Hothotレビュー

Zen 4に刷新されたHEDT向けCPU「Ryzen Threadripper 7980X/7970X」はいかなる性能か?

今回お借りしたThreadripper 7980X

 2023年11月22日、AMDはHEDT向けCPUである「Ryzen Threadripperシリーズ」のラインナップを更新。「Ryzen Threadripper PRO 7000WXシリーズ」および「Ryzen Threadripper 7000シリーズ」(以降Threadripperは略す)の店頭販売がスタートした。アーキテクチャーをZen 4に更新することでPCI Express Gen5やDDR5メモリへ対応したことで性能、特にIPCの向上が期待できる。

 特にワークステーション向けの最上位モデル「Threadripper PRO 7995WX」は、1パッケージに物理コア96基を格納するなど、メニーコア化にさらに拍車がかかった。ただしエンスージアスト(あるいは熱狂的AMDファン)向けのThreadripper 7000シリーズは現状物理64コアの「Threadripper 7980X」が最上位となる。

今回投入されたThreadripper 7000シリーズは最上位の7980Xを筆頭に3モデルとなる
だがAMDはThreadripper PROと同様に物理コア96基を備える究極のThreadripperを投入する予定があるとのことだ

 今回筆者はAMDよりThreadripper 7000シリーズのレビューキットをお借りし、テストする機会に恵まれた。PROの付かない無印Threadripperは2020年2月に物理64コア版の「Ryzen Threadripper 3990X」が登場してからというもの、更新が完全に途絶えていた。つまり無印ThreadripperはZen 2世代からZen 3をスキップ、一気にZen 4世代へ進化したことになる。果たして飛び越した成果はいかほどのものか? さまざまな検証を通じて検証していきたい。

今回AMDはThreadripper 7000の凄さをアピールする資料を作っていないようなので、Ryzen 5000シリーズ登場時の資料より引用。Zen 2→Zen 3へのIPC向上は平均19%と謳っている
Threadripper PROのプレス向け資料からの引用。Zen 3→4で平均13%のIPC向上とあるので、前掲のZen 2→Zen 3の分と合わせると約34%(1.19×1.13=1.345)の向上が期待できる
同様にThreadripper 7970Xもお借りすることができた
「CPU-Z」によるThreadripper 7980Xの情報
「CPU-Z」によるThreadripper 7970Xの情報
Threadripper 7980X(左)と3990X(右)を比較しても、表面からは刻印程度しか判別する手がかりはない。ただキャリアフレームの刻印をよく見ると、旧ThreadripperはSP3、新ThreadripperはSP6となっているほか、フレームの穴の処理も微妙に異なる
Threadripper 7980X(左)と3990X(右)ではランドのパターンが完全に別物になっている。そのため新Threadripperはマザーも買い換えとなる
裏面から見るとPCBの切り欠きも違っている。Threadripper 7980X(左)には切り欠きがないが、3990W(右)には切り欠きがある。つまり新Threadripperを旧Threadripper用マザーのソケットに載せることはできない
パッケージは以前のようなプラスチック製ではなく、紙製の割と簡素なものに変更された。同梱物はソケットカバーを開閉するためのレンチと、一般的なAIO水冷を利用するためのアタッチメントで、これは従来のものと全く同じものが使われている

TDP 350Wへ、メモリはECC必須に

 まずは簡単にThreadripper PROと無印Threadripperの違いを押さえつつ、Threadripperプラットフォームの全体像を解説する。前述の通り、今回投入されたThreadripperはどれもZen 4アーキテクチャーとなり、無印Threadripperは最大64コア128スレッド、Threadripper PROは最大96コア192スレッドまで。ブーストクロックが5GHz台に引き上げられた関係か、TDPはどの製品も350Wに統一されている。さらに、全モデルにおいてオーバークロックに対応する。

