森山和道の「ヒトと機械の境界面」
日本を再び世界のヒューマノイド研究の中心にするために必要なこと
2017年12月18日 13:15
2年に1度行なわれる大規模なロボットの展示会「2017国際ロボット展」が、2017年11月29日から12月2日の4日間の日程で、東京ビッグサイトで開催された。過去最大規模となった今回の国際ロボット展では新規のヒューマノイド(人間型ロボット)も公開された。全軸トルク制御で体をしなやかに柔らかく制御できるトヨタ自動車「T-HR3」と、将来的には油圧利用を想定して内骨格構造を採用、転倒しても壊れないロバストでパワフルなロボットを目指す川崎重工業「RHP」である。
どちらのロボットも研究用プラットフォームを想定している。今後どのように活用されていくのかはわからないが、おもにハードな使用に耐えうる方向で研究開発していくのが川崎重工業で、人と接しながらさまざまなタスクをこなす方向を目指すのがトヨタだと見ても、そう外れてはいないだろう。
かつて日本はヒューマノイド開発ではトップランナーだった。だが、とくにDARPA Robotics Challenge以降、ここ数年のあいだに事情は大きく様変わりした。海外に目を転じると、全軸トルク制御にしても油圧駆動にしても、すでに実現しているロボットが存在し、研究用に用いられている。NASAではSpace Robotics Challengeというロボコンを実施している。シミュレーションリーグが中心だと思っていたのだが、実機でのトライの様子も公開されている。ここでもヒューマノイドが活躍中だ(後述)。
エンターテイメントの世界でも、韓国では大きな進展があった。まるで映画「アバター」に出て来たロボットのような巨大二脚歩行ロボットの「METHOD」は、当初、「CGではないか」と疑われるほどだった。
2017年12月には、韓国科学技術院(KAIST)による「FX-2」が、2018年2月に行なわれる平昌冬季五輪・パラリンピックの聖火リレーのランナーとして登場した。かつてトヨタが開発していた搭乗型二脚歩行ロボットによく似ているロボットだ。
11月21日と22日に行なわれた「ソフトバンクロボットワールド2017」に先駆けて公開された、Boston Dynamics「Atlas Next Generation」によるバク宙には驚愕した。Boston DynamicsのCEOマーク・レイバート氏は「ソフトバンクロボットワールド」での講演で、ロボットのレベルを上げるための方法として「作って、実験して壊して、また直す」のサイクルを高速で回すことが重要と語っていた。
だが、ほとんどの日本の研究者からは、そもそも、「ヒューマノイドをバク宙させてみよう」と考える、発想すら出なかったのではないだろうか。日本は明らかに後塵を拝する立場となっている。
しかしいま、もう一度ヒューマノイドの研究開発を追求しようという機運が高まりつつある。その研究動向を紹介して将来展望を探るセミナーが「国際ロボット展」初日の11月29日に行なわれた。主催は日刊工業新聞社、日本ロボット学会ヒューマノイド・ロボティクス研究専門委員会が協力している。今後、さまざまな展開が考えられるロボット業界、なかでもヒューマノイドの動向は先行き不透明だが、ここで一度、レポートしておきたい。
ホンダは他者と協調・協力し信頼関係を築ける人工知能を目指す
まず最初に、Honda Research Institute Japanの吉池孝英氏が『人の役に立ち、人間社会の生活を豊かにするヒューマノイド・ロボットへの探求』と題し、1986年から行って来たヒューマノイドロボット開発の現場について紹介した。
吉池孝英氏は、まず日本のヒューマノイドロボット研究全体を振り返った。以前は研究活動のアプローチとしては、各企業がそれぞれが独自にハードウェアを開発しており、ロボットを動かすことそれ自体に注力していた。各社の参入で一時的にはロボットブームを作ったが、事業としては出口が見えづらく、ある程度進んだところで停滞してしまった。その後、米国で「DARAPA Robotics Challenge(DRC)」が行なわれた。吉池氏は「ここから第2次ヒューマノイド研究ブームが始まった」と語った。
日本ではロボットの研究者たちを中心に個別に進められていたヒューマノイド研究だが、アメリカではコンピュータサイエンティストの取り込みが行なわれたという違いがある。そのため日本ではヒューマノイドをどう応用するかという部分で少し遅れをとっているという。
ホンダは人間社会の生活を豊かにすることを目標としてロボットの開発を行なっている。吉池氏はホンダのヒューマノイド研究開発の原点として、荷物を持って運ぶロボットのイラストを示し、1986年以降のホンダにおけるヒューマノイドロボット開発の歴史をまとめたビデオを紹介した。
