大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

Windows 10へのアップグレード目標数までもうひと息

~日本マイクロソフト・平野社長に聞く、2017年度事業戦略

日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野拓也氏

 日本マイクロソフトの同社2017年度が、2016年7月1日からスタートした。2017年度は、日本において、クラウドの売上げ比率を50%にまで引き上げる計画を打ち出し、クラウドへのシフトをさらに加速。顧客のデジタルトランスフォーメーションに貢献することを軸に事業展開を図る。

 一方で、7月29日にはWindows 10の無償アップグレードが終了。次のステップに向けた新たな展開がスタートすることになる。日本マイクロソフトの平野拓也社長(以下敬称略)に、2017年度の同社取り組みなどについて聞いた。

ゴールデンウイークを機にアップグレード数が増加

――あと10日ほどで、7月29日を迎え、Windows 10の無償アップグレードが終了します。日本におけるWindows 10へのアップグレードの進捗はどうですか。

平野 昨年(2015年)7月から無償アップグレードを開始しましたが、Windows 10はどういうものなのかといったことをまず知ってからアップグレードをしたいという方々も多く、アップクレードする時期を図っていたケースも少なくありませんでした。そうしたこともあって、今年(2016年)5月のゴーデンウイークあたりから、ものすごい勢いで、アップグレードをする方が増えています。全世界において3億5,000万のデバイスで、Windows 10が利用されていることが発表されていますが、日本でも急速な勢いでWindows 10へのアップグレードが進んでいます。現時点で、Windows 7やWindows 8を大きく上回る数のユーザーの方々に、Windows 10が利用されています。

 一方で、コールセンターの陣容を4倍に増強することで、サポート体制を強化しました。この2~3週間で、問い合わせ内容が、Windows 10に関するユーザーインターフェイスに関する内容や、アップグレードのやり方に関する質問から、Windows 10の使い方へと質問の内容が変わってきていますから、Windows 10の機能に評価をいただいたり、セキュリティの高さが理解されはじめてきたことを感じます。7月29日に向けては、さらにアップグレード数に弾みがつくと見ています。

――社内で想定している目標値には到達しているのですか。

平野 目標まではもうひと息ですね。少しでも多くの方々に使っていただきたいという観点で言えば、7月29日までに、まだまだ多くの方々にダウンロードしていただきたいと思っています。

――アップグレードに関しては、5月中旬からの約1カ月半に渡って、その分かりにくさから、混乱を招いたり、日本マイクロソフトに対する批判も出ることになりましたが。

平野 無償アップグレードの仕組みに関しては、多くのご意見、ご指摘とともに、不満の声もいただきました。通知内容の分かりにくさや、ポップアップしたアプリの操作の分かりにくさとともに、同時に自動アップグレードの仕組みを採用したことで、ご迷惑をおかけしました。また、情報の出し方という点でも、不十分であったという反省があります。グローバルポリシーの中でやってはいるものの、日本のユーザーからの声を真摯に受け止め、日本法人として、そして私自身も個人的に、米本社に改善を強く申し入れ、遅まきながら、7月1日から、通知内容やアップグレードの方法を変えさせていただきました。この経験は次に活かしていきたいと考えています。

――7月29日以降は、どんな手を打っていきますか。

平野 まず、8月2日には、Windows 10 Anniversary Updateが公開されますので、そこで提供されるWindows HelloやCortanaの進化、ペンによる新たな活用提案、セキュリティのさらなる強化などについて、改めて訴求していくほか、それらの機能を活かすことができる新たなデバイスが、OEMベンダーから続々と登場してきますから、それによって、売り場を活性化していきたいですね。Windows 10の魅力を伝えるには、シーンごとの使い方やシナリオ提案が重要だと思っています。

 日本マイクロソフトが目指す企業像は、「喜んで使ってもらう」というところにありますから、そのために何をしなくてはいけないか、というところに立ち戻って、シナリオ提案をしていきたいですね。孫のビデオを少ないクリック数で編集できたり、セキュリティの面では、安心して使えるというメッセージを積極的に出したりといったことをしたいですね。

 7月29日までは、どうしても、グローバルで、共通的にWindows 10へのアップグレードを訴求するという形になっていましたが、日本のPCには、TVチューナーが搭載されているなど、独自の仕様がありますから、こうした機能についても、日本のOEMベンダーと一緒になって訴求することも考えていきたいですね。年末に向けてどんなキャンペーンを展開していくのかということは、これから考えていくことになります。

