大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
VAIOから再びAIBOは登場するのか?
成長事業に位置付ける新規事業への取り組みを追う
(2016/4/26 06:00)
ここにきて、VAIO ZやVAIO Phone BizといったVAIOらしい製品が注目を集めるVAIO株式会社。その一方で、経営のもう1つの柱に位置付けて取り組んでいるのが、ロボットの受託製造を中心とした新規事業だ。VAIOの大田義実社長は、「2017年度にはPC事業の収益と、新規事業の収益を1対1にしたい」と語り、PC事業とともに、経営の両輪へと育てる姿勢を示す。
その背景には、長野県安曇野市の本社工場において、ソニー時代に犬型ロボット「AIBO」を生産していた経緯が見逃せない。そして、VAIOを始めとした長年に渡るPC事業の実績も、新規事業への取り組みには欠かせないものだと言う。
VAIOの新規事業は今後どう発展するのか。将来的には自社ブランドのロボット事業へと踏み出す可能性も示唆する同社の新規事業への取り組みを追った。
PC事業と新規事業を両輪に据える
VAIOには、2つの事業がある。
1つは、同社の基幹事業であるPC事業だ。VAIO ZをフラグシップとするPC製品群に加え、4月22日から出荷を開始したスマートフォンのVAIO Phone Bizもここに含まれる。VAIOにとって、スマートフォンは新規の事業ではあるが、「Windows 10 Mobileを搭載したVAIO Phone Bizは、PCの技術を活用し、20年間蓄積してきたWindowsのノウハウを活用して、設計、開発、製造を行なったもの。これまで、VAIOが発売してきたPCは椅子に座って、操作する製品。それに対して、VAIO Phone Bizは、持ち歩くPCという世界を確立するものになる」と、VAIOの大田義実社長が語るように、事業としては、PC事業の1つに捉えている。
もう1つの事業が、新規事業だ。
ここには、ロボット事業を中核に、IoT関連事業、ゲーム関連事業、ファクトリーオートメーション(FA)関連事業などが含まれることになる。いずれも基本は受託製造だ。既に、富士ソフトのコミュニケーションロボット「Palmi(パルミー)」や、Moffのウェアラブルデバイス「MoffBand」の受託製造を開始。そのほかにもいくつもの案件を受注したり、商談中だったりという状況であり、「多くのものはNDAを結んでいるために公開できないが、その中には大型案件も含まれている」(VAIO・大田社長)と言う。
VAIOの中期的な経営戦略は、PC事業の早期黒字化によって収益のベースを作り上げ、成長と利益貢献は新規事業が担うという姿を描く。まずは、2017年度までに、新規事業の収益規模を、PC事業と同じ水準にまで引き上げる考えだ。
AIBO生産の地でロボットの生産を開始
VAIOが、ロボットの受託製造とした新規事業を成長の1つに位置付ける背景には、いくつかの理由がある。
1つは、VAIO本社がある長野県安曇野市の生産拠点は、ソニー時代には、ソニーEMCS長野テックとして、VAIOの生産に加えて、犬型ロボット「AIBO」の生産も行なっていた経緯があるという点だ。
AIBOは、1999年にソニーが発売したロボットで、2006年の生産終了までに15万台を出荷。2014年春にサポートを終了している。
この時、AIBOの設計を行なっていた1人が、現在VAIOで新規事業を統括する今井透執行役員専務である。VAIOの新規事業に携わる社員の多くは、PCの設計、開発などを行なってきた経験者であり、AIBOの経験者は今井執行役員専務を除くと、ほとんどいないという状況だが、AIBOで培った開発、生産ノウハウは、今井執行役員専務を通じて、今のVAIO株式会社の中に深く息づいているのは間違いない。
VAIO技監の橋本克博氏は、「確かに、ロボットの生産を一度止めたということを考えれば、そこで開発、生産技術の継続性が途切れているのは事実」としながらも、「かつてAIBOを開発、生産できたのは、PCの開発、生産技術を蓄積し、それを応用できたことが大きかったと言える。その点では、安曇野におけるPCの開発、生産は継続し続けており、ロボットの開発、生産に関する主要な技術は継続して蓄積している。また、2014年までAIBOのサポートを続けてきたことも、ロボットならではのメカやサーボのノウハウを伝承できる環境を維持することに繋がっている」と語る。