ASIMOは2013年から日本科学未来館で1対多でのインタラクティブ説明員や、ユーザーを認識しながらインタラクションする個別説明員などの実証実験を続けている。人型ロボットならではの形状を活かし、ポインティング(指差し動作)や一緒に巡回を行いながら展示物を説明していく。ロボットは自分自身のセンサーと環境インフラのセンサーからの情報を統合してサービスを実行する。
人間にとって簡単なことでもヒューマノイドロボットにとっては難しい。吉池氏は「移動」、「作業」、「コミュニケーション」の3つに分けて説明した。これまでのヒューマノイドは関節角度を指令して、それに追従するように誤差を修正しながら動く位置制御で動くのが主流だった。実際のASIMOはその上にさらに力センサーを使ったコンプライアンス制御を入れることで床からの反力を制御している。課題は力センサからの信号をいかに速くモーター指令に反映するかだ。
ホンダではそのため関節角度の追従性を上げるために、応答性の高いモータードライバを開発している。ASIMOがピョンピョンとジャンプできるのは高応答の位置精度とコンプライアンス制御の成果だ。これまでのロボットは関節の位置を制御していた。だからぶつかられても動かない。だがこれでは人と共存することはできない。
この課題に対して、新たなヒューマノイドロボット制御の方法として増えているのが関節をトルク制御するやり方だ。目標値は関節トルクで、位置ではなく力を制御する。この場合、課題は関節トルクの応答性になる。ホンダではこのために新たなトルクセンサを新開発している。関節トルクを使ってロボットを制御するためには全身トルク制御をしなければならない。その運動を算出するシステムとしての枠組みも必要だ。
全身トルク制御のロボットはほかにもある。吉池氏は、純粋にはトルク制御だけではなく、位置制御をゆるくかけながら制御しているものが多いとコメントした。トルク制御ロボットの利点は、衝突のときに関節をいなすことができること。ただし、なじむときに動作が変わってしまうことは課題だ。そのあとにどうするかは戦略が必要になるが、それが現状のロボットでは弱いところではないかと考えているという。
次に歩行の安定性についても触れた。2脚歩行のロバスト性についてはいくつかの戦略がある。転倒を防止するためには最終的には着地方向を変えていくことが必要になるわけだが、Atlasは着地位置変更に関しては一番進んでいると述べる一方で、「着地位置を変更する技術はここ5年くらいの間で大きく進歩している」とも語り、「さまざまな場所で歩けるロボットは今後どんどん出てくるのではないか」と述べた。
2011年に発表された新型ASIMOも床のでこぼこに応答しながら歩く様子はデモしている。
2013年には赤外光反射を使って床形状を計測しながらリアルタイムに足を着地させる場所を決めながら歩いていくことに実験室レベルでは成功している。本当に堅牢な歩行を実現するためには、静的な環境だけではなく、やわらかさや硬さなど環境の属性を推定する技術が重要だ。吉池氏は「まだロボットの能力を最大限活かせる仕組み」ができていないと語った。
次に作業について。ヒューマノイドロボットには器用な作業、外乱があっても作業ができるといった能力が期待されている。たとえばピッキングだ。Amazonによるロボコン「Amazon
Picking Challenge(APC)」を見ると単純な吸引やグリッパーでもそれなりのことができることがわかる(なおAPCは2017年で終了となることが12月に発表された)。いっぽう、持ち替えはシンプルなグリッパーでは難しい。そこが多指ハンドの出番ということになる。
ASIMOの多指ハンドは(油圧制御ではなく)油圧伝達駆動を用いている。指先には6軸力センサー、手のヒラには接触センサーが内蔵されている。これまでに紙コップに水を注いだり、手話を示したりしている。指先に6軸力センサーを持っていることから、紙コップに水を注ぐような動作もできる。まだまだ世の中にある複雑な作業ができるわけではなく、研究開発課題となっていると述べた。
サービスロボットはすべてが整えられた工場環境で動く産業用ロボットとは異なる。外乱があっても対処できるかどうかが大きな課題だ。たとえば飲み物をデリバリーしているときに人が手伝いをしてしまうと、現状のロボットではそれは邪魔をしたのと同じことになってしまう。そういった状況の変化に対処できるかどうかがロボットが今後使えるものになるかどうかはにおいては重要なポイントになる。また、人がどういう意図を持っているのかも把握しなければならない。
ロボットによるコミュニケーションの課題はいくつもあるが、うち1つは、ロボットそれ自体が騒がしいことだ。ロボットが動くとモーターや減速機の音がノイズ源になるし、環境の反射音もある。そういった音をどう処理をして音を聞けばいいのか。現状では自分自身の音を聞いて学習させておいたりするしかない。
