ニュースの視点

シャープの東芝PC事業買収の狙いとは

このコーナーでは、直近のニュースを取り上げ、それについてライター陣に独自の視点で考察していただきます。

大河原氏の視点

 シャープが、東芝のPC事業の買収を明らかにした。東芝のPC事業を行う東芝クライアントソリューションの株式の80.1%を、シャープが40億500万円で取得する。

 東芝のPC事業は、一時は年間2,000万台規模にまで拡大し、ノートPC市場では世界トップシェアを獲得。日本のPCメーカーとしては最大の出荷規模を誇ったこともあったが、同社の屋台骨を揺るがすことになった不正会計処理問題の舞台となり、歴代3社長が退任に追い込まれる事態にも発展。それにあわせて、事業を大幅に縮小し、現在では年間200万台を切る出荷規模に留まっていた。

 富士通のPC事業と、ソニーから独立したVAIOによる3社で事業統合を模索していた時期もあったがこの構想は頓挫(富士通、東芝、VAIOの3社統合の白紙撤回報道について参照)。東芝は自力でのPC事業再建に乗り出したものの、その後、PC事業の売却を改めて検討していた。

 一方で、シャープは、2009年に発売した「Mebius PC-NJ70A」を最後にPC市場から撤退。その後、液晶事業の低迷などを背景に経営不振に陥り、鴻海精密工業が同社を傘下に収めて経営を再建。2017年度には、4年ぶりの最終黒字を達成し、東証一部復帰を果たすなど、復活の道を歩んでいるところだ。

 シャープによる東芝のPC事業買収は、かねてから噂されていたものだ(シャープ、PCを含むIT機器市場への再参入に意欲参照)。

 2018年1月31日に行なわれたシャープの2017年度第3四半期決算発表の席上では、記者から、東芝のPC事業買収に関する質問が飛んだが、このとき、シャープの野村勝明副社長は、「個別企業との取引の話であり、回答はご容赦願いたい」とコメントし、言及を避けたが、「シャープのPC事業に関する考え方を聞かせてほしい」という記者の当たり障りのない質問についても、「ご容赦願いたい」と回答。その厳戒ぶりに、むしろ買収の話が進んでいることを確信したことを覚えている。

 シャープによる東芝のPC事業の買収は、双方に大きなメリットを生むと考えられる。その理由の1つが、鴻海グループは、隠れた巨大PCメーカーであるという事実だ。

 実は、鴻海グループが持つ欧州などのサーバーおよびPCの生産拠点は、米HPや米Dellの生産拠点を買収したものであり、現在も、これらの企業の受託生産を行なっている。関係者によると、PCサーバーの生産量では、全世界で出荷される総数の約6割を鴻海グループが占めていると言われるほどだ。

 だが、PCに関してはデスクトップPCの生産が中心となっており、ノートPCの実績では、やや力不足と言わざるを得ない。鴻海グループにとって、需要の中心となるノートPCにおいて、東芝が持つ開発力や技術力と、「TOSHIBA」、「dynabook」のブランド力が加わることは大きな追い風になる。鴻海グループとしての世界的な競争力を高めることができるともいえるだろう。

 東芝のPC事業にとってのメリットは、PC事業を再生できる地盤が整うということだ。海外展開は、現時点では、事実上、撤退している状況だが、鴻海グループの力を活用して、ここに再参入できる。

 実は、シャープの液晶テレビは、2017年度に、前年比倍増となる1,000万台以上の出荷を一気に達成してみせたが、これも鴻海グループとして、海外販売を加速したことが要因だ。これと同じことがPCでも起こる可能性があるのだ。

 余談だが、ソニーでVAIO事業を率いた石田佳久氏が、シャープ副社長兼共同CEOとして、シャープの再建に取り組んでいる。東芝のPC事業がシャープの傘下に入ることで、石田副社長が持つVAIOの成功ノウハウも生かされることになる。

 日本では、コンシューマ向けルートでは、中国マイディアグループ傘下で再建を図った東芝ライフスタイルの子会社である東芝コンシューママーケティングが担当することになり、さらに、サポート体制もそのまま利用することができる。

 注目したいのは、法人向けルートでの取り組みだ。法人向けPCでは、引き続き、東芝クライアントソリューションのルートが活用されると見られるが、仮に、シャープの法人向けビジネスを行なうシャープマーケティングジャパン ビジネスソリューション社のルートを活用することになれば、販売体制はより強固なものになる。

 実は、同社は、日本HPのPC販売ではトップディーラーの一角を占める実績を持つ企業。シャープはPC事業から撤退はしていたが、PCに関する販路とサポート体制を維持しており、東芝ブランドのPCを販売する上では大きな強みになる。

 こうしてみると、今回のシャープによる東芝のPC事業の買収は、シャープのPC事業の世界的展開の拡大と、東芝のPC事業の復活という意味で、双方にとって、メリットのある動きだといえる。

笠原氏の視点

 シャープ株式会社が、東芝のPC事業となる東芝クライアントソリューションズ株式会社(TCS)の80.1%の株式を取得し、子会社化することを明らかにした。TCSは東芝本体からPC事業が切り離されて作られた会社で、PCを設計、製造、販売、サポートまで一貫して行なっているPC事業会社となる。

 東芝は英語で言えば”Laptop(ラップトップ)"、日本語で言えばノートPCの最初の製品と言って良いDynabook(ダイナブック)を販売した会社で、90年代にF1ドライバー(当時)の鈴木亜久里氏をキャラクターにして一世を風靡した。そうしたTCSを買収したのがシャープだ。

