大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

“PCメーカー”へ脱皮を図るマウスコンピューター
~「飯山産」と言える高い品質を目指す



 マウスコンピューターは、長野県飯山市の自社工場で、PCの組立生産を行なっている。

 2008年10月には、マウスコンピューターと同じMCJグループのiiyamaを合併。これを機に、2008年6月から、自社工場でのPC生産を開始。従来の委託生産の体制から大きく体制を転換した。

 それは、ファブレスメーカーからPCメーカーへの脱皮ともいえ、言い方を変えれば、これからのマウスコンピューターの成長において、ファブレスメーカーのままでいることが必ずしも最適とはいえないとの判断を下した結果ともいえる。

 今回、PCメーカーへの脱皮を図るマウスコンピューターのPC生産拠点である飯山工場を訪れた。


 マウスコンピューターの自社工場が公開されるのは今回が初めてのこととなる。

 長野新幹線で東京から約1時間30分。そこから、1時間に約1本という飯山線に乗り換えて約45分。飯山駅から車で約10分の木島工業団地のなかに、マウスコンピューターのPC生産拠点「飯山工場」がある。

JR飯山線の飯山駅から車で約10分のところにマウスコンピューター飯山工場があるマウスコンピューター飯山工場の正面入口。社屋にはiiyamaのロゴが入っている。敷地面積は6,376平方m、建屋面積は5,467平方m。事務棟に2階、工場棟の一部に中2階があるが、基本は平屋建てとなっている

 木島工業団地は、東栄工業団地が隣接する飯山市を代表する製造業集積地帯であり、富士通グループのしなの富士通も進出している。

 マウスコンピューター飯山工場の前身は、'73年にこの地で創業した飯山電機の本社工場である。当初は、三菱電機のカラーテレビの下請け工場としてスタート。その後、自社ブランドでの製品展開に踏みだし、昨年前半までは産業用ディスプレイの製造を行なっていた。

 一方、マウスコンピューターのPC生産は、神奈川・綾瀬および湘南、島根・出雲の各製造委託先で生産。事業スタート以来、常にファブレスの体制を取ってきた。

 だが、事業が成長するのに伴い、ファブレスという手法を採ることによって生じる弊害が現れ始めていたのも事実だ。

 1つは、生産委託先が3カ所となっていたことで、部品在庫の管理が複雑になり、効率面で課題が生まれていたことが挙げられる。それぞれの工場を無駄なく稼働させるために在庫が過剰傾向になっていたこと、しかも一部部品ではラインに投入されるまでリードタイムが長くなることもあった。最先端の技術を搭載したパーツを採用し、迅速に市場に投入する仕組みが求められるマウスコンピューターの場合には、むしろ同社の特徴が生かしにくくなる状況が発生していた。

 また、設計開発側からの細かな指示が生産現場に伝わりにくく、逆に工場側からのフィードバックが製品企画に生かされないという状況も生まれ始めていた。国内自社生産を行なっている大手PCメーカーでは、開発、設計現場と、生産現場とが緊密な連携を取り、日本発ともいえる付加価値、品質を持った製品投入を行なっている。事業拡大を目指すマウスコンピューターにとっても、生産現場との緊密な連携をとって、製品開発を行なえる体制づくりがそろそろ求められていたというわけだ。

 そして、最大のポイントは品質の向上だ。マウスコンピューターの小松永門社長は、社長就任して以来、「品質向上」という言葉を、何度も、何度も繰り返している。さらなる品質向上に向けては、いよいよ自社生産に踏み出すタイミングに来たとの判断が働いたともいえよう。小松社長自らが、最低でも月に1回は飯山工場を訪れていることからも、自社生産による品質向上に強い意志を持っていることが裏付けられる。

 そして、産業用ディスプレイ事業を東京特殊電線に売却。飯山工場におけるディスプレイ生産設備がそのまま利用できるという状況も、自社生産への移行を後押ししたといえるだろう。

マウスコンピューター品質管理本部PC品質保証部・竹内太郎部長マウスコンピューター飯山工場・松本一成工場長

 マウスコンピューター品質管理本部PC品質保証部・竹内太郎部長は、「飯山工場における設備が利用でき、製品検査についても自前での評価ができるようになる。産業用ディスプレイ生産で培ったノウハウを、PCの生産に活かすこともできる。より信頼性の高い製品づくりへと進化させることができる」と、飯山工場における自社生産のメリットを強調する。

