大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

エプソン碓井社長に「Epson 25」の狙いを聞く

大容量インクタンクプリンタ、3Dプリンタ、そして複写機市場参入の思惑

セイコーエプソン 代表取締役社長の碓井稔氏

 セイコーエプソンは、2025年までの長期ビジョン「Epson 25」と、そのアクションプランの第1ステップとなる中期経営計画「Epson 25 第1期中期経営計画」を発表した。

 Epson 25では、2025年度に、売上高1兆7,000億円、事業利益2,000億円、ROS(売上高経常利益率)12%、ROE(株主資本利益率)15%を目指す。そして、この計画の中では、オフィスで利用されるプリンタを、現在のレーザープリンタから、インクジェットプリンタへと置き換える姿勢を強調したのに加え、インクジェット技術を活用して、複写機の領域にまで本格的に踏み込む野望を掲げてみせた。

 セイコーエプソンの碓井稔社長に、新たな長期ビジョンおよび中期経営計画の狙い、そして事業を拡大している大容量インクタンクプリンタの今後の戦略、まだ具体的な戦略を明確化していない3Dプリンタの取り組みなどについても聞いた。

SE15の成果は垂直統合型ビジネスモデルへの転換

――セイコーエプソンでは、2009年度から2015年度までの長期ビジョン「SE15」に取り組み、その実行計画として前期と後期にわけた中期経営計画を実行してきました。その成果をどう自己評価していますか。

碓井(敬称略、以下同) SE15では、事業のポートフォリオを組み換え、技術を基軸とした垂直統合型のビジネスモデルに転換し、収益性が高い構造へと変えたことが最大の成果です。エプソンの強みに集中し、エプソンがイノベーションを起こせる領域はどこかということも明確になったと言えます。

SE15は、垂直統合型へのビジネスモデル変革が大きな成果

 エプソンは経営理念の中で「お客様を大切に、地球を友に、個性を尊重し、総合力を発揮して、世界の人々に信頼され、社会とともに発展する開かれた会社でありたい」ということを打ち出していますが、こうした世の中を良くして行こう、存在感のある会社になって行こう、新たな価値を作って行こうということを、1つ1つの事業と紐付けて体系化することができました。そして、世の中にない新たな価値を作り上げるには、自分たちの本当の強みにフォーカスし、世の中の大きなトレンドを捉えながら、そこに強みを結び付けていくことが大切です。

 例えば、プロジェクタでは、かつては自分たちで開発したデバイスを外販し、半分以上の売り上げを外販で占めていました。しかし、結局、市場の末端では自分たちが開発したデバイスを搭載した他社製品と、エプソンブランドのプロジェクタが競合して価格競争になっている。しかも、デバイスの生産は、相手の需要に合わせて、カスタマイズしたり、生産ラインを増やしたり、減らしたりといったこともやっている。

 また、デバイスを供給するメーカーが2社になった途端に、そこで価格のたたき合いが始まる。こんな効率の悪い話はないわけです。核になる技術はなるべく自分たちで使い、最終製品もそれに合わせて、付加価値を持った製品に仕上げていく。そうした体質転換に取り組みました。今では、プロジェクタのデバイスは9割以上が社内向け。こうした体質への転換を、さまざま分野で進めることができました。

 実は、SE15では、技術開発のテーマを絞り込んでいるんです。そして、それらのコアの技術にレバレッジをかけることに力を注ぎました。

 レーザープリンタの開発を終息し、開発リソースをインクジェットプリンタに絞り込んだのもその1つです。もともとエプソンは、コンシューマ市場はインクジェットプリンタ、オフィスはレーザープリンタというビジネスをしていました。しかし、オフィス市場においても、エプソンの強みを生かすことができるのはインクジェットだと考えて、レーザープリンタは、OEMによってエンジンを調達する形にシフトしました。

 レーザープリンタの開発では、乾式の現像方式だけでなく、液体現像方式の開発をしていたのですが、これもやめた。さまざまな企業が参入する中で、似たり寄ったりのものにしか開発できないと考えたからです。しかし、レーザープリンタの開発者には、そのまま研究組織に吸収するのではなく、事業側に残ってもらい、特に液体現像の開発チームには、Paper Labという新たな製品開発に挑戦してもらうことにしました。こうした新たな領域に挑戦を開始したのもSE15の中の成果の1つです。