 Threadripper PROはメモリチャネル数が8ch、PCI Express Gen5のレーン数が128レーンと多いのに対し、無印Threadripperは4ch、48レーンと絞られている。さらにThreadripper PROはAMDの提供するプロ向け機能(AMD PRO ManageabilityやAMD Shadow Stack等)に対応する。よってThreadripper PROはプロあるいはビジネス志向の強いソリューション向け、無印Threadripperはホーム・セミプロユースを含めたエンスージアスト向けと言えるだろう。

Threadripper 7000シリーズと、その近傍の製品とのスペック比較
Threadripper PRO 7000WXシリーズと、その近傍の製品とのスペック比較

 今世代のThreadripper共通の特徴としては、PCI Express Gen5対応やDDR5メモリ対応があるが、特に注意したいのは後者。新ThreadripperではPROも無印もECC付き、つまりRegistered DIMMモジュールが必須となる。これは新Threadripperに搭載されている
IOD(I/Oダイ)がEPYCと同じものを採用しているためだ。CPUも高価だが、これを動かすためのメモリも半端なものは使えないのだ。

新Threadripperの構造。中央にIODがあり、それを上下から挟むように最大12個のCCD(Core Complex Die)が配置される
今回レビューキットに同梱されていたDDR5 RDIMM。G.Skill製の32GBモジュール4枚セットだった。EXPO対応でDDR5-6400動作というテスト用にはかなり極まったモデル

 そしてチップセットとマザーだが、Threadripper PRO専用の「WRX80」とPRO&無印Threadripper共用の「TRX50」が新たに投入された。新Threadripperはどれも新ソケット“sTR5”に統一されているためだが、Threadripper PROをTRX50チップセットと組み合わせた場合、メモリやPCI Expressのレーン数は無印Threadripper相当にダウングレードし、前述のプロ向け機能も非対応となるのでメリットはない。

プロ向けのWRX80チップセットとエンスージアスト(HEDT)向けのTRX50の比較。メモリのチャネル数が異なるほかに、PCI Expressのレーン数がWRX80では最大144レーン(うち128がGen5)使えるのに対し、TRX50では88レーン(うち48がGen5)までという制約がある
レビューキットに同梱されていたASUS製TRX50マザー「Pro WS TRX50-SAGE WiFi」。パワースステージは18フェーズ×2+3+4+4フェーズというとんでもない構成だ(冷却ファン付き)。11月24日時点では国内販売のアナウンスはなく、北米Amazonでの予約開始が確認されたにとどまる(予価899.99ドル)

 座学の〆としてCPUクーラーの話もしておきたい。ソケット(ランド)の配置は従来のThreadripperから激変したものの、ソケットカバーの形状/大きさは変化していない。即ち、これまでのThreadripper対応クーラーであれば、マザーに干渉する設計でない限りそのまま使い続けることができる。AIO水冷に関しては一般的なAIO水冷向けのアタッチメントがこれまで同様同梱される。

市販のAIO水冷をTRX50マザーやWRX80マザーに適合させるためのアタッチメント。水冷ヘッド下部に歯車型の固定機構を備えているもの(例:NZXT「Kraken Z73」等)であれば問題なく装着できるが、水冷ヘッド下部に金具をネジ留めするタイプ(例:ASUS「ROG Ryujin III 360 ARGB」など)では使えない
ASUS「ROG Ryujin II 360」を同梱のアタッチメントを利用して装着した状態

検証環境は?