ASIMOは研究所のなかの受付で動かしてテストを繰り返すことで、聞き直しも含めて98%くらいはできるようになったという。現状、固定した場所での音声認識はできるようになってきているが、ロボットが移動しながらの場合はまだ課題だという。
複数話者に対応することもマイクロフォンアレイ技術によって、だいぶできるようになっている。多言語対応もだいぶ進歩している。吉池氏は2020年のオリンピックに向けて進んでいくのではないかと語った。
ロボットは、要件を決めてあげれば、そこに向かうことは可能だ。個別シーンやタスクに対することはできる。ヒューマノイドは人の形に似ているロボットだ。つまり人が活動する環境に適している。それだけではなくてインターフェイスとしての親和性も高い。形が人型なので動作が理解しやすいし感情的に思い入れが容易だからだ。それを活かすのはやはり人と共存する環境に入ることで生まれる価値だと考えているという。
そのためにはヒューマノイドには汎用性が求められる。どこにでも行け、色々な作業ができないといけない。もちろん人を怪我させないための安全性や周囲の環境を壊さないことも重要だ。加えて「人に信頼される存在」であることが重要だという。2003年に設立されたホンダ・リサーチ・インスティチュートでは、コーポレイティブ・インテリジェンス、すなわち他者と協調しながら目標を達成する、協力に重点をおいた人工知能の研究を行なっていると語った。
最後に、産総研のヒューマノイド研究者である梶田秀司氏からの質疑応答に答えるかたちで「災害対応もヒューマノイドのターゲットの1つだ」と述べ、先ごろ「IROS 2017」で論文発表されて話題になった「E2-DR」についても触れた。
「E2-DR」は2015年に発表された「Experimental Legged Robot for Inspection and Disaster Response」の次世代機。多くのロボットで制御ボードなどが内蔵されているランドセル部がなく、体の奥行きが薄く30cmしかない。そのため狭い場所でもカニ歩きのような歩き方で移動することができる。また二脚だけでなく、肩が大きく動く8自由度のアームを使って、手すりで体を支えたり、ナックルウォークで歩くこともできる。オレンジ色の外装で防塵防水されていて、うまく放熱できるようになっている。
吉池氏は「研究開発は行なっているが、まだまだ本当の現場に入れるようなレベルには達していない。あくまで基礎研究レベルだ」と語った。
オールジャパン+オープンで技術投入できる場が必要、産総研
次に独立行政法人 産業技術総合研究所の吉田英一氏が『国際共同研究を通じた「すぐに働ける」ヒューマノイド・ロボット実現への試みと展望』と題して、フランス国立科学研究センター(CNRS)と産総研によって設立された「AIST-CNRS ロボット工学研究ラボ」での取り組み等について講演した。
吉田氏も日本のヒューマノイド研究のこれまで、ホンダ「P2」登場のショックによる第1次ヒューマノイドブームの誕生、そして「HRP」を通じての産総研でのヒューマノイド開発の経緯や歴史について紹介した。産総研では今ではヒューマノイド研究を応用して、人が装着する機器の製品評価や、人と一緒に働く研究、災害対応などを進めている。
産総研は「AIST-CNRSロボット工学研究ラボ」という枠組みで国際研究を行なっている。CNRSはヨーロッパ最大級の公的研究機関。研究は大学そのほかと混成で行なう文化がある。産総研もその相手の1つで、2008年から共同研究をしている。
ここで産総研はロボット自律化に関する国際共同研究を進めており、たとえば環境に適応した(環境に接触しながらロボットを動かす)全身動作制御や、AIRBUSとの共同研究として作業実行・動作制御技術に関する研究を行なっている。
吉田氏は日欧の研究の進め方の違いなどについて述べた。やはり最初はうまくいかず、ヒューマノイド研究について懐疑的な人もいて、いろいろ大変だったという。つまるところ、いっしょに研究をやってくれる人が大事ということのようだ。日本で開発したHRP-2の輸出と現地での設置も大変だったようだが、吉田氏は「どんどん外に出て行ってほしい。つらいことも多いが得るものも多い」と語った。
アメリカはロボットで有名な研究者が代表者になって機敏に資源を投入し一気に先んじるといったやりかたを得意としている。今回は、DARPA Robotics Challengeによってロボット研究に火がつき、結果的にBoston Dynamicsのような先行的研究を維持することができている。フランスにはロボット専門の予算があって、それによってサポートが可能になっているという。また北京理工大でもヒューマノイド研究が進められており、「いま良い波が来ている」と述べた。ハードウェアの最適化も期待できるという。