 そして、コア技術の広がりという点にもフォーカスしました。例えば、インクジェット技術は写真の表現には適していますが、そうなると、そこだけを見て、写真、あるいは写真の需要が多いコンシューマにフォーカスしてしまう嫌いがありました。裏を返せば、オフィスや商業・産業用途にも応用できるのに、そこにフォーカスしなくなる傾向があった。そこで、商業プリンタの専門組織を作り、その分野に向けた一歩を踏み出しました。

 また、オフィス向けインクジェットプリンタは、ここ数年で、良いものが揃ってきたと考えていますが、ここには、レーザープリンタをやっていた開発者が異動したことが大きな成果になったと言えます。オフィス向けプリンタに求められる堅牢性やペーパーハンドリングなどの設計ノウハウは、レーザープリンタで培ったノウハウが生きています。さらに、プリンタにおいては、大容量インクタンクを搭載した製品も投入することができ、それが新興国だけでなく、先進国でも成果を上げています。

 プロジェクタでは、オフィス向けの小さなものや、家庭向けの製品しか投入していませんでしたが、単焦点プロジェクタやインタラクティブ型プロジェクタ、そして、高輝度プロジェクタといった付加価値の付いた製品が投入できるようになってきた。最上位モデルでは、固体光源を用いて、25,000ルーメンの高輝度を実現。大講義室や展示場、ホール、ミュージアム、屋外サイネージでの使用を提案していくことになります。これまでは、部品点数が少なくて、数多く作れるプロジェクタを中心にしてきましたが、それを転換し、付加価値製品の領域を増やしていける体制が整いました。

 社内に言ってきたのは「志を高くする」ということ。志を高くして、社会に貢献しようと思うと、世の中にない、新たな価値を創造できるモノを作らなくてはならない。コアになる技術、それを活用した製品を粘り強く作っていく必要があります。競合他社を意識して「勝った」、「負けた」というのではなく、自分たちはどこに向かっていくのかということを明確にしなくてはならない。SE15の期間中には、その姿勢が徹底され始めたことが大きな成果だったと思っています。

商業・産業分野向けプリンタは2年遅れ?

――SE15でやり残したことはありますか。

碓井 SE15の期間中に成し遂げれなかったものの1つが、オフィス分野のほかに、商業・産業用途への展開をもう少し早くやりたかったという点です。メディアの使い勝手や信頼性、堅牢性などにおいて、納得できるものができなかったのがその理由で、2年は遅れた。確かに、インクジェット技術を活用した商業・産業分野向け製品はできましたが、まだまだ改善が必要です。その分野の知見の蓄積が足りなかったり、組織そのものをもっと強化する必要があったりといったことを感じています。

 SE15の最後には、高速ラインヘッドを搭載した商業向け、産業向けプリンタで成果を上げたいと考えていたのですが、これも遅れてしまった。ただ、これも次に繋げることができる道筋が見えてきましたから、その点では成果があったと言えます。

 また、オフィス分野、商業・産業向け分野における技術の遅れや、製品化が遅れてしまったことで、それらの市場に向けた販売、サービス基盤が十分に作れていないという反省があります。しかし、2016年度からの新たな中期経営計画の中では、これらの技術、製品、そして、販売、サービスが形になってくると考えています。

 そして、ウェアラブルも、遅れてしまった領域の1つです。これももう少し早く展開できると考えていましたが、要素開発が遅れたこと、ソフトウェアにも時間がかかったことが原因です。ウォッチ型、メガネ型を含めて、今後、軌道修正しなくてはならないと言えます。

エプソンのウェアラブルデバイスの独自のセンサー技術を搭載しているのが特徴

 実は、もともとメガネ型デバイスで使っている技術は、デジカメのEVFなどに使用するための部品として開発したもので、これを社内で利用する最終製品として形にできないか、というSE15で目指したビジネスモデルへと転換するための取り組みであり、大きなニーズを想定してというよりも、まずは、シーズを中心にして、ニーズを探る段階にあります。もう少し時間をかける必要がありますが、他社を追いかけるのではなく、自らの強みを生かすことができるものを考えていく必要があります。

