大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

インテル江田社長に訊く、半導体企業からデータカンパニーへ舵を切る同社の注力分野

インテル株式会社代表取締役社長の江田 麻季子氏

 2017年のIntel(インテル)は、「データカンパニー」としての位置づけを明確にした1年であったといえよう。データを生む「デバイス」、データを運ぶ「ネットワーク」、データを解析する「クラウド/データセンター」のすべてにおいて関わりを持つ企業がインテルであり、「データの価値を高め、それによって社会や企業の変革をアクセラレートする役割をになってきた」と、インテル日本法人の江田麻季子社長は語る。

 そして、インテルCore Xおよび第8世代インテルCoreプロセッサーの投入により、PC市場に弾みをつけることができたのも2017年の成果の1つであるとも語る。2018年からは、「インテリジェントライフ」の実現に向けた取り組みをスタート。インテルの新たな挑戦がはじまることになる。

--2017年12月5日に開催した記者会見では、2017年を振り返り、インテルの「ポーンポポポポン」というサウンドロゴが、日本で「音商標」に登録されたことを、最初のトピックスに挙げましたね(笑)。

江田 日本で長年やってきたことが認められ、まさに、メダルをいただいたような気分で、思わずそこから話をはじめてしまいました(笑)。特許庁では、言語以外の多様なブランド発信手段の1つとして、「音商標」を認めることになりました。このサウンドロゴが、世界に先駆けて、日本で音商標を獲得できたことは、日本法人にとっても大きな励みになりますし、光栄なことです。

 インテルはなにをやっている会社かを知らないという人も、この音を聞くだけで、「あっ、インテルだ」と思ってもらえるほど定着したと思っています。

--もともと半導体の会社であるインテルが、最近は、IoTやAI、そして自動運転の話までしはじめたので、IT業界内の人たちにとっても、インテルはなにをやっている会社なのかということがわかりにくいかもしれませんね(笑)。その点でも、江田社長が2017年に会った人は、例年とは大きく変化してきているのではないでしょうか。

江田 インテルが、「成長のサイクル」を広く公開しはじめてから、約1年半が経過していますが、2017年はデバイス、ネットワーク、クラウド/データセンターがつながり、それがまたデバイスに戻り、それらが連携しながら成長を遂げるという、このサイクルが実際に現実的なものになった1年だったといえます。

 それまでにも、デバイス、ネットワーク、クラウド/データセンターという取り組みは個別には行なってきたのですが、これを1つの絵にまとめたことで、それぞれの事業がつながり、これらを揃えたポートフォリオがインテルの強みであることを示し、それをお客様にお見せすることができました。

 同時に、インテルがこれまで一緒にビジネスを行なってきた企業が、デバイスやシステムを開発する人たちであったのに対して、デバイスやシステムを使う人たちまでもが、インテルに興味を示しはじめたといえます。インテルが「成長のサイクル」を示したことで、エンドユーザーといえる企業の方々から、「インテルがそこまで揃えているのではあれば、ぜひ話を聞きたい」、「自らの将来の姿を描くために最新の技術を知りたい」という声をいただくケースが増えました。

 インテルは、半導体分野においては5、6年先を見据えて投資をしていますし、ムーアの法則の進歩もまだまだ続きます。CPUのロードマップを敷き、その先の世界を、インテルはどう見ているのかということを知りたい企業が増えていることを感じます。

 じつは、これまでにもユーザー企業の方々とお話する機会はありました。ただ、話の内容は大きく変化していますね。たとえば、10年前の話は、ビジネスクライアントにはvProが最適であるとか、サーバーはどれが性能がいいのか、電力効率化はどれがいいのかといった単品での話や、製品寄りの話が中心でした。当然、対話の中心となるのはIT部門の方々です。

 しかし、2017年に入ると、IoTやAIによって、ビジネス環境が変化しはじめたことを肌で感じる企業が増え、新たなサービスや価値が、テクノロジによって生まれていくという認識も一般化してきました。

 その結果、会話の内容は、テクノロジが事業そのものに、どんなインパクトを出せるのかということになってきたわけです。金融、エネルギー、建設、小売、ヘルスケアといったあらゆる業界で同じような動きが出ています。その点では、これまで以上に幅広い業界の方々とお話をした1年でしたし、IT部門以外にも、現場の方々をはじめとするあらゆる部門の方々とお話をする機会が増えましたね。インテルが、お客様の事業に貢献できる分野が広がっているのは確かです。

--2017年は、インテルの方向性として、「データカンパニー」という言葉を使いましたね。

江田 「データカンパニー」は、2016年末から、日本がちょっとだけ早く使いはじめた言葉で、最初は、「いよいよインテルがSIをはじめるんですか」という誤解もありました(笑)。これは、インテルが、データにあらゆる局面から関わる企業であるということを示したものです。

