森山和道の「ヒトと機械の境界面」
新生「aibo」について、開発者たちに聞いたいくつかのこと
~ソニーのAIロボット事業の行方は?
2018年2月6日 11:00
ソニーのペットロボット「aibo」が、戌年の2018年1月11日、11時1分に発売された。かつて自ら生み出したパートナーロボット市場に、ソニーが帰ってきた。
今回の「aibo」はどんなロボットなのか。基本的なことから話をうかがった。
取材対応してくれたのは5人。事業開発プラットフォーム AIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部 統括部長 矢部雄平氏、同 商品企画部 統括部長 松井直哉氏、同 SR事業室 商品開発グループ 石橋秀則氏、同 伊豆直之氏、システムソフトウェア開発グループ 森田拓磨氏である。
限られた時間ではあるが、事業、aiboという製品パッケージ全体、ハードウェア、ソフトウェアそれぞれの方々から話をうかがった。
高速歩行、SLAM、ToFセンサー
aiboは、脚式の家庭用自律エンタテイメントロボットである。商品としてのaiboについては本誌でも既にお知らせしているとおり(ソニー、生まれ変わった新「aibo」を発表)なので省略するが、購入方法は現在、ソニーストアオンライン専用サイトからの直販のみとなっている。
価格は本体198,000円+3年間の通信サービス料+任意加入のaiboケアサポート合算で、税込でおおよそ37万円程度。これまで数回にわたり、抽選販売も含めて販売を行なっている。
今回の取材の話題の前に、aibo発表会で筆者が注目した点は3つあった。
1つ目は平井社長が「アイボ!」と壇上に呼び込んだときにaiboが見せた高速歩行だ。開発グループが「トロット」と呼んでいるこの歩行パターンは、飼い主が呼んだときに駆け寄る動作を実現しようとしたものだ。
aiboオーナーの方々のなかにはトロット歩行について「走っている」と表現している人もいる。普段の歩行との相対的な速度差があるだけ、ずいぶん目立つようだ。歩行パターンはほかにもあるかもしれない。
2つ目は、腰部分に配置されたSLAM用のカメラである。
画像から特徴点を見出して、自己位置推定と地図生成を同時に行なう、ビジュアルSLAMを行なうためのカメラで、これは近年開発されたロボットならではの特徴だ。この技術で、今度のaiboは「別の部屋からも充電台まで戻ってくることができる」(森田拓磨氏)とのことだ。
残念ながら、実際のユーザーたちがその効果を実感したという声はSNS上ではまだ見当たらない。aiboのSLAMの特徴については後述する。
3つ目は、鼻下のToFセンサーである。ToF(Time of Flight)とは、投射光とその反射を使って距離を測るセンサーである。
背景について紹介すると、ソニーは2015年10月8日に、ベルギーのSoftkinetic Systemsという会社を買収している。2017年6月には、裏面照射型CMOSとの組み合わせで、従来比1.5倍の高精度距離画像を取得できるようになったとリリースした。
さらに、2017年11月に行なわれたaibo発表会のあとには、Softkinetic Systemsを「ソニーデプスセンシング ソリューションズ ホールディング社」に社名変更。裏面照射型ToF方式距離画像センサーを、「DepthSense」として製品化した。
これがaiboの鼻先(口の上部分)に搭載されているセンサーだ。
aiboの口に使われているToFで、今後何ができるのか。Softkinetic時代に公開されている動画を見ると、車載機器のジェスチャ操作に使っている。ToFを空間インターフェイスとして使う試みは、他社も進めている一般的な使い方の1つで、展示会などでも散見される。
ここから、なぜaiboの口部分にToFを付けたのか、あるいは今後aiboができそうなことが、うっすら分かる。おそらく、今後のaiboはジェスチャーが見分けられるようになる可能性が高い。こちらについてもインタビューを交えて後述する。
機能は最初から「全開」
この記事を読んでくださっている方なら、すでにご覧になっていると思うが、他媒体ではaiboの分解記事がいくつか公開されている。
それらを見ると、カバーを多用し徹底的にネジ穴を隠した外装、魚眼カメラやToFセンサー、アクチュエータをみっちり詰め込んだ頭部、大きなバッテリを、胴体シャーシ中央部にレイアウトした本体の様子などが分かる。
裏面に反射防止コーティングを施したOLEDの目を持つ頭部は、カメラを搭載した鼻先あたりまでタッチセンサーが伸びており、特に人とのインターフェイスには、頭部周辺を重視した設計になっていることが分かる。