メガネ型ウェアラブルデバイスのMOVERIO BT-200

――ただ、外から見ていると、商業・産業分野向けプリンタにしても、ウェアラブルデバイスにしても、市場の拡大はこれからが本番だと感じます。それほど遅れているという感じはしませんが。

碓井 新しい領域に参入したり、新たな製品を開発したりする時に、一番駄目なのは、後から追いかける状態になることです。そうした観点から考えると、確かに市場全体の時間軸からは遅れてはいないかもしれませんが、自分の時間軸では遅れている。ここまでできるかなと思ったものが遅れているということなんです。

 もう1つ大切なのは、本当に他社と差別化できる技術であるということなんです。慌てて中途半端なものを出すと、後で何かにつまずいた時に巻き返しが利かない。しっかりとした技術であれば、一度、失敗しても必ず巻き返しができる。コアとなる技術というのはそうしたものであり、他社にない技術として完成させることはもっとも重要なことです。そうした技術を持っていれば、絶対に負けない。そして、それは技術者の自信にも繋がり、次に技術へと発展させようという気持ちにも繋がる。技術開発においても、いいサイクルが出来上がるのです。

 瞬間的に勝っても、差別化ができない技術では、運が良い時には好調でも、いつ駄目になるか分からないという不安定なところがある。技術者も差別化できない技術に力を注ぎ、他社との競争に疲弊するだけです。挑戦が創造に結び付かない技術や製品は、負のサイクルに陥るだけ。少し時間がかかっても、しっかりとしたモノを作り上げるという点を重視していますから、実は遅れていると言っても、今は想定内の範囲だと思っているんです。

新長期ビジョン「Epson25」には新鮮味がない?

――2016年3月に、2025年までの長期ビジョン「Epson 25」を発表しました。これはどんな考え方をベースに策定しましたか。

碓井 Epson 25は、SE15でやってきたことを踏襲したものだと言えます。若い社員たちを中心にした約30人のメンバーが、現場を回って、エプソンの強みを客観的な立場から理解し、新たな価値を作るところにリソースを集中する形にまとめてくれました。そのベースにあるのは、世の中の流れをよく見て、自分たちの強みを認識して、それで社会に貢献していくという姿勢です。

――つまり、Epson 25の基本姿勢には、目新しさがないとも言えますが。

碓井 確かにそうかもしれませんね。ただ、SE15がビジネスモデルの転換にフォーカスし、エプソンの“省・小・精”の技術を生かした製品を投入していくというものでしたが、実は具体的には何をやるということは明確にしていませんでした。それを具体的な形にしたのが、Epson 25だと言えます。

Epson 25では、産業分野、オフィス分野、そしてウェアラブルでの成長を目指す

 プリンティング領域における取り組みを行なう「インクジェットイノベーション」、独創のマイクロディスプレイ技術とプロジェクション技術を生かした「ビジュアルイノベーション」、ウォッチのDNAを基盤に、着ける喜び、使う喜びを提供する「ウエアラブルイノベーション」、センシングとスマートを融合させたコア技術で、製造現場やサービス分野でも利用できる「ロボティクスイノベーション」を、4つのイノベーション領域とし、これらを支えるセンシングソリューション、タイミングソリューション、省電力ソリューションによる「マイクロデバイス」領域において、具体的な取り組みを示しています。覚悟を決めて、これをやるということを明確に示したと言えます。

ビジュアルイノベーションの構想

リアルな世界で、究極のモノづくり会社を目指す

――Epson 25の発表会見では、「リアルの世界で、実体のある、究極のモノづくり企業を目指す」という言葉を何度も繰り返していたのが印象的でした。これはどういう意味ですか。

碓井 エプソンはどういう会社か、あるいはどんな人たちが働いているのかということを考えた時、もっとも当てはまり、最大の価値が発揮できる姿を示す言葉が「リアルの世界で、実体のある、究極のモノづくりを行なう企業」。エプソンとはそういう会社なのです。言わば、サイバー空間で勝負できる会社ではない(笑)。サイバー空間は重要であり、これからも拡大するでしょう。しかし、そこに、今、エプソンが入っていても、競争に負けてしまう。