実は、VAIOでは、安曇野の生産拠点において、基板製造ラインを有しており、ここで品質の高い基板づくりを実現している。PCの小型、軽量化を支えているのも、安曇野の生産拠点に、独自の基板設計部門と基板製造ラインを持つからだ。VAIO Zで採用しているZ Engineも、実装技術、放熱技術に優れた基板を安曇野で生産することによって実現しているものである。
「ロボットは、Z Engineで採用している基板実装技術など、VAIOが持つ技術の集大成によって実現される事業。VAIOのコアとなる開発、生産体制が、ロボット事業に活かされることになる」と、大田社長も語る。
製造領域に留まらない受託を実現
2つ目は、長年の国内生産で培ったサプライチェーンを有していることだ。
VAIO Zを例にとれば、企画、開発、試作から、量産における調達、実装、製造、出荷、そして、アフターサポートまでを一貫した体制で提供するのはVAIOの強みだ。これはAIBOの生産時にも行なわれていた仕組みであり、全てを国内で完結する仕組みを維持している。
「国内でサプライチェーンの全てを完結できる体制を持っていることが安心感に繋がっている。VAIOに任せておけば大丈夫だという、安心を持ってもらっている」と、VAIO調達部・大日向陽二部長は語る。
実は、ロボットの受託製造に関して、VAIOが受注しているのは単に製造する領域だけではない。企画、開発といった上流部分から踏み込むケースや、量産に向けた体制づくりに関しても、コンサルティングを行なったり、部品調達までを含めて受託する例も少なくないという。
例えば、ロボット事業に参入するベンチャー企業の場合、ユニークなアイデアを実現したロボットを、試作までは完成させることができるものの、量産に関するノウハウがないため、生産面で苦労をすることが多い。実際、量産に関するノウハウがないため、生産は海外ODMメーカーに丸投げして、量産を開始したところ、予定通りの数量が生産できずに事業化が遅れるといったことは、ロボット事業に関わらず、よく見られるケースだ。
「試作段階であれば、10台作って8台動けばいいだろう。だが、量産の場合には、何千台、何万台生産した時に、この歩留まり率ではまったく利益が出ない。限りなく100%に近い形で完成品を製造するのが量産。量産と試作は、まったく次元が違う難しさがある。ベンチャー企業では、試作から量産に移行することの難しさを知らない企業が多いのが実態であり、量産を前提にした設計や試作を行なっていない企業も多い。安曇野であれば、VAIOのPC生産、AIBOのロボット生産といった、これまでの知見を活かして、そこをカバーすることができる」(VAIO NB部2課・中田修平課長)とする。
VAIO調達部・大日向陽二部長も異口同音に、「調達面においても同様のことが言える。量産を前提として、信頼性の高い部品を、安定的に調達するルートを確保することができるかどうかは、量産時には大きな鍵になる。追加生産する際に、部品そのものが調達できなくなるといったことも避けなくてはならない。これも量産の経験があるVAIOだからこそ、提案できる部分である」と語る。
そして、これは検査工程でも同じことが言える。PCにおいては、落下試験や振動試験、加圧試験のほか、輻射試験、ホコリ環境試験、摩耗試験など、さまざまな試験を安曇野で行なっているが、こうしたノウハウは、同様にロボットの生産にも活かされることになる。
また、使用する部品や完成した製品が、各国の法令に順守したものになっているかどうかといった対応にも目を配って量産を行なえるようにしている点も、VAIOの特徴だ。PC生産を継続し続けていることで、量産に必要とされる要件をさまざまな角度から検証し、それを実行することができるとも言える。
このように、ロボット事業に関わるサプライチェーン全体において、VAIOが関与することで、高品質の製品を短納期で、安定的に供給することができるようになり、顧客の事業化を加速することができるというわけだ。