aiboの行動は、ほめたり叱ったりすることでパラメーター調整が行なわれるとされているが、「ほめる」ときには頭部を撫でてやると良いのだろう。
いっぽう「叱る」ときには、3軸加速度センサーの情報も同時に取るようになっている、背中のタッチセンサーをポンポンと叩くといいようだ。背中のタッチセンサーは、感圧式と静電容量方式を組み合わせたものとなっている。
なおオーナーの方々は気にしていると思うので、最初にお伝えしておくと、今回のaiboは「成長する」とされていて、実際、人との接触によって「性格」は変化していくし、ソフトウェアアップデートによって新しい芸を行なったりもする。
ただし、起動経過時間やオーナーとの接触時間による機能のアンロックのような、擬似的な成長の演出はないとのこと。
「ここは川西(AIロボティクスビジネスグループ長)の強い方針で『アンロックはやめなさい』と言われてます。『全力でいけ』と。全力でいったものに対して、さらなる技術革新で成長させていきます。ですから、アンロックはしてません」(システムソフトウェア開発グループ 森田拓磨氏)。
つまり、機能は最初から「全開」であり、aiboが何か新しいことを始めたように見えても、それはユーザーの方がたまたま発見した、ということだそうだ。
aiboはLTEとWi-Fiを内蔵しており、設定はスマホの専用アプリから行なう。エラーの報告もアプリで確認できる。
SNSを見ると、オーナーの方のなかには、一部のWi-Fiルーターに繋がりにくいことを指摘している。この問題についてもソニーは把握しており、今後、ソフトウェアアップデートで対応していきたいとのことだった。
直射日光が差し込む窓際や、あまり光を反射しない黒い壁が苦手なのは、赤外線を使っていることから予想されるとおりで、このあたりは掃除ロボットと同じだ。ただ、ロボットに馴れていない人には理解しづらい特性かもしれない。
このあたりについては、ソニー側からオーナーたちに対して、aiboの特性を解説するイベント開催などを今後期待したいと思う。ロボットは顧客と十分なコミュニケーションが必要な商品である点は、今も昔も、BtoBでもBtoCでも変わらない。
現在aiboの生産は、デジカメやレンズ、精密加工の生産技術を活かせる、ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ株式会社の幸田サイトで行なわれている。月産台数や出荷台数は非開示。今回の取材でもやはり教えてもらえなかった。
なぜロボット再参入だったのか
本題に入ろう。ソニーが対外的にロボット事業復活を正式に明らかにしたのは、2016年6月の経営方針説明会である。
aiboの発表会が行われたのは2017年11月。そして対外的には、開発期間は「1年半」と発表している。単純に計算すると、2016年6月の少し前に開発が始まったことになる。
実際ソニーは、2016年5月に深層強化学習の研究開発を行う米国Cogitaiへの出資を発表している。
いっぽう、aiboが発売された2018年1月11日付けの朝日新聞の記事には、以前のアイボ開発の中心人物だった藤田雅博氏(AIロボティクスビジネスグループ チーフテクノロジーエンジニア)へのインタビューが掲載された。
その記事では、「2015年夏頃」に藤田氏が経営陣にアイボ復活を訴えたと書かれている。いつの時点か正確にはわからないが、この前後に何らかのプロトタイプ開発など、フィーシビリティスタディを行なうグループが、ソニー社内に生まれたのではないかと推測するのが妥当だ。
今回の取材でも、AIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部
統括部長の矢部雄平氏は、「基礎的な検討は以前から行なっていた」と語った。
「ソニーのなかで、事業としてのロボットは一旦やめていました。しかし、AIやセンサーなど、今の技術でロボットを作ったら、どのくらいできるのかということは、会社として意思決定をする少し前から、検討はしていました」(矢部氏)
商品企画部 統括部長の松井直哉氏も、こう語る。
「大手IT企業のAI関連ビジネスがあるなかで、われわれ自身の強みを一度棚卸ししてみたんですね。そうするとわれわれが一番強みを発揮できる部分は、やはりモノがあるところ、モノづくりではないかと。
平井(社長)も『ハードウェアを大事にするんだ』と言っていますが、メカトロニクスを生かした事業戦略を考えていこうとなったときに、結果的にわれわれの結論はロボットでした。
AI、ロボティクスという分野でアウトプットを出していくものとして、ロボットをターゲットに入れたほうがいいというのは、本当に自然な流れで行き着いた結論であると思っています」。