 では検証環境の紹介に入ろう。今回入手できたのはThreadripper 7980Xおよび7970Xの2モデルゆえ、コア数の同じ「Threadripper 3990X」と「同3970X」を用意した。さらにメインストリームCPUから「Ryzen 9 7950X」と「Core i9-14900K」も確保。

 GPUは「GeForce RTX 4090 Founders Edition」とした。それ以外の環境は以下の通りだ。旧Threadripper環境のみストレージがPCI Express Gen4世代のSSDになっているのは、旧環境用マザーとGen 5 SSDとの相性が非常に悪い(時々見失う)ためだ。ただメモリ構成については、残念ながら容量を統一できなかった点が心残りだ。

 そのほかの情報としては、Windows 11は最新の23H2を、Resizable BARやSecure Boot、メモリ整合性やHDRといった要素は全て有効化。GPUドライバはStudio Driverの最新版(546.01)を使用した。

【検証環境:新Threadripper】
CPUAMD「Ryzen Threadripper 7980X」(64C/128T、最大5.1GHz)、
AMD「Ryzen Threadripper 7970X」(32C/64T、最大5.3GHz)
CPUクーラーASUS「ROG RYUJIN II 360」(AIO水冷、360mmラジエーター)
マザーボードASUS「Pro WS TRX50-SAGE WiFi」(AMD TRX50、BIOS 0217)
メモリG.Skill「F5-6400R3239G32GQ4-ZR5NK」×4(32GB×4、Registered DDR5-5200)
GPUNVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」
ストレージMicron「CT2000T700SSD3」(2TB M.2 SSD、PCIe 5.0)
電源ユニットSuper Flower「LEADEX PLATINUM SE 1000W-BK」(80PLUS Platinum、1,000W)
OSMicrosoft「Windows 11 Pro」(23H2)
【検証環境:旧Threadripper】
CPUAMD「Ryzen Threadripper 3990X」(64C/128T、最大4.3GHz)、
AMD「Ryzen Threadripper 3970X」(32C/64T、最大4.5GHz)
CPUクーラーASUS「ROG RYUJIN II 360」(AIO水冷、360mmラジエーター)
マザーボードASUS「ROG ZENITH II EXTREME」(AMD TRX40、BIOS 1802)
メモリCorsair「CMN32GX4MN2Z3600C16」(16GB×4、DDR4-3200)
GPUNVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」
ストレージMicron「CT2000P5PSSD8JP」(2TB M.2 SSD、PCIe 4.0)
電源ユニットSuper Flower「LEADEX PLATINUM SE 1000W-BK」(80PLUS Platinum、1,000W)
OSMicrosoft「Windows 11 Pro」(23H2)
【検証環境:Ryzen】
CPUAMD「Ryzen 9 7950X」(16C/32T、最大5.7GHz)
CPUクーラーASUS「ROG RYUJIN II 360」(AIO水冷、360mmラジエーター)
マザーボードASUS「ROG STRIX X670E-F Gaming WiFi」(AMD X670E、BIOS 1709)
メモリMicron「CP2K16G56C46U5」(16GB×2、DDR5-5200)
GPUNVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」
ストレージMicron「CT2000T700SSD3」(2TB M.2 SSD、PCIe 5.0)
電源ユニットSuper Flower「LEADEX PLATINUM SE 1000W-BK」(80PLUS Platinum、1,000W)
OSMicrosoft「Windows 11 Pro」(23H2)
【検証環境:インテル】
インテル「Core i9-14900K」
(24コア/32スレッド、最大6GHz)
CPUクーラーASUS「ROG RYUJIN II 360」(AIO水冷、360mmラジエーター)
マザーASUS「ROG MAXIMUS Z790 HERO」(Intel Z790、BIOS 1501)
メモリMicron「CP2K16G56C46U5」(16GB×2、DDR5-5600)
GPUNVIDIA「GeForce RTX 4090 Founders Edition」
ストレージMicron「CT2000T700SSD3」(2TB M.2 SSD、PCIe 5.0)
電源ユニットSuper Flower「LEADEX PLATINUM SE 1000W-BK」(80PLUS Platinum、1,000W)
OSMicrosoft「Windows 11 Pro」(23H2)