 残念ながら、マウスコンピューターには、依然として「ショップブランド」としてのイメージが強い。中核となる顧客層はパワーユーザーであり、先進的な技術を搭載した製品をいち早く投入し、それをユーザーが購入しやすい価格で提供する点に強みを発揮している。だが、大手PCメーカーの製品に比べて、マウスコンピューターの製品の品質が格段に高いという声はあまり聞くことがない。今後の事業拡大、需要層拡大するに当たり、品質面でもさらに一歩高いレベルへと引き上げる必要がある。そのためには、ファブレスメーカーから脱皮し、自社生産を行なう「PCメーカー」へと進化する必要があったというわけだ。

 「自社生産を経験することで、仮に将来に、生産委託によって事業を拡大するという方針が出た場合にも、なにが問題であり、どう解決すればいいのかというノウハウを蓄積できている。自社生産を経験した生産委託か、それとも経験がない生産委託かという点でも、モノづくりの結果は大きく異なるはず」と、竹内部長は続ける。

 ファブレスメーカーから脱皮することは、将来の成長を考えれば必要不可欠な判断であり、一度は通らなくてはならない道というわけだ。

 飯山工場は、2008年6月から、PCの自社生産の準備を開始した。

 従来の産業用ディスプレイの生産経験者をそのまま雇用。さらに、直接契約で新規に従業員を増員した。

 「2008年6月時点では、まずは月産数百台単位で開始し、本稼働となる2008年10月には数千台という段階的な拡大を見込んでいたが、委託先との契約打ち切りや、需要の増大によって、年内には完全な本格稼動体制となった」(マウスコンピューター飯山工場・松本一成部長)という急ピッチでの体制づくりとなった。

 工場側では、人材確保、人材教育に始まり、工程での製造手法の確立、製品品質の向上、運用管理の構築など、短期間に取り組まなくてはならない課題は多岐に渡った。

 委託先に渡されていた仕様書から、どんな手順で組み立てるべきかという方法を再検討し、これを生産現場の声と摺り合わせながら、最適化していくという作業も同時に行なわれた。

 なかには、同じエレクトロニクス製品とはいえ、産業用ディスプレイのノウハウが、PC生産に生かせない部分もあったという。

 例えば、産業用ディスプレイの生産は、納入相手が明確なこともあり、発注から部品の入手までで約1カ月半。そこから生産を始めるため、納品までには2カ月以上かかるというサイクルだ。これに対して、マウスコンピューターのPCは、注文を受けてから、生産し、発送するまでのサイクルがわずか2日間。工程管理の手法はまったく通用しないといっていい。BTOという多品種少量生産であり、しかも極端に短いリードタイムでの生産体制の構築には一から取り組んでいったというわけだ。

 飯山工場が選択した手法はユニークだった。それは、工程内での自動化を一切排除したことだった。

 ベルトコンベアーはもとより、自動ピッキングシステムや自動組立/梱包といった機械を活用した自動化は皆無といっていいほどだ。すべてを人が行ない、その組立をITが支援、管理するという仕組みである。

 「すべてのPCの仕様が異なるといっていいほどのBTO対応が前提となっており、ここでもシステム化で対応するのは物理的に不可能。数千種類にも上る部品が、どんどん変化していることを考えると、組み合わせは無限としかいいようがない。そうした複雑な要求と、迅速性を解決するためには、どうしても人手でやるしかなかった」(マウスコンピューター飯山工場・松本一成部長)。

 確かに工場内をみると、最先端のPCを製造している工場という雰囲気よりも、むしろ、家内工業的な雰囲気すら漂う。だがそれが、ユーザーがマウスコンピューターに求める仕様の商品を、いち早く市場に出荷するための現時点での最適解になっているのだ。

 それでは工場の様子を写真で紹介しよう。

●部品の搬入

部品の搬入口。ケースや各種部品などのPC組立用の部材が運び込まれる入庫したパーツ類。管理している部品点数は数千種類。購買部門が臨機応変に最新の部品を調達するために、入荷が少量のパーツも数多い
部品が入庫したあとに通過する検収ゾーン。ここから工程内はすべてバーコードで管理されるチェックシート。調達を優先した最新製品などの場合、仕様書が間に合わない際にはこれを使用して、付属品などを確認するBTO注文をはじめとしてすべての情報はデータベース管理され、奥にあるプリンターから生産指示書(オーダーシート)が出力される