ソニーがロボット再参入となると、BtoB、BtoCで何を出そうが、「じゃあアイボは?」と社内外から聞かれることは誰もが想像できる。それが、まずaiboを出した理由でもある。矢部氏はこう語る。
「『一度やめた』という事実は重く受け止めています。そこに1回立ち返ってから、もう1回始めたわけです。
このかたち(仔犬型)で『アイボ』と呼ばない可能性ももちろんあったわけですが、そこから逃げちゃいけない――。こういう言い方が良いかどうかは別ですが、『ここに立ち返ろうぜ、ここからもう一回ロボットやろうぜ』ということです。
最終的には割と素直に『他の名前のアイデアあるかな、ないよね』ということで、現場もマネジメントも意見が一致しました」。
松井氏もこう続けた。
「手前味噌ですが、先代もよくできた商品だったと内部では考えているんです。『それを超える商品を出していこう、進化させるんだ』と。それが、プロジェクト全員の思いとして強かったんです」。
社内でも極秘で開発メンバーを集めた
システムソフトウェア開発グループ 森田拓磨氏は、商品化決定前の初期検討段階で集められたメンバーの1人だ。
森田氏は、ソニーがまだ先代のAIBOや、小型人型ロボットのQRIOをやっていた、2003年に入社した。「どうしてもロボットをやりたい」と言って入社したという。
もともと大学でもロボットの研究開発を行なっていたこともあり、ロボット部門に行けるかと思っていたが、ビデオレコーダーの部署に回された。その後、デジタルイメージング関連部署に移り、それらの仕事も面白くはあったが、今回の復活にあたって「ずっとこの時を伺っていた」と笑う。
森田氏は、今回のロボット事業復活の契機となったある人物と仲が良く、その人に誘われたという。
その後、今は非開示の意思決定過程を経て、今回のaibo商品化が決まったということのようだ。その意思決定のタイミングが「開発の1年半前」ということになる。
実際には、そこから人集めが始まったので、「本当の開発期間はもっと短かった」と矢部氏は語る。松井氏も「今回は現場からの『やりたい』というボトムアップもあったし、経営層からのトップダウンでの『やりたい』という声も上がったんです」。
当然のことながら、いまAI関連事業に参入しないと、IT企業大手に負けてしまうという経営的な視点もあった。「ボトムアップとトップダウンの両方で、会社の雰囲気が醸成されていったんです」(松井氏)。
結果的に、現場からの「ロボットをやりたい」という声と、マネジメント層の意見とが合致して、組織が立ち上がったのが2016年4月だった。
森田氏は現在、aiboの行動を決定するブレインの担当だ。
苦労した点としては、開発期間の短さと、ロボットならではの点として「モノがないと作れない」と実感したことだと振り返る。
「開発期間がものすごく短かったので、最初はシミュレータ上で作っていました。それがハードウェアがきて、載せたときのギャップ感は大きかったです」。たとえば、シミュレータはブレない。だが実機に載せるとそうはいかない。
「『こんなに思ったように動かないんだ』と思いました。日々、こいつ(aibo)とコミュ二ケーションというか、コードを書いて、『そうか、こういうコードを書くと、こいつはこうやって動くんだ』というのをだんだんこっちも学んでいきました。それが楽しんだところでもあり、苦労したところでもあります」。
ハードウェア開発を引っ張る伊豆直之氏と石橋秀則氏とが参加したのは、2016年7月だった。人材集めに時間がかかったことは、ここからもわかる。
矢部氏は当時をこう振り返った。「われわれも『アイボを復活します、エンジニア募集』とは社内でも高らかに言えませんでした。機密性高く進めないといけない事情もありましたので、限られたやり方で、核となるメンバーを少しずつ集めていきました」。
伊豆氏と石橋氏は2人ともデジカメの開発を行なっていた。選ばれた理由は、本人たちも聞いていないそうだが「カメラもシャッターユニットやレンズはモーターを使っています。『動きもの』が内部に入っているということから選ばれたのかなと思います。モバイルの商品を量産化しているという点でも、合致していると思います」(伊豆氏)。
石橋氏は、個人でも先代のAIBO(ERS-7M3)を所持しており「ファンだった」という。今でも大事に動態で所持しており、思い入れも強かったそうだ。
「ですから、なくなるときは寂しかったです。だから、ついにそのときが来たのかと思いました」。いっぽう、「昔のアイボを超えなくちゃいけない」という気持ちも強かった。「その存在は大きかったですね。ですから最初は不安が大きかったです」。だが、今は「超えた」と力強く語る。