 アップルは、使いやすさを追求し、そのためにサイバー空間を利用して、さまざまなアプリやコンテンツを提供する環境を作り上げた。ただ、リアルなモノづくりは、アップルがコンセプトを打ち出すものの、技術や部品は寄せ集めです。サイバー空間をうまく利用しているからこそ、その程度のリアルのモノづくりでも勝てる。新興国の成長企業のビジネスもそうです。アイデアをもとに、部品をかき集めて短期間に製品を作り上げて、ビジネスを伸ばすことが軸となっている。

 だが、エプソンがその程度のモノづくりをしていては負けてしまうし、そんなビジネスができる体質でもない。インクジェットプリンタは、ヘッドを作らない限り、製品ができない。そこに圧倒的な付加価値を持ち、そのプラットフォームの上で、サイバー空間を利用してコンテンツなどを提供していくことになる。ここに我々の軸足を置きたい。エプソンは、半導体ビジネスを売却しませんでした。多くの企業が二束三文で売ってしまったが、エプソンは苦しい時にもそれをやらなかった。これが今、リアルの空間におけるモノづくりにおいて重要な役割を果たしています。

 規模を小さくして、収支が合う状態にすれば、この基盤を有効に使うことができる。インクジェットのプリンタヘッドも半導体の技術ノウハウを活用することで進化を遂げることができましたし、有機ELパネルも半導体の技術と生産拠点を自前で持っているからこそ、社内で活用できる。これを売却して、他社に作って欲しいと言っても、まずは「何個作るんだ。そんな少ない数は作れない」ということになってしまう(笑)。だが、そのデバイスがないと製品は作れない。半導体の技術と生産拠点を持っていることは、リアルなモノづくりを行なう基盤とも言えます。

――Epson 25は、10年先を見据えたビジョンですが、ここまでの長期ビジョンを出す会社は少なくなっていますね。ましてや、サイバー空間の企業では3年の中期経営計画でも長いと言っているほどです。それは、リアルの世界で、実体のある、究極のモノづくりを行なう企業だからこそ打ち出せる長期ビジョンだと言えますか。

碓井 言い換えれば、10年ぐらいかけて完成させる技術にフォーカスしないとエプソンは負けてしまうということなんです。コアになるデバイスを作り上げるにはそれぐらいかかる。かなり先を見据えて、そこに向けてしっかりと手を打って、ビジネスをやるという宣言でもあります。

強気の中期計画が、一転して慎重な計画になった理由とは?

――Epson 25のアクションプランとして、その第1ステップとなる中期経営計画「Epson 25 第1期中期経営計画」では、売上高で1兆2,000億円(2015年度見通し1兆1,000億円)、事業利益960億円(同820億円)、ROSは8%(同7.5%)、ROEでは継続的に10%以上(同11.8%)を掲げましたが、かなり慎重な数字のように感じます。前回の中期経営計画を策定した時点では、次期中期経営計画で力強く成長戦略を描くとしていましたが。

碓井 ビジネスモデルが固まる中で、これからは新たな領域において、本格的に製品投入を行なうフェーズに入ります。技術開発は、絞り込んでやれば、それほど資金は必要ありません。しかし、製品化はもっともお金がかかるフェーズです。この3年間は、設備投資もしっかりやりたい。そして、顧客基盤を広げるためには、営業体制の投資も必要です。

 また、為替変動や経済環境の変化などに柔軟に適用できるためのオペレーションをするためには、収益については慎重にならざるを得ないという背景もあります。例えば、オフィス向けプリンタやコンシューマ向けプリンタにおいては、既に、競合他社が極端な価格戦略を仕掛けてくるといったことも見られています。こうした自らの思惑だけではどうにもならない要素がいくつかある。そこで慎重な見方をしているわけです。

 確かに、前回の中期経営計画の中では、次期中期経営計画で力強く成長戦略を描くとしていましたが、今の状況を見ると、力強く成長する準備ができていない。想定よりも2年遅れているといった技術、製品があったことも、その要因の1つです。