ではどんな作業がいいのか。吉田氏は「高負荷作業でヒューマノイドは役に立つのではないか」と述べた。とくに繰り返しが多い作業をロボットがやることで作業員の負荷を軽減できるという。
その1つがエアバスとの共同研究だ。航空機の組み立ては自動化が進んでいない。飛行機のなかに人が入って組み立て作業を実行しており、腰を曲げたり腕をあげたり、厳しい姿勢で作業しないといけない。ここにヒューマノイドを活用する。
2足歩行のヒューマノイドであっても3点接触にして安定にさせられれば、足場の悪い場所でも使えるのではないかという。災害現場での活用とも似ているが、災害と違うのは位置同定が容易であることだ。今は航空機内で組み立てるための移動技術の開発を中心に開発を行なっている。ロボットは接触状態を管理しつつ、どういうふうに手足を出せばいいのか計画し、次の動作に移って、目標の状態を実現していく。ロボットは安定性や関節トルク制限などを考えつつ、ボディをうまく動かしていく。
具体的な作業としては、繰り返し作業が多い航空機のパネルのネジを留めるような作業から、ヒューマノイドによる組み立て作業の実現性を示そうとしている。たとえばナット締めの作業では、ある程度アームを近づけるとカメラでは対象が見えなくなってしまうのでそこから先は力制御で行なうことになる。
研究は4年計画で、今は2年目の段階。技術的可能性を示すことが目標だが、一番の課題はロボットの仕様を明らかにして、プロバイダーを見つけることが重要だと考えているという。ホンダや川崎重工にもロボットの提供を求めているが、ビジネスになりにくいとのことで、なかなか難しいと語った。
長期的展望としては、研究によって実現可能性を示し、エアバスがプロバイダーと直に交渉して、ある程度ビジネスになるかたちで作業ロボットを使ってもらえればと述べた。
また、ロボット研究のアクティビティについても触れた。最近の論文の動向を調べると、日本でのヒューマノイド研究の論文数が減っている。研究者は努力しているが、アメリカなどに資金の集中でうまく太刀打ちすることは難しい。ロボット全体でも日本のプレゼンスが減少しており、うまく協力することが重要だと語った。HRP-2を日本が開発した2003年ごろは、やれば何でも新しいことだったが、今は競争相手が多いし、少人数のチームでの取り組みで成果を出すのは難しいという問題もあるという。
ロボットがすぐに働けるようにするためには、製品としての完成度が必要だと強調し、環境適応性も重要だが、まずはきちんとしたハードウェアを作ることと、そしてロボットの頑健性を高める研究も必要だとした。またロボット単体だけでなく人間といっしょに働くための遠隔操作用インターフェイスなどを開発し、それをまたロボットの動作生成に組み込むといった方法が取れればとも述べた。
最後に、「最近はヒューマノイドだけではプロジェクトは難しいが、応用も少し見えてきている。論文で応用を示すことができれば。もちろん競争は大事だがオールジャパンで、いろんな人がアクセスできる場を作って協力して技術を投入し、うまく組み合わせてヒューマノイドを盛り上げていければ」と述べた。日本の国際的立場も認識しつつ、日本がどうやって世界に出て行けるかということを意識して、「国プロ+アルファ」のようなものをうまく立ち上げられればと締めくくった。
人以上のロボットを実現するためには「不得意の克服」が必須
続けて、ロボット学会ヒューマノイド・ロボティクス研究専門委員会を主宰している、大阪大学の杉原知道氏が『ヒューマノイド・ロボット力学・制御・運動計画研究の歴史と展開』と題して講演した。
杉原氏は東大出身で、九州大学を経て現在の大阪大学という経歴。20年間、人型ロボットの研究を行なってきており「アカデミアの立場にあってヒューマノイドの人と繋がりやすい立場だったかなと思う」と自らの研究史を振り返りながら語った。
学生時代に扱っていた等身大ロボットは大きくて怖かったという。しかも動かすのに人数がいる。本当はアクティブに動くロボットを作りたいのに恐る恐るでは実験もできない。そこで卓上で動かせる小型のロボットを作ったと博士課程時代を振り返った。
そもそもなぜ人型ロボットをやっているのか。杉原氏はもともとはロボットよりも人間に興味があったという。だが知能に付随する現象を観察したりする研究や、それを構成する要素を探るよりも、むしろそこから踏み込んで、人の振る舞いを数学的な表現にして構成したい、そして理解したいという気持ちがあり、そのためには作ってしまうほうがいいと考えて、ロボット研究に踏み込んだ。