 データが価値となり、経済活動にとっても不可欠なものになるなかで、データを生む「デバイス」、データを運ぶ「ネットワーク」、データを解析する「クラウド/データセンター」というように、ここまでデータに深く関わることができる企業は、インテルのほかにはないと考えています。これが「データカンパニー」という意味です。

 インテルはビジネスのセグメントを、従来からのPC向けCPUなどを対象にしたクライアントビジネスと、データセンターやIoT、メモリなどのデータビジネスに分けていますが、従来は売上高の7割を占めていたクライアントビジネスは、2017年には5割程度になる見込みです。

 つまり、残りの半分はデータビジネスが占めることなります。市場全体がその方向へと動きはじめていることにあわせて、インテルも変化をしてきているわけで、これは意識的な変化でもあります。社内リソースもデータビジネスに振り分け、買収も加速させています。

 注意していただきたいのは、多くの人たちが、インテルがこれまで主軸としていたクライアントビジネスの業績だけをみて、将来を判断しようとしている点です。これは正しい見方ではありません。「PC市場が飽和しており、インテルの今後の成長は限定的だ」といわれることもありますが、インテルが「データカンパニー」を標榜しているように、クライアントビジネスだけでなく、残り半分を占めるデータビジネスの取り組みを見て、インテルの将来を判断していただきたいですね。

 既存事業のクライアントビジネスと、新規成長事業のデータビジネスの両輪があるからこそ、インテルはいまの環境変化のなかで重要な役割をになうことができます。2025年には800億個のデバイスがインターネットに接続されることになります。この将来の市場を見据えたとき、インテルのプレゼンスは決して大きくありません。

 言い換えれば、これから成長する市場において、伸びしろが大きいともいえるわけです。インテルの成長はむしろこれからです。

--インテルは、「データカンパニー」の実現に向けて、どんな取り組みを行なってきましたか。

江田 データビジネスについては、サーバー技術がネットワークのバックエンドに使用される「5G」や、さらに高性能が求められている「ハイパフォーマンスコンピューティング」、そして、「次世代メモリ」に向けた取り組みなどを行なっています。

 ちょっと前には、すべてのデータがクラウドにあがってしまえば、インテルが得意とするサーバーの高性能は求められないのではないか、という指摘もありましたが、いま多くの人たちが持つ共通のコンセンサスは、必要なところに、必要な性能を持たせるというものであり、それによって、エッジデバイスでも、高性能を実現し、AIを動かすといった使い方が増えてくることになります。

 また、ゲートウェイの柔軟性も求められますし、ネットワークをいかに高速化するか、さらにはエッジだけでなく、クラウドにおけるAIをどう活用するかといったことも重要なテーマになります。IoTの広がりとともに、こうした動きはますます顕在化し、製造現場1つをとっても、デバイスをどうするか、ネットワークをどうするか、クラウド/データセンターをどうするかといったことが重要なテーマになります。

 ビジネスとイノベーションを加速させるために、ますますデータの価値は高まると考えており、そこにインテルがはたすべき役割があります。

--ここ数年のインテルの買収戦略をみると、なぜこの分野に投資をするのかがわかりにくい部分もありました。一度撤退したメモリ事業においてAlteraを買収したり、運転支援技術を開発するイスラエルのMobileyeを買収したりといった、相次ぐ大型買収はその最たる例です。しかし、「データカンパニー」といったことで、これらがつながったような気がします。

江田 確かに、データカンパニーとして、存在感を高めていくことを考えると、この分野における大型投資が必要になります。成長領域における事業を加速するために、ここ数年は、そうした動きが加速したともいえますね。

--インテル日本法人は、米本社のこうしたダイナミックな変化に追随できているのでしょうか。

江田 私は、むしろ、こうした大きな変化のなかにおいて、日本法人の存在感がさらに高まっていると考えています。というのも、日本は最先端の情報インフラが整っている市場ですし、その一方で、日本は課題先進国という状況にもあります。待ったなしで投資をしなくてはならない、危機感を持った企業が多い市場であるともいえます。AIやIoT、ネットワークに関しても先を走っていく市場ですし、最先端の技術を導入した事例も出てくることになりそうです。

 インテル全体としても、日本市場の動向には注視しており、それに伴い、日本を訪問する米本社の関係者も増えています。インテル日本法人でも、新たなネットワーク技術や次世代メモリ、あるいはAIに関する専門家を揃えていますし、エンドユーザーに直接アプローチして、デバイスやネットワーク、クラウド/データセンターに関する最先端技術をお見せし、各社の事業にどう生かせるといった実証実験に取り組むことを支援するチームもかなり規模が大きくなってきました。

