山口真弘の電子書籍タッチアンドトライ

コンテンツカセット採用で差し替えが可能になった、コミック全巻収録シリーズ「全巻一冊」

「全巻一冊」シリーズ。計4作品がTSUTAYA/蔦屋書店の5店舗で数量限定販売される ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708

 プログレス・テクノロジーズの「全巻一冊」は、見開き表示に対応したE Ink電子ペーパー端末に、コミック全巻をセットした製品だ。

 クラウドファンディングでの資金募集を経て今春リリースされた「全巻一冊 北斗の拳」に続き、今回は「沈黙の艦隊」&「ジパング」、「シティーハンター」、「ミナミの帝王」を加えた計4作品が数量限定で販売される。位置づけとしては従来のクラウドファンディングがパイロット版相当で、今回が「全巻一冊」第1弾という扱いになるようだ。

 単に作品のラインナップが増えただけであれば、本稿でレビューする必然性はないのだが、今回の製品ではハードウェアに改良が施され、従来なかったコンテンツカセットによる差し替え方式を新たにサポートした。つまり本体デバイスが1台あれば、前述の4作品を差し替えて読むことが可能になっているのだ。

 今回はこの新モデルについて、クラウドファンディング版(以下従来モデルと表記)と比較しつつ、使い方および使い勝手など、ハードウェア刷新に伴う変更点をチェックしていく。なお機材は同社から借用したものを用いており、ハードウェアは製品版と同一、コンテンツは画質の調整が入る可能性があるとのことなので、その旨ご了承いただきたい。

ニュースリリース

革新的な電子マンガ体験 『全巻一冊』 4作品からスタートTSUTAYA/蔦屋書店 5店舗にて数量限定で予約販売開始

今回販売される4製品。左から順に「シティーハンター」(北条司/ノース・スターズ・ピクチャーズ)、「北斗の拳」(武論尊・原哲夫/ノース・スターズ・ピクチャーズ)、「沈黙の艦隊」&「ジパング」(かわぐちかいじ/講談社)、「ミナミの帝王」 (天王寺大・郷力也/日本文芸社)と、複数の作家・出版社が参加している
いずれも背表紙上部には「全巻一冊」のロゴがある。なお後述するようにこれはコンテンツカセットを収納するパッケージであり、本体デバイスではない

コミック全巻をまるごと収録。紙の本らしさを追求した仕様

 まずはおさらいとして、この「全巻一冊」のコンセプトについてざっと見ていこう。

 本製品は、E Ink電子ペーパーを採用した見開き型の2画面デバイスで、その名の通りコミック全巻をまるごと収録することをコンセプトとしている。通信機能は持たないため、市販の電子書籍端末のように、コンテンツをネットで購入してダウンロードする機能はないという思い切った仕様だ。

 外観は紙の単行本(大判)に近いA5サイズであるほか、カバー、帯といった紙の単行本ならではの仕様も完全再現。さらに本体の側面、いわゆる小口には本物の紙を重ねたパーツを貼り付けることで指先でパラパラめくれる手触りまで再現するという、凝った仕様になっている。

本体デバイス。紙の単行本(大判)と同じA5サイズ。この写真では見えにくいが背表紙には「eOneBook」という文字がある
本のように開いて見開きで読むことができる。解像度は300ppiで、Kindleや楽天Koboなど、主要なE Ink電子書籍端末と同等だ ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708
開いた状態の厚みは左右で若干異なっている。電池を収納する関係でこうしたアンバランスな仕様にならざるを得ないようだが、逆に本らしさの演出に一役買っている ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708
小口には本物の紙を重ねたパーツが貼り付けられ、指先でパラパラめくる手触りを再現している
紙の単行本(右)との比較。A5サイズということで本製品のほうがひとまわり大きい
厚みの比較。ほぼ同じであることが分かる。重量は約530gで、A5サイズのコミックと同じ重量としている
ページの比較。この「北斗の拳」の場合、紙の単行本(究極版)のほうがひとまわりサイズが大きくなる ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708