もちろん、理解するだけではなく、作ったロボットが役に立てればいいとも思っているという。大型計算機が卓上コンピュータになったように、工場の専用機械から誰もが日常で使える汎用機械としてのロボットだ。どういう状況で誰が使うかもわからない状態でも使えるロボットは、やはり人型であるべきだ、いわば「ユーザーのもう1つの体になるようなロボットを作りたい」と考えていると続けた。だが残念ながら技術はまだそこまで達していない。
杉原氏は「人型機械を作りたい」というのは人類の根源的な欲望だと紀元前から歴史を振り返った。科学的な構想としてはダ・ヴィンチの時代くらいからで、19世紀後半になると蒸気機関を使うといった構想も出てきた。その後は皆が知っているとおりだ。
近年のロボット研究の歴史を振り返ると、主役が徐々に変わっていくのがわかるという。アウトスタンディングな研究者たちによって優れたロボットが出て、コミュニティが活気づいて、大きなプロジェクトが立ち上がり、集大成するイベントがあって、こんなもんかということで下火になり、また誰かが頑張って新しい流れが生まれるという循環が10年間くらいを1サイクルとして回っている。
現在はおそらく4回目。きっかけはDARPA Robotich Challenge(DRC)、つまりアメリカ発で起こっている。「これには危機感を感じている」と述べた。ロボットの歴史というとどうしてもハードウェアに目がいくが、理論の歴史も重要だ。そこには日本人の貢献も大きかったはずだが、今は厳しい状態にある。
DRCの影響は大きかった。DRCの競技レギュレーションではロボットのかたちは明示されていない。だが出てきたロボットの大半は人型だった。それはプロ研究者たちがDRCが設定した競技状況で使えるのは人間型ロボットだと判断したということであり、それは人間型ロボットの意義を多くのプロが認めていることでもあると考え、自信に繋がったと杉原氏は述べた。
杉原氏は、DRC自体、センセーショナルなプロジェクトだったとさらに続けた。日本でも似たような大きなプロジェクトはあった。だが世界的な大きなムーブメントには繋がらなかった。DRCが世界的に話題になった理由は、賞金を稼ぐ日本にはないかたちの研究助成だったことだと杉原氏は述べて、「これをやれ」、「これをやるロボットを作れ」、「現状はできないがとにかく作れ」というわかりやすいものだったからなのではないかと分析した。そして「魅力的なプロジェクトを提起することが重要、話自体が魅力的であれば若い才能はどんどん飛びついてくるとわかった」と語った。
競技化のプラットフォームの規定も大きかった。大きな影響力を持つ大会の規定は、それ自体が大きな影響力を持つ。DRCにおけるバーチャルリーグ(VRC)で、モデルやプラットフォームを決めると、大会終了後も多くの研究者たちが、そのモデルやプラットフォームを使って研究をし続ける。つまり実質、デファクトスタンダードになる。こうしてDRCは、研究で使われるものを一気に普及させてしまい、これによって良くも悪くも世界のロボット勢力図が変化した。
だが、最先端ロボットも人には遠く及ばないという現実も示した。DRCは「なんでもいいからできるものを作れ」という競技だった。やるべきタスク、状況があって、それに対して1個1個のコンポーネントがどうあるべきかと考えることが要求され、「本来あるべき、ものづくりを促した」という。というのは、研究現場では逆の方向で行なわれていることが少なくないからだ。技術先行、シーズ先行なのだ。研究という面で見ると、それはそれで重要だ。しかしながらタスクをこなすのであれば、やはり目的志向で作っていくほうが主流であり、本来あるべき姿があってそれに向けてものを作ることを促す、それが有効だという。
結果的に、日本は今や追う立場になった。DRCのあとも挑戦型のチャレンジはさらに続いている。NASAの「Space Robotics Challenge(SRC)」も趣旨はDRCと似ている。今夏に終わった。世界中の研究機関が参戦して優れた成果を上げた。DRCでAtlasがプラットフォーム提供されたように、SRCではValkyrie(バルキリー)がプラットフォームとして提供されている。
杉原氏は世界的な学会の発表から日本のプレゼンスを調べてみたという。するとやはり日本の存在感が2006年以降、減少傾向にあった。国際会議の場で、これまでは基礎は日本が頑張っていたにもかかわらず、それが議論の中心になっておらず、日本の貢献、存在感がどんどん希薄になっているという。
国際会議で会う人たちの顔もだんだん変わって来ているという。1回見たら顔を忘れないような目立つ研究者が多く、彼らは高性能なロボットを開発運用する資金力を持っているだけでなく、高度な数理を駆使する能力を持っている。ロボットを動かす問題を、きちんと数学の問題に落とし込んで解いている人たちが増えていると述べた。
そもそも彼らは国や組織を超えて、人の幅を広げる、人同士がつながっていく仕組みを持っているんだなと感じているという。若いドクター学生やポスドクを大量に雇って、必要な技術を雑用にわずらわせることなく研究に没頭できる環境を作りあげる組織力があるという。そこまでいかないとなかなか難しい。