CG系では強烈なマルチスレッド性能を発揮

 では定番「Cinebench R23」によるテストから始めよう。今回のThreadripperもこれまで通り、Windows環境下では1プロセスあたり論理64コアまでという「プロセッサーグループ」の制約を受ける。だがCGレンダリング系アプリの実装では、このプロセッサグループを越えて128基の論理コア全てを使えるものが多い。Cinebench R23や、後継の2024もこの制限を受けることはない。

Cinebench R23:スコア
Threadripper 7980X+Cinebench R23でマルチスレッドテスト実行中の様子。プロセッサーグループの壁を越えられるようプログラムされているため、128基の論理コア全てを利用できる

 Threadripper 7980Xと3990Xのマルチスレッドスコアを比較すると約1.5倍。前掲のZen 2→Zen 4の理論値(34%向上)を大幅に上回っているが、これはZen 4になりCPUクロックが向上した分等もスコア増に含まれているためだ。

 同様にThreadripper 7970Xと3970Xも1.45倍と大きくスコアを伸ばした。Zen 2世代止まりの無印Threadripperにとっては、今回のモデルチェンジは飛躍的な性能向上をもたらしたといえるだろう。Threadripper 7970Xと3990Xのマルチスレッド性能が非常に近いなど、コア数の少なさがアーキテクチャの優位性でもう少しで乗り越えられそうな点に注目したい。

 しかしながら、シングルスレッド性能については現行のメインストリームCPU、特にCore i9-14900Kには及ばない。旧世代のThreadripperから見るとこちらも進歩しているが、メインストリームCPUにはシングルスレッド性能で負けてしまうのだ。

 ただCGレンダリングと一口に言っても、エンジンの実装により性能の傾向は変わる可能性がある。そこで「Indigo Benchmark」、「V-Ray Benchmark」の2本でCPUを利用したレンダリング性能を比較してみたい。

Indigo Benchkmark:CPUによるレンダリング結果。便宜上スコアとしているが、Msample/secという単位が付いている

 これもプロセッサーグループの壁を越えることができるテストであるため、Threadripper 7980Xのスコアが突出。しかし7970Xに関してはコア数の多い3990Xに及ばない部分があることが示された。ただ2つのシーンのうち“Bedroom”は7970Xの方がこうスコアが出るなど、レンダリングの諸条件により優劣が変わるようだ。

V-Ray Benchmark:CPU V-Rayテストのスコア

 V-Ray BenchmarkはCinebench R23やIndigoのBedroomに近いグラフになった。ここではコア数のハンデをThreadripper 7970Xが覆しているが、同時にThreadripper 3970Xに半数のコア数しか持たないRyzen 9 7950Xが肉迫するなど、Zen 4アーキテクチャの優位性が示されている点も見逃せない。

シングルスレッド重視だとつらい部分はある

 少し目先を変えて総合的なパフォーマンスをみる「CrossMark」を試してみよう。ドキュメントや表計算などのオフィス系処理やWebブラウジングなどを模した“Productivity”、写真や動画編集等を模した“Creativity”、アプリ起動やファイルオープン、マルチタスク時の反応を見る“Responsiveness”テストで構成されている。

CrossMark:総合スコア(Overall)のほかに、その算出の根拠となった各テストのスコアも比較した

 CrossMarkのテストはCinebenchなどと異なりCPUの占有率低めのものが多いため、シングルスレッド性能が高いメインストリームCPUに有利なのは仕方がない。

 ただZen 2世代のThreadripper 3000シリーズに比べると、Zen 4世代のThreadripper 7000シリーズはあらゆるテストにおいてスコアを伸ばしている。CreativityテストではCore i9-14900K等のメインストリームCPUにかなり近いスコアを出せているので、Threadripperの持ち味はしっかり出せていると言えるだろう。

 Responsivenessスコアにおいて、Ryzen 9 7950XのよりもThreadripper 7970Xや7980Xの方がやや高いのが面白い。コア数が多い分マルチタスク時の反応も良いということだろうか。