 画面はE Ink電子ペーパーを採用しており、これが左右に2画面並び、見開きを構成する仕様だ。あらためて説明するまでもないが、E Inkはコントラストが高く、画面が光を発しないため、液晶よりも目が疲れにくい特徴がある。KindleやKoboなどにみられるフロントライト機能は搭載せず、暗所での読書には向かない。

 重量は530gと、電子書籍を読むための端末としてはやや重い。同社はA5サイズのコミックと同じ重量としているが、フロントライトを搭載しないことも踏まえ、寝転がって読むのにはやや難があり、座って読むものだと考えたほうがよいだろう。タッチ操作には対応せず、ページめくりなどはすべてボタンで行なう。

 電源は単4形電池×4本を採用する。汎用の電子書籍端末やタブレットのようにコンテンツを入れ替えながら繰り返し使用するわけではないので、リチウムイオンバッテリではなく、読み終えたら外して片付けておける乾電池を採用したのは、正しい選択だと感じる。

単4形電池×4本で駆動する。同社はエネループの利用を推奨している。なお画面を開くと自動的に電源がオンになる仕様で、電源ボタンは存在しない

コンテンツカセット方式により作品の差し替えが可能に

 さて、Kickstarter経由で販売された従来モデルと本製品の最大の違いは、「コンテンツカセット式」を採用したことにある。

 従来モデルでは、コンテンツは本体に内蔵されており、コンテンツの差し替えは一切できない仕様だった。今回の新製品では、コンテンツはSDカード(コンテンツカセット)で供給され、本体デバイスのスロットに挿入することで、初めて読むことができる仕様に改められている。

 今回の第1弾では、「北斗の拳」以外に新たに3作品がラインナップに追加されたわけだが、本体デバイスが1台あれば、これら計4作品を差し替えて読めてしまう。カートリッジ採用のゲーム機に近い感覚だ。

コンテンツカセット。SDカードで供給される
本体デバイスの後ろ、電池収納部の上に、新たにカードスロットが設けられている
ここにコンテンツカセットを挿入する。カチッという音がするまで押し込む
セット完了。コンテンツカセットを交換すれば別の作品が読める。ただし既読位置は記憶されないので、複数のコンテンツをひんぱんに差し替えながら読むのはあまり現実的ではない

 この仕組みは、複数のコンテンツを所有する場合であっても、高価な本体デバイスを何台も買う必要がないため、コスト的な利点は大きいが、その一方で紙の単行本を模した愛蔵版を本棚に並べるという、本製品ならではの楽しみがなくなってしまうことになる。

 これを解決するための方法として、本製品は、コンテンツカセットを封入したパッケージを本体デバイスと同じサイズで設計し、そこに紙の単行本を模したカバーをつけるという解決策を採っている。

 つまり、見た目はどこから見ても紙の単行本だが、中にはコンセンツカセットが収められており、それを取り出して本体デバイスに挿入すれば、読書が楽しめるというわけだ。カバーを外して本体デバイスにかけ直せば、読んでいる時の気持ちも盛り上がることだろう。

一見すると本体に見えるが、じつはこれはコンテンツカセットのパッケージだ
開くと中にはコンセンツカセットが収められている
本体デバイス(左)とコンテンツカセットのパッケージ(右)。サイズも同等だ
厚みも同等。本棚にまとめて立てても違和感がない。むしろこちらのほうが本体に見えるはずだ

 ところで面白いのは、この単行本サイズのパッケージは、紙の束をくり抜いてコンテンツカセットを収納する仕組みになっているのだが、その紙の束にはコンテンツカセットの使い方を示す手順イラストが1ページずつ印刷されており、パラパラめくるとそれらがアニメーション表示されることだ。

 このパラパラマンガ、トータルで128ページにも及ぶ壮大な内容で、単なる無地のページでは味気ないという遊び心が見え隠れしていて面白い。ネタバレになるので動画で詳しく紹介するのは控えるが、入手した人はぜひ楽しんでみてほしい。