 これは、インダストリ事業本部と呼ぶ組織で、インテルが持つ先端技術に熟知するとともに、各業界に精通した専門家集団であり、業界固有の規制などにあわせた提案なども行なえる、ユーザー企業のための強力なパートナーとしての役割をはたしています。

 たとえば、エネルギー業界に対しては、電力供給を柔軟に行なうために、いくつかの技術を組み合わせた新たな提案を行なったりしています。こうした陣容を整えたことで、インテルならではのちょっと先を見た技術を活用した提案や、グローバルでの実証実験などの知見を生かした提案などを、具体的に提示することができる段階に入ってきました。

 日本では、物流分野における配達数量の増加という動きがある一方で、人手不足が課題となっています。ここにAIを活用することで、これらの課題を解決したり、新たな技術だからこそ、これまでできなかったことができるようになったりします。従来のITによって実現した効率化や生産性向上を上回る成果が見込まれ、付加価値の高いところに人をシフトするといったことができ、専門家に頼らないに新たな解決策が提案できるようになるでしょう。

 今後は、こうした日本で生まれた実績や成果を、グローバルに展開することが増えると考えています。

--インテルがIoTに取り組んだり、AIなどに取り組むといったことに対する「違和感」のようなものは、すでに払拭されつつあると考えていますか。

江田 インテルは、2年ほど前から、IoTプラットフォームの姿を示し、そこでどんなことが起こるのか、インテルはそこにどんな貢献ができるのかといったことを提示してきました。多くのユーザー企業がIoTに関して、インテルに話を聞きたいという状況が生まれていますから、その点についてはかなり定着してきたといえるでしょう。

 しかし、AIや5G、自動運転といった観点で、インテルが大きく貢献できるということについては、まだ認知度が低いかもしれません。「そこまでやるんだ」という感じかもしれませんね(笑)。

 とくに、AIの分野は、競争が激しい領域ですから、そこにインテルがどう入っていくのかという点に疑問を感じている人が多いかもしれません。1年後には、「やっぱり、インテルがAIをやるのがしっくり来るね」と言われるようにしたいですね。2018年はその点にも力を注ぎます。

--一方で、クライアントビジネスに関しては、2017年は賑やかな1年でしたね。

江田 2017年には、Core X シリーズや第8世代Coreプロセッサーを市場投入しました。インテルは、コンシューマ市場においては、eスポーツに代表されるような高速な画像処理が求められたり、コンテンツ制作に最適な性能を発揮できるといった領域にリソースを集中しています。そこにCore X シリーズや第8世代Coreプロセッサーが大きな威力を発揮します。今後、eスポーツは新たなエンターテイメントとして広がりを見せていくでしょうが、こうした市場の盛り上がりと、素晴らしい製品の投入タイミングがうまく噛み合ったと思っています。

 また、私自身、2017年11月、秋葉原で開催した第8世代Coreプロセッサーの発売イベントで、「PLAYER UNKNOWN'S BATTLE GROUNDS」(PUBG)を体験したのですが、その場で実況生配信を行ない、その一方で、そのストリーミング映像を見て楽しんでいる人がいるという新たなエンターテインメントの世界を目の当たりにすることができました。ストリーマーがアイドルのような人気を持ち、まさに新たな世界ができあがっていることを感じました。こうした世界に対しても、インテルの製品がトリガーのような役割をはたせたことをうれしく思いました。

 一方で、ビジネス市場向けには、働き方改革の進展にあわせて、管理機能やセキュリティを強化し、どこにいても、会社内と同じような仕事環境を実現する提案を進めています。政府や大手企業が旗振り役となり、働き方改革を進めたことで、これまでは大手企業に広がっていた「PCの持ち出し禁止」といったような状況も改善されつつあります。

 インテル社内では、長年に渡って取り組んできた「どこからでも仕事ができる環境」の実現に向けて、多くの企業が意識しはじめたことは追い風ですし、そこにインテルが提供してきたvProやワイヤレス技術、セキュリティ技術がぴったりとあてはまったといえます。

 インテルは、ハイエンド領域にフォーカスし、とくに、性能が重視される領域に集中して投資をしています。そうした意味でも、Core Xや第8世代Coreプロセッサーは、ハイエンドならではの性能を感じていただける製品であり、PC市場の回復に向けても貢献できるという手応えを感じています。多くの人がクリエイターになることができ、高性能のメリットを享受してもらえるのではないでしょうか。

 また、ここにきて、2in1 PCの売れ行きが上向いています。数年前から行なってきた2in1の提案が、働き方改革と絡まって、PCとしても、タブレットとしても、どこでも使いやすい環境を実現することができる製品として注目を集めています。いま、PC市場は、コンシューマ向けも、ビジネス向け市場も上向いています。新たなプロセッサによって、この勢いを加速させたいですね。