2017年度は法人向けにWindows 10の普及を促進

――7月1日からスタートした2017年度においては、「法人分野でのWindows 10の普及」を掲げていますね。

平野 2016年度は、コンシューマ領域において、Windows 10のアップグレードを促進するところに重点をおいてきましたが、2017年度は法人分野におけるWindows 10の普及をしっかりとやっていくことになります。既に大手企業の8割が、Windows 10の導入検討を行なっています。Windows 10が持つ機能や、セキュリティの強化では、高い評価を得ており、いい手応えを感じています。Windows 10 Anniversary Updateでは、さらにセキュリティが強固になることを、法人ユーザーに対して訴えることができます。また、Windows 10 Mobile搭載のスマートフォンも日本市場で数多く発表されていますから、法人市場を中心に積極的に訴求していきたいと考えています。

――米国では、Windows 10のサブスクリプションモデルとして、Windows 10 Enterprise E3を発表しました。日本での展開はどうなりますか。

平野 日本の法人ユーザーに対して、Windows 10を普及させるという点では、重要な取り組みになります。具体的な内容については、今後、乞うご期待です(笑)。

――国内のPC市場は停滞が続いています。Windows 10の無償アップグレードが終了して以降、PC本体の売れ行きはプラスになるのでしょうか。

平野 PC市場の活性化に向けて、Windows 10が大きく貢献できると考えています。1つは、ペンやWindows Helloという新たな提案が、新たなデバイスの売れ行きにプラスになると考えているからです。例えば、ペンの機能によって、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)から新たなアプリが登場し、コンシューマ、エンタープライズを問わずに、これまでとは違った体験ができるようになります。

 Windows Helloも1度使ってみると戻れないぐらい快適です。私は今、Surface Bookを使っていますが、Windows Helloは本当に便利です。1秒かからずに立ち上げることができます。この機能を使って、ISVと連携しながら、セキュリティに関する新たなシナリオも提案できると考えています。例えば、電車の中で、片手が埋まっていても、簡単にアクセスできる環境が整いますからね。

 実は、社内では、Windows 10によって、PCが何台売れるのか、スマートフォンでは何台売れるのかという観点では捉えていません。トータルでどれぐらい売れるのか、という考え方をしています。PCやスマートフォン、あるいはIoTなどを含めた市場全体の中で、Windows 10を使い倒してもらうには、なにをしなくはならないかということを優先して検討しています。

2017年度にクラウド比率50%を目指す

――2017年度の数値目標として、クラウドの売上高を50%にする計画を掲げています。これは達成可能な数値なのでしょうか。

平野 これは本社からの予算として示されているものではなく、日本マイクロソフト独自の目標値として掲げているものです。2016年度第4四半期時点で、クラウドの売上比率は32%まできています。50%という数字はかなりストレッチが必要であり、楽に達成できる目標ではありません。ただ、なんとか達成したい。それに向けて、強い意思を持って取り組んでいきます。

 過去12カ月間、Azureに関しては、ボリュームは重視しませんでした。まず使ってもらうことを優先しました。その結果、エンタープライズ分野におけるクラウドの使用率は、日本市場が、世界で一番高くなりました。国内トップ100社のうちの8割が、Azureをなんらかの形で触っていただいているという状況が生まれています。これをベースに、いかに使い倒していただくか、アップセルにつなげるかということが、これから重視するポイントとなります。ここでは、ISVやパートナーの資産と組み合わせて、シナリオを提案していくことが重要になってきますね。

 2016年度は、第1四半期、第2四半期にクラウドビジネスの体制を整えて、第3四半期からクラウドの売り上げが上昇しはじめ、第4四半期には、クラウドビジネスの成長率で日本が1番になりました。2017年度は、日本では、「ガバメントレディクラウド元年」と位置づけ、公共分野での成長が期待できますし、エンタープライズ分野での大きな成長が期待できる1年です。

――2016年には、AWSを抜くという社内目標がありましたね。

平野 その点では、ビジネスボリュームにおいては、まだまだ頑張らなくてはならないですね。ただ、成長率については、我々の方が、後発ということもあり、高いものがあります。ビジネスボリュームでも早く追いつきたいと考えています。調査会社によると、2019年には、全世界で、AzureがAWSを抜き去るという予測が出ていますが、日本ではそれよりもできるだけ前に逆転したいと思っています。パートナーやユーザーと話をすると、日本マイクロソフトは、「顔が見える」、「安心できる」という声をいただいています。また、ハイブリッドクラウドにおいても圧倒的な差を出した提案ができます。そこは、我々の強みになると言えます。