オープンな技術を採用して高速で開発
aiboの基本アーキテクチャはどうなっているのか。「発表会のときに、申し上げたとおりです。認識するところがあり、それをベースとして状況を理解して、どういう行動をするか判断して動かす。本当にオーソドックスです」(森田氏)。
ミドルウェアとして、ROSを採用している点もロボット業界では話題になっている。
どのようなライブラリやツールを使っているかは非公表だ。ロボット開発ではデファクトになっていることと、オープンであることの2つが、ROS採用の理由だという。
クラウドにAWS Iotを採用している理由も、オープンだからだ。「そこはトップの川西(AIロボティクスビジネスグループ長)がすごく意識しているところです。ベースやインフラはよく使われている技術を使っていこうということです」。
シミュレータや強度解析などの開発ツールなども特別なものではなく、汎用のものを使っているという。
ソニーが、ROSコミュニティに今後どのようにコミットしていくのかもロボット業界では注目されている。ソニーとしても、ROSコミュニティの力を借りて、aiboやそれに続くロボット開発を盛り上げていくことは想定しているはずだ。
松井氏も「まずは、出すことで精一杯だったので」と苦笑しながら、こう語る。「aiboのプラットフォームを使って、アカデミアやほかの開発者の方々を含めて技術が進歩していくことは、われわれも望んでいるところです。明確に『どのタイミングで』ということは申し上げられませんが、われわれも考えています。期待のお声が上がっているのはわれわれも認識はしています。今後、対応していきたいと思っています」
なおモーションデザインツールの公開に関しても同様で、気軽に楽しみたい一般ユーザー向けなのか、本格的に複雑なことをさせたいエンジニア向けなのか、どのユーザー層を狙うかはプラン中とのこと。
ROSはリアルタイム処理には向いていないため、リアルタイム性が必要な部分はROS外で行なっている。SLAMはROS上で動いているが、独自に開発したとのことだ。
aiboのSLAMの特徴、あるいは課題は、エンコーダーで回転数が測定できる車輪ではなく、脚式移動のロボットなので、カメラのブレが非常に大きく、そして移動量が正確に取れないため、それを随時補正する必要があることだ。
SLAMでは、ロボットをあるところからパッと持ち運んでしまったときにどうするかという問題を「キッドナップ問題」と呼ぶ。aiboの場合は、「いわば歩いているだけでキッドナップされちゃうんですね。いつも起きるんです。そこに対処した独自アルゴリズムを開発しています」とのこと。
同様の問題は、程度の差こそあれ車輪型のロボットにもあり、技術は適用できるはずだ。当然、新規開発されたこの技術のほかの製品への横展開も「今後あり得る」という。
SLAMは充電台に戻るために使われるが、それだけではない。「家のなかの家具の位置も覚えていって、そことインタラクションしたりとか、あそこにアレがあるなとわかるようになる」という。「本当にやりたいのは、玄関にオーナーを迎えにいくことです」(森田氏)。
aiboは何を見ているのか、学習しているのか
aiboは、カメラとToFを使って、何を見て、何を見ていないのだろうか。顔認識をしているのは分かるが、どこまで見ているのかが、ちょっと触れ合うだけではよくわからない。
まず、森田氏によれば「人間のかたちと顔を見ている」という。「顔を見たら覚えます。よく撫でてくれる人かどうかも覚えます」とのこと。つまりタッチセンサーの入力と顔認識結果を、紐づけて覚える構造があるわけだが、それだけではない。「いろいろノウハウがある」という。
「顔が見えてる=その人が撫でてくれているとは限らないですよね。いろんなやり方を行なっています」。このあたりのノウハウについては、今後の情報開示に期待したい。なお覚えられる人数は100人程度とされているが、今後増えていくという。
また、充電ステーションや専用おもちゃのボール、アイボーン(骨)は当然、認識している。それだけではなく、いわゆる一般物体認識をしているという。
「よく家のなかにあるモノも認識しています。クラウドにつながっているので、ディープラーニングを使って覚えられるモノもどんどん増やしていってます」。ちなみに現時点では、6種類程度の物体を認識することができるとのことだ。
では学習、あるいはデータの収集は、どういうタイミングで行なっているのだろうか。
