山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ
見開きの電子ペーパーで読める「全巻一冊 北斗の拳」
~E Ink端末にコンテンツを組み合わせた「全巻一冊」シリーズ第1弾
2018年4月12日 06:00
プログレス・テクノロジーズの「全巻一冊 北斗の拳」は、見開き表示に対応したE Ink電子ペーパー端末に、コミック「北斗の拳(究極版)」全巻をセットした製品だ。
特製のカバーや帯など、実際に紙を使ったパーツを随所に採用するなど、紙の単行本の再現にこだわった装丁と、E Inkならではの画面の見やすさが特徴だ。
本製品は、汎用の電子書籍端末やタブレットのようなネット接続機能を備えず、外部との入出力端子も用意されていない。つまりコンテンツの書き換えが一切できない仕様だ。かつてhontoから発売されていた、コンテンツ内蔵の電子書籍端末「honto pocket」とよく似たコンセプトと言える。
本製品は2017年秋にKickstarterで資金募集が行なわれ、目標額の7倍を超える資金の調達に成功。今年の2月から順次、先行販売分として発送が開始された。今回は2次出荷で入手した本製品をもとに、レビューをお届けする。
既存の電子書籍端末とは出自を異にするデバイス
まずは外見の特徴を見ていこう。本体サイズは148×210mm(幅×高さ)ということで、ちょうどA5サイズ。実際に紙製のカバー、帯が付属するなど、紙の単行本とそっくりの装丁だ。
厚みは23mmとやや分厚いが、単行本の装丁を再現しつつ、背表紙にタイトルを入れ、かつ電池を内蔵することを考えると、妥当な厚みだろう。
面白いのは、背表紙を除いた本体側面が、本物の紙を重ねたパーツで覆われており、指先でパラパラとめくれることだ。印刷業界の人には、束見本を薄く切って側面に貼り付けている、といったほうが伝わるだろうか。本の断面の手触りが完全に再現されており、並々ならぬ紙へのこだわりを感じさせる。
重量は530gと、電子書籍を読むための端末として見ると、かなり重い部類だ。本製品の元になっているゼノンコミックスの「北斗の拳(究極版)」は、紙質の関係でかなり軽量で、約270g(1巻にて実測)しかないこともあり、本製品は単行本でいうと約2冊分という計算になる。
もっとも、本体サイズが一回り大きいのと、「全巻すべてが収録されている」=「重くて普通」と、無意識下で許容してしまっている部分もあるせいか、体感ではそこまで重くは感じない。そもそも紙の単行本を意識して作られている製品であり、既存の電子書籍端末と重量を比べるのはナンセンスだろう。
電源は単4形電池×4本となっている。本製品は、汎用の電子書籍端末やタブレットのように、コンテンツを入れ替えながら繰り返し使用するのではなく、内蔵のコンテンツを読み終えたあとは、愛蔵版として長期間保管されると考えられるので、劣化の心配もあるリチウムイオンバッテリではなく、必要な時にセットしてすぐ読め、そう得ない時は外しておける乾電池を選んだのは正解だろう。
約7.36型×2のE Inkディスプレイで見開きページも快適に閲覧可能
次に画面周りを見ていこう。本製品はちょうど本のページを開くのと同じように、中央から2つに開く仕様になっており、左右2つの画面を見開きで使用する。電源ボタンは存在せず、本体の開閉と連動して電源がオン/オフする仕様になっている。
ちなみに、本体を開く時はちょうど2等分となるのではなく、厚みの割合はおよそ2:1となる。単4形電池を内蔵する関係上、どちらか一方を厚くする必要があったと推測されるが、本らしさを再現するという副次効果も生んでいる。
余談だが、本製品はあまりにも紙の本そっくりすぎるせいで、いくら読んでもこの左右の厚みのバランスが変化しないことに違和感を覚えるのが面白い。
画面のサイズは113×155mm(幅×高さ)と、ハガキよりも一回り大きいサイズ。対角線は実測で187mmということで、換算すると約7.36型ということになる。
本体がA5サイズであることを考えるとやや小ぶりだが、既存のE Ink電子ペーパー端末は最大でも7型なので、単ページで比較しても本製品のほうが大きく、コミックを読むための画面サイズとしては十分だと感じる。
ディスプレイはE Ink電子ペーパーを採用しており、目が疲れにくい特徴がある。解像度は300dpiということで、Kindleや楽天Koboなど、主要なE Ink電子書籍端末と同等だ。画面切替時の残像は発生しないとされているが、これについては後ほど詳しく検証する。
ページめくりはボタンで実行。話数単位、巻単位のスキップも可能
画面はタッチではなく、画面左右に備えられたボタンを使ってページめくりを行なう。ボタンは押し込むとしっかりと感触があるタイプなので、指以外に爪先で押したり、手袋をしたままでもページをめくることが可能だ。