クリエイティブ系ではプロセッサグループの壁が高い

 続いては(CGレンダリング以外の)クリエイティブ系アプリでの性能比較だが、まずはまずは「HandBrake」で試す。再生時間約3分の4K@60fps動画を素材として、CPUのみでエンコード処理を行う「Super HQ 2160p60 4K AV1 Surround」と「Super HQ 1080p30 Surround」のプリセットを使用し、各々の処理時間を計測した。画質などのパラメーターは各設定デフォルトのものを使用している。

HandBrake:Super HQ 2160p60 4K AV1 Surroundによるエンコード時間
HandBrake:Super HQ 1080p30 Surroundによるエンコード時間
Threadripper 7980X+HandBrakeでAV1エンコード中のCPU負荷。プロセッサグループのおかげで物理コアは半分程度しか使っていない
Threadripper 7980X+HandBrakeでH.264エンコード中のCPU負荷。プロセッサグループの影響はあるようだが、こちらは残り半分のプロセッサグループにも10〜20%程度の軽めの負荷がかかっている

 まずThreadripper 7980Xではプロセッサグループによってハッキリと負荷が半分のコアだけに偏ってしまうAV1エンコードでは、旧世代Threadripperに対しては若干早く処理できるようになった。しかしメインストリームのCore i9-14900Kには負けてしまう。計算量の多いAV1だけにコア数の多いThreadripperには期待していたが、エンコーダがCPUを上手く使えていなければ仕方がない。

 H.264エンコードもプロセッサグループの影響は観測できるものの、Threadripper 7980Xや7970Xでは実時間未満の時間でエンコードを終了。Threadripper 3000シリーズとは実に対照的(CPU占有率も低く、アーキテクチャも古いためコアが多くても有利にならない)だ。ただ今はNVEnc/ VCN/ QSVといった優秀なGPUによるエンコーダーがあるため、CPUエンコードでなければ出せない設定にこだわりがある人以外は、普通にGPUエンコーダを使った方が幸せになれるだろう。

 続いては「Lightroom Classic」と「Photoshop」を実際に動かす「UL Procyon」の“Photo Editing Benchmark”で試す。

UL Procyon:Photo Editing Benchmarkの総合スコアと、テストグループごとのスコア
Threadripper 7980X+Photoshop使用時のCPU負荷。シーンによりCPU負荷の具合はさまざまなだが、マルチスレッド処理をしているなと感じる局面ではこの程度。全コアに対し最大30%程度の低い負荷がかかる
Threadripper 7980X+Lightroom Classic使用時のCPU負荷。Photoshopよりも若干コアに対する負荷が高めだが、CGレンダリング系のような負荷ではない

 旧世代のThreadripperの結果がやや怪しい感じだが、Threadripper 7000シリーズでは3000シリーズよりも確実にPhotoshopやLightroom Classicが快適に使えるようになっている。

 ただ惜しいかな、メインストリームCPUの瞬発力の方が作業にはちょうど良いようで、どのスコアもRyzen 9 7950XやCore i9-14900Kを下回る。Ryzen 9 7950XはPhotoshopとの相性が良いためImage Retouchingテストのスコアが伸びやすいが、その点はThreadripper 7000シリーズにも継承されているようだ。

 UL ProcyonにはAIの推論処理を利用したベンチマーク“AI Inference Benchmark for Windows”が実装されているので試してみよう。MobileNetやReal-ESRGANといった良く知られたモデルを利用して推論処理の速さを見るものだ。今回はAPIに“Windows ML”CPU検証なのであえて推論デバイスにCPU(FP32)を指定した。

UL Procyon:AI Inference Benchmark for Windowsの総合スコア
UL Procyon:AI Inference Benchmark for Windowsの総合スコア算出の根拠となった各AI処理における推論回数
Threadripper 7980X使用時のCPU負荷。プロセッサグループのおかげで負荷が偏っているが、残った側にも強い負荷がかかるコアが出現している