●部品のピックアップ


出力された生産指示書を手作業で仕分けする。生産日などによって4種類に色分けされている特別モデルに関しては、このように生産指示書にも明記されるまずは生産指示書に沿って、必要となるシールを用意する
部品はケースごとに分類されて収納される。ケースは5段構成。5台分の部品が同時にピックアップされるCPUは鍵付きのロッカーのなかで管理されているCPUは生産指示書にあわせてピックアップされ、専用のケースに入れられる
添付されるソフトは棚に置かれ、生産指示書にあわせてピックアップキーパーツがピックアップされ、ボックスに収納されたところドライブなどの各種パーツは部品倉庫からピックアップされる
すべての部品がピックアップされるとバーコードで再度チェック。これで引き当てが完了する部品が詰め込まれたボックス。組立ラインに投入されることになるケースは、ボックスとは別にラインに投入される。この時点で外観の検査も同時に行なわれる

●組み立て

組立はセル方式で行なわれる。多数のセル屋台が配置され、稼働している。デスクトップPCとノートPCが混在で生産できる
セル屋台は個人ごとに作業場所が決まっており、作業者にあわせて机の高さが設定されているシールを貼るための治具。こうした生産上の工夫はQCサークル活動で提案されている

●検査

組立が終わると内観検査。通電させてファンの回転、耐圧検査などを行なうエージング工程ではノートPCで4台単位、デスクトップで6台単位で作業が行なわれる
QC工程。電気的な検査のほか、ソフトウェア、ドライバなどのインストールが行なわれる右側に完成したPCを置き、その状況を左側のモニターに表示して検査を行なう

●梱包と出荷

QC工程が終了したPCは梱包工程へ梱包の工程。ここで付属品が同時に梱包される
ダンボールは毎日搬入されるACアダプタなどはこの段階で再度バーコードでチェックし、欠品状態で出荷されないようにする手前の女性がデジカメで撮影しているのはシールなどが貼付されていることを確認するため。ポカミスをなくしている手段の1つ
梱包が終了したPC。いよいよこのあと出荷される

●試験設備

工場内には2種類の恒温試験機を設置。試験用の製品を使い摂氏30~35度で2日間の試験を行なう。耐久品質や経年劣化などに関しても調査できる。大型のものでは複数台での試験が可能。こうした設備を持っていることが飯山工場における自社生産の強みにつながる振動検査機。ネジ締めに関する振動検査を行なう。輸送時の振動や持ち運びの際の大型振動検査は外部の設備を使用する

 マウスコンピューターが飯山工場で、PCの自社生産を開始してから、ちょうど1年を経過したところだ。

 その成果は少しずつ形になってきている。

 一例を挙げれば、品質向上を実現するための設計手法、より製造しやすい設計にすることでのコストダウンといった取り組みに関しては、生産現場からのフィードバックをもとに、開発、設計現場が改良を加えるといったことが行なわれている。

 「細かいところを見ると、1年前に比べて多くの箇所が変化している。これは品質向上、コストダウンに直結している」(マウスコンピューター飯山工場・松本一成部長)と胸を張る。

 飯山工場内には、開発設計部門の直下である生産技術部が在籍しており、開発部門にすぐに反映される体制が確立されている点も見逃せない。

 「生産現場から開発設計部門に提案した内容の約8割は、次期製品に反映してくれている」(マウスコンピューター品質管理本部PC品質保証部・竹内太郎部長)という緊密な関係は、これからも大きな武器になるだろう。

 また、自社生産体制となったことで、品質の悪い部品に対しては生産現場が、強く品質改善を求めたり、場合によっては調達中止を求めるといったことも行なわれている。これも製品品質の向上に大きく寄与している。

 だが、「ゴールはまだ先だ」と、松本部長、竹内部長は異口同音に語る。

 「品質向上への取り組みは留まるところを知らない。まだ五合目に到達した段階。検査体制をさらに強化し、サプライヤともさらに高い品質レベルで協力関係が築けるように努力し、初期品質の向上につなげていきたい。また、1年を経過したことで、これまでに蓄積したデータをもとにして、開発設計部門に対して品質向上への提案も行なえるようになるだろう。経年劣化をはじめとした長期的な視点での品質向上にも、次のステップとして取り組んでいきたい」(竹内部長)。

 マウスコンピューターのモノづくりは、1年間の自社生産の経験によって大きく進歩したのは間違いないようだ。だが、その目指す頂は高いところに置いている。

 竹内部長は、「まだ、『飯山産』と胸を張って言い切れる段階ではない。だが、近い将来にはそう言い切れる高い品質を実現する」と強い意志を見せる。

 マウスコンピューターにとっては、モノづくりの進化だけでなく、ブランド戦略やマーケティング戦略、そしてこれまでのイメージからの転換という意味でも、まだ課題は多い。

 マウスコンピューターのPCメーカーへの脱皮の歩みは、これからが本番だといえるだろう。