コンテンツカセットの使い方(といってもシールを剥がして取り出しスロットに差し込むだけだが)が、128ページにも及ぶパラパラマンガで紹介されている。ちなみにこの内容はどの作品でも共通のようだ

言語切替機能は作品によっては搭載されないケースも

 以上のように、コンテンツカセット方式を採用したことが従来モデルとの大きな違いだが、操作方法は従来モデルと同じで、画面の両側にある3つ×2のボタンを使って、ページめくりや話数単位でのジャンプ、巻単位でのジャンプを行なう仕様になっている。タッチ操作に対応していないのも従来と同様だ。

操作方法を記したガイドページ。コンテンツカセットを差し込んで初めて開いた時に表示される
左側のボタンは上から順に、次のページ、次の話、次の巻への移動が割り当てられている
右側のボタンは上から順に、前のページ、言語切替、前の巻への移動が割り当てられている。なお言語切替は、作品によっては別の機能が割り当てられている場合もある
読書中の様子。ページをめくるだけならば左上のボタンひとつで読み進められる ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708

 1つ変更になったのは、クラウドファンディング版では目玉機能の1つだった、日本語・英語を切り替える言語切替のボタンだ。「北斗の拳」では従来と同じ仕様のままだが、ほかの作品ではシリーズを切り替えるためのボタンに割り当てられている。

 例えば「沈黙の艦隊」&「ジパング」であれば、1度押すと「沈黙の艦隊」、もう1度押すと「ジパング」に切り替わる機能が割り当てられており、日本語・英語を切り替える機能は用意されていない。そもそも英語版のデータが必ずあるとは限らないわけで、作品の特性に合った機能を、柔軟に割り当てていく方針なのだろう。

「北斗の拳」の場合、セリフの日本語・英語切替機能が搭載されている。これはデフォルトの日本語の状態 ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708
右側中央のボタンを押すとコマの中のセリフが英語へと切り替わる。もう一度押すと日本語に戻る ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708
「沈黙の艦隊」&「ジパング」の場合、当初は一方の作品のみが表示されている ©かわぐちかいじ/講談社
右側中央のボタンを押すことによって、作品そのものが切り替わる。なお既読位置は保存されず、必ずこの表紙ページに戻る ©かわぐちかいじ/講談社

 このほか、起動画面は、従来モデルは北斗の拳の世界観に合った「しばし待たれよ」という文言が表示されていたが、今回の製品では本体デバイスとコンテンツが分離したことで、「少しお待ち下さい」という、マイルドな文言に変更されている。このあたりは、従来モデルが凝りすぎていただけで、今回のほうが普通(?)ということになるだろう。

従来モデルでは、起動時に「しばし待たれよ」という文言が表示されていた
今回の製品では「少しお待ち下さい」という共通の文言に変更されている
カバーを外した中表紙も、作品由来の画像ではなく「全巻一冊」という文字が筆書きされた共通のデザインに変わっている

表示サイズは実測で7.36型。表示性能はおおむね同等

 画質については、並べて目視する限りでは従来モデルとの違いは見られず、またE Inkパネルの表示品質についても、違いは感じられない。

 ただしページめくりの速度は、従来モデルよりもわずかに向上しているようだ。順送りだけが向上し、逆送りは違いがないことから推察するに、キャッシュまわりのチューニングが行なわれた可能性が高い。新旧モデルを並べて操作しないとわからない程度だが、ユーザーにとってはありがたい話だ。

 逆に、使い勝手がやや低下したのが、スリープ時の挙動だ。従来モデルは、本体を閉じてしまっても10秒程度であれば開いてすぐに読書を再開できたが、今回のモデルでは、ほんの一瞬であっても完全に本体を閉じてしまうとスリープに入り、次に開いた時に必ずページのリフレッシュがかかるようになった。

 この挙動がコンテンツカセット方式の採用によるものか、それ以外の理由かは不明だが、一度リフレッシュがかかると読めるようになるまで数秒ほどかかるので、ひんぱんに開閉を繰り返す使い方では、やや不便になった印象だ。