「Epson 25」および「Epson 25 第1期中期経営計画」の数値目標

――設備投資では、3年間で2,100億円を計画していますが、この投資の中心は何になりますか。

碓井 やはり中心は、最先端インクジェットプリントヘッド「Precision Core(プレシジョンコア)」の生産能力強化への投資ということになります。フィリピンやインドネシア工場の生産能力増強や、長野県塩尻市の広丘事業所におけるPrecision Coreへの新規生産投資、秋田エプソンへの投資もPrecision Coreを中心とした生産強化に向けたものです。2,100億円のうち、700億円規模がPrecision Core関連となります。そして、残りの1,400億円は製品化に関わる部分。金型づくりへの投資や、自動化、省人化なども含めた投資を行なっていきます。

複写機市場参入のキーデバイスとなるPrecision Core

複写機市場で5%のシェア獲得を目指すエプソン

――気になるのは、いよいよ複写機市場への本格参入を宣言したことです。Epson 25 第1期中期経営計画の早い時期に製品投入を行なうとしていますが。

碓井 高速印字が可能なヘッドは、Precision Coreの進化によって実現できる目途が立っています。課題は全体をまとめる部分ですね。高速ならではのペーパーハンドリング技術が求められるわけですから、その辺りの開発に力を注いでいます。

 また、販売体制については、スマートチャージによる課金ビジネスモデルでの実績を積んできましたので、これを生かしたいと考えています。ただ、エプソンの場合、多くの複写機メーカーのように、直販体制で販売するモデルではなく、パートナーを通じた販売が主軸になります。

 複写機の代理店は、市場全体の4割以上が独立系販社ですから、それらの販社と協業体制を作り上げることが重要です。しっかりとした製品を作り上げ、「よし、これを売ってやろう」と思ってもらうことが大切です。これが販売戦略の柱になります。どうしても扱ってみたいという製品が武器になる。それが、市場を切り崩していく切り札になると考えています。

――エプソンが作る複写機対抗製品は、本当に、パートナーがどうしても扱ってみたい製品になるのでしょうか。

碓井 似たような製品であれば、よほどお金を積まないと市場は変わらない。だが、今までの電子写真方式の複写機にはできないようなものが、エプソンのインクジェット技術でできるのであれば「これを扱ってみたい」と思ってもらえますし、将来に向けた進化にも期待が持ってもらえると思っています。エプソンが投入する製品は、プリントスピードは、複写機を遥かに超えますし、トータル価格も安くできる。特に、消耗品が安くなり、ランニングコストが安くなるでしよう。

 さらに、Paper Labとの連動提案も差別化の1つになると言えます。似たり寄ったりの状況にはしません。圧倒的な差を明確に示したい。エプソンがオフィスをインクジェットで変えていくというメッセージを、これから積極的に打ち出していくつもりです。エプソンのブランドの語源となったミニプリンタ「EP-101」は、圧倒的な技術力を活用した製品が受け入れられ、それが、エプソンにとっての新たな販路を開拓することに繋がったエポックメイキングな製品です。インクジェットプリンタの「カラリオ」も同様です。そして、今回の製品も同じです。EP-101やカラリオと同様に、圧倒的な付加価値を持った製品で新たな販路を開いていきたい。それだけの自信を持った製品を投入します。

EPSONブランドのベースとなったミニプリンタ「EP-101」

――2018年度までにどんな状況に到達すれば、複写機市場への展開は合格点になると考えていますか。

碓井 この製品を導入した人たちに、「これを使ってよかった」と言ってもらえることが大切です。2018年度には、市場シェアの5%ぐらいは取りたいと思っています。そして、その次には、10%のシェアを獲得して、市場での存在感を発揮したいですね。

Paper Labは2016年の投入を目指して製品化を加速

――使用済みの紙を原料として、新しい紙を生産するオフィス製紙機「Paper Lab」の製品化に向けた進捗はどうですか。

碓井 Paper Labは、社長直轄プロジェクトとしてスタートしましたが、今は、全社を挙げて支援する体制へと移行しましたから、2016年中に向けて、製品化はさらに加速している状況です。

2016年中の製品化を予定しているPaper Lab

――価格は現時点では未定ということですが、どの程度になりそうですか。

碓井 まだ社内で検討しているところです。こういう製品がこれまでになかったわけですから、いくらぐらいが妥当なのかという目安がありません。ただ、まだマスを対象にした製品ではありませんから、単に再生紙を安く使いたいというユーザーよりも、機密文書を確実に消去したいという点にも価値を感じてもらえるユーザーに提案していくものになります。

 Paper Labは、オフィスで躊躇うことなく紙を使ってもらうための製品ですから、今後も、そこに向けた進化をさせていくつもりです。今は、大きなラックサイズですが、2020年には複写機と同じサイズにまで小型化していきたいですね。そして、将来的には、エプソンの1つの顔になるビジネスに育て上げたいと考えています。

日本で大容量インクタンクモデルは受け入れられるのか?