なお画面の濃度を調整するメニューはなく、またバックライトも搭載しないので、市販のE Ink電子ペーパー端末のように、暗所での読書にはあまり向かない。ただし画面のコントラストは十分なので、外光さえきちんと確保されていれば、読みにくいことはまずないだろう。
実際の読書にあたっては、本を開くとしばらく待つよう表示されたあと、数秒経ってコンテンツが表示される。
あとは、画面左右のボタンを使って読み進めていくだけだ。読書を中断したければ、本を閉じるだけでよく、次に本を開くと同じ位置から再開できる。
使い勝手としては、ページをめくるのにボタンを使うことを除けば、紙の本とほぼ同じ感覚だ。なによりも見開きである点が、既存のE Ink電子ペーパー端末と比べても、圧倒的なアドバンテージだ。見開き時の画面サイズは9~10型タブレットよりも一回り大きいことから、没入感も高い。
またページめくりボタンの下には、話数単位でスキップするためのボタンや、巻単位で前後に移動するための専用ボタンも用意されている。ちなみにこれらボタンは、クラウドファンディングで公開されていた試作版に比べて、左右に1つずつ増えている。製品をブラッシュアップする中で、最終的にボタンの数が増えたようだ。
本体重量は約530gと、9~10型クラスのタブレットよりもやや重く、読書時は両手で本体を支えなくてはいけないため、寝転がっての読書は難しい。電子版に慣れているユーザにとってはマイナスポイントになることもあるだろう。
また、画面中央のベゼル幅はそこそこあるため、見開きの絵柄によっては、ベゼルの存在を意識させられることもある。
ページめくりは、ボタンを押すとまず先頭ページ(見開きの右側)が、続いて隣のページ(見開きの左側)という順に、画面が書き換わる。動画を撮ってコマ送りで見ると、まず次のページが白黒反転した状態で表示され、次にもう一度白黒反転して次のページが出現している。Kindleでいうと数世代前の挙動とよく似ているようだ。
この仕組みは、書き換え完了までの時間はややかかるものの、ページごとにリフレッシュするため、残像が残らない利点がある。事実、本製品は画面切り替え時の残像が発生しないことを特徴の1つとして挙げており、実際に読書をしていても、残像が気になることはない。
現行のKindle Oasisと比べるとどうだろうか。お世辞にもキビキビ動くとは言えないが、まず視線が向かう先頭ページを先に書き換えるアルゴリズムのせいか、普通に読み進めるにあたっては、ストレスにならない。
また、数ページ単位で前後に移動するのは苦手だが、それ以上のページ数となると、話数単位や巻単位でスキップできるボタンが用意されているので、トータルではうまく役割分担できている印象だ。
余談だが、本製品は18巻最後から1巻最初へとループする構造になっているので、後ろの巻を読んでいて1巻に戻りたいとなった場合、逆に巻を進めることで早く1巻にたどり着ける。
画面に表示されるのはコンテンツだけ、メニューやライブラリ画面は存在しない
一般的な電子書籍端末とはやや趣が異なる本製品だが、独自の挙動をもう少し詳しく見ていこう。
本製品は、電子書籍にはつきものの、画面にオーバーレイ表示されるメニューが一切存在しない。テキスト本ではないため、検索やハイライト、辞書参照などの機能がないのは当然として、しおりを挟む機能もなければ、進捗バーすらもない。画面に表示されるのはあくまでコンテンツだけだ。
こうしたことから、本製品には電子書籍によく見られる、全巻の表紙が並んだライブラリ画面も存在しない。紙の本に準じると言ってしまえばそれまでだが、「電子書籍ならではの利点」と言える部分も敢えて搭載せず、あくまで紙の延長とみなした仕様になっているのが興味深い。
やや困るのが、進捗表示バーがないため、「いま何巻のどのあたりか」が分かりにくいことだ。紙の本ならば残りページの厚みで見当が付くし、電子書籍ならばページ数をずばり表示できるが、本製品はそれに相当する機能がない。
強いて挙げれば、最初からコンテンツ内に印刷されているページ番号がその役目を果たすわけだが、もともと「北斗の拳」は断ち切りで作画されているページがほとんどで、ページ数が明記されていること自体が稀だ。またページ数が明記されていたとしても、それは1巻ごとのページ数であり、全18巻の中での割合はわからない。
そのため、シリーズ全体の中で現在位置を知るには、巻を前後に移動するボタンでどちらかの方向に移動し、表示される巻数から割り出すくらいしか方法がない。
ただし、その場合も、元のページに一発で戻る方法がないため、読んでいた巻の冒頭に戻ってから、手動で元の位置を探す必要があり、少々わずらわしい。今後のモデルで新たにボタンを追加できるならば、1つ前の位置に戻る機能がほしいと感じた。