杉原氏は2015年の国際学会「ICRA」でそれを痛感して、「このままではいかんと思った」と語った。杉原氏は「人並み以上に動けるロボットを作りたい」、「人型ロボットはロボット技術の難しさを端的に示すもの」であり、「人並みに振る舞える機械が便利でないはずがない」、「人型ロボットは人が役にたつのと同じ意味で役にたつロボットであるはず」と力説した。
若手の養成も課題だ。技術水準は非常に高くなっている。だが本当のレベルで国際的な高い議論に参加できる人材は増えてないという。DRCの場合、実際には出なかったチームであっても横断研究を進めたりしている面があるが、日本はそこから取り残されてしまっている。杉原氏は、良い研究・良い発表をする相互扶助する仕組み作りや、組織を超えて忌憚なく議論できるコミュニティ作り、お互いにがんがん議論して本当に意味がある研究をできるようなコミュニティを作りたいと述べた。
「真に有用な人型ロボット開発を進めたい」、「本当に人並みに役に立つロボットを作らないといけない、そういう気持ちをみんなが持たないといけない。そういうところを整えていきたいという気持ちがある」。そういう気持ちを抱き、杉原氏らは2016年に有志で「ヒューマノイド・ロボティクス2016夏の学校」という勉強会を実施した。その反響を経て「ヒューマノイド・ロボティクス研究専門委員会」を立ち上げて、レベルの高い勉強会で切磋琢磨していると活動を紹介した。
実際には、どんなことを議論しないといけないのか。人型ロボットは構成する機械要素、可動要素が多い。メカという意味の関節の動き以外に、空中で自由に動ける6次元の運動を表現しないといけない。各関節に対応する力があり、力と関節の運動の関係から運動方程式を作って解かなければならない。
しかも直接モーターで制御できない関節もあり、そこは直接動かせる関節の力を1度外にぶつけてその力を使って関節的に制御することになる。力を受ける接触点、関節の数、接触力など多くの変数を扱わないとならない。速度と力の相補性条件といったものもある。そういうものを並べないと運動が解けないが、実際にはどういう組み合わせになるかわからないという問題もあって、数学的にも難しい。
実際にはいくつかの拘束条件を使うことで、力をどこでどのくらい受けるかとか、力を発生できる点は接触領域におさまっているといったことから、できる運動とできない運動が大まかに決まってくる。そうすると、反力を扱うことで全身運動制御ができるというかたちになっている。
また、ロボットと環境とは相互に、常に時間遅れなく力を及ぼして相互作用する。つまり、体と環境は常に一体となって力学系を構成している。つまりシステムの状態はロボットだけではなく、環境のこともいっしょに考えなければならない。
これらの問題を、ある秩序をもった構造に落とし込むことで実際の制御は行なわれる。杉原氏は、大自由度、劣駆動、接触力を能動的に制御するための力の制御、異質な力学系を同一の枠組みで捉えること、実際のアクチュエータのつくり、情報処理のロバスト性、したいことを力学系にエンコードすること、構造可変系などの研究が必要だと述べた。
つまりヒューマノイド研究をやるためには、なんでもやらないといけないということだ。運動計算理論も必要だし、アクチュエータや構造設計も必要だ。その上で制御系を組んでやらなければならない。環境と身体が常に相互作用するなかで、非線形力学を駆使してボディを制御しなければならない。
杉原氏ら自身は認識・経路計画・運動がシーケンシャルに動くのではなく、同時に進めることはできないかと考えて、一から作り直す研究を行なっているという。人のような可動性を持ったメカを動かすことには力学系とはまた別の難しさもあるので、それをデザインできるようなツールの開発も行なっているそうだ。人の運動を計測して、脳のなかでどんな処理が行なわれているのかを同定して理解するための研究も行なっている。
また、人は多少何かにぶつかってもタスクをこなせる。そのための技術開発も必要だ。機構学自体を新しくする必要があり、面白い話だと述べた。学生たちには「人型ロボットを作ろうと思ったら偏食はダメ」と教育しているという。実用性については説得力が欠けるため、すぐに役に立つことはない、苦労が多いがそれでも作りたい人だけきてくださいと指導しているとのこと。
最後に、産官学それぞれに期待することとして、「人型ロボットの実用化には時間がかかる。全く利益を出さない部門を支えるのは大変だと思う。今は得意なものをつないで便利なものを作ろうとしているが『ロボット革命』を本気でなそうと思うなら、今のロボットの不得意の克服が必要。それは短期的には成果は出ない。基礎科学として10年20年かかってもモノにするという気持ちが必要」と述べ、基礎科学としてのロボット研究の重要性を語った。必要なのは課題の細分化ではなく統合だと考えていると締めくくった。