 コア数が多いのでThreadripper 7980Xがトップだろうと考えていたが、このベンチマークでは推論回数が伸びず、従って総合スコアもCore i9-14900K以下という結果に終わった。Zen 2世代のThreadripper 3990Xなどに比べると圧倒的に推論回数も増えているのだが、Ryzen 9 7950Xには推論回数で大きく劣る結果となった。

 とはいえ、こうした推論処理の主役はGPUと言い切ってもよい状況であることを考えると(CPUが必要なのは皆無とは言わないが)、この結果がThreadripperの価値を下げる大きな要因にはならないだろう。

 むしろ今のメインストリームCPU向けマザーではPCI Expressのスロット数が絞られているが、TRX50マザーではスロットの本数が多く複数のビデオカードを抱えやすいという点で、CPUを使った推論処理は弱くてもプラットホームとしては優れていると評価すべきだろう。

 AIを利用した動画の高画質化ツール「Topaz Video AI」も試してみよう。このツールにはベンチマーク機能があり、フルHDの入力動画に対し、さまざまなモデルを利用したノイズ除去やスローモーションなどの処理を行った際の性能をフレームレートで比較できる。1階のテストで10以上のテストを実施するが全部見せても代わり映えがしないため、学習モデル“Artemis”とスローモーション処理“4X Slowmo”のテスト結果のみを抜粋する。AIの処理にはGPUが使われるように設定しているが、実際の処理ではCPUにも負荷がかかる。

Topaz Video AI:Artemis使用時のフレームレート
Topaz Video AI:4X Slowmo使用時のフレームレート
Threadripper 7980X+Topaz Video AI使用時のCPU負荷。全体にうっすらと負荷がかかる中、少数のコアの負荷が特に高くなる
Threadripper 7980X+Topaz Video AI使用時のGPU負荷。AI処理にGPUを指定してあるので当然の結果だが、GPU負荷はずっと続くわけではない

 まずArtemisの倍は45fpsあたりに見えない壁があるようで、Threadripper 7980Xや7970X、Ryzen 9 7950Xの3者が頭打ちとなった。より重いX2やX4へと上げていくとコア数が効いてくるようでThreadripper 7980Xのスコアが伸びてくる。ただ、Core i9-14900Kは例外で、Artemis 1Xでは伸びなかったのに2Xや4XではRyzen 9 7950Xを上回る結果を出している。

 ところが4X Slowmo処理では微妙に傾向が変わる。ApolloやChronosではThreadripper 3000シリーズが若干遅いほかは五十歩百歩といった感じだが、Apollo FastやChronos FastではThreadripper 7970Xや7980Xがより多くのフレームを処理できている。長尺の動画に対しTopaz Video AIで高画質化をするような状況下では、Ryzenよりもコア数が多く足回りも太いThreadripperの方が有利といえる。

ゲームではメインストリームCPUには勝てない?

 Threadripperのような高価なCPUに相応しいかはともかくとして、CPU検証である以上ゲームのパフォーマンスもやっておきたい。ここでの検証は解像度はフルHD(1,920×1,080ドット)に統一、画質は最低設定を基本とすることで、GPU側にボトルネックが極力発生しないようにしている。また、フレームレートの計測は全て「CapFrameX」、消費電力の計測はHWbusters「Powenetics v2」を経由して実施している。

 まず試すのはCall of Dutyシリーズのランチャーアプリ「Call of Duty HQ」だ。これに搭載されている内蔵ベンチマーク再生中のフレームレートを計測した。画質は“最低”に設定している。

Call of Duty HQ:1920×1080ドット時のフレームレート
Threadripper 7980X+Call of Duty HQベンチマーク時のCPUの状況。最近のゲームはマルチスレッド化が進んできたとはいえ、プロセッサグループの壁にぶち当たって困るほどは並列化されていない

 Threadripper 3970Xや3990Xのフレームレートがひときわ低いのに対し、Zen 4世代のThreadripper 7970Xや7980XのフレームレートはメインストリームCPUに比肩するものが出ている。