なお、本製品ならではと言えるユニークな機能が、言語の切り替えだ。画面右側の上から2番目のボタンを押すことにより、吹き出しの中の文字が日本語と英語で相互に切り替わる。
一般的に、言語切替の機能は読みはじめるときにこそ使うものであり、これほど触れやすい位置にボタンがある必然性はないのだが、前述のように本製品は設定画面が存在しないため、こうした形を取らざるを得ないのだろう。
そのおかげで、お気に入りのセリフが英語でどのように表現されているか、手軽に知ることができるのは面白い。
読者はもちろん権利者にとってもメリット大。次回作にも期待
最後に、読者としての視点ではなく、コンテンツの権利を保有する出版社や漫画家側の視点で、この「全巻一冊」のプラットフォームを見ていこう。
本製品はデータの書き換えができない仕様であるため、コンテンツのコピーは不可能だ。端末そのものの貸し借りや譲渡はできるが、それは紙の本と同じく1冊単位であり、コピーされて無限にバラまかれる危険性はない。いわゆる海賊版対策としては、一定の効果があるものと考えられる。
また、紙の本と比較しても解像度は十分に高く、ページのサイズも紙の単行本と比べて遜色ない。
さらに、見開きを前提に作画したページがきちんと表示できるという点で、単ページ表示が前提となっている既存の電子書籍端末に比べ、作り手である漫画家の意を、正しく読者に届けられるデバイスだと言えるだろう。
容量的にはどうだろうか。今回内蔵されている「北斗の拳」は、究極版であるため18巻分となっているが、底本となったジャンプコミックス版は27巻あり、ページ数はゆうに5,000ページを超えている。1巻あたりのデータ量は500MB程度とのことで、容量はトータルで10GBあれば収まる計算になる。
仮に今回の倍のボリュームがある作品でも、本製品はハードウェアの特性上、作品に応じて容量を増やすのは容易と考えられるので、汎用端末によくみられる、32GBや64GBといった一般的な容量があれば、50~100巻もあるシリーズをまとめて収録するのも簡単だろう。
逆に巻数が少なすぎると、ハードウェアがあるぶん割高になりかねない。今回の「全巻一冊 北斗の拳」(販売予定価格37,800円)も、単行本の冊数(18冊)で頭割りすると1冊2,000円前後となり、コスト面ではあまりメリットはない。
もしハードウェアが19,800円程度だと仮定すれば、1冊1,000円×18冊で計算すると、ちょうど販売予定価格と同じ37,800円となり、これでぎりぎりイーブンという気がする。
しかし、読者の比較対象はあくまで紙の単行本のはずで、コスト面ではそれほど利点がないとなれば、全巻が一冊にまとまっているメリットに加えて、今回の特別読切のような特典を、いかにうまく訴求するかがポイントとなるだろう。
一方、10巻にも満たない作品は、省スペース化のメリットも打ち出しにくく、かつコストがさらに割高になることから、このプラットフォームにはあまり向かなさそうだ。
コスト以外で唯一気になるのは、E Inkの特性上、カラーページが収録できないことだ。今回の底本である「北斗の拳 究極版」は、従来のジャンプコミックス版でモノクロだったページが、カラー化されている箇所があるが、それが今回の「全巻一冊」では先祖返りする格好になっている。
今回の場合は、その割合がごく僅かであること、またジャンプコミックス版になく究極版で書き足されているページが読めるなどの利点もあり、愛蔵版としては十分に価値がある。
そもそも究極版は電子化されておらず、現在流通している電子書籍は、ジャンプコミックス版の27巻を底本としているため、なおさらだ。
しかし、これがほかの作品ともなると、毎話ごとにカラーページが存在する場合もあるはずで、そうした作品を無理に「全巻一冊」化しても、読者には愛蔵版としては受け入れられない可能性がある。ネックがあるとすればそこだろうか。
とはいえ、版元からしてみると、すでに保有している電子書籍のデータを(おそらく大掛かりな加工を必要とせずに)転用するだけなので、リスクは低い。
また読者の側も、手元に確実に置いておきたかった作品を、既存の電子書籍のように「読む権利」だけが提供されるというカタチでなく、物理的に手元に置いておけるのも魅力的だろう。このあたりには、単純に巻あたりのコストで割り切れないものがある。
以上のように、作品のファンである読者にとっても、また権利者の側にとっても数多くのメリットがあるこの「全巻一冊」シリーズ、すでに次回作がスタンバイしていることが、ホームページ上で示唆されている。
個人的にはあまり短期間で続々と発売されても予算的に困るのだが(笑)、自分がかつて愛読していた作品が新たな形で登場するのを、楽しみに待ちたいところだ。