ここに、VAIOの新規事業に対して、多くの企業が関心を寄せる理由がある。VAIO調達部・大日向陽二部長は、「中国のODMメーカーと戦うつもりはない」としながらも、「VAIOならでは特徴を理解していただき、そこに価値を感じていただける企業のお手伝いをしたい」とする。これがVAIOのこだわりでもある。そこに期待を寄せる企業は少なくない。
VAIOの大田社長は、「今は、こちらから営業活動をしなくても、ロボットの受託生産に関する問い合わせが相次いでいる。1つ1つの案件に、しっかりと対応できる体制を構築することを優先したい」と、うれしい悲鳴を上げる。
VAIOの新規事業のスタートは、極めて順調だといって良さそうだ。
PalmiとMoffBandの生産にも独自ノウハウ活用
VAIOが受託製造しているロボットの1つが、富士ソフトのコミュニケーションロボット「Palmi(パルミー)」だ。2015年6月から受託製造を開始しており、VAIOが生産するロボットの代表製品の1つとなっている。ここでも、VAIOならではの特徴が活かされている。
「Palmiは、量産化に向けてのハードルが高かった。日程的な課題、部品調達の課題、そして、量産技術の課題などがあった」と、生産開始前夜を振り返るのは、VAIO技術&製造部技術課・神部隆一課長。Palmiは、高さ約40cm、重量が約1.8kgの二足歩行ロボットで、各種センサーやカメラを内蔵。小型ロボットだけに、組み立ても複雑だ。特に、22個のサーボモーターを搭載しており、手首や足首まで動く構造となっているため、これらの量産組み立てには多くの苦労が伴ったという。
「サーボ部分の組み立てを、そのまま行なおうとすると、人の手が一度に6本必要になる場面もあった。それをサポートする治具を独自に作り上げ、結果として、その工程を1人で組み立てられるように工夫した。短時間に組み上げることができ、関わる人数が少なくなるため、コスト削減にも貢献した」(VAIO 技術&製造部技術課・神部隆一課長)という。
独自に開発し、生産ラインにおける効率化と高品質化を実現する治具は、VAIO Zの生産ラインでも多数活用されているもので、国内生産ならではのVAIOが得意とする取り組みの1つだ。また、検査工程においては、ソフトウェアを活用した検査だけでなく、動き方やその際に発する動作音を、目で見て、耳で聞いて判断するといったことも取り入れている。
「これはAIBOを生産していた時にも取り入れられていた検査手法の1つ。検査を行なうオペレーターをトレーニングすることで、機械だけに頼らず、人による検査を重視する環境を構築している」と言う。
熟練のオペレーターによって、ソフトウェアや機械では判断できないような不具合を見つけることで、品質向上に繋げているというわけだ。
「品質を確保し、それでいて、納期や数量もしっかりと厳守した上で供給できるインフラを構築し、その上で生産するのVAIOのロボット受託製造。VAIOだからこそできる強みをこれからも活かしたい」と、VAIOの神部課長は胸を張る。
もう1つの代表的な受託製造製品が、Moffのウェアラブルデバイス「MoffBand」である。MoffBandとしては、第2世代の製品であり、外観デザインは同じだが、内部構造が変更されているという。
「2015年6月に、クリスマス商戦に間に合わせたいという話があり、実際に量産出荷を開始したのは9月末。短期間で量産体制を構築することが求められた」と語るのは、VAIO NB部2課・中田修平課長。「世界で戦えるものを作って欲しいと理由から、VAIOに製造を委託する話をいただいた」と続ける。
ここでも、PCの生産技術が活かされている。短期間でのライン構築と、治具の活用、工程の一部自動化によって、短期間での量産体制構築を実現した。
このようにVAIOの新規事業は、AIBOを生産していたという経験だけでなく、PC生産のノウハウも活用することで実現していると言える。
そして、ソニー時代から蓄積した日本の超大手企業ならではの品質へのこだわりも継続している。VAIO自身は、資本金10億円、社員数約240人という中堅企業であるが、そのモノづくりの精神はしっかりと維持されている。品質の高いものを、納期通りに、安定的に供給できる体制づくりに徹底してこだわっているのは、中国のODMメーカーとは一線を画すものと言っていいだろう。