顧客のデジタルトランスフォーメーションを支援

――「デジタルトランスフォーメーションの推進」も重要な取り組みの1つですね。

平野 そもそも5年前の日本マイクロソフトの体制では、こうした提案ができなかったと思っています。顧客のデジタルトランスフォーメーションを支援するには、製品を揃えただけでは実現しません。組織の構成や、営業部門の報奨制度まで変えていかなくてはなりません。社内の仕組みを、ソフトウェアを販売したら、その出来高に対して報奨金を支払うのではなく、ユーザーが使わないと報奨金を払わないというクラウド時代のやり方に変えました。また、自分の仕事だけでなく、自分の組織以外の成功のために貢献できたか、あるいは自分の成功のために他の人に助けを求めたかという点も、評価の中に盛り込みました。これが揃わないと100%評価されません。クラウド時代は、こうした周りを巻き込んだ活動が大切であり、バーチャルチームのような動き方をする必要もあります。

 これまでのライセンス販売では1人でも売ることができました。しかし、クラウド時代においては、1つのプロジェクトで30人、40人が一緒にならないと売ることができません。しかも、ユーザー企業の業務をこれまで以上に知ることが求められます。そうしないと、使い続けてもらうことができません。1人のヒーローが成功する、といったことがやりにくくなっているのです。ですから、他の組織や他人に積極的に貢献できるか、他人に対してアイデアを出すことができるか、といったことが重視されます。

 当然、それに併せて、社員の教育方法、シナリオ提案のやり方、パートナーとの連携の仕方も変えていく必要があります。そして、ISVとパートナー同士の連携も、これから重要になるでしょう。そうした変化に、この数年間取り組んできました。これまでは、「Microsoft対○○」といったような構図で捉えられていましたが、クラウド時代になり、そういう見方が合わなくなってきています。1社ではすべての要求に応えられませんし、いわば、Microsoftのフェデレーション(連合)とも言えるものを作っていくことが大切です。

 しかも、日本マイクロソフトとパートナーという2者の間の連携ではなく、さらに違うパートナーとも連携するといったように、3社、4社が一緒に提案を行なうといったことも増えてくるでしょう。さらに、エンドユーザーがパートナーとなって提案するといった動きも加速してきます。

 関電システムソリューションズとの提携はその一例です。また、トヨタ自動車と共同で、「Toyota Connected」を設立したのも、これまでにはない動きだと言えます。パートナーをもっともっと巻き込んだビジネスをやっていきたいというのが、今の日本マイクロソフトの姿勢です。こうした動きはこれから進むと考えています。

「インクルーシブ」と「ダイナミック」

――Microsoftの変化は、どんな言葉で表すことができますか。

平野 「インクルーシブ(包括的)」と「ダイナミック(動的)」という言葉でしょうか。インクルーシブという点では、製品戦略でも、パートナー戦略でも、それぞれの違いを認めた上で、一緒に展開し、実行に移すことができるかどうか。サティア・ナデラがCEOに就任して最初に行なったのは、製品や組織ごとの壁を壊すことでしたし、そこから、iOSやAndroidといった他のOSに対応した形へと製品の幅を広げていきました。もう1つのダイナミックという点では、規定路線や、かくあるべきといったことを排除して、柔軟に動いていく体制へと変わったことが挙げられます。

――7月6日付けで、ケビン・ターナーCOOの退任が発表されました。スティーブ・バルマー前CEO時代から、営業/マーケティングを支えてきたナンバー2の退任は、1つの変化の象徴だと感じますが。

平野 それはありますね。ケビン・ターナーの入社と、私の入社は1週間の違いなんです。その当時のMicrosoftに対する私の印象は、これだけ大きな会社なのに、なんて緩い会社なんだろうということでした。四半期ごとの利益の責任などに対しても、徹底されたものがありませんでした。身体は大人なのに、考え方は高校生のような感じでしたよ(笑)。そこに、秩序であるとか、しっかりとしたモノの見方などを持ち込んだのがケビン・ターナーであり、その貢献は大きかったと言えます。

 しかし、同じCOOが、同じやり方で11年間やってきたわけです。サティアが何かやろうとした時に、その手法がクラシックになっていた部分もあったと言えます。これが、今後は、モダンなものに変わり、もっとインクルーシブで、もっとダイナミックなものへと変化していくのではないでしょうか。

 ただ、これは過去のものを破壊するというものではありません。今あるものを活かしながら、新たな時代のものへと進化する。その中で、「サティアイズム」というものが浸透していくのではないでしょうか。