--インテルでは、新たな方向性として、2020年に向けて「インテリジェントライフ」の提案を開始しましたね。これはどういう狙いを持ったものなのでしょうか。

江田 インテルは、年末に、将来の方向性を示すことが多いのですが、そのなかで、今回、示したのが「インテリジェントライフ」です。データがますます重視され、データ分析の知見が積み重なっていくと、パーソナライズ化が進展し、ひとりひとりを理解した形でのサービスなどが提供されるようになります。

 また、その裏側には、5Gのネットワークや、デバイス同士がつながり、エッジで処理を行ない、リアルタイムで反応するといったことが、気がつかないところで行なわれ、私たちの生活をより豊かにしてくれます。これがインテリジェントライフによって実現される世界です。

 インターネットにつながる800億個のデバイスのうち、半分以上がデバイス同士でつながるものであり、デバイス同士が自動的に判断することが増えれば、これまでとは比較ができない、人間の能力を超えて実現する豊かな世界が到来するといえます。そして、インテリジェントライフとは、人の人生(ライフ)を捉えたものではなく、社会全体を捉えた新たな時代を示したものであり、コンシューマやビジネスといった枠を超えたものになります。

 エネルギー管理の領域では、宅内の状況をモニタリングし、それにあわせてサービスが自動的に提供されたり、既存のエネルギーと自然エネルギーのバランスを考えて供給が行なわれたりすることで、効率をあげることができる。これもデバイス同士がつながること、さらに5Gによる高速ネットワークで結ぶこと、AIを活用することによって実現できる世界です。

 しかし、インテリジェントライフは、決して新しいものではありません。むしろ、インテルが示してきた「成長のサイクル」を、より深化させたものだと捉えることができるのでないでしょうか。

 実際、インテリジェントライフを構成する技術は、AI、IoT、5G、AR/VR、コネクテッドカーであり、いずれもインテルが数年前から取り組んでいるものばかりです。ですから、インテリジェントライフは、なにか新たなものをインテルがはじめるというよりは、これまでの取り組みを進めると、インテリジェントライフの世界がやってくるというように理解していただいたほうがいいですね。

 この「インテリジェントライフ」のメッセージは、まずは、日本を含む、アジアパシフィック地域において積極的に発信していくことになります。たとえば、インテリジェントライフにおいて、重要な構成要素の1つとなる5Gは、日本や韓国といったアジアパシフィックで先行する新たなネットワークインフラです。インテリジェントライフがもっともホットな市場が、アジアパシフィックになると考えています。

--インテルチップに脆弱性が潜むといった問題が年明けから発生していますが。

江田 このたびのセキュリティの脆弱性に関する件は、インテル、そして業界にとって一番重要な取り組みだと考えています。このため、顧客データの安全性確保を最優先の責務として、インテルは業界各社と協議し、対策を行なっています。現時点で、今回の脆弱性を悪用して顧客のデータが取得されたという情報は、インテルには寄せられていません。

 インテルは、この問題の解決に向け、インテルならびに業界各社から提供される最新ソリューションにより、ユーザーに最良のセキュリティーを提供できると考えています。

--2018年は、インテルにとってどんな1年になりそうですか。

江田 2017年は、デバイス、ネットワーク、クラウド/データセンターによる「成長のサイクル」が現実的なものになってきました。2018年には、このサイクルの輪が、もっと太いものに、あるいは深化する1年になることを期待しています。ここから生まれる知見を、社会の変化にどう生かすことができるか、また、いかにアクセラレートすることができるかが、2018年におけるインテルの役割になると考えています。

 しっかりと事業全体を伸ばしていくことも大切ですが、インテルに課せられているのは、見えている将来を、いかに早く、現実のものにするかという点です。待っていれば、その将来は必ずやってくるでしょう。

 しかし、それを待っているのではなく、インテルが活動することで、その未来が少しでも早く訪れることができる、アクセラレータの役割をはたしたいと考えています。新たな技術や製品を投入することで、インテリジェントライフのいち早く実現したいと考えています。

--江田社長は、2018年10月には社長就任5年目の節目を迎えますね。

江田 振り返ってみますと、この5年間の技術進化は驚くべきものがあります。5年前には夢物語だと思っていたものが、現実のものになったり、当たり前のものになったりしています。インテルは、この5年間においても、変革を起こす「アクセラレータ」としての役割をはたすことができたのではないでしょうか。

 また、インテルのビジネスの幅も広くなりました。そして、社長就任以来、「オープン・アンド・ダイレクト」を徹底し、社内にコミュニケーションをしやすい風土づくりを目指してきましたが、それが定着してきたことも感じます。

 ただ、インテルの企業風土として、過去はあまり振り返ることはありません。私も、過去を振り返るよりも、先を見る性格ですから(笑)、10月に、社長就任5年の節目を迎えたときには、改めて先を見たお話をさせていだたきますよ。