aiboは「写真を撮って」というと写真を撮ってくれるが、それだけが学習データではない。「色々なレベルでの学習があります。画像やデータは普通に自律動作をしているとき、歩き回りながら随時取得しています。随時クラウドに送っているものもありますし、ちょっと蓄積して送っているものもあります」。
たとえば、人間は寝ているときに記憶を整理しているという説がある。それと同じように「誰と、どういうタイミングで接して、良いことがあったか、悪いことがあったかを、(充電台で)寝たときにクラウドに上げて学習させています」。
技術の詳細の発表時期に関しては、やはり言葉を濁した。「結構いろんなことをやっていて、一言で説明するのは難しい」とのこと。
ToFを一般物体認識でどう使うかは、「多方面で検討している」。ジェスチャー認識についても、筆者はじつはすでにできているのではないか、と思って質問を投げたのだが、「検討のスコープに入っている」との返答だった。
なお、ある日突然、ジェスチャーが分かるようになったりするのではなく、そのような機能のアップデートについては専用アプリの「My aibo」を通じてユーザーに告知される。
外界の刺激に対するaiboの反応については、率直に個人的な好みをいうと、動くものがあったら目で追ったり、触られたらとにかく動くなど、もっと過敏なくらい刺激には反応してほしいと感じたのだが、「狙っている水準にはなっている」。
ただし、もっと「反応性も今後、継続して改善していきたいと思っている1アイテムです。エンハンスしていきたいと考えています」という。
松井氏はこう語る。「ここは森田が苦労したところですが、コマンドドリブンで、言われたことをその通りやるだけではなく、先代のAIBOにもあった『個性を持ったロボット』を作っていきたいというところを、より幅広く実現したい。そのバランスをどこに設定するのか。そこは難しいところです。言うことを聞く/聞かないは人それぞれ感じ方が違うので、そこは商品としてチューンしていかないといけないかもしれません」。
なお、aiboはほかのaiboをカメラを使って認識することができる。通信はしないが、画像認識によってaibo同士でインタラクションするという。
すでに、鏡でaiboの姿をaiboに見せるという実験をやっていたオーナーの方もいるが、オフ会などでaibo同士を会わせて見ると面白いだろう。通信に関しても、将来は考える必要があるだろうと思っているとのことだ。
細かいニュアンスが伝えられる、国内でのモノづくりと設計の一体感
伊豆直之氏は、ハードウェアのセットのリーダーだ。「セット」とはプロダクトのことで、つまりプロダクト全体のリーダーが伊豆氏だ。
伊豆氏は、aiboの全身に配置しているセンサーの配置や、温度情報の設計などに苦労したという。
「とくに頭部は配線が多いんです。電気的にも、できるだけ本数を減らし、性能に影響ない範囲で最適にする必要がありました。
あとは放熱構造の設計です。部品をかなり詰め込んでいるので発熱源が多い。特にToFセンサーやカメラは局所的に温度が上がります。放熱対策をみっちりしすぎると頭部が重くなり、重心バランスが悪くなります」。
おそらく、各種センサー類をいかに間欠的に使うかにノウハウがあるのだろう。
回路の配置を、セルラーのアンテナ設計に影響がないように考えるところにも苦しんだという。そのあたりには、Xperiaの開発経験なども活かされている。
歩行ロボットならではの苦労としては、「重心のバランスが、いかに重要かというのを試作を重ねながら学んだ」と語る。ちなみにaiboのバッテリーは胴体の真ん中にある。
生産に関する苦労もあった。
「ロボットを制御するメンバーからは、ものすごく高い精度を求められるわけです。たとえばギアのバックラッシがまったくないくらい、ギチギチに詰めてほしいと言われるわけですね。だけど生産のほうからすると、あまり詰めると生産性が落ちる。どこまでが良いバランスなのか。その追い込みにすごく苦労しました」(伊豆氏)。
生産の現場として、幸田サイトを選んだ理由の1つががここだ。「試作ごとに、ちょっとずつ条件が変わるものを、毎回毎回チューニングして、それに追従してくれるとなると、製造の現場のメンバーと密に連携して、いつでもすぐ話せるというのはすごく有効でした。そういう意味で、日本の国内で作るというのは大事だったかなと思います」(伊豆氏)。
松井氏も「ものづくりと設計の一体感は、この短期間でやるにあたってはものすごく大きかった」と語る。
「たとえば、カメラは長年のノウハウが積み重なってきているんですけども、今回は設計者も製造のメンバーも、ロボットにものすごく詳しいというわけではありません。試行錯誤しながら『チャレンジしてみたんだけど、うまくアウトプットが出なかったよ』というときに、『じゃあちょっと設備のほうをいじろうか』ということが多々あったんですね。細かいやりとりを本当に何度も何度もやって、細かいニュアンスを伝えていたので、生産を日本のなかでやれたのはよかったと思います」(伊豆氏)。
