ニュースの視点

Pixel部門を買収するGoogleの狙いと、HTCの苦しい事情

このコーナーでは、直近のニュースを取り上げ、それについてライター陣に独自の視点で考察していただきます。

Pixel

 Googleが、HTCのスマートフォン事業の一部門を買収した。Googleによるハードウェア自社開発が前進する形となるが、一方で同社は以前にMotorola Mobilityを買収しつつも、Lenovoに売却した過去もある。

 両社の思惑はどこにあるのか。大河原氏、笠原氏、山田氏に読み解いてもらう。

大河原氏の視点

 米Googleが、台湾HTCのスマートフォン事業の一部を買収する。対象になるのは、Google向けのスマートフォン「Pixel」の開発部門。買収金額は11億ドル。なお、HTCは、同社ブランドのスマートフォンや、注目を集めるVRヘッドマウントディスプレイ「Vive」シリーズの後継製品の開発などは続ける。

 HTCは、直近の2017年度第2四半期(2017年4~6月)決算で最終赤字を計上。これで、9四半期連続で赤字から脱却できない状況が続いている。採算性が悪化しているスマートフォン事業の再編は不可避であったと言える。

 スマートフォンビジネスは、PCビジネスと同様に、いまや「ボリューム」がものをいうビジネスだ。

 現在、スマートフォン市場をリードするのは、韓国Samsungと米Apple。これを追うのが、Huawei、OPPO、vivoの中国メーカー3社である。さらに、6位以降を見ても、韓国LG電子のほかは、中国メーカーが続く。一時期は市場を席巻したASUS、Acer、そしてHTCといった台湾メーカーの姿は、ベスト10圏内にはない。もちろん、日本のスマートフォンメーカーも立場は一緒だ。

 HTCは、収益性が悪化しがちな受託事業を切り捨てて、ハイエンドモデルを中心とした自社ブランドビジネスに集中することで、付加価値を高め、収益性を改善しようとしている。

 これは、ASUS、Acerも同じ方針であり、同様に付加価値路線に舵を切っている。中国スマートフォンメーカーの価格攻勢に対抗するには、台湾スマートフォンメーカーは付加価値路線を選択せざるを得ない状況にあり、これは日本のスマートフォンメーカーが歩んできた道に重なる。数を追わない戦略が、今後の台湾メーカーの選択肢になることを裏づける動きとも言えよう。

 一方で、Googleは、2012年にMotorola Mobilityを買収したものの、2014年には、中国Lenovoにこれを売却した経緯があり、再び、スマートフォン事業を手中に収めた格好だ。

 現在、Googleのハードウェア部門には、Motorola Mobility出身のRick Osterlohシニアバイスプレジデントがおり、今回の発表も同氏によって行なわれている点は興味深い。

 今回の買収では、HTCが持つ知財をGoogleに対して、非独占的にライセンスすることが含まれており、Googleが、今後の独自にスマートフォンを開発するという点においても支障はない。Googleは、これまでHTCとの長年の関係のなかで、スマートフォン事業を推進してきたわけだが、改めて自社のなかにスマートフォン事業を取り込むことになる。

 Googleにとっては、Androidのエコシステムのなかで、自社ブランドのスマートフォン事業を推進することになる。だが、MicrosoftがNokiaのスマートフォン事業を買収したものの、結果として成果を出せずに事実上の撤退を決定したこと、同様にGoogleも一度スマートフォン事業を手放したことを考えると、OSを開発する企業として、エコシステムとのバランス感覚を持った形での事業の舵取りや、Motorolaの買収時には発揮できなかったソフトウェアやサービスとの組みあわせ提案の取り組みにも注目されると言えよう。

笠原氏の視点

 今回の取引を見ていくと、Google側に関しては理由も効果も単純明快、HTC側に関して非常に複雑、という構図になっている。

 取引の詳細に関してはすでに明らかにされているとおりで、HTCでGoogle向け端末Pixelの開発を行なっていた部門が、部門ごとごっそりGoogleへと移籍する形になる。また、具体的にどれが該当するかは明らかにされていないが、HTCが持つ知的財産権の非独占的な利用ライセンスがGoogleに付与される。おそらくこれは、スマートフォンに関してHTCが持つ知的財産権だろう。

 HTCは1997年に設立された比較的新しい企業で、設立当初から2000年代前半にかけてPalmやHPのPDA(その後電話機能が統合されて今のスマートフォンになる)の受託製造を請け負って急成長した企業だ。その後、世界初のAndroid端末となるHTC Dreamを発売、現在に至るGoogleのAndroidによる覇権を初期に支えた企業だ。

 HTCは、その後自社ブランドのAndroid端末を発売しながら、Googleの自社ブランド端末Nexusや、Pixelなどの複数モデルの設計、製造も請け負っている。今回Googleは、半ば身内のようなものだったHTCのGoogle向け端末チームを買収した構図となる。

 Googleとしては、今後も自社ブランドのハードウェアをリリースしていくにあたり、自社の開発リソース強化が必要で、それをになうのに最適なのがHTCのGoogleブランド端末開発チームだったということだ。

 一方、HTC側の構図は非常に複雑だ。まず今回のHTCが開発チーム売却で得たのは、11億ドル(約1,200億円)という現金だ。つまり、HTC側はお金に困っていた。

 じつはHTCが身売りするのではないかという話は、ここ数年何度もささやかれてきた。HTCは半導体メーカーのVIA Technologiesと同じグループに属している。というよりも、VIAの社長兼CEOのウェン・シー・チャン氏とHTC会長兼CEOのシェール・ワン氏が夫婦と言ったほうが説明が早いかもしれない。