「究極の汎用機」実現には、小型高出力アクチュエータや省配線化などさまざまな技術が必要
最後に、早稲田大学の橋本健二氏が『ヒューマノイド・ロボットにおけるハードウェア技術の研究動向』と題して講演した。橋本氏は最初に、ポスドク時代にイタリアとパリに在籍していた時代のことを振り返り、海外の研究費申請書を書いた経験を紹介した。日本よりも審査は厳しかったという。ヨーロッパでは「iCub」などを使っていたそうだ。
もともと移動には興味があったがヒューマノイド自体にはあまり思い入れはなかったという。ハードウェアを使って人間を理解する、路面と接触する足先の研究から、なぜ人間の足はアーチ構造を持っているのだろうかといったところから興味を抱き始めたと自身の研究史を振り返った。現在は脚部にメカ的バネ要素を入れて走るロボットや、災害対応を目的に2足に拘らず屋内外の移動能力をあげる研究に取り組んでいると紹介した。
早稲田大学では大学だけで設計メンテを行なっているので、これはかなり大変であり、企業からの研究プラットフォームの提供があれば、研究は加速するのではないかと述べた。
早稲田大学はヒューマノイド、二脚ロボットには長い研究の歴史がある。昔はロボットの部材も鉄で、油圧アクチュエータを使って、1歩あたり45秒もかかるようなロボットを作っていた。当時はロボット自身が重たかったので転ぶことがなかったのかもしれない。
その後、等身大ロボットを作ったのはよく知られているとおりだ。1991年くらいには1歩あたり0.5秒くらいで歩けるようになった。アクチュエータは油圧でポンプは外部に置かれていた。1990年代序盤まではおもに油圧で動かされていたが、その後、電動になり、自立型となった。空気圧アクチュエータも使われていた時代がある。「Boston Dynamics社のロボットは油圧源も本体に搭載しているところが一番すごい」と評価した。
多く使われている電動モーターは特性上、高速回転は得意だが力を出すのは不得意だ。そこで減速機を使って力を出すことになる。ヒューマノイドでは波動歯車を使っていることが多い。ハーモニックドライブ、最近では日本電算シンポなども作っている減速機である。バックラッシが小さいという特徴がある。だがこれは構造上どうしても衝撃に弱く、許容トルクが小さい。そこで、ギアが壊れないように、保護のためにトルククラッチやリミッタと組み合わせたり、メカ的な弾性要素をつけて衝撃力が伝わらないようにされているハードウェアもある。
等身大ヒューマノイドだと、現状の市販モーターではトルクが足らないことが多い。トルクが必要な場合は、2つのモーターを並列にして1個の軸を駆動するダブルモーターが一般的な手法だ。欧米を中心に、産業用ロボットにはダイレクトドライブに近い扁平モーターも多いので、最近はそれら中空シャフトのフレームレスモーターを関節に使う取り組みも増えている。
ローターとステーターをケーシングがない状態で購入し、減速機と一体化してしまう。各種センサーの組み込みもできる。橋本氏らもそういう取り組みをしているが、学生にやらせているのでやはり失敗することもあると紹介した。組み立て工程の管理も重要であることを学べる機会でもある。
イタリア技術研究所(IIT)で開発されてるヒューマノイド「WALK-MAN」には、メカ的弾性要素を加えたアクチュエータが使われている。
橋本氏が、最近のロボットで一番ハードウェアで優れていると考えているのは、DRCで2位になった、カーネギーメロン大学の「CHIMP」。電磁ブレーキやトルクリミッタ、弾性要素も入っている。ほぼフルカスタムされており、大学だけでは追いつくのは難しいという。国内のハーモニックドライブ社に問い合わせしても、なかなか対応が難しいので本社に問い合わせることになるそうだ。
出力前にトルククラッチがあって、大きな衝撃が加わっても減速機には衝撃が伝わらないようになっている。実際にDRC出場時にこのロボットは転倒しており、クラッチがずれてしまって、逆の手で遠隔操作することでタスクに取り組むというシーンがあったと紹介した。
では各種アクチュエータを、どのように組み合わせて脚式ロボットを作るのか。具体的には関節の構造ということになる。一般的にはモデル誤差を少なくするために高剛性、足先を動かすために先端は軽量にするのが普通だ。ロボットの構成にはモーターを直列に繋ぐシリアルリンクと、パラレル(並列)リンクの2つがある。一般的にはシリアルが多いが、軽量化しつつ大きな力を出せるパラレルリンクにも利点がある。そこで早稲田大学高西研究室ではそれぞれのロボットを作っている。