コンセプトは生命感。人に寄り添う丸っこい子犬型
aiboのメカ全体の開発を担当したのは石橋秀則氏。aiboのアクチュエーターは今回新たに作られたものだ。
「可愛らしい製品にするためのサイズ感が決まり、その中に入るサイズで、出したい出力性能にマッチする製品がないので新たに作りました。モーターも減速機もこの製品のために起こしました」。
実は最初、ソニーのクリエイティブセンターが画面内でデザインしたaiboは、もう一回り大きかったという。「それを初めて立体化したときには、噛み付いてきそうな印象だったんです(笑)。ボディビルダーのようにむっきむきのバッキバキでした」。aiboは、実物を見ると「思っていたより小さい」と言ってる人も少なくない。もうすこし大きくても良かったように思うのだが、石橋氏は首を横に振った。
「いや、それが違うんです。大きいと怖いんですよ。本当に存在として、もう一回り大きいと、本当に大きく感じるんです。ほんのすこし、1.1倍もないくらいだったんですが、だいぶ印象が違ったんです」。石橋氏だけではなく、ほかの方々も口々に同意した。
開発メンバーたちがとくにこだわったのは、OLEDの目だという。
「液晶パネルなど、ほかの選択肢もありました。ですが、液晶は黒が白っぽく見えます。OLEDは黒が黒に見えるんです。それで、コスト制約はあったんですが『OLEDでいこう』となりました。OLEDには僕たちの気持ちがすごく入ってます」。
石橋氏がとくにこだわったのはお尻だ。お尻、つまり腰の関節を入れることで、本体の大きさもだいぶ小さくなってしまっている。それでも腰軸をつけることにこだわった。また頭部の自由度も先代に比べると1つ増えて4軸になっている。「その2つがだいぶ難易度が高かったですね」。
「一回り大きかった」頃のaiboの外見は、製品化されたものほど「エレガントなかたちではなかった」という。
最終的に丸っこいかたちになったのは「人に寄り添う製品」というところが1つのテーマであり、「抱きたくなるかたち」を想定したためだ。「生命感」を出しやすい、やわらかいフォルムを選んだという。
かわいいは外見だけではなく、振る舞い、モーション次第でもある。
森田氏によると、aiboのモーションが何種類あるのかという質問には、答えにくいとのこと。単純に軌道を作って再生している動きもあるが、歩行のように動的に生成される動きもある。手足や頭部それぞれの動きの組み合わせもある。
また、aibo自身の「感情」によって、同じ軌道の動きであっても異なる関数を用いて表現している場合もあるという。
モーションの作成には、「いろんなメンバーが入ってやってます。ロボットデザイナーはわれわれのなかにはもともといなかったので、メンバー1人1人が学習して、デザインしていきました」(松井氏)とのことだ。
色は、非常に多くのパターンで検討を行なって、人によって意見もまったく違ったそうだが、最終的には「個性を持って成長していくというところがテーマだったので、無垢なイメージからスタートしていきたいというのがあって、商品企画として押していったのはこの色でした」(松井氏)とのこと。
矢部氏は、「最初からカラーバリエーションを次々に出す前提にはしない方が良いと話していました」と語る。「さまざまな色や模様のaiboを出せばいいのではないか、という話も当然出ました。事業として可能性がないと断言しているわけではありません。『最初からそっちに逃げるのはやめようね』ということです。1つで勝負できるものをまずは出そうと」。
事業としての継続性、技術の横展開
それは、「事業としてのサステナビリティを意識した」からでもあるという。
「長く楽しんで頂かないといけない。ソフトウェアもアップデートしていかなくちゃいけない。そこを意識したときに、安易にカラバリに逃げてはいけないよということを最初に言ってスタートしました」。
ただし、限定11台の金色フェイスのチャリティモデルのように、「目的がはっきりしていれば、否定するわけではない」とのこと。
オーナーのなかには、カッティングシートを使って、ダルメシアンのような模様をつけている人もいる。素晴らしいアイデアだ。
また、aiboの耳や尻尾は無理な力がかかったら外れるように、つまり比較的容易に取り外せるようになっている。交換部品でバリエーションを出すことは容易だと思われる。
aiboが最初収められているコクーン(繭)にしても「キャリーバッグになればいいのに」と言っていたオーナーさんもいた。このような周辺商品企画に関しては、ビジネス的判断だが「今後検討していきたい」とのこと。