――一方で、大容量インクタンクモデルの成果はどう評価していますか。2015年度は約500万台の大容量インクタンク搭載プリンタを販売し、2016年度は600万台近くまで出荷を伸ばす計画でする。これによって、プリンタ出荷量全体の4割近くを占めることになりますね。

碓井 大容量インクタンクモデルは、インクの売り上げ、収益に依存せず、本体で収益を上げるビジネスモデルです。昨年(2015年)、日本でも投入したのですが、順調なスタートを切っています。予想外にモノクロの大容量タンクモデルの売れ行きがいいのですが、量販店でレーザープリンタを購入しにきた中小企業ユーザーが購入していくという例が出ているためです。振り返ってみますと、大容量インクタンクプリンタを積極展開した2012年度を底に、インクそのものの売上高は、それまでの減少傾向から一転し、年々上昇し続けています。

日本市場にも投入した大容量インクタンクモデル

 ただ、今後は、他社との競合も想定していかなくはならない。大容量インクタンクプリンタは、2015年度からいくつかの製品が競合他社から出てきましたが、20機種以上もあるエプソンのラインナップの強みなどもあり、ビジネスへのプレッシャーはそれほどなかった。しかし、今後、どうなるかは分からないところがあります。

――大容量インクタンクモデルは、今後、国内のコンシューマ領域にも展開していく考えですか。

碓井 国内コンシューマプリンタ市場において、大容量インクタンクモデルがどれぐらいの構成比になるのかといったことは、まだ見えない部分があります。ただ、印刷コストを気にするユーザーには買っていただけると思いますし、SOHO市場は明確なターゲットの1つと捉えています。今は、レーザープリンタからの置き換え提案が中心であり、それによって、エプソンのプリンタビジネスにはプラスになると考えています。国内市場はユーザーニーズを見極めている段階で、一気に大容量インクタンクモデルに切り替えるといったことは考えていません。

――例えば、今年(2016年)の年末の年賀状需要向けに大容量インクタンクモデルを提案していくことは考えていますか。

碓井 それは現時点では分かりません。ただ、大容量インクタンクの製品は既にありますから、それを、年賀状を印刷するために購入していただくというユーザーはいるかもしれませんね。

――中期経営計画の最終年度となる2018年度には大容量インクタンクモデルはどの程度の比率を想定していますか。日本でも3割程度の比率は占めるのでしょうか。

碓井 2018年度には、新興国を中心にした成長によって、全体の約5割を、大容量インクタンクモデルにしたいと考えています。ただ、そのタイミングでも日本の市場では、3割の構成比まではいかないのではないかと思っています。大容量インクタンクモデルは、強いプラットフォームを生かした上で、顧客接点でのビジネスモデルの多様化を図っていくという取り組みの1つですが、ただ、国内オフィス市場では、プリントボリュームが多いユーザーに受け入れられる可能性は高いと考えています。

エプソンから3Dプリンタは登場するのか?

――3Dプリンタについては、これまで具体的な事業プランについては言及してきませんでしたが。

碓井 3Dプリンタは、ぜひやりたいと思っていますし、社内では技術開発をしっかりと進めています。しかし、今市場投入しても、世の中に出ているものを追うだけです。やるのならば、フィギュアを作るための3Dプリンタではなく、本当にモノづくりの現場で使えるものをやりたい。「3Dプリンタは、こんなことまでできるのか」ということを示せるものを出したいですね。そのための素材の開発などにも取り組んでいます。そして、マイクロソピエゾの技術だけに捉われていると、あまり良いものができないのではないかということも思っています。