 であれば常時開いたままにしておけばよさそうに思えるが、10分間開いたままにするとスクリーンセーバー相当の画面が表示され、画面の開閉を促されるので、むしろ復帰に時間がかかってしまう。落ち着いて長時間続けて読む利用スタイルであればあまり気にならないだろうが、今回実際に使っていて若干気になったポイントだ。

10分間開いたままにするとスクリーンセーバー相当の画面が表示される。この状態ではボタンは機能せず、画面を開閉することで操作可能な状態に復帰する

 ところで冒頭で述べた、画面サイズの公称値との違い(実寸では約7.36型、ニュースリリースでは7.8型)の理由だが、これは採用パネルの大きさをそのまま画面サイズとみなしているのが理由だ。つまり採用しているパネルは7.8型だが、上下左右がベゼルで隠れるぶん、実寸では7.36型になる、というわけだ。

 そのため、7.8型の「Kobo Aura ONE」や、7.9型の「iPad mini 4」と比べると、1ページあたりのサイズはひとまわり小さくなる……はずなのだが、画像で比較するとそれほどの違いはなく、ページ内の要素を比較する限り、大きさは同等に見える。

 というのも、「Kobo Aura ONE」や「iPad mini 4」は、上下左右に余裕がある状態でページを表示しているのに対して、本製品は断ち切りで表示することを重視し、画面ギリギリいっぱいまで拡大表示している(ページによっては上下左右がわずかに隠れている場合すらある)ため、結果的に表示サイズはほぼ同じになるのだ。

 そのため本製品でのコミックの見え方を感覚的に把握したければ、「Kobo Aura ONE」や「iPad mini 4」を並べて見開き表示に対応させたものと捉えれば、サイズも込みで理解しやすい。実機を見る機会のない人は、参考にしてほしい。

楽天Koboの電子書籍端末「Kobo Aura ONE」(左)との比較。上下左右の端を見ると断ち切りの幅が若干異なるが、ページ内の要素のサイズはほぼ同等だ ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708
Apple「iPad mini 4」(左)との比較。7.9型ということでスクリーンサイズはわずかに大きいが、こちらも実質、ページ内の要素のサイズはほぼ同等だ ©武論尊・原哲夫/NSP 1983, 版権許諾証 EJ-708

2作品以上の購入で従来よりリーズナブルに

 コンテンツカセット方式を採用したことで、本製品の価格は「本体デバイス」と「コンテンツ」を合わせたものとなる。例えば「北斗の拳」であれば、従来モデルは販売予定価格37,800円だったに対し、今回のモデルは本体35,000円、コンテンツ15,300円(いずれも税別)で、合算すると50,300円となる。従来モデルに比べるとかなり割高だ。

 もっとも、2つ目のコンテンツからはこの本体分の価格が不要になるので、トータルではどんどん割安になっていく。仮にコンテンツを2つ購入するとした場合、本体は35,000円÷2で17,500円となり、前述の「北斗の拳」コンテンツと足しても32,800円なので、逆にこちらのほうが安価な計算になる。

 この「全巻一冊」シリーズ、今回の第1弾に引き続き、第2弾タイトルの発表が8月に予定されているとのことで、ラインナップは現行の4作品からさらに増えることが予想される。第2弾と銘打っているくらいなので、おそらく倍程度には増えるだろう。

 それゆえ、もし今回のラインナップにお好みのコンテンツが複数なくても、今後追加されることが期待できる。限定数での販売であるため、第2弾の発売時に第1弾が必ずしも残っていると限らないのが難しいところだが、愛読したコミックを愛蔵版として残したいユーザーは、次回のタイトルも含め、本シリーズには注目しておいてよさそうだ。

今回の製品(左)と従来モデル(右)のパッケージの比較。今回は帯はつかないとのこと
背表紙のデザインは若干変更されている。従来モデルを買ったユーザーはコンテンツカセット方式の恩恵を受けられないのが痛いが、支援者名もクレジットされた特別版ゆえ、まあ致し方ないだろう