 ワン氏は台湾の有名な財閥フォルモサグループの創始者の娘に生まれ、1987年に夫のチャン氏とVIAを、1997年にHTCを設立した。財閥のリーダーの令嬢であり、しかも起業家ということで、台湾では有名人だ。

 ただ、2015年まで彼女は純粋に経営者という立場の会長で、CEOは創業時からワン氏と二人三脚で会社を大きくしてきたピーター・チョウ氏が務めていた。経営全体はワン氏が、市場開発や技術面はチョウ氏が担当というのが役割分担だった。

 しかし、一時は10%を越えていたHTCのスマートフォン市場でのシェアが11年あたりをピークに、じょじょに下がっていくと、その責任を取る形でチョウ氏が2015年にCEOを辞任し、会社を去ると、ワン氏がCEOを兼ねる新体制へと移行した。だが、その後も新しい舵取り役は指名されることもなく、VR HMDの大ヒットといううれしい誤算はあったものの、スマートフォン事業の立て直しは進んでいなかった。

 その身売り話が、今回一部分だけ実現した。筆者にとって意外だったのは、GoogleがHTC全体ではなく、一部門だけを買収したということだ。とくに、VR HMDでは今やOculus Riftを抜いてトップブランドになりつつあるHTC VIVE事業などほかの部門は、買収の対象にはならなかった。

 たしかにGoogleは、VR HMDとして自社ブランドのDayDreamをすでに製品として持っており、VIVEを買収したとしても得るモノは多くない。かつ、VIVEは現状では実質Windows専用となっており、その意味でもGoogleのビジネスとの相乗効果は望めないというのは表面的には納得できる。

 しかし、HTC全体を買収し、VIVE事業も手に入れ、Android向けにフォーカスを転換するという選択肢もあったはずだ。この方法は競合陣営に対して有効な戦略だ。

 たとえば、Appleが指紋認証センサーの企業であるAutehnTecを買収したとき、Appleはすぐに外販ビジネスを終了し、多くのWindows PCメーカーが指紋認証センサーをほかのソースに変更する必要に迫られた。

 GoogleもVIVEで同様の戦略を採れるし、VIVEの知見をDayDreamのラインに組みあわせ、DayDreamの梃子入れをするということも十分考えられたはずだ。

 Googleがそれを選ばなかったのか、それともHTC側が拒んだのか。そこはわからない。ただ1つ言えることは、HTC全体を買ったとしても、うなるほどキャッシュがあるGoogleにすれば、さほど高い買い物ではない。そのため後者の可能性が高そうだ。

 このように、HTCの背後にはやや複雑な構図がある。

 これからの問題は今回の売却で得たキャッシュをどうするかだ。ワン氏はHTCが発行したプレスリリースのなかで、VIVEビジネスの拡大や、IoT、AIといった新しいビジネスへと投資していくと説明しているが、11億ドルで、スマートフォン事業の替わりになる規模のビジネスを構築することができるのだろうか? できたとして11億ドルで十分なのだろうか? そこをワン氏は今後説明していかなければならない。

 また、HTCのなかに残った自社ブランドのスマートフォン事業は厳しくなる一方だろう。スマートフォンは市場全体としては依然として成長しているが、成長しているのは発展途上国などの成長市場であり、日米、そしてHTCのお膝元である台湾のような成熟市場ではもう伸びていない。したがって残った自社ブランドのスマートフォン事業も急成長は望めない、それが現実だ。

 HTCにとって、この売却劇が本当によいことだったのか、悪いことだったのか、それは今後数年でその11億ドルの使い方次第、ということになるのではないだろうか。

山田氏の視点

 GoogleがHTCのスマートフォン部門の一部を買収したニュースは、いわゆるGoogleのビジネスの垂直統合展開ととらえられることが多いようだ。

 垂直統合のビジネスでは、クラウドからエッジ、そしてエンドユーザーデバイスまでをすべて掌握する。

 たとえばMicrosoftのビジネスは、OSとクラウドサービスを掌握し、ハードウェアの部分はOEMに委ねられてきた。昨今はSurfaceの投入によってちょっと変化が感じられはするのだが、基本的には複数のOEMが複数のベンダーの製品を組みあわせるなどして製品を成立させる水平統合ビジネスだ。

 その一方で、Appleは垂直統合だ。あらゆるものを掌握しようとする。今回のGoogleは、Appleのビジネスモデルに一歩近づこうとしているような印象を受ける。

 ただ、個人的には、垂直統合というビジネスがこの先もバラ色でいられるのかどうかに疑問を感じていたりもする。

 たとえば、今の日本の状況はどうだろう。ものづくりにこだわり続けることが、製造業から脱皮し、次のフェイズに行くことを抑制してしまってはいないだろうか。

 そういうことを考えると、今回の買収がGoogleにものづくりの範疇での拡張をもたらすものとは思えない。

 Googleは、2012年に125億ドルでMotorola Mobilityを買収、2年後の2014年に29.1億ドルでLenovoに売却している。おもな特許はGoogleに残ったままらしい。今回の買収額は11億ドルで、HTCのPixel関係従業員がGoogleのハードウェア部門に移籍するという。

 この買収をもってGoogleが本格的にスマートフォンのメーカーを目指しているというのは考えにくいし、垂直統合など頭の片隅にもないだろう。

 極端な話、優秀な人材を一気に確保した上で、最終的にはMotorolaのように売却するには安い買い物と考えることもできる。HTCが所有する知的財産の非独占的なライセンスも得るというから、その前科を考えれば何があっても不思議ではない。LenovoにMotorolaを売却したように、非上場のHuaweiに売却してしまうような展開だってありえる。

 そうなると心配になるのは、売ってしまったあとのHTCだ。本当に価値相応の金額だったのかどうか。Pixel関係の人材を失ったあとに残るのは何なのか。そこにこれから注目しておかなければならない。