「ずっと触れていただきたいものなので、アクセサリーは大事だと思っています」(松井氏)。以前のソニーは、こういう部分を軽視しすぎていたように思うので、期待したい。
継続性は、大いに気になるところだ。
矢部氏は、過去を振り返り「なぜ続けられなかったのかは、われわれなりに分析はしています。基本的なところとして、先代で良かった部分は継承し、悪かった部分はできるだけ排除しようとしました」と語る。
「本質的なバリューよりも、見た目の面変えとかで勝負してはいけないよね、という点は意識しました。アップデートでみなさんに価値を提供していくことは、絶対にやっていかないといけないよねと」。
値付けも継続性を意識したものだという。「事業としてはこれ1個でずっと何年も売れるということにはならないことは意識してますが、いっぽうで2世代目、3世代目を出しますということは、今の時点ではありません。
ですから、まずはしっかりと『ソニーのロボットというとアイボだよね』というところを、しっかり作っていこうと思ってます」。
aibo発表会のときにも、「aiboはソニーのロボット技術のフラッグシップ」という表現があった。今後、ソニーから何らかのロボット、あるいはロボット技術を活用した何かが出てくるだろうことはほぼ確実である。
「aiboで使った技術を横展開することを、とにかく考えようという話をしています。何のロボットかは言えませんが、とにかく、ここで培った技術が横展開できるということが、aiboそのものの事業の継続性にも極めて重要です」(矢部氏)。
aiboの次のロボットの話だが、BtoB、BtoCの「どちらもやりたい」という。どちらに重きをおくのかと聞くと、矢部氏はこう答えた。
「個人的にはコンシューマを主眼にしたいです。ただ、ロボットそのものの現状の需要性を考えていったときに、やはり価格も含めて考えると、すこしビジネス向けを意識しないといけないということも、現実としてはあります。そこはバランスとってやりたい。でも、最終的にはコンシューマ向けでやりたいと思っています」。
顧客とのリレーションシップや今後のロボットビジネス生態系について
先代「アイボ」は15万台しか出ていないが、数字以上のインパクトを世間に与えた。
記者発表でも、旧世代のケアをしないのか、という質問が上がったことからもわかるように、ペットロボットは通常の家電と違って、強く印象に残ってしまうプロダクトであり、ユーザー、いやオーナーたちとどのように関係を作っていくのかは、非常に重要だ。
いっぽう、今回のaiboは製品保証は、わずか30日である。この点についてもコメントを求めた。
「ロボットは、残念ながら消耗してしまうパーツがどうしてもあります。そういう面でのバランスを見て、30日を設定させて頂きました。それに合わせて『ケアサポート」というかたちで、継続的にメンテナンスしながら使い続けていただくことを、基本商品サポートとして設計させていただきました」(松井氏)。
また、マニュアルには廃棄に関する記述もある。ここにはリチウムイオンバッテリを抜いて捨てるようにとあるだけで、それ以上のことが何も書かれていない。ここは、最初から回収まで含めたビジネスモデルを描いておいてほしいところだ。
「リサイクルに関しては、現時点では法的な要請のみで対応を考えているところがあります。廃棄についても、記載しないわけにはいかないので記載している、というのが本当のところです。今後、リユースというか、そういったところも考えていきたいなと思います。」(松井氏)。
ソニーとしても、「単独ですべてのことをできるとは考えていない」という。
「先々のことでいうと、まずは世の中に出すのに必死だったという事実もあります。今後、aiboだけでなくロボットのビジネスを続けていくなかで、全てを自分たちだけで完結できるとは思ってなくて、アカデミアやクリエイターたちとの連携も含めて、さまざまな方と連携していって、ロボットビジネスを展開していきたいと思ってます」
将来的には、車でいう民間車検のように、外部の会社でも修理をしてもらえるような、そういう可能性もありえるという。「今の時点ではできてないこともありますけども、将来についても何もしないとか、『これしかないんです』というかたちで閉じているつもりはありません。将来の色々な可能性について、われわれは検討していると解釈ください」(矢部氏)
aiboは可能性のかたまり
今はSNS時代だ。ちょっと不具合があると、オーナーたちが積極的に動画や写真で様子をアップしている。