 一方で、モノづくりに応用できる3Dプリンタが登場した時に、どんなサービスが求められるのかといったことも考えていきたい。エプソンが目指している3Dプリンタの世界では、本体のビジネスよりも、それを取り巻くサービスビジネスの方が大きくなる可能性もあります。そうしたことを捉えながら、エプソンの3Dプリンタビジネスの姿を考えていきたいですね。

――今回の中期経営計画では、ロボティクス事業を事業の柱に位置付けましたが、この狙いはなんでしょうか。

碓井 エプソンのロボティクス事業とは、リアルな部品であるアクチュエーターやセンサーといったセンシング技術と、スマート技術を活用することで、ロボットが人を支える未来を実現していくことになります。スマートデジタルロボットと言える製品が、ある一定の比率を占めるビジネスにしていきたいですね。ただ、この事業は、過度に規模を追わないのが前提です。

 その一方で、特定の領域に偏らないようなビジネスにしていくことも目指します。そのための販売ネットワークやサービスネットワークを作り上げたいですね。ロボットを活用するためには、システムインテグレータとの協業が重要になりますから、その関係構築にも力を注ぎ、機動的な提案ができるような体制を作りたいと考えています。10年、20年を経過した時に、この技術を活用してさまざまな提案や応用に生かせる基盤になることを目指しています。

――今は、生産現場などで活用する6軸ロボットなどが中心ですが、コンシューマ市場を意識したロボットや、二足歩行型ロボットなどへの取り組みは考えていますか。

碓井 それは今のところ、考えていません。エプソンのロボティクス事業の基本は、見て、感じて、考えて、働くロボットです。ですから、コンシューマ向けというところは視野には入れていません。そして、センシングとアクチュエーターを持たないロボットというのは作ることはないと思います。人工知能は活用することにはなるでしょうが、IT系企業が作るようなロボットの領域では、エプソンの強みが発揮できないと考えています。

ロボティクス事業は製造分野およびサービス分野への展開を目指す

エプソンが照明ビジネスに参入?

――一方で、「ライティング」という領域にも取り組んでいく姿勢を明らかにしていますが、これは具体的にはどんなものになりますか。

碓井 これはまだ説明が不十分なところもあり、照明事業に本格参入するのかといった誤解を招いている部分もあるのですが(笑)、まずは、固体光源を活用することで、どんな用途に使えるのかといった使い方を提案していくのが第一歩です。

プロジェクタ事業ではオフィス向け、コンシューマ向けに加えて、高輝度などの付加価値モデルも展開

 例えば、プロジェクタを使っていない時には、その光源を利用して白色の光を出しておくことで、照明の代わりに利用することも可能です。また、オフィス内には窓のない部屋もあるわけですが、ここにもプロジェクタで窓のように風景の画像を表示したり、天井を青空にするといった使い方もできるようになる。

 つまり、プロジェクタは、プレゼンテーションのために使うだけではなく、ほかの用途にも使えるという提案の1つです。これは、寿命を延ばすことができる固体光源であるからこそ、実現できるわけです。確かに、将来的にはライティングそのものを主軸にした提案というのも出てくるかもしれません。しかし、プロジェクタの技術を応用して、空間を自由にデザインするという提案が、今後、可能になってくるわけで、そこにエプソンは踏み込んでいこうというわけです。

 これも、核になる技術を作って、そこにレバレッジをかけて、それを可能な限り、広げていこうという基本的な取り組みの1つになります。ライティングと言うと、これまでのエプソンの取り組みからは、かけ離れた事業のように聞こえますが、私は決して離れたものではないと考えています。

――Epson 25、そして、Epson 25 第1期中期経営計画を通じて、どんなセイコーエプソンを目指しますか。

碓井 エプソンは、画期的な顧客価値を継続的に創造するために、世界が驚くような素晴らしい独創の技術を究め極めて、ユーザーの困りごとやニーズを、即座に製品仕様に反映すると同時に、しっかりと製品を届けられるような販売、サービスの仕組みを創り上げたいと考えています。

 これは、一朝一夕にはできないことですが、世の中に驚きと感動を与えることにより、人々が喜び、幸せになることを信じて、誠実に努力を積上げていくことが、エプソンの使命だと考えています。これからも、挑戦は続きますが、しっかりと経営の舵を取っていきたいと考えています。これからもエプソンに期待してください。

(大河原 克行)