが公開された。これまでこうしたビジネス向けの薄型ノートで、ゲームが出来るとアピールしたメーカーはほとんどなかったと記憶しているが、今後はそうしたことが当たり前になっていくということだ。

 現状、dynabook V8のように「PL1を28Wにできます」と公言して販売しているノートはあまり多くはない(つまりほとんどの製品はTDP 15Wの枠で設計されている可能性が高い)。そう考えると、そこはdynabook V8の重要なセールスポイントになっているということができるだろう。

国内メーカーとしてはいち早くEvoプラットフォームに積極的に対応

dynabook V8はEvoプラットフォームに対応している

 また、dynabook V8ではIntelが推進するEvoプラットフォームに対応している。EvoプラットフォームはCentrinoやUltrabookと同じようにプラットフォームにブランドを付けていく取り組みだが、従来の2つとの大きな違いとしてEvoではユーザー体験を定義している、ということがある。

 具体的にはパソコンをサクサク快適に使える、長時間バッテリ駆動、フォームファクターなどのユーザー体験を定義しており、ユーザーにとっては「Evo」のロゴがあることで、そうした高性能で、長時間バッテリ駆動で、モダンなデザインのPCであるという目印になっている。

 だが、ノートパソコンベンダーの立場に立ってみれば、「Evo」ロゴをつけるということはそれだけ負担になる。というのも、スペックを高くすればコストはあがるし、長時間バッテリ駆動を実現するには大容量のバッテリを搭載する必要がある。

 そこで、dynabook V8では53Whという大容量バッテリを搭載している。日本向けの1kgを切るノートではバッテリ駆動時間よりも重量を重視して30~40Whという容量が小さなバッテリが搭載されていることが少なくない。容量を少なくすれば重量が軽くなるので、それだけ軽量を実現することが容易になるからだ。しかし、dynabook V8では「Evoで規定されている長時間バッテリ駆動を満たすためには53Whのバッテリを搭載する必要があった。しかし、そうなるとその分だけスペースも必要になるため、基板設計もシミュレーションからやり直して10層基板という高密度実装基板にして搭載した」(島本氏)という。

 つまり、Evoの認証を通すためにも容量の小さなバッテリを搭載するという手が使えず、基板設計から内部レイアウトを見直すなどをすることで対応したのだ。その結果、きっちりと長時間バッテリ駆動を実現しながら約979gと1kgを切る軽量さを実現したのだから賞賛に値するだろう。

今後は新しいジャンルのPCやデザインを重視した製品にも取り組み、一般消費者向けPC市場でプレゼンスを高めていく

 このように新しいフラッグシップな薄型ノートパソコンをはじめめとする新製品をリリースしたばかりのDynabookだが、さらに将来を見据えている。

 同社で製品企画を担当しているDynabook株式会社 コンピューティング&サービス事業本部 商品統括部 商品開発部 部長 古賀裕一氏は「これまで弊社としては拡張性を重視したりとか法人向けでも販売することを意識した製品を中心にリリースしてきた。今後は一般消費者のお客様にももっと振り向いてもらえる製品を作るという方向性も考えていかないといけない。

 たとえば、ゲーミングパソコンなども1つの注目分野で、現在8K動画編集用として提供している拡張ボックスのようなかたちで提供していくのか、そうでないのかなども含めていろいろ検討していきたい」と述べる。

 製品の設計を担当している島本氏は「現在われわれのパソコンはビジネス向けという位置づけで製品のデザインを行なっており、一般消費者向けもそれに順じたデザインになっている。今後一般消費者向けの製品を拡充していく上で、よりデザイン性に優れた製品に取り組んで行かないといけない」と述べ、今後の同社の製品ではデザイン重視の製品に取り組む可能性を示唆した。

 このように、Dynabookとしては今後一般消費者に受け入れられるようなPCを積極的に検討していきたいという姿勢を明確にしている。非vProの新CPUのリリースに合わせて新製品を投入するというサイクルの変更もその一環と考えることができるだろう。今後も28Wの熱設計枠を積極的なサポートしたようなアグレッシブな設計のノートパソコンが、より早いタイミングで同社から登場することに期待したいところだ。