昔は有限要素法解析ができず強度を知ることができなかったため、どのくらいたわむのかを事前に知ることができなかった。いまは事前にどこに歪みが溜まるのかを知ることができるので、たわみ量が集中しないように設計したり、補償したりすることができるようになっている。ただ、たわみ量をどのくらいまで許容できるかは難しく、それはノウハウになってくるという。
シリアルリンクの場合はたわみ量が積算されてしまうというデメリットもある。そこでパラレルリンクの足も作っている。重たいものを運べるということで、2003年ごろに人間を載せた実験も行なった。
スチュワートプラットフォームを使ったロボットだ。ボールネジと電動モーターを使った直動機構を使っていた。直動でもガタが少ないような機構を作ることが重要で、球面軸受けを特注で作って対応したという。2009年には米国にも持って行き、実際に人を載せるデモを行なった。
パラレルリンクにしろ、シリアルリンクにしろ、それぞれの利点と欠点を使い分けることが重要だ。最近は両者を一部ずつ組みあわせたロボットもある。BDの4脚ロボットは、胴体は大きいが、足先はすごく軽量に作られている。それはモデル誤差が小さくなるようになっているのではないかとコメントした。ミュンヘン工科大学のLoLaも、最新型は足先はパラレルリンクが使われている。川崎重工のRHPもパラレルリンクとはいってないが足関節には使っている。ホンダのE2-DRもベルトと減速機を使って足先を軽く作っているのではないかと述べた。
関節の剛性、柔軟な身体の実現も重要だ。やり方は2つ。1つは位置制御からトルク制御へ。フィードバック制御によって柔らかさを実現するロボットが電動・油圧を問わず作られている。メカ的に柔らかさを加えるというのもある。SEAのようなメカ的な弾性要素をふかしたロボットもある。上半身で物理的なインタラクションをする、ブルックスのCogや早稲田の菅野研究室のTwendyがそうだ。また、IITのロボットが関節に弾性要素を入れている。
ただ、脚型のロボットには課題がある。関節は固く作りたい。だがメカ的な柔らかさが入ってくると、それを考慮して運動生成をしないとならない。そこがまだ追いついておらず、うまく制御しているロボットは少ないという。インパクトの直前には受け身、その後はトルク制御するというやり方がるが、橋本氏自身は衝撃そのものはハードウェアで吸収すべきではないかと考えているという。
最後に、2004-2005年にロボット特区だった福岡県北九州市の屋外でヒューマノイドを歩かせた例を示した。屋内では大丈夫だったが屋外でやってみると実験環境とは異なる細かい凹凸の多さにまったく対応できず、びっくりしたという。そういうところでも歩けるようにしたのが修士の研究で、実用化へのハードルの高さも実感したという。
そのなかで東日本大震災が起こり、内閣府「ImPACT」の「タフ・ロボティクス・チャレンジ」が始まって、今は災害対応の4脚式ロボット「WAREC-1」を開発している。ロボットは転倒してしまうので、最初から四つん這いで動いたほうがいいというわけだ。DRCで、目の前で数千万円の機械がバタバタ倒れて壊れていくのは、予想はしていたが、かなりの衝撃だったという。
災害の場合は、要求仕様を設定するのがそもそも難しいという問題がある。環境認識や遠隔操作技術の開発も重要だ。想定ができれば対応はできるが、原発事故のように要求仕様に入っていないことに対応できないことが専用機の課題であり、「究極の汎用機」としてのヒューマノイドの開発を続けることも重要だと述べた。
要求仕様を決める際には、2014年3月に産業競争力懇談会が災害対応ロボット設立構想としてまとめた資料を読み込んで決めた。そして三菱重工と一緒にロボットを開発している。2脚と4脚で移動するロボットだ。胴体も積極的に使って移動することを想定している。垂直梯子昇降もできる。
アクチュエーターユニットも3種類作り、1本あたり7つ使って4つの腕を作っている。プラント内の瓦礫箇所は腹ばいで、キャットウォークや梯子など、必要に応じて2脚で移動していく。手先で20kgあたりの力が必要なバルブ回しのように大きな力が必要な作業と、精密な作業の両方ができるロボットを目指している。
ロボットを動かすための環境認識や遠隔操作の統合にはROSを用いている。12チームが集まって、1つのプラットフォームを作り上げているという。タフなロボットの実現には小型高出力アクチュエータが必要であり、金属3Dプリンタなど加工造形技術、ホンダのE2-DRが光通信を使った省配線化を行なっているような通信の工夫も必要だ。ImPACTでは出口が要求されているが、ヒューマノイドは出口は遠いが、要素技術をできる限り出口に使えるのならばどんどんやっていくべきではないかと述べた。橋本氏らは、開発したアクチュエータを真空対応にして宇宙に使えないかと考えてJAXAと取り組みを進めているという。