 いやより正確に言うなら、シャープの親会社である鴻海精密工業(Hon Hai Precision Industry、以下鴻海)の意向により、シャープが買った、それが正しい見方だろう。鴻海はシャープを買収して以降、シャープを重要な自社ブランドの1つとして扱っており、赤字続きだったシャープの財務を立て直してあっという間に黒字にしただけでなく、新しいシャープブランドを打ち立てるべく、投資や新しい人材の獲得を急いでいる。

 たとえば、ソニー時代にVAIOの事業部長だった石田佳久氏が専務執行役員が、AIoT戦略推進室長兼欧州代表として経営陣に入ったのは記憶に新しいところだろう(AIoTはAI+IoT)。シャープ、いやその背後にある鴻海は本気で来たるべきAIやIoT時代に備えてシャープの事業を強化していく、そういう意志を感じる人事だ。

 そのシャープと鴻海が買ったのが、TCSだ。発表では当面はTCSのブランドや工場などの体制は維持されていくと発表されている。この点は最近のLenovoのFCCL(富士通クライアントコンピューティング)買収、NECパーソナルコンピュータの買収でもまったく同じ発表がされていたので、その点は買われる側(今回の場合は東芝)の社内や社会に対する配慮だと考えて良いだろう。

 TCSの売却を東芝はかなり前から検討していた。実際、Lenovoが買収する前のFCCLやVAIO株式会社との合併が世の中を騒がしたし、台湾のメーカーに対しても売却の提案が行なわれていた。だが、そうした3社統合や売却で大きなハードルとなってしまっていたのが、TCSの子会社である東芝情報機器杭州社(TIH)の存在だった。TCSはPCを製造する工場として中国の杭州に工場を持っており、その運営会社がTIHだ。

 VAIOやFCCLとの合併話が持ち上がったときに、それぞれが持っている工場をどうするのか、それがネックになって破談となってしまったという経緯があったし、台湾のメーカーもすでに自社の製造施設はなくしていく方向で、製造部門は別会社として切り離されODMメーカーとして独立している。有り体に言えば、工場はいらない、それがネックとなっていた。

 しかし、シャープ、もっと言えばその親会社の鴻海が買うのであれば、そのハードルはぐっと低くなる。杭州の工場は、鴻海に譲渡して工場として東芝のPC以外も受託生産すれば解決する。東芝のPCはその鴻海の工場となった杭州工場で製造しても良いし、場合によってはそれ以外の鴻海の工場で生産しても良いだろう。逆に言えば、鴻海以外にはそれができる企業というのは少ないわけで、東芝側にはあまり選択肢がなかったということだろう。それが40億円という、異例に安価な譲渡価格に反映していると考えることができる。

 重要な事はこれでTCSのPC事業は盛り返せるのかという点にある。筆者は十分可能だと考えている。その理由は2つある。1つ目は鴻海がシャープの立て直しをあれだけ早く達成することができたという実績だ。日本の企業には、ブランド、リソース、技術力、すべてがあるが、唯一ないのが経営者の経営力だとはよく言われている。実際シャープが、鴻海から派遣された経営者が来た途端に立ち直ったというのはそのわかりやすい例と言えるだろう。同じ事がTCSでも繰り返されば、早期に利益がでる体制に転換できるかもしれない。

 2つ目としては、PC市場、特にビジネス向けPCの市場は確実に回復傾向にあり、2020年に向かってグローバルに成長基調にあるという事実だ。2in1型PCや、プレミアムノートブックPCへの需要は高まりを見せており、もともとそうした傾向の強かった日本市場だけでなく、グローバルにもそうした傾向が強くなっている。そうした市場はこれまで東芝がDynabookシリーズなどで強みを見せてきた市場であり、そこにシャープ(実質的には鴻海)の資本が入り、経営体制も変わっていくことで、再び成長基調に乗れる可能性は十分にある。

山田氏の視点

 先日、2つの買収のニュースが出た。1つは米MicrosoftによるGitHubの買収で金額は約8,000億円。もう1つが本稿のテーマ、シャープによる東芝クライアントソリューションの買収で、こちらの金額は約40億円となっている。その規模は200倍違う。実は、ここに注目すべきなのかもしれない。

 つまり、コトへの投資は高くつくが、モノへの投資はそんなに大きな金額にならない。東芝クライアントソリューションのPC事業等がモノに限定されたものではないのはわかっているが、この違いを目の当たりにすると、ちょっと考えてしまう。

 そしてもう1つ。世界がPCを、たとえモノであっても人々の暮らしや仕事を支える重要なツールとしてとらえ、儲けの基盤になると考えているようなのに対して、PC事業を売り払ってしまう日本の大企業は、あまりそこを考えていないようにみえる点が気になる。もっとも今回の東芝については保有株式を下げて東芝クライアントソリューションを連結対象から外すだけなのがせめてもの救いか。

 生産ノウハウを持つ会社をうまく使うことは悪いことではない。台湾・鴻海傘下にあるシャープだが、鴻海のノウハウをうまく使ってモノづくりを進めることができれば、モノをコトにシフトしていけるのだ。それをしないで切り離し施策を選んだ東芝は、もしかしたら将来の収益源を捨てたことになりはしないか。

 確かにほおっておいてもPCが売れた時代は終わったのだろう。だからといってPCはもういらないという方向でのビジネスは、将来的な日本の国力を下げることにもつながりかねない。近頃は、新卒の社員がPCをろくに使えないという話をよく耳にするが、日本がそういう世の中になってしまったことの原因は、いったいどこにあるのか、よく考えた方がよさそうだ。

 今回の買収で、東芝はシャープに買われてしまったが、それによって、実は、本来やりたかったPC事業をうまく取り戻すことができることを願いたい。言葉は悪いが、鴻海がひさしをかしておもやをとられるくらいの勢いを期待したいところだ。東芝のPCを高く評価し、日本を支えてきたと感じている日本人の一人としてそう思う。