 今回ビデオカードにGeForce RTX 4090を使っているだけあって、GPUフレームレートは500fpsを越えるが、CPUフレームレートに引っ張られる形でこうした結果になった。CPUがボトルネックになっているが、現状のCPUではここが限界といえる。ただこのゲームはRadeon系と特別に相性が良いため、Radeon環境ではもっと高フレームレートが出る可能性がある。

 ではこのベンチマーク中に観測されたGPU/ CPU/システム全体の消費電力の平均値(Powenetics v2を通じCapFrameXで読み取ったもの)をチェックしてみよう。

Call of Duty HQ:ベンチマーク中の平均消費電力

 CPUの消費電力が一番多かったのはコア数最多のThreadripperではなく、Core i9-14900Kだったが、システム全体の消費電力を見るとThreadripper 7980Xが最も高い。CPUやGPUの実消費電力が低いのにシステム全体の消費電力が大きいという点から、マザーの消費電力が非常に高いことが示唆される。

 続いては「Mount & Blade II: Bannerlord」を利用する。画質は“Very Low”だが、Battle Size(兵士数)は最大の1,000、アニメーションも“High”に設定。ゲーム内ベンチマーク再生中のフレームレートを計測した。

Mount & Blade II: Bannerlord:1920×1080ドット時のフレームレート
Threadripper 7980X+Mount & Blade II: Bannerlordベンチマーク時のCPUの状況。兵士を動かす処理にCPUを使っているためCPU負荷が高いのが特徴。プロセッサグループのの壁に阻まれているようだが、反対側のグループにも非常に低い負荷がかかっている

 兵士を限界まで出すとCPU負荷が非常に高いためThreadripper有利かとおもいきや、フレームレートのトップはCore i9-14900K。Threadripper 7980Xも7970XもRyzen 9 7950Xよりフレームレートが伸びないという残念な結果に終わった。

 Core i9-14900Kが伸びるのは元々インテルが注目し最適化を進めてきたていたゲームだからで説明がつくが、Threadripperが伸びないのは今ひとつ良い説明が思いつかない。

Mount & Blade II: Bannerlord:ベンチマーク中の平均消費電力

 画質を最低にすることでGPUの消費電力が非常に低い(1つを除き全部70~80W程度)。だがその分CPUに電力を割いている。Threadripper 7980Xはフレームレートは伸びきっていないのにCPUの消費電力はCore i9-14900Kよりも高くなるなど、コアが仕事をしいるように見えても自裁は非常に効率が悪いことをしているのではないかと推察される(プロセッサグループまたぎで余分な同期処理が必要、など)。

 「F1 23」では画質“超低”、異方性フィルタリングは“X16”、アンチエイリアスは“TAA&FidelityFX”に設定。ゲーム内ベンチマーク再生中のフレームレートを計測するが、コースは“モナコ”、天候は“雨天”を指定している。

F1 23:1920×1080ドット時のフレームレート

 Call of DutyとMount & Blade II: Bannerlordの間のような結果となった。Zen 2世代のThreadripper 3000シリーズから見るとThreadripper 7000シリーズはZen 4パワーのおかげでかなり快適なゲーミング環境になったが、やはりゲームのフレームレートはメインストリームCPUは負けてしまう。

 今回の検証では最速CPUはCore i9-14900Kだが、さらに快適さを求めるのであればRyzen 9 7950X3DやRyzen 7 7800X3Dといった3D V-Cache搭載のRyzenを選ぶのが最も合理的だろう。

F1 23:ベンチマーク中の平均消費電力

 消費電力の傾向はCall of Duty HQと似ている。CPUの消費電力はメインストリームCPUより少なくても、システム全体としてはマザーの消費電力が嵩んでしまうようだ。