「ソニー時代は、外部からの受託製造は行なっていなかった。だが、VAIOになったことで、ソニー時代と同じ生産設備を活用し、ソニー時代と同じ製造レベルを維持した形で委託できるようになったことを喜ぶ企業もいる」と、VAIO調達部・大日向陽二部長は笑う。
いわば、製造を委託したい企業にとっては、VAIOになったことで、安曇野の生産拠点を利用できる障壁が低くなったとも言えるわけだ。
自社ブランドのロボット生産も視野に
では、今後、ロボットの受託製造を軸とする新規事業はどんな成長を描くのだろうか。新規事業にとって、最初のゴールとなるのは、やはり2017年度にPC事業と新規事業の収益比率を1対1とすることだ。
「2016年度は、まだよちよち歩きの状態が続くだろう。だが、2016年後半からは体制の増強にも着手し、安定した収益確保と成長を描ける事業基盤を構築したい」と、VAIO技監の橋本克博氏は語る。2018年度以降は、PC事業を超えて、新規事業が収益を創出する事業になることを見込んでいる。
2つ目には、ロボット事業以外への展開である。既に、「MoffBand」により、ウェアラブルデバイスの受託製造を開始しているが、このほかにも、IoT関連事業、ゲーム関連事業、ファクトリーオートメーション(FA)関連事業などへの展開が挙げられる。
「産業機器関連の話も出ており、PCに近いような専用製品や、玩具に近いようなウェアラブルデバイスの受託製造についても、検討していくことになるだろう」と言う。
安曇野の生産拠点には、7本のラインを持つ基板製造ラインを活用することで、生産量を拡大したり、組み立てラインを設置するスペースにもまだ余力があるため、PC事業だけでなく、新規事業についても、生産能力を高めることは可能だ。需要に合わせて、生産力を高めたり、生産設備に投資するといったこともあるだろう。
そして、3つ目には、自社ブランドによるロボット生産、あるいはウェアラブルデバイスの生産である。
VAIO技監の橋本克博氏は、「自社ブランドのロボットは、あくまでも次のステップの話」とするものの、「ぜひ、やってみたいことの1つ」と語る。VAIO調達部・大日向陽二部長も、「新規事業が収益を得られるようになり、さらにVAIOブランドのロボットでも、収益を得られる目途がつくのであればやってみたい」と意欲を見せる。
実は、VAIO社内では、既にVAIOブランドのロボットあるいは、ウェアラブルデバイスの開発について、検討を開始しているという。ただ、この中には、VAIOブランドで投入するのではなく、パートナーとの連携によって、他社ブランドで投入されるものも含まれるようだ。つまり、単なる受託製造だけではなく、VAIOによる提案型のビジネスにも踏み出すことを想定しているというわけだ。
「今後のロボットやウェアラブルデバイスは、クラウドとの連携が必須。その分野に長けた企業との連携なども視野に入れなくてはならないだろう」(VAIO技監の橋本克博氏)という点も、提案型ビジネスを加速させる理由の1つとも言える。
しかし、気になるのは、やはり、VAIOブランドのロボットの登場だ。
VAIOの大田社長は、「二足歩行ロボットの量産技術を持つ国内企業は、VAIOだけ」と自負するが、このコメントからは、二足歩行型ロボットが登場することが期待される。また、これまで製造してきたロボットが、AIBOやPalmiという小型ロボットであることを考えると、Pepperのような大型ロボットよりも、小型サイズのロボットの方が、製造設備や製造ノウハウとしては多く蓄積されており、それを活かしたものになるとも想定される。そして、スマートフォン事業にも乗り出していることを考えれば、シャープのRoBoHoNのようなスマートフォン型ロボットも作れそうだ。さらに、当然のことながら、AIBOのような犬型ロボットや猫型ロボットの再登場を期待する声もあるだろう。
つまり、VAIOの新規事業が軌道に乗れば、次にはこんな楽しみが待っているというわけだ。
そうした観点からみれば、VAIOに注目点は、PC事業の行方だけではなく、新規事業の成長ぶりも見逃せないというわけだ。そう思うのは筆者だけではあるまい。