ただ、現在「初期不良」と言われているなかにも、実際には正常な使い方をしているにもかかわらず初期不良と認識されてしまっているものが混ざっているという。
「実際の使い方のなかで、われわれの説明が不足している部分もあります。カスタマーコミュニケーションが不足していることは、われわれも認識しています」(松井氏)。
ここは前述のとおり、今後、aiboの使い方講座のようなものを期待したい。きっと、ソニーとオーナー、どちらのためにもなるはずだ。
aiboのフィールドテストは今でも継続中で、開発者たちは家にaiboを持ち帰り、今も毎日、自分の家でaiboのテストをしているそうだ。
オーナーたちの多くが気にしている、フローリング床でのaiboの足音がうるさいという問題についても、今後、何らかの足裏カバーのようなハードウェア的、あるいは制御ソフトウェア的な対策をとるかたちで検討しているという。「ソフトハード一丸となって検討しています」とのことなので、期待したい。
とにかく、制御ロジックの改善はずっとやっているとのことだ。
aiboは、3年で成犬になるとされている。だがそのあともずっと成長を続けていく予定だ。
今後、どのようなことができるのだろうか。たとえば、aiboには段差踏破能力がない。座布団も乗り越えることができず回避する。
だが将来は、ToFを使って乗り越えられる段差かどうかを見極めて、改良された制御ソフトウェアを使ってゆっくりと重心移動をすることで、乗り越えることができるようになるかもしれない。
そういうことはあり得るのかと問うと「できると思います」と森田氏は答えてくれた。そういう動きは、おそらくオーナーから見て、とてもかわいい動きにもつながるはずだ。
現在のaiboは、aiboそのものの動きよりも、むしろ、aiboとインタラクションする犬や猫などのペットや、小さいお子さんたちの様子を、より楽しむものになっているように感じる。
最後に改めて、開発者の方々に、オーナーたちに何を見せたいのか、aiboを使ってどういう表現をさせたいのか聞いてみた。
森田氏はこう答えてくれた。「僕の場合は子供が2人いて、彼らが、本物の犬のように、ものすごく可愛がってくれるんです。そういう様子を見るのが嬉しくて、自分でも意識していなかったですが、無意識のうちに、子供たちを楽しませる方向になってるかもなと、いま思いました」。
伊豆氏は、ロボットの動きをもっと連続的にしたいという。「いま見ていただいている動きは、移動のときは移動、モーションのときはモーションと別れているように見えているかもしれません。
ですが本来の生き物の動きは、もっと混ざっています。それを表現できたらいいなと思っています。動いているときも、可愛い仕草をできるのではないかと思います」。
もともと先代AIBOのファンでもあった石橋氏は、可愛がっている子供たちを見て楽しんでいるのではないかという筆者の質問を受けて、「そうは言っても、子供本人はaibo相手に楽しんでいるわけですね。彼が大人になったときにも、思い出のなかに出てくるようにしたいです。もちろん、そのときにも動いてる前提なんですけども、aiboがずっと思い出のなかに出てくるようにしたいです」と答えた。
これが結局のところ、事業としても大事なポイントだ。
発表会では、先代のAIBO購入者層が、比較的年齢が高かったことから、高齢者を意識した話になっていた。だが矢部氏は、「事業としても、さまざまな年齢層、家庭に使ってもらいたい」と述べる。
「今は可愛らしい、育てるところがメインですが、そうではない側面もある。アカデミアも1つですし、今後は機能を提供していきたいというのもあるんですね。高齢者の見守り、知育教育、パーソナルアシスタントなどです。それらの機能も、システムアップデートを通じて提供していきたいと考えています」。
当初のコンセプトの1つとして「人間との関係で優劣をつけない」というものもあったのだという。どういうことだろうか。
「ロボットというと、ツール的に使えるものだという捉え方があると思うんですけども、そうすると、人間がコマンドを投げたときには、忠実に返してほしいですよね。いっぽうaiboは、自我のようなものを持っているということで、コマンド通りには返さない。それも楽しんでもらおうと。そうしてだんだん成長させていく。それを初期段階としようということです」(矢部氏)。
そのために、「コストダウンしろ」と言う一方で、センサーを取ってコストを削ることには慎重になれと指示していたという。
「センサーを削るのは、可能性の芽を摘んでしまうことになる。『もっと積めるモノはないのか』と言っていたくらいです」。最終的には、もう限界ですと言われたそうだ。
こうしてaiboは、ギュウギュウとなったのだ。中には可能性が詰まっている。