 ゲーム系のラストは「Starfield」で飾ろう。画質は“低”とし、FSR 2やレンダースケールは低設定の推奨値のままとした。都市マップ(ジェミソン)内の一定のコースを移動した際のフレームレートを計測した。

Starfield:1920×1080ドット時のフレームレート

 StarfieldはAMDが独占パートナーシップを結んでいたため最適化においても有利と考えられてきたが、実際はIntel CPUの方がよりフレームレートが出せることは実体験から知っていたが、今回の検証でもそれが再確認できた。Threadripper 7000シリーズおよびRyzen 9 7950Xの平均フレームレートが98fpsあたりで頭打ちになっているため、相対的にThreadripper 3000のパフォーマンスが良いように見えてしまっている。

Starfield:ベンチマーク中の平均消費電力

 StarfieldのフレームレートにおいてはCore i9-14900Kが優秀だが、CPUの消費電力に関しては14900Kはかなり悪い。ここではCPUの消費に釣られ、システム全体の消費電力もCore i9-14900Kがワースト1位となった。

アイドル時の消費電力が非常に大きい

 では最後にプロセッサーグループの壁を考えず、CPU全コアに負荷をかけた時の消費電力比較を行なう。ここでは「Cinebench 2024」のマルチスレッドテスト約3分を実施、消費電力をPowenetics v2を利用して取得した。グラフには平均値・99パーセンタイル点・最大値の3つの値で比較する。また、アイドル時も3分間の計測(こちらは平均値のみ)とした。

Cinebench 2024実行時におけるシステム全体の消費電力
Cinebench 2024実行時におけるCPUの実消費電力(12Vレーンの消費電力から、ビデオカード用x16スロットの消費分を引くなどして求めた値)

 システム全体の消費電力では瞬間的にThreadripper 7980Xが615Wまで到達しているが、99パーセンタイル点や平均値では7970Xと大差なく、TDP 350Wの電力制限内に納めようとガッチリ制御していることが分かる。

 だが高負荷時の消費電力以上にThreadripper 7000シリーズはアイドル時の消費電力が非常に大きくなってしまった点に驚いた。特にコア数の多い7980XはCPU単体だけで190W弱に達しているが、今後登場する96コア版(おそらく7990Xか?)はこの分だと200Wを越える可能性も出てきた。同時にメインストリームのRyzen 9 7950Xのワットパフォーマンスの優秀さが際立っている。

所感

 以上でThreadripper 7000シリーズのレビューは終了だ。今回のThreadripperは特にマルチスレッド性能の向上については驚くべきものがあった。Windows 11で使う限りはプロセッサグループの壁が常につきまとうものの、CGレンダリングやシミュレーションといった壁を越えやすいアプリを常用するのであればThreadripperは輝いてくる。

 また、コア数がそれほど必要でなくてもThreadripperは最大1TB(TRX50マザーの場合。WRX80マザーは2TB)まで搭載でき、さらにPCI Expressのレーン数も太いためM.2 SSDを複数枚挿せる拡張カードも運用できるという強みがある。ただでさえCPUが高価なのに加え、メモリやマザーも高いため軽々にオススメはできないが、コア数や足回り(メモリ/ PCI Express)の余裕が欲しいと考えるなら検討してみるのも悪くない。

Zen4×64コアの最強デスクトップCPU「Ryzen Threadripper 7980X」のスゴさを生で見せるぜ!本日24日21時よりライブ配信

 高性能のZen4アーキテクチャのコアを64個も内蔵するハイエンドデスクトップ(HEDT)向けCPU、 Ryzen Threadripper 7980Xを入手。その特徴、仕様、性能を解説します。実売価格は90万円前後との突き抜けているだけに、なかなかお目にかかれないであろう実動デモも披露。32コア/64スレッドの「Ryzen Threadripper 7970X」も取り上げます。

 配信は11月24日(金)21時より。出演はテクニカルライターの“KTU”加藤勝明氏、“改造バカ”髙橋敏也氏。